第135話 容赦が無い
すでに日が落ち切って辺りが暗くなっている。特に荒野には明かりが一つも無く、中継都市から少しでも離れたのならば自身の手足すら確認できないほどに暗い。夜間の警備を行っている者達はこの暗闇の中でモンスターと戦っている。日中とはくらべものにならないほど、その危険性が増しているのは想像に難くない。
それなりのテイカーがモンスターの討伐をしているとは言え、この一つのミスが死に直結するこの環境で通常通りの力を出すのは難しい。いつもならば倒せていたモンスターに不意を突かれて殺されることもある。ほとんどのテイカーはそういうこともあって夜間の巡回依頼には参加しない。たとえ報酬が高くとも命と天秤をかければ後者に傾く。夜間の依頼はそうした理由からただでさえ人が少ないのに、建設途中の中継都市という悪条件が重なって常に人手不足。
レイはすぐに駆り出された。夜間、視認状況が著しく低下した荒野をバイクで走っていた。宿で準備を終えたレイがテイカーフロントにまで行くと、バイクを運転し一人でモンスターの殲滅に当たるか、職員に車両を運転させてモンスターの殲滅に当たるかのどちらかだったが、テイカーでは無いただの非戦闘員を巻き込むのは気が引けた。今はテイカーフロントから借りたバイクを運転して、探査レーダーに映る敵影に向かっているところだ。
バイクのフロント部分に表示されたホログラムには数十体の敵影が映っている。すでに、日中であったのならば見える距離にまで近づいている。しかし暗闇で視認性が悪いためこの位置では見えない。
レイがさらにモンスターへと近づいた時、足のついた蛇のような生物型モンスターを視界に捕らえる。その瞬間、戦闘が始まる。とは言いつつも、その戦いは一方的なものだった。
バイクの体勢制御に身を任せつつ、レイは両手でGATO-1を構えて発砲する。図体のでかいモンスターであったため頭部に命中させても少ししか怯むことなく、レイを追いかける。続いて引き金を引く。しかしバイクに跨りながら、暗闇、という条件でいつもの力が発揮できず狙った場所から僅かに逸れて着弾した。だが4センチほどのずれだ。一発目で命中させたモンスターの頭部を二発目で完全に破壊させ、機能を停止させた。
続けて弾丸を放つ。専用弾の力を遺憾なく発揮し、モンスターの眼球付近の肉を吹き飛ばす。モンスターは暴れながら一時的に立ち止まり、そこに数発の弾丸を浴びせられると一瞬にして肉塊となった。
車上、暗闇、という条件下でありながら武器の性能と元々も射撃技術もあって、今のところ何の問題も無く仕留めて切れている。暗視ゴーグルを付けなくともレイの肉眼は暗闇ないを動くモンスターをほぼ正確に捕らえていた。ただ『ほぼ』だ。先のモンスターのように僅かに狙った場所から弾丸がずれる。これがこの先にどのように響くかは分からないが、どうにかして完璧な状態に戻さなければいけないだろう。
小さな隙でも命取りに繋がる。
照準器に映る最後の一体。レイは冷静に、一つの誤差も無く狙った場所に向けて発砲する。宙を駆けて一直線に飛んでいった弾丸はモンスターの頭部に突き刺さり、衝撃で上体が逸れる。
空を向いてモンスターの頭部に何十発という弾丸が続けて着弾するとモンスターはひっくり返って、腹を空に向けた状態で絶命する。
計七体のモンスター討伐を終えたレイが弾倉を入れ替える。
今回の指名依頼では依頼の期間内に倒したモンスターの報酬がきちんと支払われる。このモンスターの討伐という仕事自体、指名依頼の中に含まれてはいるものの、イナバからの手配で倒した分だけの金額が払われるようになっている。『稼働する工場』の価値はスタテルでは容易に換算できないほどに高い。前回の話し合いで貰った報酬ではその足元にも及ばないほどだ。そして今回の指名依頼の報酬を加えたとしても全く持って足りない。
そのため、指名依頼中に倒したモンスターに対して追加報酬を発生させることで、せめてでもレイに対して報酬を増やそうとしたのだろう。加えて、個体差にもよるが、モンスター一体のモンスターあたりの報酬が高い。巡回依頼では一体あたり2000から3000スタテルほどが一般的だ。それらを合算して追加報酬が支払われる。しかしこの指名依頼中に倒したのならばその倍額は貰える。
ここら辺のこともイナバが手配したのだろう。
そしてレイが次のモンスターを討伐しようとした時にテイカーフロントから連絡が来る。
『救難信号がありました。他の者にも通達していますが、レイさんが一番近いです。すでに座標は送りました』
連絡の内容は救援依頼に関することだった。これに関してはレイは行っても、行かなくても良い。事前に職員からそう説明されているためだ。ただ連絡はしておいた方が良いだろうということでレイにも通達が来る。
レイは送られてきた座標と、車両を取り囲むモンスターの数を確認するとバイクを方向転換させた。そして職員に返事する。
『引き受けた。今向かう』
◆
一台の車両がモンスターに襲われていた。生物型モンスターの群れだ。
「チッィ。数が多すぎる!」
