第302話 特別災害指定個体討伐
レイが落下しながら『神墜とし』を地上に向けた。右腕と一体化しながらも引き金には指がかけられ、いつでも撃ちこめる状態。見下ろす地上にはバルバトスの姿が見えた。
今も、電波塔を飲み込み続けながらレイの元まで迫ろうとしている。
だがそれよりも早く引き金を引くことができる。レイは一度、遺跡中の光景を視界に収めた。直後、バルバトスが距離を詰めるよりも早く、引き金を絞った。
弾丸が撃ち出されることは無い。その硬い引き金を押し込んでもすぐに何かが起こるというわけでもなかった。しかしすぐに空が歪む。亀裂が走り、光が屈折する。地上の光景がレイのいる場所からは歪んで見えた。
視線を動かし、歪んだ視界の中でバルバトスを見た。
直後、空間の歪みが強くなり、甲高く軋むような音を響かせる。電波塔の頂点にまでたどり着いたバルバトスはレイを追って歪んだ空間の中へと入った。その直後に歪みに入ったバルバトスの体はねじ曲がり、捻り千切られ、塵すらも残らずに消え去る。
そしてその後。空が割れた。
ねじ切られ、圧縮され、はじけ飛ぶ。電波塔はまるで折りたたまれるかのようにぺしゃんこになり、バルバトスも巻き込まれすり潰される。遺跡の中心部分ほぼすべてを包み込む『神墜とし』の効力によって瓦礫で凸凹としていた地面は一切の平になる。
集まっていたバルバトスの肉体は一切合切例外なくすり潰されその存在が消失した。
周りの建物も電波塔と同様に踏みつぶされぺしゃんこになる。時間としては一秒にも満たない僅かな時間であった。しかし気がついてみればあれだけいたバルバトスは消滅し、地面は円形にくり抜かれたかのように『神墜とし』の効果範囲が陥没していた。
「……」
レイは空中で落下しながらその光景を見て息を吐いた。
そして同時に右腕を構成していた『神墜とし』はゆっくりと分解され、基となった機械部品たちはレイの右腕から離れていく。千切れたケーブルは粉々になって散って、折れ曲がった鉄板は風を受けて流されていった。
レイの右腕を包み込んでいた機械部品が無くなり、もはや骨だけになってしまった右腕が露出する。もはや感覚は無く、骨に筋肉が絡みついているような見た目だ。割合としては骨の方が遥かに多いだろう。
果たして治るだろうか。レイはそんな疑問を思いながら落下していく。その際、ふと地面を見た時にレイは声を漏らした。
「……死なないか」
バルバトスは逃げ延びた。いや、というより保険を残しておいた。体全体をレイに集中させるのではなく遺跡の少し離れたところで体を待機させていた。何がってもよいように、可能性としては低いがもし集めた体を一斉に消滅させられてしまうような時があれば、そんな想定をバルバトスがしていたかは定かではない。
しかしレイが地上を見た時、確かに瓦礫の隙間から湧き出るバルバトスの姿が見えた。
神は死なず、神は墜ちず。未だ不滅の象徴として目前に居座っていた。
「いいぜ」
いくら『神墜とし』であろうと一発で仕留めきれる可能性は低かった。
だが確かに仕留めきる寸前まで来ていた。あと一押し。レイにはその一押しを実行できるだけの力がある。
(ラウンド4……)
小さく、自分自身でも何を言っているのか分からない。しかしレイは心の中で唱え、作戦を実行に移す。空中で散らばった機械部品をもう一度集める。ネジやケーブルとの間に小さく稲妻が走り、レイの腕へと引き寄せられる。
もう完全に散らばってしまったものは今更集めることはできない。ある程度集め、右腕を補強すればあとは『神墜とし』を構築するだけだ。もう機械部品で完全に補強することはできない。レイに残る代償といえば少量の筋肉や肉、そして骨程度のものだろう。それらをすべて、文字通り『神墜とし』を構築するための血肉とする。
右腕は姿を変え、『神墜とし』を顕現させる。
レイはこの一連の流れを僅か五秒ほどで済ませた。この時間の中でだいぶ高度を下げてしまい、『神墜とし』の効果範囲に自らも入ってしまった。だが今更気にしていることでもないだろう。これでもし何かしらの異常が起きたのならばそれは一発で仕留めきれなかったレイが悪かった、ということだ。
(これが最後だ)
