第158話 身体の不調
レイが遠くの的に向かって試作品の突撃銃を向けている。照準器を覗き込み、息を止めて引き金を引いた。
肩には強い衝撃が加えられ、撃ち出された弾丸は一直線に飛んでいく。直径5センチほどの的の中心から僅かにずれた場所に、弾丸は着弾した。本来ならば的の中心に撃ち込みたかったがそう上手くはいかないようだ。
使っている突撃銃は正確に弾丸を撃ち出した、外したのはレイの実力不足。確かに、強化服を着た上での射撃を想定しているため、重量や反動によって照準は狂う。しかし、結局のところレイのミスであり怠慢だ。
ここのところ風で寝込んでいたこともあり体が鈍っている。加えて、H-44を使っての戦闘がほとんどだったので、簡易型強化服を着ての射撃に慣れてしまっている。
生身で高性能な銃を扱うのは久しぶりのことであり、少し外してしまうのも辺り前のことではあった。
ただ、レイとしては病み上がりであろうと、生身であろうと的の中心に当てたかったところだ。遺跡では予想外の事態が付きまとう。それによってレイは強化服を失うかもしれないし、状態が病床に伏している時と同等に悪くなるかもしれない。
そうして時に通常通りの力を出すことが生きるためには必要だ。
たった一つのミス。少しの怠慢。それらが命に直結する。
今度は中心に当てる、レイがそう意気込んでもう一発射撃する。照準器を覗き込み、立ったままの不安定な耐性ながら体を少しも許さず突撃銃を固定する。照準器に映る的はブレず、意識せずとも呼吸は止まっていた。
そしてゆっくりと引き金を絞る。
撃ち出された弾丸は一直線に飛んでいき―――僅かに的の中心を逸れた。
二度目のミスにレイが表情を歪める。そして照準器から目を離し、弾倉を抜いて本体に残っていた弾丸を取り出してから突撃銃をテーブルの上に置く。
(右手が)
撃つ直前に僅かに痺れた。電気が走ったように筋肉が飛び跳ね、照準が逸れてしまった。それにより的に向かって一直線に撃ち出されたはずの弾丸が上に逸れてしまった。
(……)
レイが右腕を見る。僅かにまだ痺れている。我慢すれば表面上に現れることは無いが、それでも我慢しながらの射撃というのは面倒だ。右腕の不調。体長はまだ万全には回復していない。しかしそれが言い訳にはならないのもまた事実だ。
レイが突撃銃を置くと同時に後ろに立っていたモリタが使用感を尋ねてくる。
「使ってみてどうですか」
レイは依頼を引き受けた後、ある程度の説明を受け、こうして実際に使っていた。突撃銃に一度視線を送ってから、レイは率直な感想を述べる。
「いいんじゃないか。だってこれが最低モデルだろ?」
突撃銃は二つのモデルが発売される予定だ。レイが今使っているものが価格が安い方のモデルになる。
「ええ」
「どのくらいの値段なんだ」
「583万スタテルです」
値段を聞いたレイが頭の中で同価格帯の製品を思い浮かべる。
(GATO-3ぐらい……いや違うか)
GATO-3は確か900万スタテル程度の値段だった。とするとこの突撃銃は相場よりも安いだろう。レイが使ってみた限り、性能はGATO-3より少し下、程度だ。値段を鑑みれば、同価格帯の突撃銃を圧倒する性能をしている。
(583万スタテルか)
値段を再度思い出す。恐らく、この突撃銃が競わなければいけないのは、いや桧山製物が銃を作る上で競わなければいけないのはバルドラ社だろう。高性能、高品質を売りにする桧山製物と被っている。そしてバルドラ社の作っている銃器で最も有名なのがGシリーズ。
狙撃銃のGARA、突撃銃GATO、散弾銃GAGAの三種類だ。これらの中から突撃銃であるGATOについて考えてみるが、GATO-1が32万スタテル。GATO-2が154万スタテルになっている。そしてGATO-3が900万スタテルと、『2』と『3』とで値段に大きな差がある。加えて、性能面でも『3』は『2』を大きく離している。
言い換えれば、GATO-2とGATO-3の間には性能、値段面で大きなギャップがある。
桧山製物は大企業であるバルドラ社と真正面から競おうと考えているわけではない。
高性能、高品質な武器を売り込むならば敵のいない価格帯が良いのは当たり前のことだ。特に、バルドラ社がいない価格帯ならば尚更。
それが500万から700万の価格帯だ。ここならば高性能、高品質を売りにする競合他社が少ない。桧山製物はこの値段帯に勝負をかけたのだろう。700万程度の性能を搭載し、周りの銃に負けないよう限界まで無駄を省き価格を下げる。そしてぎりぎりで実現した583万スタテルという値段。
企業としては当然の市場分析だが、ただの消費者であるレイからしてみればかなり感心できる。
ただレイ自身、GATO-3を使ったことが無いため、あくまでも映像やバルドラ社の出している性能テストの結果とその数値を見た比較であり、銃についても人並み以上の知識しかないためこれ以上考えても意味が無いだろうと思考を切り替える。
「他の武器も使っていいのか?」
「ええ。散弾銃でも狙撃銃でも。事前に言っていただければこちらで的を調整して、数値を記録するので」
「分かった」
今度はレイが散弾銃を持った。その背中にモリタは話しを続ける。
「別のモデルも持って来ましょうか?」
「いいのか?」
「ええ。あなたにはすべての武器を使って貰って、評価と数値を記録しなければなりませんから」
それもそうか、と内心で思いながらレイが散弾銃を構えた。その後ろ姿を見ていたモリタは手元のタブレットに映し出された数値を見ながら考える。
(驚異的、と言いますか。やはり彼に依頼してよかったですね)
強化服を前提に開発され、生身ではとても扱えない重量、反動であるのにレイは的に命中させている。僅かに逸れてはいるもの許容範囲内だ。レイ以外のテイカーもこの試作品を撃っているものの、それは強化服を着ての数値だ。
レイは生身であるのにそれらの数値と比較しても同等か少し下の数値をたたき出している。単に銃の性能が良いというのもあるが、本人の射撃技術も飛びぬけている。高ランクテイカーにも劣らない数値だ。
(生身での計測、しておくべきでしたね)
レイ以外のテイカーは桧山製物の強化服を着て射撃を行った。元々は私服だったり強化服を着ていたりしていたが、数値に誤差が出ないよう同一のものを使用した。ただレイに関しては、説明を聞くと特に疑問も持たず生身で射撃を開始してしまった。
生身でこの模擬射撃場に来たテイカーもいるが、その者達は全員、強化服を着ることを当然だと思っていたし、撃つ前に置いてある強化服を確認を取ってから着ていた。
しかしレイはそんなことをせず、用意されていた強化服を着ずに勝手に始めてしまった。モリタは止めようとしたが、途中で「生身でどのような数値が出るのか」という好奇心が湧いたためそのままにした。
そしてレイの結果を見る限り、生身であってもテイカーならばある程度は使えるのかもしれない。ただレイだけしか例がないため、判断がしづらい。事前に他のテイカーにも強化服を着ずの射撃をさせていればよかったとレイの背中を見てモリタが思う。
(まあいいでしょう)
レイがある程度、用意されていた装備の確認が終わったところでモリタが声をかける。
「事前の確認はその辺にして。いよいよ本格的な測定に移りましょうか」
「ああ。分かった」
レイが狙撃銃を置きながら答える。
そしてレイはモリタについて行くように別室へと足を進めた。