「全然減んねえよクソ!」
夜間の巡回依頼ということもあり、乗っている者達はそれなりに経験を積んだテイカーだ。しかし夜間という条件下の中、多数のモンスターに襲われれば焦り、正確な状況判断が難しくなる。
日中ならば少しの犠牲を出すが殺しきれていたという数。しかし今はそれに加えて夜間だ。モンスターも凶暴化している。もし一人でも脱落すれば全滅は免れない。だが、殺しきれない、殺される。という不安がテイカーに一瞬でも過り、それが行動や言動に現れた瞬間、その緊張や恐怖といったものは他のテイカーに電波する。
そうすれば冷静な状況判断など出来るはずが無くなり、全滅まで秒読みだ。
「う、ううあ」
狼狽えるように一人のテイカーが呟いた。
集団の中からモンスターが一体抜けた。討伐しようとして発砲したが、弾丸が僅かに横に逸れる。そして続けて撃とうとするが、引き金は重くなっている。弾切れだ。弾倉を交換しとうにも、その僅かな時間でモンスターと距離を詰められる。恐らく、弾倉交換を終えた時にはすでに目前、死んでいるだろう。
どう行動しても死しか待っていない。テイカーは脳と体が一瞬だけ硬直する。その一瞬が命取りになると分かっているのに。
モンスターが一瞬にして距離を詰める。そいて走り続ける車両に向けて飛び掛かった。
「っ――あ」
テイカーが両腕で守るようにして顔を覆った。目を瞑り、荒い呼吸をしながらモンスターからの攻撃に備える。だが、モンスターが飛び掛かってくることは無かった。テイカーが恐る恐る目を開ける。
目の前にモンスターなどおらず、恐らく飛び掛かって来たであろう個体が転がりながら車両から離されていくのが見えた。視界に入る状況から危機が去ったことだけを正しく認識する。だがすぐに隣のテイカーから言われる。
「早く構えろ! 死にてぇのか! 夜間は助け合いだ! 死にたくなかったら撃ち続けろ!」
その時に初めてとなりの者が自分の代わりにモンスターを討伐してくれたのだと気が付いた。
「――分かった!」
その一言に勇気づけられたテイカーが再度、突撃銃を握り締めて照準器越しにモンスターを捕らえる。たがそこで一つ違和感を覚えた。
(…………なんか多くないか)
敵の数が前よりも多くなっている。微増なんてものじゃない、急激に明らかに増えている。そしてそれは隣のテイカーも同じだったようだ。
「おいおい。マジかよ」
隣のテイカーはゴーグルをつけていた。恐らく暗視ゴーグルだろう。だからこそよく分かる。荒野を埋め尽くすほどのモンスターの群れ、茶色い大地が見えないほどだ。
見ただけで、この数のモンスターが目の前にいると気が付いただけで発狂してしまいそうになる。もし、全員が暗視ゴーグルを身に付けていたとしたら何人かが取り乱していてもおかしくはない。皆が車両に取り付けられた照明と発火炎から出る光で敵が多くなっているのは分かっている。だがその実態を完璧には把握できていない。
把握できているのは高性能な暗視ゴーグルや高性能な義眼を身に付けている者のみ。そうした者は混乱を招かぬよう、敢えてその事実を口にしない。しかし少し時間が経てば敵が減らずに増え続けていることに疑問を持つ者が多くなる。
そして一人がその異変を認識し、声を漏らした。その瞬間、皆が気が付き始める。そして自身が置かれている絶望的な状況を察知する。恐怖から動機が始まり、焦りから手が震える。射撃能力は著しく低下し、正確な射撃は不可能になる。それでも尚、意識を保ち続け自身が出来る限りの仕事を全うするテイカーもいたが、限界がすぐに来ようとしていた。
その時、一つの手榴弾がモンスターの群れに向かって投げられた。
直後に爆発するとモンスターの肉片が飛び散る。そして車両と並走して一台のバイクが現れた。
「その武器じゃ撃っても効果が低い。皆でこれ使え」
バイクに乗るレイから一番近くにいたテイカーに手榴弾の入ったバックパックを渡される。
「救援依頼で来た。モンスターはこちらが引き受ける」
するとレイはバイクの側面に格納していた袋を取り出すと、モンスターの群れに向かって投げた。そして地面に落下する直前にGATO-1で袋を撃ち抜いた。その直後に袋が黄色く光り、爆発した。音と風が遅れてやってくる。
そしてその爆発によって荷台に乗っていたテイカーが我を取り戻す。テイカー達の変化を確認したレイが、今度は大声でもう一度言う。
「救援依頼で来た! モンスターはこちらが引き受けるから援護してくれ!」
言い終えるとレイがもう一つ袋を取り出して封を開ける。するとその瞬間に先ほどまで車両の方を見ていたモンスター達がレイの方を向いた。
誘引剤。モンスターによって利く利かないがあるが、こんなこともあるかと思って持ってきた。まさか一日目から使用することになるとは思わなかったが、不幸中の幸い。これで依頼が上手く進むのならばそれで良かった。
それまで車両を追っていたモンスターが一部を除いたほぼすべてがレイを追いかけ始める。その状況に恐怖は感じない。ただ依頼を遂行するだけだ。
「よし行くか」
レイが呟くとGATO-1を発砲した。