今度こそ、という思いを乗せてレイが引き金を押し込む。直後、今までは空が割れていたが今度は地面に亀裂が走った。今度は少し趣向を変えている。今までは押しつぶすことに重点を置いていた。故に空が歪み、地面へと圧力を加えた。しかし今度は違う、より効果範囲を広くするのと同時に、地表から上空へと物体が叩きあげられるように調整した。
故に地面に亀裂が走っている。この直後、地面は先ほどとは逆に上空へと叩きあげられるだろう。そこを挟む。気がつけばレイの真下、空も歪んでいた。レイは今、『神墜とし』を二発撃った。
地表を上空へと叩きあげるための一発と空から押しつぶすための一発である。押しつぶすだけでは地面の奥底に逃げられる。だから上空へと叩きあげ逃げられなくしてからすり潰す。
地面を走る亀裂は一瞬にして遺跡のほとんどに広まり、各地に散らばっていたバルバトスの肉片がいる場所まで到達する。その瞬間に肉片は逃げようとするが、その小さい体では早く移動できず先に『神墜とし』が起動した。
亀裂の走った地面すべてが地表の奥から上空へと一斉に叩きあげられる。レイからしてみれば一気に地面が近づいてきたような感覚を覚えた。だが上空へと叩きあげられたその地面は今度、レイが用意した二発目の『神墜とし』によって挟まれる。
バルバトスは逃げようとする個体、空中にいるレイに触手を伸ばす個体、様々だった。
「……っはっは」
しかし一様に下からの圧力と上からの圧力によってすり潰され、建物の瓦礫ごと塵と化した。
もはや何もなくなった遺跡にはむき出しの茶色い地面が見えるのみ。建物の後は一つも見られない。当然、バルバトスの姿も見えなかった。この状態ではどこかの地面に隠れることもできず、逃げることもできない。
完全にバルバトスの存在を消失させた。
「はっはっはっは」
骨や肉が機械部品と共に空へと舞って散り去っていく。その中でレイは空を見上げながら笑った。
◆
(やばいやばいやばい)
ミケが《《バルバトス》》から車両で逃げていた。後部座席部分からミケとその部下が背後から追ってくるバルバトスに向けて銃弾を浴びせる。しかしスライムのような見た目でありながらも車両と同じ程度の速さで追いかけて来るバルバトスには何ら効果が無い。
逆に弾丸を飲み込まれさらにその体積を膨張させてさえいるはずだ。
現状、ミケたちにバルバトスを殺しきれる武器は無く、逃げるしかない。しかしバルバトスは成長と共にその速度を上げているためいつまで持つかは分からない。
「取り合えず爆発物で散らすぞ!」
ミケが叫び手りゅう弾などの爆発物でバルバトスの速度を弱める。しかしそこまで効果はない。ミケたちの撤退は迅速に行われたはずなのだが、いつの間にか機械型モンスターをすべて飲み込み、前哨基地を破壊し、ミケたちの元にまで来た。その速度と成長性、いつまでミケが持つかは分からない。
レイが殺したのはあくまでも遺跡の個体であって、すでにバルバトスは遺跡の外にまで肉片を飛ばしていた。それが前哨基地を襲ったバルバトスであり、今、ミケたちを追いかけている個体でもある。
ミケたちを追いかけているのは遺跡に集まったバルバトスに比べると少量だ。しかしそれでもバルバトスであることには変わりなく、あらゆる耐性を獲得している。弾丸は効かず、爆発物もすぐに適応する。
いくら車両の速度を上げようと成長する中で移動速度を上げて追いつく。それどころか車両よりも早い速度で追い上げる。もはや終わり。今のミケには成すすべがない。
そう思った時、車両を追っていたバルバトスの肉片が一瞬にして蒸発して消えた。あれだけ騒がしく追いかけていたバルバトスが瞬きをする間に消えた。その事実に困惑しながらミケが車両の速度を緩めるように合図をする。
「これは……」
自然にバルバトスが消滅するわけがないだろう。だとしたら何が原因か、何があった、誰がやった。その答えを見つけるのはそう難しいことではなかった。いつの間にか停車した車両の前には一人の人物が立っていた。顔は見えず、体躯すらもよく分からない。ただそこに人が立っているということが辛うじて認識できる程度。
だが、ミケにはその人物が理解できた。そして目を見開き、口をぽっかりと開いたままその者の名を呼んだ。
「スカーフェイス……」




