第301話 神を殺す兵器
レイが電波塔に向けて駆け出す。動き出したレイに呼応するようにバルバトスは散らばった体を集め、速度を上げてレイを追う。
電波塔までの距離はそう遠くない。しかし足場が悪いことやバルバトスが障害として立ちはだかることを考えればその道は遠い。レイは電磁機構砲台を右腕から生やしながら、その重量で僅かに体が傾きながらも瓦礫によって崩れた地面を移動する。一方でバルバトスは遺跡中に散らばった体をレイの元へと集めながら襲い掛かる。
弱体化しているとは言え、帝国のカルガン山脈内にて発見された当時のバルバトスは周囲に十分な栄養がない状態だった。雪と氷、山しか無く生物はほぼいない。その状態でバルバトスは木を食べ、岩石を飲み込み、地表を侵食しながらその体積を増やした。しかし今は違う。この小規模遺跡には食糧となる生物型モンスターが多く、それだけでバルバトスを成長させるには十分。加えて稼働する工場や機械型モンスターなどが保有するエネルギーをも飲み込む際に吸収し、己が身の糧とする。
バルバトスが持つ元来の成長性に加えて適した環境まで用意されていた。レイが今消滅させたバルバトスは全体の5パーセントにも満たない。人で言うところ人差し指が亡くなった程度だ。バルバトスは遺跡中にその体を分散させ、あらゆる場所で食事を繰り返している。レイが与えた負傷程度ならば数十秒で回復する。
だがレイがバルバトスの体の一部を消失させたのは紛れもない事実だ。そして遺跡内にいる機械型モンスターや生物型モンスターはすべて食われている。残るレイにバルバトスが集中するのは無理もない。レイを食べた後、遺跡内にある建物を食べてさらに成長すればいい。
バルバトスは地下を通る小さな通路などからも体を地上へと溢れさせ、レイを追いかけながらゆっくりとその質量を増やしていく。レイは電磁機構砲台を使いバルバトスが大きくなるたびにすり減らしているが、それでも間に合わない。
レイは一瞬でバルバトスによって周囲を囲まれる。全方位から洪水が押し寄せるようにバルバトスがレイに覆いかぶさろうとした。レイは電磁機構砲台を目の前に向けて撃ち出し、進路を確保する。
だが作り出した進路もバルバトスが膨れ上がることですぐに狭まっていき、周りからもバルバトスが押し寄せる。ここで全方位を一気に消滅させられる武器でもあれば楽だったのだろうが、生憎、現実は厳しい。
レイは電磁機構砲台を全方位に向けて一瞬の隙を突いて撃ち出す。電撃が走った後、落雷が落ちたかのようにバルバトスの体が消し飛ぶ。しかし完全に消し飛ばせたわけでは無く、肉片が所々で残り、飛び散ってレイの頭上に降り注ぐ。それだけでなく、吹き飛ばされた衝撃のままレイに飛んでくるものもいた。
レイは塑性粒子で壁を作り防御する。しかし、電力不足のホログラムのように塑性粒子の壁はバルバトスと接着した瞬間にノイズが走り、ものの2秒ほどで破壊される。
ただ幸いにもバルバトスの勢い自体は止めてくれた。
レイはその一瞬で駆け抜け、バルバトスの包囲網から逃れる。ただ抜けた先でもバルバトスはすぐに地面から現れ、包囲しながら飛び掛かった。しかし先ほどよりも一斉に飛び掛かって来た量が少ないこともあって、電磁機構砲台で簡単に処理しきることが――。
(……もうだめか)
確かに、電磁機構砲台で撃ち抜いたはずだがバルバトスはその肉体のほぼすべてを消失させながらも、一部分だけ生き残っていた。今までは電磁機構砲台で撃ち抜いた場所は完全に消失させられていた。しかし今、電磁機構砲台を浴びようと体の一部分が生き残っていた。
すでに電磁機構砲台に適応しかけている。完全に適応したとしても完全に電磁機構砲台の威力を削ぐことはできないだろうが、電磁機構砲台が兵器からただの武器へと成り下がることは確かだ。
もうこれ以上、戦いを長引かせることはできない。
電波塔まではあと少し。しかしバルバトスはもう完全に遺跡中から体をかき集めている。もしこのままでは電磁機構砲台に対処されながらじりじりと追い詰められる。ただこの時、必然か偶然か、レイは一つの幸運を拾う。
バルバトスの包囲網を抜けて数十秒進んだところでレイは、走り捨てたはずのバイクを発見した。電波塔を上り終えた際に邪魔になって乗り捨てたバイクだ。傷つき、破壊されている部分はあるものの奇跡的にバルバトスに飲み込まれていなかった。そしてまだ稼働する。
レイは走る速度を緩めることなく瓦礫の上に転がったバイクを拾い上げて立てる。フロント部分に映し出されたホログラムは動いている。だが起動するボタンを押し込んでみてもエンジンが空回りしていのか動かない。
レイはその原因を瞬時に解析し、塑性粒子によって補強するともう一度ボタンを押し込んだ。そしてエンジンが駆動を始めた瞬間、バイクを遠くに投げ飛ばす。バイクは自動体勢制御によって立ったままの姿勢を維持し、その間にレイは速度を上げて前に進む。
