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ロストテイカー  作者: しータロ(豆坂田)
第三章――西部事変

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305/366

第305話 負傷した姿

 タイタンの訓練施設内にて訓練生が格闘訓練を行っていた。タイタンの仕事は幅広く。テイカーとしてのモンスター討伐や遺物収集が主な仕事となっているが、その他にも要人の護衛や施設の警備なども請け負っている。

 モンスター相手には必要の無い格闘術だが、対人戦闘になると必要になる機会も出て来る。それは銃器の持ち込みが禁止された空間での戦闘であったり、武器を持っていない時に奇襲を受けた時などだ。

 そのため、タイタンに関わる仕事を行うためにも格闘術は必須になる。

 訓練生は朝早くから特別指導講師に格闘術の訓練を受けていた。


「レイさん、お願いします」


 四角い部屋の中で訓練生が中心に立ち、対面にいるレイにお辞儀をする。レイは軽装で訓練生たちと同じような恰好をしていた。しかし訓練生に支給されるものと違い一般の店で買った商品なので生地の質やデザインにも違いがある。なによりも、その服はレイの要望を聞いて作られた特注の品だ。

 一般的には普通の服と変わらない。しかし普通のものと違って右腕部分の袖が無い。これはレイの《《右腕が無い》》ことに起因している。


「ああ」


 レイが答えた瞬間、訓練生が前に向かって飛び出す。彼らはすでにタイタンの講師から格闘術についての色々を叩きこまれ、その水準は治安維持部隊にも引けを取らない。

 しかし、訓練生が顔を上げた時、レイはすでに目の前にいた。訓練生が驚きから一瞬だけ硬直した瞬間に腹にレイの足がめり込む。動き出しを蹴りによって止められ、また鳩尾みぞおちに入った蹴りによって訓練生は呼吸困難に陥る。

 地面に腹を抱えたまま倒れ、息を吸う。

 レイはそれを一度見て、周り座っている他の訓練生に言う。


「次いいぞ」


 レイが言うと、周りで見ていた訓練生の中から一人が立ち上がってレイの前に立った。

 この訓練はレイが特別指導講師として訓練生に格闘術の手解きをするのが主な目的だ。ただ訓練、とは言ってもレイが格闘術の技などについて教えるわけではない。訓練生はすでにタイタンの常勤講師から教えてもらっているし、日々訓練に励んでる。

 レイと戦うのはその実力を、成果を披露するためだ。今自分がどの程度の実力なのか。テイカーであるレイと戦うことで今の自分がどのあたりにいるのかを実感させることを目的とした訓練だった。


 同時に、この訓練は訓練生に強くなったという実感を抱かせるための訓練でもあった。普段厳しく言われ、殴られている訓練生たちは当然ながら自分の実力に自信を持てない。

 そこで外部から呼んだテイカーを倒すことで、自らの実力を実感させ、また次の訓練に前向きに取り組めるようにするというのも、この訓練の趣旨の一つだ。今回、その訓練の相手に選ばれたのがレイであり、訓練生に倒されるはずの存在であった。

 

 なにぜ右腕が無い。それだけで大きなデメリットだ。

 それにレイ自身、昔と違って遺跡にもあまり多く行っているわけではない。所謂、旬を過ぎた人物だ。そのため訓練生にはちょうどよい訓練相手になると思っていたが、事実は違った。

 今のところ訓練生全員とレイは模擬戦を行い、一度も触れられることすらなく倒した。疲れている様子はないし、ましてや息切れなんてしたところを一度も見せていない。


 レイと訓練生のいる部屋を上の階から眺めていた教官はこのままでは『自信をつける』という本来の趣旨を離れて、訓練生の自尊心を返って傷つけてしまう。しかし教官には止めることはできない。

