第315話 アダムス・バルハラ
バルドラ本社で行われている会食。広い敷地内に存在する会食用の講堂にて多くの人が集まっていた。賑やかな、騒がしく、策略と謀略にまみれたこの空間内にて一人の男は堂々とした血振る舞いで会食の中心にいた。
「なあセバス。あの女はナチュラルだと思うか」
講堂内を歩いていた一人の美しい女性に目を向けながらアダムス・バルハラが隣の従者に問う。セバスは考える素振りをして顎に手を当てて女性を見る。2秒ほどの間を置き、セバスは答えた。
「違うでしょうな。顔、胸は恐らく手術を受けています」
「惜しい。腕もだ」
「はっは。さすがですアダムス様」
これだけの話し声、騒ぎ、喧噪の中にあってもアダムスの周りには誰もおらず、話しかけようともしていない。まるで別の空間にいるかのような、そんな雰囲気。しかしアダムスは気にせずに続ける。
「果たして、体に機械を埋め込んだ人間を、そぎ落とし、ナノマシンを注入した人間を、人と言えるだろうか」
「一般的には人と言われていますよ」
「私は違うと思うのだがね。親から与えられた体。それだけで完成されているというのにわざわざ整形をせずとも良いというのにな。当然、完成度に違いはあるがな」
「どうでしょうね」
セバスが口元に手を当てて笑う。同時に、アダムスも口の端を上げた。
「ナチュラルでなければ信用はできん。なぜ己が身一つで生きようと思わない。装飾品などに頼って加工品などにならずとも良いのにな」
「そう言わないでください。私達が相手にしているのは身体拡張者ですよ」
武器を売り出すバルドラ社の主な商売相手はテイカーや傭兵など戦場に身を置く者達だ。そういった場所では生身の方が珍しい。
「生身でも化け物を殺せるようにと作ったのがGシリーズだったのだが、化け物が使えば意味ないか。あれは想定外だった」
「容易く想像できた事象でしょうに」
「そう言うな、セバス」
アダムスが周りを見渡す。
「ナチュラルと言えば、あのシリウスとか言う奴の娘は完璧だったな」
「ええ。昔もそうおっしゃってましたね」
「生きていれば今頃、ちょうどよいぐらいか。シリウス、あいつは最後まで厄介な男だったな」
「ええ」
セバスが義足になった両足を見る。
身体拡張手術を受けていない者のことをナチュラルと呼ぶが、セバスは両足を義足に代えてしまったためナチュラルではない。
「あれで私もナチュラルでは無くなってしまいました」
「仕方ないことだ」
「ありがとうございます」
アダムスがもう一度周りを見渡す。
「して、誰一人として来ないな。こういった場では交友を深めるために話しかけにくるはずでは? それとも話かけに行った方がよかったか?」
「いえいえ。アダムス様はここにいればいいのですよ。それに誰も話しかけてこない理由、ご自分でも分かっているのでは?」
「くは。はっは」
「はは」
二人が軽く笑う。その時、一人の男がアダムスに声をかけた。
「今、よろしいかな?」
すらりとした長身。質の良いスーツを綺麗に着こんでいる男だった。
「失礼、君は」
「イナバです。テイカーフロント『クルガオカ都市支部長』と言った方がよろしいかな?」
アダムスが笑みを浮かべて僅かに息を漏らす。そして隣のセバスに目配せして、少しの間二人だけの空間を作る。
「私はお飲み物を取って来ますので」
そう言って立ち去るセバスの裏で、アダムスとイナバは笑い合う。
「イナバさんはナチュラルで?」
「……」
「失礼。初対面の相手には一度聞いておかなくては落ち着かない質でして」
「はっは。ナチュラルですよ」
「そうですか、《《それはよかったですな》》」
嘘一つめ。
「イナバさん。近頃、なんだか慌ただしいですがテイカーフロントの方はどうでしょう。大変ですか」
「ええ。規制が厳しくなったり、色々ともめごとがあって疲れますよ」
「そういえば、テイカーフロントと言えば。最近、アーティファクトをまた新たに手に入れたようですが、その辺、実際はどうなんだ」
「はっは。最近はこういった噂話がよく回るものです。アーティファクトなんてそうそう見つかりませんよ」
「やはり、そうでしたか」
嘘二つめ。
「そういうそちら側は、何か良い遺物が?」
「はっは冗談を、私達に遺物を売買する権利はないな」
「これは失敬」
近くで『外套の男』に関しての話し声が聞こえた。二人はその方向を見て、口を開く。
「外套の男。巷で囁かれているカルトヒーロー。全く迷惑だな」
「ええ」
「確かケアトヤマ遺跡群だったかな。外套の男がバルバトスとの戦いを演じたのは。前哨基地。近くに拠点があったのだから、外套の男に関して何かしらの情報があるのではないか?」
「いえいえ。前哨基地はバルバトス出現と同時に放棄しましたよ」
「しかし、前哨基地は完全に飲み込まれていなかったのでは? 漏れ出したあの映像も前哨基地のカメラからのものでしょう?」
「それはスカーフェイスのおかげですよ。ただ映像は記録されていませんでしたし。されていたとしても機密事項が多く保存されているのでね」
「スカーフェイス……それに外套の男か。是非ともわが社の傭兵として迎え入れたいものだ」
「もう懐は一杯なのでは? あの男だけで一苦労でしょう」
「……」
アダムスが僅かに黙る。その後、口を開こうとしたところでイナバが被せた。
「機密部隊隊長。ライアン・シリウスが残した遺産はまだ生きていますよ」
イナバはそう言って笑うと「すみません。もう時間のようです」と言って手元の時計を見てすぐにその場から立ち去った。こういった場では呼び止めた方がよいのだろうが、それすらも許さないほど、まるで霧の中に消えるように姿を消した。
「…………」
「長い戦いになりそうですね」
戻って来たセバスがアダムスに話しかける。
「ああ。テイカーフロントは厄介だな」
最初に嘘を吐き、大した男ではないと錯覚させられた。甘く見ていたアダムスのミスだろう。
「して、どうなされるので」
「どうもせん。ここからの挽回は後でいい。今日はまだ罠が仕掛けられているかもしれないからな」
そう言って、アダムスはセバスが持って来た飲み物を一気に飲み干した。




