第309話 来世より
レイはアーネスと会った時、特に行動を起こさなかった。懸賞金が欲しいわけでもなかったし、戦いたいわけでもなかった。レイはただその場に立って、アーネスの話を伺う。
アーネスは笑いながら「なぜモンスターが人間を攻撃するのか、その答えが知りたいのならばついて来てくれ」とだけ言って一人で歩き去る。ここで無視してそのまま家に帰ってしまってもよかったのだが、単純に気になったので後先考えずついて行った。
もしここで待ち伏せでもされているようならば間抜けな自分が悪い。レイはそう考えてついていく。
アーネスの後ろを歩き、連れてこられたのは一つの部屋だった。
狭い部屋にテーブルが一つと椅子が二つ。見たところカメラや銃火器の類が隠されているということもない。普通の部屋だった。
「そう警戒しなくてもいい。懸賞首である僕が君の前に出てきたその意味を考えて欲しいものだ」
「ああ」
アーネスが椅子に座り、レイもそれに続く。
「何も出すものはないけど、構わないね」
「構わない」
レイの返答を聞いたアーネスが机を二回ほど軽く叩く。すると机にホログラムが浮かび上がる。
「レイはこの本を知っているかい?」
ホログラムには一つの本が映し出されていた。そしてそれはレイでも知っているような名作だ。
「……『来世より』だろ」
「よく知ってるね。内容については」
「読んだことはないが、少しぐらいなら」
アーネスは頷きながら机をもう何回か叩きホログラムの映像を変える。
「この『来世より』の世界観において最も根幹的な部分、レイは分かるかい?」
「並行世界だろ」
「そう。自分達のいる世界とは別に、ifの世界があるという話だ。よく知っている。だが、少し間違っている」
「……どこがだ」
「いいね、すごく話しやすい相槌だ。………ってまあ、どこが違うのっていう話だが。当然、並行世界というのは世界観の根幹だ。しか物語の根幹ではない。この物語で最も重要視すべきなのは並行世界には優劣があるという話だ」
ホログラムが映像を変え、一本の木が映し出される。
「作中でも説明されている通り、並行世界の優劣はこの一本の木で示される。まずは木の幹だ。この木の幹が基本となる世界だ。この幹は最も太く、広がっていく他の世界の基盤となる部分。もし優劣をつけるとすれば、この幹が最も重要で、最上位に位置する。次に、幹から分かれた枝があるよね。これを仮に『第一の枝』と呼称しよう。この第一の枝は太くて長く、しっかりとした基盤を持っている。幹には及ばないけれど、それでも依然として強力だ。さらに、第一の枝からさらに分かれていく枝がある。これを『第二の枝』と呼ぼう。第二の枝は第一の枝よりも短くて細いんだ。一度でも木を見れば簡単に想像でできるだろう?このように、幹からどんどん枝分かれしていくたびに、枝は次第に細くて短くなっていく。つまり、幹から離れるほどに、その世界の優劣は下がっていくんだよ。わかるかな?つまり、木の幹が最も重要で、そこから分かれていく枝が次第にその重要性を失っていくように、並行世界も同じように基盤から離れるほど優劣が下がっていくんだ」
レイはアーネスの話を聞きながら『来世より』の内容を思い出す。
「そのぐらい知ってる」
「話が早くて助かるよ。そして『来世より』の話ではこの重要では無い木の枝。いらない並行世界っていうのは消滅させられてしまうんだ。間引くようにね」
重要度の低い並行世界は時間経過と共に消滅させられてしまう。『来世より』の世界で生きる主人公たちはどうにかこの運命を回避しようと足掻く、そういったストーリーだ。
「それじゃあレイ。君は今の話を聞いてピンと来ないかい?」
「……」
「話の始まりは『なぜモンスターが人間を襲うのか』。僕はその理由を説明するために『来世より』の世界観を説明した。直接的な因果関係はないけれど、間接的にはあると、君ならば気がつけるんじゃないか?」
アーネスの言葉の通り、レイはある程度勘付いていた。それを言葉にはしないけれど、ある程度はアーネスの言いたいことが理解できていた。だからこそ戸惑う。ふと思いついてしまったその考えは不自然なほどに――点と点がつながるように――すとんと自分の中に降りてきてしまったから。
「別に俺たちの世界と『来世より』の物語が一緒だとは限らないんだろ」
「……よく分かってる。この事態に気がついても尚、呑み込みが早いね」
「お前が嘘を言ってるだけって言う可能性もあるしな。全部信じて受け止めたわけじゃない。なにせ、ぶっ飛んだ話だ。そう簡単に割り切れるものじゃない」
「今はそれでいい。信じる必要は無い。しかし、今気がついたことを頭の片隅に入れながら生活をしていると、もしかしたら気がつくことがあるかもしれない。特にテイカーである君ならばね」
遺跡でモンスターと共に行動するのならばいずれ分かるかもしれない。
「それと、君に一つ提案がある」
アーネスが机の上で手を組む。
「その頭脳、その能力。僕達技術研究所のために活かしてみないか」
「なんだ、お前ハヤサカ技術研究所の奴か」
「そう。同じ同志だ」
「今話したこととハヤサカ技術研究所の目的は関係あるのか」
モンスターがなぜ人間を襲うのか。『来世より』の世界観』。それらがハヤサカ技術研究所の目的と一致、もしくは似ている可能性はあるだろう。
「まあそうだね。僕達は今抱えているであろうその疑問を暴くために活動しているよ。生憎、嫌われてしまって追われている身だけどね」
「都市一つ壊滅させたんだから当然だろ」
「はは。耳が痛いね。だが事実だから仕方ない。甘んじて受け入れるよ」
アーネスは一息おいて、グッと前に体を乗り出す。
「僕達なら、君を経済線の向こう側へと案内することができる」
「……」
「当然、僕達の提案に付き合ってくれたら、だけどね」
レイの目的は経済線の向こう側へと行くこと。できるだけ最短の道のりを通って行きたい。
しかし、そう簡単に受け入れることはできない。
「それは考えておくよ」
「そうか。それは残念だ。本当ならもう少し話したところだけど、残念。ここでお別れだ」
アーネスがそう言って立ち上がった瞬間、部屋の壁が破壊される。土煙が舞い、視認性が著しく低下する。
「では、また逢おう」
アーネスがそう言った瞬間、首が跳ね飛ばされる。血は出ない。機械人形だ。そして同時に、アーネスの首を跳ね飛ばした犯人が壁の穴から身を乗り出して現れる。
褐色の肌に露出の多い恰好。レイは一度見たことのある人物。そして西部で伝説の三人として数えられるテイカー、イース・マーダ。
レイの脳内に情報が駆け巡る。確か彼女と会った時はアンテラ達と共にコンペティションを受けていた時だった。そしてその時彼女はハヤサカ技術研究所のことについて問いただしていた。
そして今、彼女は真っ先にハヤサカ技術研究所の関係者であるアーネスを始末した。ハヤサカ技術研究所と敵対関係にあり、アーネスを追っていたのは状況を見れば明らか。
そして、そのアーネスと話していたレイはハヤサカ技術研究所と無関係の人物か。アーネスとレイが話す経緯を知っていればそうでないとすぐに分かる。しかし傍から見れば違うだろう。
彼女とレイとは一度会ったことがある。しかし彼女が覚えているとは限らない。
レイが身構える。その時、彼女と目が合った。
「きみは……てき?」
イース・マーダはレイに問いかけた。




