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本編

この作品は「何やらかしてるの王子様!?」と「婚約破棄パンデミック」と世界観を共通しています。

 アデリア海。それは世界の中心に位置する大海であり、昔よりこの海の覇者は世界の覇者と言われる程に重要な海であった。歴代の大国は皆この海を支配しており、東西貿易による利益を得て国を大きくしていた。

 それは超大国中央ファンタジア帝国も例外ではない。今でこそ大戦によるゴタゴタでアデリア海は中立的な海域となってしまっているが大戦まではアデリア海を支配することで経済的な利益を得て国を大きくしていたのだ。

 超大国へと至り、戦争の傷も癒えつつある現状、国民は声を高らかに叫んでいる。今こそアデリア海を取り戻す時だ、と。それに賛同する声は日に日に大きくなっており、最早皇帝や議会も無視できない勢いにまでなっていた。


「簡単に言ってくれる。それが出来るのであればとっくに行っている」

「大戦後ハークレー連合もオラウソラスも海軍を拡大させると聞く。大戦で多くの艦艇を失った我らでは抗うのは難しい」


 大戦は中央ファンタジア帝国に未曾有の発展と栄華を与えていたがその一方で唯一割を食っているのが海軍だった。250m級戦艦を筆頭に200を超える軍艦を有していた海軍は大戦で様々な国々と連日連夜戦い続けたことで大戦終結時には20隻にまで数を減らしてしまっていた。

 あの大戦より幾年月も過ぎ、海軍もまた再建途上にあるがかつての栄光ある海軍が蘇りつつあった。大戦で登場し、国際的な衝撃を与える事となった300m級戦艦たる”リマーナ”級4隻を筆頭に250m級戦艦4隻、巡洋艦40隻、駆逐艦100隻、その他小型艦艇100隻以上と大戦前と同等にまで回復している。

 しかし、大戦の時でさえそれではアデリア海を維持するには至らずにハークレー連合やオラウソラス諸島連合帝国にいいようにやられていたのだ。


「ですが、そろそろ両国の海軍も確認しておきたいのも事実。両国がいる限りアデリア海を取り戻すことは出来ないですから」

「だがまたあのような大戦はごめんだ。何とか海軍だけの問題で抑えられればいいが……」


 しかし、アデリア海はそんな不安をとってもどうしても手中に収めておきたい海域だった。結局、中央ファンタジア帝国は海軍による軍事演習という体で艦隊の派遣を決定した。同盟国たるファルザー地方同盟やツヴァインブレッグ帝国へ通達する一方仮想敵国たるハークレー連合やオラウソラス諸島連合帝国への事前通達は一切行われなかった。明らかな挑発であり、海軍の現在の実力の把握と両国の海軍の動向、戦争になった際に自分たちは何処まで戦えるかの調査を名目とするこれらの動きに両国は見事に食いついた。というよりも食いつかざるを得なかった。


「アデリア海での軍事演習だと!? 奴らはアデリア海を自分達の物だと言いたいのか!」

「アデリア海は我らの海! 奴らに渡しはしない!」


 ハークレー連合もオラウソラス諸島連合帝国も大戦によってアデリア海を中立化することに成功させたのにそれを台無しにしようとする中央ファンタジア帝国のこの動きを看過できなかった。故に両国は普段は領海問題で仲が悪いが一時的に同盟を締結し、連合艦隊として中央ファンタジア帝国への攻撃を狙ったのである。

 無論、中央ファンタジア帝国には艦隊が出港する前には通達済みであり、完全な奇襲を仕掛けるようなことはしない。そうなれば非難されるのは自分達だと理解しているからだ。そして、単純な国力では中央ファンタジア帝国に勝つ事は難しいことも理解しており、彼らはアデリア海に進出した海軍の排除のみを宣言した。

