第308話 モンスターの行動原理
夜。クルガオカ都市にある少し高級な居酒屋でアンテラとクルスが話していた。個室の中でクルスの声が響く。
「というか――! なんでアンテラさんレイさんが生きてたこと教えてくれなかったんですか」
酔っているためクルスの声は大きい。同じく酔ってはいるものの、悪酔いではなく、そして冷静なアンテラは窘めるように言う。
「お前もう既婚者だろ、今更レイの話題を出しても名残惜しくなるだけだと思ってな」
「それー! いらない配慮ですよ」
クルスがグラスに並々と注がれた酒を一気に飲み干す。
「そもそもなんでアンテラさんがレイさんと連絡とれたんですか」
「あーそれな」
アンテラが指をくるくると回して個室の天井を見上げながら話す。
「レイと会ったのは偶然だ。アンドラフォックっていう武器屋知ってるか?」
「ああーなんか、聞いたことがあるような、場所は大体わかります。昔行ったような気もします」
「曖昧だな。まあいい。レイはそこで、アンドラフォックの店主と話してた。そこに私もたまたま買い物で入ったら、っていう感じだな」
「ほんとですかー?」
「ほんとだよ、嘘をつく理由がないだろ」
酒を飲むアンテラにクルスは疑いの目を向ける。
「レイさ……あ、そういえばマルコがレイさんに会ったらしいですよ」
「知ってる」
「なんで知ってるんですか」
「レイをタイタンの訓練施設に呼んだのは私だ」
「えー。また私の知らないところで何かやって、同じ部隊なんですから情報共有ー大事にしましょうよ」
「いや、特に話すことでもないと思ってな」
「そういうところですよ。武器屋で会ったことも教えてくれてよかったじゃないですか。一年前は一緒に戦った仲間ですよ」
「はは。すまなかったな」
クルスは机に突っ伏しながら「この一年行方不明だったんだから教えてくれても良かったじゃないですか……」と呟く。アンテラは「会ったって最近のことだからな、どこかで言おうとは思ってたよ」と苦笑いで説明を付け加える。
レイはバルバトスとの戦いの後、行方不明となっていた。これはレイの身柄をテイカーフロントが所有する医療施設で管理していたことに起因する。レイに関する情報は秘匿され、そしてレイも半年間起き上がらなかったのだから連絡が取れるはずもない。
そもそも、レイが前哨基地にいたことについても分かっていない。レイがバルバトスと戦闘してあれだけの負傷を負ったのだと知ったのはレイと会って、直接話しを聞いた時だ。
それまでは何も知らなかった。
「それにしても、まさかレイさんが第二次典痘災害の被害者だとは思いませんでしたよ」
「それはな。私も同じだ」
「バルバトスって意思とかあるんですかね」
「……? いきなりどうした」
「いや、なんか映像とか見る限り、バルバトスって頭とか体とかなくてあの触手みたいのが全身じゃないですか。人間みたく意思とか考えとかあるのかなーっていう疑問です」
ハウンドドックのようなモンスターには意思や自我といったものがある。しかしそれは本能と言い換えてもよい程度には不確かなものだ。そしてバルバトスに関してはそもそも脳が無く、思考を司る部位があるようには見えない。このためバルバトスの行動原理は本能に酷く忠実なものだと分かる。
ノーネームが公開した情報とバルバトスの情報を組み合わせると。自然とバルバトスの行動原理が分かる。そしてモンスターの行動について思考を巡らせていたクルスはふと当然の疑問を抱く。
「アンテラさーん」
「なんだ」
「今思ったんですけど、なんでモンスターって人間を攻撃するんですかね」
当たり前の疑問。答えなど簡単だ。そう思ってアンテラが口を開くが、途中で案外難しい問いだということに気がついて口を開けたまま固まる。
「モンスターだって生物ですから、そりゃ自分のテリトリーに入れば戦いますし、食料のために戦います。でもですよ、機械型モンスターしかり、生物型モンスターしかし、今まで人間が出会って襲われなかったモンスターっていなくないですか?」
「一般に知れ渡ってないだけでいるかもしれんぞ」
「いやでも………ほら、動物って人間になつくじゃないですか。でもモンスターって絶対になつかないんですよ、というより友情だとか絆だとか、そういったものが絶対に育まれないんですよね。絶対に人間を殺す、食べる、っていう意思があるんですよ。たとえお腹いっぱいでもです」
「……確かにな」
モンスターの攻撃性を示す研究が昔あった。
生物型モンスターは腹が空いている時、動物と人間を区別することなく襲う。しかしお腹が空いていない時、動物は見逃すが人間にだけは攻撃することが分かっている。
食料を確保することが目的ならば動物も襲うはず。なぜ人間だけを必要に攻撃するのか、その研究はその疑問を残したまま予算不足という形で終了することとなる。
「特に機械型モンスターとか、なんで私達のこと攻撃するんですかね」
「暴走してるからじゃないのか?」
「でもですよ、警備型のモンスターとか正常に稼働していても私達のこと攻撃するじゃないですか」
暴走した機械がクルスやアンテラを敵だと認識し攻撃するのは分かる。しかし暴走もしていない機械が一方的にクルスやアンテラを敵だと認識して攻撃するのには無理があるのではないだろうか。そう言った疑問だ。
アンテラもその疑問について考え、特に考察もせずに思いついた答えを口に出す。
「それはあれだ、やっぱり旧時代の人間と今の人間との遺伝子情報が違うから、敵だと認識してるんじゃないのか」
「でもですよ、隔世遺伝とかで旧時代の人たちと同じ性質が現れる人がいてもよくないですか。そうでなくてもモンスターから敵意を向けられてない人間とか。すべてがすべて敵対してるってのはおかしいと思います」
クルスの言っていることは正しい。モンスターがなぜ人類にそこまで敵対するのかは未だ分かっていない問題なのだ。旧時代の人間と今の時代の人間とが遺伝子的にかけ離れているせいで機械型モンスターに敵として認識される。それは少しおかしい。
遺伝子が違うとはいっても旧時代の人間と今の時代の人間は遠い目で見れば親と子の関係。きちんと遺伝子的な連なりがある。隔世遺伝というのもあるし、全員が全員、機械型モンスターから敵視されるというのはどこかおかしな話だ。
テイカーならば誰でも一度は考えたことのある疑問。しかしいくら考えようとも解答は出ず、テイカーとして生きる中で自然と忘れてしまう疑問だ。
「まあいいです。どうせ分からないですし」
クルスもまた、他のテイカーのように考えることを放棄した。そして酒を飲む。
「あ、アンテラさん。あとでレイさんと連絡させてくださいよ」
「分かったよ」
「うっし。ありがとうございますー」
「そういえばクルス、家の方はどうなった」
「あ、あれ結構面倒だったんですよー」
二人の会話は朝方まで続く。モンスターが何故攻撃するのかという疑問を忘れて。
◆
アーネス・ウォッチャーが用意した部屋で、レイが椅子に座っていた。そして対面にいるアーネスに向けて口を開く。
「で、話ってなんだ」
アーネスは一度笑みを浮かべた後、話し始めた。




