第303話 後始末
西部にて発生したバルバトス。特別災害指定個体の中でも特に危険とされる個体の露出ということもあり、事態は最悪を極めるはずだった。しかし終わってみればケアトヤマ遺跡群の一部が飲み込まれ、前哨基地が半壊した程度の被害。バルバトスの危険性を考えればあまりにも少ない被害といえる。
死者24名。行方不明者7名。人的損失に関してもバルバトスの危険性を考えるのならば少ないだろう。
普通ならばこれほど被害を抑えることはできなかった。その要因として二つの出来事が関係している。一つがスカーフェイスの存在だ。彼はバルバトスの発生が確認された約一時間半後に辿り着くと、各地に散らばったバルバトスの肉片を一つ残らず殲滅していった。前哨基地がバルバトスに飲み込まれず、半壊の被害で済んだのもスカーフェイスが前哨基地にいたバルバトスを殲滅したのが関係している。
もしスカーフェイスがいなかったのならば前哨基地は飲み込まれ、その分、バルバトスが成長していただろう。それだけではなく、周りの遺跡へと分散した肉片がそのまま生き延びていればその遺跡のモンスターを飲み込んでさらに別の場所でバルバトスは巨大化していただろう。今回、バルバトスがその生息域を発生した小規模遺跡や前哨基地に留められたのはスカーフェイスによる貢献が大きく、そしてこれが無ければ事態は収終息へは向かっていなかっただろう。
だが、今回の事件はスカーフェイス一人の働きで終わったわけではない。というより、もう一つの出来事の方が深く関与している。スカーフェイスからの連絡によると、すでに前哨基地に辿り着いた段階でバルバトスが発生したはずの小規模遺跡は更地になっており、バルバトスの生体反応が消失していたという。
小規模遺跡が持つ資源をすべて己が身の成長のために使い、巨大化したバルバトスが消えることなどあるのだろうか。この事件はすでに終わったが、まだ色々と疑問点が残っている。その疑問の内の一つでもあり、最大のものがこの事案だ。もはやうsカーフェイスでも苦労するほどに巨大化したバルバトスが消えていた。通常ではありえない。
事後。テイカーフロントの職員が小規模遺跡へと出向き、確認してみたがスカーフェイスの報告通りだった。確かに、小規模遺跡は更地になっており、茶色の地面が露出していた。そこにバルバトスの生存反応は無く、逃れた痕跡も無い。というより逃れていたり、生き残っていたりすればスカーフェイスが見逃すはずもない。
そしてもし生きていればどこかで増殖し、すでにまたどこかで暴れているだろう。それが無いのだから、バルバトスは確かに消失したのだ。だがここで、小規模遺跡を更地に変え、バルバトスを消失させた犯人は誰なのか、という疑問が浮かぶ。ケアトヤマ遺跡群の中心にあるケアトヤマ遺跡。あそこはまだ自動修復機構が稼働しており、強力な防衛設備が生き残っている。バルバトスがケアトヤマ遺跡を飲み込もうとして、その防衛整備を稼働させてしまったがために消滅させられた、という可能性もある。
ただ、ケアトヤマ遺跡の防衛設備が稼働した形跡はなく、また遺跡にバルバトスがケアトヤマ遺跡にまで移動した跡は見られなかった。では何があったのか。バルバトスから逃げる前に前哨基地で戦っていた者達にはその原因が思い浮かんでいた。
バルバトスがすべての生命体を食い尽くし、もはや敵が残されていない遺跡でただ一人生き残っていた人間。あくまでも形が人型なだけでそれが人であるかは分からないが、直感的にそれが人だと分かる。
遺跡の中には数人のテイカーが区域内のモンスターを殲滅するために出ていた。その者達のほとんどが帰って来ておらず、死体すら見つかっていない。恐らくバルバトスに食べられたのだろうが、死体が見つからない内は行方不明者として処理される。
バルバトスと戦っていたあの人物。もしかしたら仕事の為に出ていたテイカーかもしれない。だが一瞬だけだが見えたあの人物と仕事に出ていたテイカーの像とが一致せず、可能性は低いだろう。
だが誰か、と問われてみても答えは見つからない。
あの人物に関しては遺跡の方を映し出していた前哨基地のカメラにも記載されており、そこから人物を割り出そうとしたが無理だった。あの人物が体に纏っていた外套、あれには恐らく電子機器の認識を阻害する効果があるのだろう。一瞬しか映っていなかったのに加えてノイズまで走っている。特定はほぼ不可能だった。それにカメラはバルバトスに飲み込まれた時点で稼働を停止しており、あの人物が映ったのはそれが最後だった。
「幸い、といったところでしょうか」
「はい」
イナバを通話をしていたミケが小さく呟いて返す。
スカーフェイスとその人物によって被害は食い止められた。西部は生き残り、大陸は飲み込まれずに済んだ。それどころか前哨基地は半壊してしまったもののその機能を一部残して生き残っている。
奇跡としか言いようがないだろう。
「しかし……全くノーネームがやってくれましたね」