 結果、中央ファンタジア帝国の思惑通りに両国は乗ることとなり、大戦を含めて五度目のアデリア海海戦が目前に迫ることになったのだった。






「レーダーに異常はないか?」

「はい。レーダーに敵艦らしき反応はありません」


 300m級戦艦にして主力艦隊の旗艦を務める”リマーナ”。その艦橋では司令長官たるバルツァ提督がいた。大戦後期、つまり海軍としての能力をほぼ喪失しかけた状態で提督となった彼は残存艦艇で中央ファンタジア帝国の沿岸部を見事に守りぬいて見せた実力者であった。彼がいなければ帝国の沿岸部は荒廃乃至敵の占領地となっていたであろう。


「情報によると敵艦隊は2国分の戦力だ。厳しい戦いになるぞ」

「問題ありません。主力艦隊はリマーナ級3隻に加えて250m戦艦2隻、巡洋艦25隻、駆逐艦40隻を有する大艦隊なのです。これだけの戦力であれば敵艦隊等襲るるに足らず、ですよ」


 気を引き締める提督とは対照的にリマーナ艦長は呑気なものであった。まだ年若く、大戦を経験していない彼は自国こそが最強だと信じて疑っていなかった。とはいえこれは艦長だけの話ではない。大戦後、それも栄華を極め始めてから入隊した者達は等しく自国の優位性を疑っていない。

 自信を持つことは良いことだとバルツァ提督も思ってはいる。何事にも自信なさげでは艦長等の上に立つ役職には不向きだからだ。だが、それで敵を過小評価するのであれば別だ。提督は厳しい視線を艦長に向けて言った。


「大戦時、そう考えた帝国海軍は見事に大敗し、アデリア海を失う事となった。君はまたそれを繰り返すのかね?」

「え? い、いえそういうわけでは……」

「君のように自信を持つことが悪い事とは言わん。だが、それで驕るようでは自信なき上官よりも劣るというものだ。覚えておきたまえ」

「……失礼しました」


 艦長はぐっと何かをこらえるようにうつむきそれだけを言った。言い過ぎた、とは思わないが海戦前からこれでは先が思いやられると提督は艦艇の復興よりも教育を優先するべきだったかと少し後悔をした時だった。

 レーダー観測員が大声を上げたのだ。


「れ、レーダーに艦あり! 距離70!」

「大戦以来の戦いだな。総員、戦闘配置!」

「総員戦闘配置! 総員戦闘配置!」


 提督の言葉は伝声管を通じて艦内に、魔電通信を通じて各艦艇に迅速に伝えられた。それと同時に艦内のあちこちに設けられたブザーが鳴り響き、乗員が慌ただしく動き始めた。

 外では対空砲要員が持ち場につき、敵の攻撃に備え、砲は何時でも動けるように稼働を開始する。最新鋭の主砲たる430㎜をもってしても有効射程距離は30㎞前後。砲撃戦はまだまだ先の話だった。それよりも先に別の戦いが始まる。


「っ! 敵飛行部隊接近!」

「総員対空攻撃準備!」

「総員対空攻撃準備! 総員、対空攻撃準備!」


 提督と艦長は手に持った双眼鏡で外の様子を確認する。幸いな事に今日は晴れ且つ波は穏やかな日だった為に外の景色は遥か彼方まで確認できた。


「……来たか」

「あれが、ハークレー連合の無人飛行兵器ですか」


 大戦末期にハークレー連合が開発した無人飛行兵器。別世界ではドローンと呼ばれるそれはそれまで飛行船や気球しかないこの世界に大きな衝撃を与えた。飛行船よりも高機動でありながら低コストで量産できるそれらは前線からその後方の司令部に至るまで爆撃や自爆特攻を展開する事で中央ファンタジア帝国に対して恐怖と衝撃を与えていた。幸い、末期に開発された為に被害は最小限で済んだが以降対空防御の重要性が増す結果となった。

 当然ながら海軍はこれらの兵器を海上でも運用してくることは想定していた。地上とは違い海上は運用がし易いだろうことは簡単に想定出来、それに備えた対空防御兵器を大量に搭載していたのだ。

