第312話 ヘズ教
レイがハカマダとイースのいる建物から離れ、一人通りを歩いていた。すでに夜も更け、人はいない。場所はスラムの近くではないので通りの横に人が倒れているということもない。
今日はアンドラフォックが遅くまで営業している日なので少しの間暇を潰さしてもらう予定だ。
なるべくイースのいる建物には戻りたくない。嘘は通じないように見えるし、どこか掴みどころがなくて認識が崩れて行く。少し離れて落ち着いたところで状況を分析していった方がいいだろう。ハカマダには「人には言いたくないこともある」と助け船を出してもらって難を逃れたが、そう何回も助け船が出せる状況が来るとは限らない。故に、出来るだけ関わらずに外に過ごすのがよい。
それにイースのことだけでなくハカマダからの話もある。
遺跡が点在している理由。なぜ昔の人々が情報を残さなかったのか。なぜ旧時代の人々はああも隔絶した技術体系を持っているのか。なぜモンスターは人間をあれほどまでに敵視するのか。
ハヤサカ技術研究所とは。イースとハカマダの関係は。ヤマタ巷間都市とは。 『来世より』の世界と自分たちの世界との類似点とは。
今は情報が散らかって理解しようにもうまくまとまらない。
少し一人になってこれらの情報を整理する必要があるだろう。どれとどれが繋がっていて、繋がっていないのか。いや、恐らくもし話された情報に嘘偽りが一つもないのならば、今までの情報はすべて繋がっている。
『来世より』の世界観がモンスターの攻撃性、遺跡が点在している理由などを説明する根拠になり得るはずだ。そしてハヤサカ技術研究所とは『来世より』の世界観から波及する問題や疑問について研究しているはずだ。その前身であるヤザワ学術院も同様だろう。
だとすると、ヤマタ巷間都市が崩壊してしまったのには『来世より』の研究が関わっている可能性がある。そして恐らく、それにはイースが関わっている。ハカマダも。
そして亡霊。彼が何を知っていて、何を行おうとしているのかは分からない。しかし今までの事象に関わっているのは確かだろう。すべてが繋がっている。根幹さえ理解できていれば芋づる式に理解できるだろう。
「覚えていますか?」
歩いていたレイの目の前に一人の者が立ちふさがる。最近、こういうことが多い。アーネスしかり、イースしかり、この暇な時間を使って情報を整理しようとしていた時にこれだ。
(そいえばお前たちもいたな)
ヘズ教。白装束が特徴的な組織。今、レイの前の間に立ち話しかけてきたのはもれなく、白装束を着ている。そしてそれだけではない。背後や屋上からもレイのことを白装束の者達が見下ろしている。確実に囲まれていた。
いつもならば気がつけるが、最近は長い間戦いの場に身を置いていなかったことや、相手が光学迷彩で身を隠していたこともあり気がつけなかった。
レイは表情を変える。持っているのは護身用の拳銃のみ。しかし左腕はまだ完全に回復していない。腕も足も、イースとの戦争に負った傷が残っている。もし戦いになれば戦況は不利。
何しろ相手は前哨基地で起きた事件の首謀者である。そのことはすでにイナバやミケに報告してある。財閥にも知れ渡っており、テイカーフロントと財閥の共通の敵としてヘズ教は扱われている。
特に神を持たず、信仰を広げようとせず、活動の意味も分からず混乱だけを呼ぶ存在。存在としてはハヤサカ技術研究所よりも質が悪い。
果たしてヘズ教とは何か。行動の目的は。前哨基地でバルバトスを放ったのは恐らく彼らだろう。
バルバトスは東部で見つかった。その時に討伐されたはず。
しかしヘズ教は持っていた。確か、バルバトスを討伐したのは帝国。ヘズ教が帝国と無関係である可能性もあるが、同時に関係している可能性もある。少なくとも、東部に関係している。
「お前ら、東部の奴らだろ」
反応は返ってこない。しかしフードの隙間から透けて見える口元が少し笑っていた。これが意味するところをレイは十分に知り得ないが、何かしら情報は得られた。
あとはゆっくりと家に帰って吟味してみたいところだ。しかしヘズ教の団員が許すとは思えない。
レイが拳銃を引き抜く。同時に、目の前に立つ者が口を開いた。
「私達は戦いに来たのではありません。少しお話をしたくてですね」
アーネスの時とは違い、まったくついて行きたくない。もう少し勧誘の仕方を学んだ方がいい。
それにヘズ教にはバルバトスを放ったという実績がある。とても信用できない。レイの前にこうして現れたのも、稼働する工場の一件で顔を見られたからであろう。あの時殺したヘズ教の団員は機械人形を操っていた。視界に映っていたのは一瞬だっただろうが、記録されてしまえば意味が無い。後から再生されれば顔なんてすぐに分かる。
アーネスといい、ヘズ教といい。機械人形ばかりで面倒になる。
「何か面白いことでも話してくるのか」
「それは人によります」
レイが拳銃の引き金をに指をかけた。
「じゃあ話する必要ないな」
「カルトヒーロー……外套の男……色々なお名前で呼ばれているようで」
「お前らのせいでな」
「その事実が露呈したら面倒なことになるのでは?」
「そん時はそん時だ」
もしついてこないのならばレイが外套の男であるという事実をバラす。そう言った脅しだが、レイは気にしない。当然、立ちはだかる障害はあるだろうが、逆に利用できる部分もある。
経済線を越える手段となり得るかもしれない。
「分かりました。では」
無理矢理にもで連れていく、その意思表示。
しかし彼らは銃器を構えない。かといって別の武器も持たない。屋上から飛び降りてレイの横に立つ。あくまでも拳のみ。
一瞬の静寂。
後。ヘズ教の団員が一斉に動く。と同時に発砲音が響きわたった。
「……」
両脇、背後にいた計四人をレイが仕留める。機械人形のようだが碌な装甲を持たなければ、拳銃の弾丸でも頭部を弾け飛ばすことができる。瞬時に仕留めたレイは、最後に目の前にいた団員へと視線を向ける。
団員はすでに目前へと来ていた。動きから察するに稼働する工場の中にいた機械人形と同じ。恐らく同じ人物が操っているのだろう。あの時は僅かに手こずったが、今は違う。
団員が何かをするよりも早く、レイの肘が団員の腹にめり込み吹き飛ばされる。
「……こいつ」
吹き飛び、壁に埋まった団員を見ながらレイが表情を変える。
そして注意しながら団員の元まで行く。フードを外し、倒れ込む団員を見る。
(生身か)
肘で弾き飛ばした時の感覚が機械の時とは違い生身だった。
事実、この団員は生身だ。
今までならば機械人形で来ていたはず。仲間は実際に機械人形だった。
中部では議会連合が滅び、西部では財閥とテイカーフロントとの仲が悪化し、ハヤサカ技術研究所やヘズ教も裏で動いている。知らない間に、知っている間にも情勢は大きく移っている。
今回もそのきっかけ。
すでに団員は気絶している。いきなりこんな蛮行に及んだ理由は。レイには分からない。
ただ取り合えずこのことについては報告していた方がいいだろう。
そう思ってレイが通信端末を取り出した時、ちょうどかけようとしていた人物から通話がかかってきた。
「どうもです、レイさん。ちょっといいですか」
「ちょうど俺も報告しておきたいことがある」
レイはそう言って、ミケと話し始めた。