バイクの修理に手間取ってバルバトスとの距離を詰められた。
あのまま修理したバイクに乗っていれば一度速度を緩める必要があり、その間にバルバトスに飲み込まれていた。そのためレイはバイクを前に投げ飛ばし走らせる。そして右腕に構築した電磁機構砲台を解除し、機械の腕に戻す。電磁機構砲台がなくなった分、体勢が偏ることもなく動きやすくなった。
レイは走る速度を上げて、前を同じように走るバイクを追いかける。バイクの速度は緩めてある。しかし今のレイには少し早いかという具合。レイは後ろからさらに速度を上げて距離を詰めるバルバトスに対して、確かな焦燥感を抱きながら地を蹴る。
恐怖が人の限界を越えさせる起爆剤として寄与したのかは分からない、しかしレイはバイクとの距離を詰めた。そしてその速度のままレイは走るバイクに飛び乗って、両手でハンドルを握り締めた。
そしてバイクの速度を限界まで上げる。
同時に四方八方、ビルや瓦礫の隙間からバルバトスが姿を現す。もう少しでもバイクに乗るのが遅れていたらレイは飲み込まれていただろう。バルバトスは今完全に遺跡中に散らばった身体を一つにまとめた。
最後の包囲網。
しかしレイがバイクに乗ったことで抜けられる。
足場の悪い瓦礫の上だがバイクは軽快に走り抜け電波塔を目指す。この速度ならば一分とかからない。数十秒とかからないかもしれない。事実、レイはバルバトスと距離を離しながら一瞬で電波塔の根本までたどり着く。近くで見てみればバルバトスに浸食された後で鉄骨に穴ができて今にも崩れそうだ。
だがバイクは電波塔を直線に上がっていく。鉄骨に少し穴が空いていたり、崩れかけていたりしていても、今乗っているバイクならば駆け上がることができる。そんなレイの後ろからバルバトスが迫りくる。
鉄骨に絡みつき、飲み込み、溶かしながらレイを追いかける。
(故障か……)
バイクの出力が弱まる。
落下した際の負荷。足場の悪い瓦礫の上を走り抜けるために使用した反重力機構による僅かな浮遊。そして今行っている側面走行。バイクには多大な負荷がかかっていた。
それが今現れた。
だがそれでもまだ走れる。レイは限界の速度を保ちながら電波塔の頂点を目指す。
(やっぱりか)
バルバトスが電波塔の根元を完全に溶かし、また体重をかけることで電波塔を折ろうとする。それが偶々か考えてやったのかは不明だが、もし折れてしまえばレイの作戦はすべて失敗する。
だが幸い。レイはすでに電波塔の頂点にまで手が届いていた。
バイクが勢いよく電波塔の頂点を蹴って、空へとレイを投げ出す。
レイはバイクから手を離し空中で体を捻って方向を変えて地面を見下ろした。電波塔を飲み込むバルバトス。電波塔の根本から続々とバルバトスが溢れ出していた。そしてレイが電波塔へと向かう際に使用した道は不自然なほど平になっていた。恐らくレイを追いかける中で瓦礫を溶かしながら進んだためであろう。あれだけ凸凹だった地面はバルバトスが溶かしたことでなぜか平坦に見える。
見たところ、バルバトスは電波塔の辺りに集中しているようだった。やはりこの遺跡にはレイ以外に生命体がもう存在していないのだろう。
好都合。
レイがここに来るまでにわざと速度を緩めたり、バルバトスと距離を詰めたり、すべてこの時のために撒いた餌だ。バルバトスの強みはその再生力。たった一つでも肉片を残せば再生するその不死性。一撃で仕留めきれる兵器があろうと、散らばった肉片をすべて、全くの同時に仕留めることが重要だった。
故に一か所に集めた。
遺跡中のバルバトスは今、電波塔の付近に集まっている。レイならばこの数を、この質量を一発で仕留めきることができる。その装備を有している。
「今仕留めてやるよ」
レイが変形する右腕を見て笑い、思い出した。
バルバトスは神として崇められる存在であった。信仰さえされる不滅の化身であった。銃弾はほぼ意味を為さず、熱や酸といったものにも耐性がある。それでいて成長を続け、耐性を増やし続ける。もう少し時間が経てばバイクの最高速度でも捕まえられるほどの速さを手にしていただろうし、電磁機構砲台がだたの武器に成り下がるほどの防御性能を有していただろう。
塑性粒子の壁をも溶かすほどに成長した能力。
まさに神として崇め奉られるにふさわしい力。不滅の象徴して担ぎ上げられているのも納得できる。だが所詮生物。相手が神だというのならばその偽りを暴こう。引きずり墜とそう。傲慢な神に鉄槌を下そう。
「最後だ」
レイが右腕に構築した一つの兵器を見て、僅かに笑みを浮かべた。レイの右腕に構築された武器は懐かしの兵器。中部へと舞い戻る目標を掲げたこの戦いに相応しい一つの凶器だ。
『神墜とし』
かつて西部において反逆者達が使用した絶対の兵器である。