 たかが人の半分もない飛行兵器に海軍がやられるはずがない。そんなバカげたことを言う者はいない。何故なら海軍最後の撃沈艦はこれらの兵器による自爆特攻によって発生しているのだから。


「敵兵器、射程圏内に入りました!」

「撃て!」

「総員、射撃開始! 繰り返す! 総員、射撃開始!」


 そして、その集大成が今まさに披露されようとしていた。対空兵器である20㎜機関砲や15㎜連装砲、そして雷撃発生装置が一斉に火を吹いた。

 飛行兵器は小型故に当てづらいがハークレー連合も改良には至っていないようで高機動で動ける代わりに操作性はすこぶる悪かった。故に直線移動しか出来ない飛行兵器は回避すらままならずに次々と撃墜されていく。

 そして、海軍の最後の秘密兵器も発動する。


「誘導魔力弾! 発射!」


 リマーナに搭載された3門の小型砲塔から魔力弾が放たれた。それら上空で一瞬静止すると目にもとまらぬ速さで飛行兵器に向かっていき、直撃と同時に爆発する。当然飛行兵器にそれを防ぐことなどできるはずもなく次々と撃墜されていった。

 これはこの世界ではありふれた魔力弾。魔術師ならば威力は大小あれど誰もが使う事が出来るそれに誘導性能を付与したうえで無人化した発射装置である。発動後は付近の最も大きい魔力を持つ物体にぶつかるように調整されており、艦艇に当たらないように艦艇が発する魔力を認識できないようにシステムが組まれている。

 コストはかかるものの用意するだけなら割と簡単にできるために現在リマーナを始めとしてこの砲塔を搭載する新造艦には各100発以上の魔力弾を積んでいた。1度や2度の海戦ならば十分な数と言えよう。

 全ては飛行兵器の突撃で爆炎を上げて沈没する艦艇をこれ以上出さない為の海軍の努力が実を結んだ瞬間だった。ハークレー連合による先制攻撃は完全に失敗したのである。


「敵機撃墜完了! 後続の姿、ありません!」

「懸念された飛行兵器は無事に対処できたようだな。艦長、今度はこちらの番だぞ」

「はっ! 割れた帝国海軍の力を見せつけてやりましょう!」


 帝国艦隊はお返しと言わんばかりに連合艦隊へと急速に接近を開始した。






「ま、まさかファルケン隊がやられるとは……!」

「どうしますか? 敵は砲撃戦に持ち込もうとしているようですが……」

「無論、こちらも応じるまでだ!」


 ハークレー連合海軍の旗艦”エリー・ガーター”に乗艦した指揮官のジュラスは予想外の出来事に驚きつつも冷静に次の指示を出した。

 大戦末期に自国で開発された飛行兵器、ファルケンⅠ型と名付けられたこれによってハークレー連合の戦い方は大きく変わることとなった。それまでは見上げるだけの存在だった空を支配し、上空からの攻撃を可能としたのだ。その結果、人は上空からの攻撃に対して無力であると判明した。対応はいくらか可能だがそれを指せないだけの機動力をファルケンは有していた。それにより中央ファンタジア帝国を大いに苦しめる事が出来たが十分な威力を発揮する前に戦争は終結してしまった。あのまま続けていれば帝国は敗北していたと考えているだけに残念という気持ちがハークレー連合にはあったが次の戦いに備えてファルケンの改良を行った。

 その結果として誕生したⅡ型は水上運用が可能となり、機動力は更に増していた。これならば帝国海軍は一方的にやられるしかないと考えていたが予想外にも対策を取っており、戦果を上げる事が出来ずに全機撃墜されたのだ。


