第306話 一年という時
空が暗くなってきた頃。レイはタイタンの訓練施設から外に出た。今日は結局マルコも交えて他の訓練生たちと共に訓練を行った。訓練終わりにはマルコからアンテラたちなども呼んでご飯を食べないかと誘われたが、生憎、レイは今日予定がある。
特段大した予定ではないのだが、一応必要なことだ。マルコには悪いが断った。
そして、ちょうど今頃、訓練を行う前に電話をかけた相手から折り返しの電話があるはずだ。レイは裏路地を歩きながら物思いにふけって時間を潰す。すると、ちょうどよく電話がかかってくる。
相手はミケだった。
『あ、レイさん。体は大丈夫ですか』
『大丈夫だ。そっちは』
『え? 私ですか? 私は全然大丈夫ですよ、というより調子がいいぐらいです。役職が上がって給料アップですよ。その分責任は増えましたけどね』
歩きながらレイは笑って返す。
『そうか、ならよかったよ』
『え、え? レイさんなんか変わりました?』
レイは無駄な会話はしないし、冗談もあまり言わないし、聞かれたことだけ答えるし、仕事上の付き合いなら必要なことしか聞いてこない。たとえ世間話でも相手の体調を気にすることなど、今までのレイにはあっただろうか。
『何も変わってないよ』
『え、やっぱりおかしいですって、この《《半年間寝てた》》からおかしくなっちゃったんじゃないですか?』
バルバトスとの戦闘後。レイは更地になった遺跡で――はなく、少し離れた荒野に放置されていた。レイが発見されたのは前哨基地再建設用の物資を運ぶ輸送車両が、モンスターによって妨害されたことで遠回りした結果発見されたという。
これはバルバトス発見から三日後との出来事だ。
つまり、レイはバルバトスとの戦いの後に三日間荒野に放置されていたことになる。ただそれはあくまでも状況証拠だけで判断した場合だ。レイはバルバトスとの戦いの後、気絶する前に起きたことを最近思い出したので、それが間違っていると知っている。
ただこれについて喋ると面倒なことになるし、そもそも喋れるような相手がいないので黙っている。
レイは物資輸送車両に回収された後、すぐにイナバやミケのもとまで連絡が行った。その後は検査を受けたり病院に行ったりしていたらしい。レイはこの半年間昏睡状態だったのでその記憶はないが。
『さすがに自分のことぐらい自分で把握できてるよ』
『ほらーやっぱりおかしいじゃないですか』
『そうかぁ?』
『そうですよ……まあ別にいいですけど』
そう言ってミケが本題に入る。
『すみません。やっぱりレイさんの要望は通らないです』
『そうか』
『やはり経済線と中部のことになると財閥と経済連が絡むのでテイカーフロントにはどうしようもないです』
バルバトスとの戦闘の際に出来た目標。中部へと戻り、やり残したことを終わらせる。
しかしこれは案外難しい。たった一つ経済線を越えることさえできればいいのだが、それが問題だ。経済線を越えるためには中部のからの許可と、経済連からの許可の二つが必要になる。
まず経済連からの許可だが、これは財閥からの許可と言い換えてもいい。レイはすでにテイカーとしての経歴があり、ここ一年の空白期間もある。テイカーフロント側の人間と認識されてもおかしくはない。現に、レイはテイカーフロントに頼ってどうにか経済線を通る手段を画策しているところだ。
普通にやっても経済線を越えることは不可能に近い。まず申請する場所は無いし、願うとしたら財閥の関係者に直接問い合わせるしかない。しかしレイはそんな伝手を持たない。
そしてもし、財閥の上にまで話がいったとしても、経済線を通る際に素性は調べられるのでテイカーフロント側の人間だと分かってしまう。レイが実際のところはどうなのか、などは必要ではなく、テイカーとしてテイカーフロントからの依頼を受けていたという現実だけで却下される。
加えて、レイは中部では使命手配犯だ。もし経済線を通る人物のことで中部からの許可を得ようと、レイの情報を出した時に問題が発生する。そして中部で指名手配犯として扱われていた人物が、履歴無く西部にいる。不正に経済線を越えた人物だとその時点でバレてしまう。
そうなれば西部でも指名手配犯だ。
故にレイは財閥に気がつかれずに経済線を越えなければならない。しかし経済線は経済連と財閥が管理しているという現状がそれを許さない。それにレイが寝ていた半年間で色々と情勢も変わっている。
西部では地下都市の案件やその他の問題がバルバトスの出現によって噴出し、そこにノーネームによる情報流出もあり、結果的に財閥とテイカーフロントとの対立関係は深くなった。
また、中部では経済連と同じ立場にいた議会連合が反政府主義者によって滅ぼされた。その上、今度はクラウディアと名乗る別勢力が現れ、反政府主義者たちと戦争中だ。
とても正規の手段で経済線を越えられるとは思えない。
だからレイは現在、テイカーフロントに頼ってその方法を模索している。しかしミケからの返事の通り、厳しい状況だ。
『やっぱり、経済線を越えるのは難しいか……』
『力及ばずです。すみません。これからもこちらの方で抜け穴を探すので』
『悪いな』
『いいんですよ。ではまた、連絡しますね』
『ああ、じゃあな』
通話が切れる。
「ふう」
ため息を吐いたわけでもなく、特に意味もなく息を吐く。そして裏路地を歩く。
現状、正攻法で経済線を越えるのは不可能だ。抜け穴もほぼ無い。あるとすれば実力行使。しかしこれは西部でも中部でも問題が起きる可能性が起こる。というより、中部を治めていた議会連合が反政府主義者によって滅ぼされたのだから、西部から中部へと行くものにどの組織が許可を出しているのか不明だ。
もし反政府主義者が代わって許可を出しているのならばレイにも希望はある。議会連合が無くなったということは恐らく指名手配も消えているだろう。それに短期間、雇われといえどレイは反政府主義者に属していた。
今回、レイが中部に戻ってまず行くのも反政府主義者たちの場所だ。厳密には、まだ生き残っているあの時の仲間の元だ。その後はマザーシティへと戻り、置いてきたものを見る。
もう何も残ってはいないだろうが、かつて自分がいた場所へと帰り、その光景を今の状態で眺めてみたい。今の自分にはどう見えるのか、あれだけ巨大且つ威圧感のあった都市はどれほど矮小に見えてくれるだろうか。
すべてはそんな些細なことをするため。そのために多大な労力を使用して経済線を越えようとしている。
そして、現状、まだ経済線を越える道が見えていない以上、まずはどう通り抜けるかを考えるの先決だ。前ならば《《亡霊》》にでも頼めばもしかしたら可能性はあったのかもしれないが、今はもうない。
バルバトスの後の一件でそれがはっきりとした。
「ったく」
バルバトスを倒した時のことを思い浮かべ、レイが呟く。
一年前のあの日、亡霊と会った日のことだ。