イナバの方からため息と共に一人の名前が出される。ミケはその人物を思い浮かべて、同調した。
「本当に、あれのせいで大変ですよ」
ノーネーム。西部や中部でその存在が確認されたサイバーハッカーだ。その腕だけでいえば大陸でも五本の指に入るだろう。ただノーネームはその力を己の道楽のために使っている。企業から機密情報を盗み、誰でも見れる媒体で一般公開したり、AIを暴走させたり、自立型AIを育てネットの海に投げて不具合を引き起こさせたり、起こした事件は数あり、そのどれもが大きすぎる被害を生んでいる。
中でも約50年前に起きたパワーバイパル事件はネットワークそのものを完全に破壊してしまう大事件だった。当時は遺跡からの技術流入によってネットは爆速的に進化していた。数々の凄腕ハッカーが生まれ、情報の海に潜りながら新たな道を探し出す。
その中で、当時の人間は旧時代のネットワークと通じてしまった。
文字通り、遺跡があった頃に使われていた機密性の高いネットワークだ。このネットワークが持つ価値は凄まじく、少し調べれば旧時代に使われていた技術のほぼすべてを見ることができた。
人類の回帰。旧時代のネットワークによって人類は旧時代の技術水準に戻れるかと、そういった雰囲気がネットを埋め尽くした瞬間にパワーバイパル事件が起きた。当時の詳細な情報は不明点が多く明らかになっていない。しかし結論だけを述べるとするのならば、当時使われていたネットワークは一切使用不可能になり、旧時代のネットワークへの繋がりも禁じられた。その後に再編されたネットが今使われているネットワークだ。
そしてそのパワーバイパル事件を起こしたのがノーネームである。
今も当時のネットは使用不可能であり、入ることすらも一苦労で、入った後もウイルスや故障したAIなどによって妨害され進行が不可能となる。そうした、西部や東部のネット環境すらも変えてしまったノーネーム。彼には多額の懸賞金がかけられているが未だに見つかっていない。ただここ数十年は姿を見かける機会も無かった。しかし今回の事件を機に再度ノーネームは姿を現した。
彼がしたことは単純だ。前哨基地につけられていたカメラから情報を抜き取り、その映像を一般人が見れるような形で公開した。それによりバルバトスの存在と特別災害指定個体とたった一人で戦う一人の人物という情報が公開されることになった。
本来、これらの情報は秘匿されるもので公開する予定も無かった。
なぜここにきてノーネームがこの事件に介入してきたのかは分からないが、ノーネームのせいで西部ではバルバトスに対する恐怖心であったり財閥とテイカーフロントの信頼、権威といったものが低下した。
それとは別にバルバトスと単騎で死闘を演じたあの人物についても様々なうわさが飛び交っている。
もし、職員やテイカーが見て、映像に記録されたあの人物が遺跡中にいたバルバトスを消滅させたのだとしたらそれは偉業だ。西部で伝説的な三人のテイカーにも並びえる功績と実力。不気味な外套を見に纏いバルバトスと単身で死闘を繰り広げた。
その不気味な外見。突如として現れた実力者。不明な点も多く憶測や推測が好きなだけ広げられる。それでいてバルバトスから西部を救ったという点。『彼がいたからバルバトスは倒せたんだ!』『いや、スカーフェイスがやったんだろう』などと様々な意見が飛び交う。
カルトヒーローとでもいうべきか。
不気味な外套を纏ったあの人物は西部にて狂信的なまでの広がりをみせ、強い人気を持っていた。テイカーフロントでも対処できなかった事件、財閥ですら対応できなかったバルバトスを討伐した。
反企業主義、反権威主義の象徴として担ぎ上げられてすらもいる。
これはテイカーフロント、財閥どちらにとっても面倒なことだ。
「そろそろ、時間のようです」
カルトヒーローを担ぎ上げる声やバルバトス討伐の事案、前哨基地をどうするか。イナバはノーネームが情報を晒してしまったせいで、秘匿下で行うはずだった案件が通常よりも慎重に扱わなくてはいけなくなり、多くの時間を取られていた。
全く面倒なことをしてくれたと、イナバがため息をつく。
この後はすぐに財閥幹部との会議だ。もう会話を終わらなければならない。
イナバは最後に一言述べると通話を切ろうとした、だが、いつもならばこういった時にイナバを煩わせないように配慮しているミケが珍しく声を出して、イナバを止めた。
「なんですか、ミケさん」
イナバは驚きながら、疲れたように返す。一方でミケも疲れを滲ませながら口を開く。
「レイさんは……」
その言葉にイナバが口を閉じる。何というべきか、どこから言えばいいのか、どうすればいいのか、それらのことを考えている内に会議の時間が来てしまいそうで、そしてこの難しい問題から逃げるため、イナバが口を開いた。
「もう時間がありません、後でかけ直してください」
「え、あ、ちょ――」
ミケの言葉を遮り、イナバは通話を切った。