「敵はどうやら我らが行った艦艇への自爆特攻から対策を考えていたようですね」

「中途半端な攻撃によって敵に対策のチャンスを与えてしまったわけか……! 失態だな」


 元々は行うはずがなかった艦艇への攻撃である。それをしてしまった結果が目の前の光景とはとジュラスは顔を歪ませた。これなら多少の戦果等必要なかったと。

 だが、今さらそんなことを言ったところで何もかもが遅い。今できる事は現有戦力で帝国を打破することだけである。


「敵は戦艦5隻、巡洋艦25隻、駆逐艦40隻。対する我らは戦艦2隻、巡洋艦20隻、駆逐艦29隻、フリゲート艦20隻。オラウソラスが戦艦5隻、高速戦艦3隻、巡洋艦14隻、駆逐艦20隻。数の上では勝っているがこちらの艦艇が大戦時から使用している旧式艦だ。最新鋭艦にどこまで戦えるか……」

「艦艇の更新は遅々として進んでいませんからね」


 オラウソラス諸島連合帝国はともかくハークレー連合は大戦以降経済的発展はしても軍事に関しては大きく出遅れていた。唯一国土を接しているのが後進国であるリューネンベルゴ王国であることも原因の一つであり、最大の脅威であるガスコーニュ帝国とは同盟を結んでおり比較的良好な関係を維持できていた。

 それ故にまずは経済的発展を優先させた結果、軍事関連の更新は遅れてしまっているのだ。唯一ファルケンが更新されたがそれは海上では戦果を上げるには至らないという結論が出てしまっていた。つまり、唯一発展させてきた軍事技術は帝国には通じないという事だった。


「こうなっては砲撃戦で少しでも敵の艦艇を沈めるしかないですね。敵の大型艦艇を最低でも1隻沈められれば敵の威信を削れると思うのですが……」

「帝国が総力を挙げて建造した船だぞ? 一体どれだけの被害が出るのやら……」


 中央ファンタジア帝国が300mを超える大戦艦を建造したことはハークレー連合にも伝わっていた。300mを超える戦艦等この世界では誕生していなかったために各国に大きな衝撃を与えていたが飛行兵器の時代が到来すると信じていたハークレー連合は失笑を持って受け入れていた。そのツケがまさに目の前まで迫ってきているわけだが。


「敵艦隊を目視で確認! 敵艦との距離凡そ35!」

「戦艦の主砲でも有効射程距離は凡そ30。もうすぐか……」


 旧型艦ばかりのハークレー連合では30でも怪しい所があるがその距離でずっと砲撃戦をするわけではない。そもそも、戦艦以外の砲が届かない為にもっと接近する必要があった。


「距離を20弱まで近づくぞ。オラウソラスともそのように事前に打ち合わせはしているからな」

「了解です!」


 ジュラス指揮官による命令により連合艦隊は一斉に自軍の砲撃にとって最良の距離まで接近することを選んだ。それは中央ファンタジア帝国とて同じであり、両艦隊は凡そ25の付近で回頭を開始した。ここに艦隊戦の決め手である砲撃戦が開始されたのだった。






「主砲、うてぇ!」


 先制攻撃を決めたのは中央ファンタジア帝国だった。リマーナを筆頭とする戦艦、巡洋艦が一斉に火を噴き、巨大な弾丸の雨を連合艦隊に降り注いでいく。だが、当然といえば当然か。着弾した艦艇がない。艦隊の周囲を大きな水柱が埋め尽くし、一時的に視界を奪い取った。

 砲撃戦で初弾から当てる確率はとても低い。両艦隊の動きや波によって変わる高低差、更に気象条件などによって弾丸は狙った位置から大きくずれる。そのため、初弾は敵との距離を測る為に行われるのだ。それぞれの着弾地点を確認し、位置を修正。艦隊の未来予測も合わせて理想的な位置を算出して砲撃するのだ。

 つまり、本当の戦いは次弾からであり、それは中央ファンタジア帝国を始めとして各国の海軍の常識だった。だが、それを覆す存在が対峙するオラウソラス諸島連合帝国である。


「”シルフィーネ”発射ぁ!」

「”魔力誘導弾シルフィーネ”発射します!」


 ハークレー連合が飛行兵器に無限の可能性を感じたようにオラウソラス諸島連合帝国ではある新型兵器の研究を極秘裏に行っていた。その集大成こそが別世界でロケット弾と呼ばれている、あるいはミサイルと言っても良い兵器だった。