 そしてこれも良い経験だろうと、敢えて何も口出しはせずに上から見ていた。

 その時、教官の後ろをある人物が通る。


「あれ、教官アグネスさん。何見てるんですか?」


 話しかけられた教官が振り向くと、そこにいたのは背の伸びたマルコだった。


「久しぶりだなマルコ、長期任務は終わったのか」

「はい。予想よりも長引きましたが無事に」


 マルコが教官に近づいて一階を見下ろせる場所につくと手すりに体を預けた。

 そして教官の見ていた部屋を見て、声を上げる。


「あれ、レイさんじゃないですか」

「なんだマルコ、あいつ知ってたのか」

「はい。昔一緒に仕事をしたことがあります」

「強いのか」

「当然ですよ。昔は指名依頼も受けるほど実力があったんですよ?」

「そんなだったのか」

「え、アグネスさん知らなかったんですか?」

「まあな、ちょうど特別指導教官として適当な人材が欲しいって愚痴を漏らしたらな、アンテラが「ちょうどいい人がいる」ってことで紹介されたのがあいつだ」

「へぇ……アンテラさんが、知らなかった」

「なんだ教えて貰わなかったのか、こんなんじゃ付き合うのにまだかかるな」

「ちょ、やめてくださいよ。もう付き合ってますって」

「ったく、のろけかよ」

「いや違いますって」


 マルコが首を振って「もうその話は終わりにしましょうよ」と言ってもう一度レイの方を見る。


「昔と特に変わってないですね」

「昔って、前に仕事をした時か」

「はい。ほら……」


 マルコが指をさした。ちょうどその時、訓練生が片腕だけのレイに投げ飛ばされ地面に強く打ち付けられる。


「あんな風に無駄な動きが無くて洗練されてるんですよ」

「確かにな、うちの教官に欲しいぐらいだ。引退したら誘ってもいいんだが、確かまだ現役なんだよな?」

「はい。だけど仕事で耳にする機会は無いし、最近までほぼ行方不明みたいな状態だったんですよ」

「本当か?」

「まあ理由はだいたい察しがつくんですけど、これはちょっと……」

「なんだよ、もったいぶらずに教えろよ」

「いやレイさん。第二次典痘災害の被害者なんですよ」


 教官の顔色が変わる。


「ほう。右腕はその時に」

「そこまで詳しくはわかりませんけど、聞く話では第二次典痘災害前までは普通にあったらしいですから、恐らくその時に」

「でもあの事件生き残りがいたのか」

「らしいですね、僕も詳しくはわかりませんけど、取り合えずレイさんの無事が見れてよかったですよ」


 どこか嬉しそうに呟くマルコを見て教官が何かを思いつく。


「そうだマルコ、お前今暇だろ。ちょっとレイ(あいつ)と手合わせしてくれよ。お前は訓練生からの人望も厚いだろ、ちょうどいい手本だ」

「え、なんでですか」

「見てわからないのか? 今訓練生は自尊心を傷つけられている。あんな訓練を受けたことないような独学の格闘術に負けてな。そこでお前があいつを倒すことで、自分がやってきたことが正しいと訓練生に思わせてやれ」

「えぇ……」

「なんだ、負けるのが怖いのか?」

「いや、そうじゃないですけど」

「だったらやれ、ちょうど暇なんだろ」


 マルコがレイを見る。

 最近まで活動しておらず、完全に旬を過ぎている。マルコがまだ未熟であった時にあったレイとは違う。衰え、鈍くなり、何よりも右腕を失っている。対してマルコはこの一年で成長した。 

 負ける道理などない。


「分かりましたよ。代わりになんか買ってくださいね」

「勝ったらな」

「はいはい」


 マルコが二階から飛び降りてレイのいる部屋まで飛び降りる。昔とは違い、マルコは身体拡張者だ。体に機械を仕込み、ナノマシンを打ち込んでいる。昔のマルコとは大きく違うのだ。

 精神的にも、実力でも、隔絶している。


 レイのいる部屋へと降り立ったマルコは周りの訓練生に驚かれながら顔をあげる。突然現れたマルコに対してレイは驚きの顔一つしていなかった。恐らく、二階から見ていた時にバレていたのだろう。そこらへんの嗅覚、感覚はまだ衰えていないらしい。

 マルコとレイとの目が合う。一瞬、緊張感のようなものが走った。しかしレイはすぐに口を開いた。

 

「おおーマルコか。久しぶりだな」


 一年前と比べてレイが少し変わった気がする。明るくなった、というより軽くなった。そんなような印象だ。


「お久しぶりですレイさん」


 マルコが返答を返しながら周りを見る。最初こそ突然現れたマルコに訓練生は驚いていたが、今は尊敬の眼差しを向けている。最年少で訓練生を卒業し、その後とたったの一年や二年でタイタンでもトップの実力者になった。

 マルコの存在は訓練生の中でも話題であり、目指すべき象徴となっていた。


「レイさん、突然で悪いんですけど、僕と手合わせしてくれませんか?」


 レイは周りを見る。そして二階にいる教官を見てその意図を理解すると笑った。


「手加減はしないぞ?」

「一年で成長したんですから、舐めないでくださいよ」

「はは。分かった。もう始めていいか?」

「はい」


 マルコとレイが向かい合う。合図は無い。すでに始まっている。どちらが先手を取るか。当然、先に動いたのは勢いのあるマルコだった。その瞬間、マルコの視界が宙を舞う。


「あれ―――」


 そして床に叩きつけられる。何が起きたのか分からずマルコは何度も瞬きをした。そしてその上からレイが覗き込む。その瞬間にマルコは負けたのだと理解した。


(あれ……レイさん前よりも強くなってる)

 

 技の精度が増している。それどころか速さ、視線を外す技術、すべてが一段階上の物になっている。マルコも訓練を積んできた、しかしこうして床に叩きつけられるまで自分に何が起きたのかさえ理解できなかった


「…………」


 放心状態のマルコにレイが笑いかける。


「なんだマルコ、手抜いてるのか?」


 レイは冗談でも言うように、笑いながら手を差し伸べる。

 昔は笑顔なんてほぼ見せなかった。加えて冗談を言うことも無かった。仏頂面で与えられた仕事をただ行う寡黙な人物という印象。しかし今は《《憑き物》》でも取れたかのように爽やかだ。

 右腕を失いながらさらに恐ろしい強さを身に着け、性格も変わったかのように見える。


「なんだか変わりましたね」


 マルコも笑いながら差し伸べられた手を握り返して、起き上がる。


「まだやるか」

「はい。もう一戦だけ」


 そして、マルコとレイは向かい合った。

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