 最新鋭艦である艦隊旗艦”ネロ=アローラ”にはこれが搭載されていた。試作段階故に1隻にしか搭載されていないが飛行兵器と同様に新時代の兵器として注目している兵器である。艦隊の中央部に取り付けられた垂直発射口及び魚雷管の代わりに設けられた水平発射口より計10発の弾丸が放たれた。それは発射と同時に火を噴き、弾丸以上の速度で帝国艦隊に突き進んでいく。


「あれは!? ええい! 撃ち落とせ!」


 この兵器に対して真っ先に反応したのが艦隊の外部、最も連合艦隊と近い場所にいた駆逐艦K‐10号である。艦長は即座に迎撃の指示を出したが撃ち落とすことが出来なかった。更に驚きなのがそのうちの3本が自艦に向かってきている事だった。その動きはまるで目がついているかのように細かな修正を繰り返しており、対空兵器として作り上げた誘導魔力弾に似ていた。そして、肝心の誘導魔力弾は敵の速度の前に全く迎撃が間に合わずに素通りを許してしまっていた。


「ば、ばかな……!?」


 あまりにもな光景に艦長は唖然としてしまうがそれが彼の最後の光景だった。直後にK-10号の船体に3発のシルフィーネが直撃した。艦橋と前方の主砲、後方のスクリュー付近にぶつかったシルフィーネは装甲を貫通しながら爆発を起こし、内部をずたずたに破壊していく。主砲付近に設置してあった弾薬もこの爆発で誘爆し、K-10号は乗員が逃げるまもなく爆沈してアデリア海の藻屑となって海の底へと消えていった。

 その光景はリマーナに乗船するバルツァ提督も見ていた。隣にいる艦長などは顔面蒼白であり、先ほどまでの自信たっぷりな様子が嘘であるかの如き姿だった。


「ば、ばかな……! 駆逐艦と言えど軍艦が立った三発の攻撃で沈むだと!?」

「当たり所が悪い、何て話ではないな。それは主砲に関しても言えること。最初の戦果は敵の物だな。通信手! 各艦艇に敵の新型兵器に気を付けさせろ! まだ敵の攻撃は続いているぞ!」


 提督がそう言うのとほぼ同時に、左前方を航行していた巡洋艦アレムトに2本のシルフィーネが直撃した。場所は両方ともに後方の主砲であり、主砲を軽く破壊して中で大爆発を起こし、巡洋艦の後方を軽く吹き飛ばして見せた。それによりアムレトは後部を完全に吹き飛ばして海の底へと沈んでいった。

 集中的に攻撃を受けたとはいえたった2発の攻撃で巡洋艦が沈んでいく姿に誰もが絶句してしまう。駆逐艦とは違い巡洋艦は戦艦に次ぐ海戦の華である。戦艦に次ぐ火力と駆逐艦にも匹敵する速力を活かして戦場を縦横無尽に駆け巡るのだ。そんな巡洋艦が沈む。戦艦ほどではないにしろその衝撃は大きかった。


「おのれ……! オラウソラスはこれほどの兵器を開発していたとは……! 残りは何としても撃墜せよ! これ以上艦を失うわけにはいかないぞ!」


 艦長の怒声に応えるように対空攻撃が激しくなる。絶対に撃ち落とすという決意は実績として表れたようで残りの5本は直撃する前に撃墜する事に成功した。命中率は5割だがそれによる被害と衝撃はそれ以上の効果があった。少なくとも、帝国海軍の常識はまたもや覆された瞬間だった。


「あれが連発されては勝てる戦も勝てんな。だが、もういいようにしてやられるわけではない」


 そう今の距離は砲撃戦の距離なのである。オラウソラスだけの一方的な戦場ではないのだ。


「修正座標入力完了! 主砲、いつでも発射可能です!」

「うてぇ!」


 そして、お返しと言わんばかりに再び帝国艦隊による砲撃が行われる。未来予測や座標修正も行った結果、放たれた砲撃は高い命中精度を持って連合艦隊に襲い掛かった。60近い砲弾が降り注ぎ、いくつもの爆炎を引き起こした。それらは確かな損害を連合艦隊に与えている証拠であった。


「くっ! やはり砲撃戦は向こうの方が上手か……! ならば我らは数を生かして反撃するぞ!」

「はっ! 主砲、うてぇ!」


 しかし、連合艦隊とて新兵器だけが使える武器ではない。軍艦である以上主砲はきちんと搭載されているのだ。反撃としてオラウソラス側が、少し遅れてハークレー連合も主砲を発射した。数だけなら完全に帝国艦隊を上回るそれらは雨あられの用に降り注いでいくがその命中率は明らかに低い。両艦隊の練度の違いを如実に表していた。

 加えて言うのであれば最新鋭艦が多数を占める帝国艦隊はあらゆる面で最新の技術が使用されている。それにより主砲の小回りの良さなどで大きな差を生み出していたのだ。

 つまり、数で勝ろうと帝国艦隊が相手では優勢にはなりえないのである。その証拠に続く帝国艦隊の砲撃は再び連合艦隊の艦艇を吹き飛ばしていく。旧式艦で構成されるハークレー連合は砲撃によって次々と沈められており、海戦から3時間ほど経過したころには半数が海の底に沈んでしまっていた。

 オラウソラスも高速戦艦3隻全てを失い、シルフィーネ発射口を吹き飛ばされて虎の子のシルフィーネを発車できなくなってしまった。だが、それでも帝国艦隊にも大きな被害を出しており、250m戦艦2隻を筆頭に巡洋艦5隻、駆逐艦を10隻は沈められている。かなりの損害だが敵に比べればまだまだだろう。

 そして、ここからは戦いは次の段階へと入るのだ。


「行くぞ! 我ら駆逐艦の力を見せる時だぁ!」


 巡洋艦と駆逐艦を中心に敵に一気に接近していく。これより始まるのは駆逐艦を中心とする雷撃戦である。砲撃に比べて射程距離が短く、避けられやすい雷撃戦は足の速い駆逐艦で接近して行うのがセオリーだった。それをするためには砲撃である程度の敵火力を低下させておくか視認が難しい夜間に行う必要がある。でなければ駆逐艦は格好の的となり沈められてしまうだろう。


「敵は既に死に体! これで決めるぞ!」


 砲雷撃戦を指揮する駆逐艦K-2号の艦長は大きな声を上げた。激しい海戦に興奮しつつも冷静に戦局を把握している彼は周囲に降り注ぐ砲弾をものともせずに得物たる大型艦に視線を向ける。


「艦長! オラウソラス側の艦艇は未だ経戦能力が高く近づくのは困難です!」

「無視せよ! 我らの目的は最初からハークレー連合艦隊だけである!」


 明らかに弱体であるハークレー連合に止めを刺すべく駆逐艦は進むがやはり距離が近づくという事はそれだけ着弾のリスクが上がることを意味している。実際、2号の隣を航行していた駆逐艦は敵の砲撃をまともに受けて轟沈した。

 それでも魚雷の有効射程まで到達した駆逐艦は一斉に回頭。止めを刺すべく魚雷をハークレー連合に向けた。


「艦長! 魚雷の準備完了です!」

「発射ぁっ!!」

「っ! オラウソラス側より発砲! こ、これは着弾します!」


 一斉に放たれる30以上の魚雷。それらが満身創痍のハークレー連合に向けて放たれた。しかし、その代償として駆逐艦K-2号はオラウソラスの戦艦からの主砲を受けて爆沈した。

 雷撃の為に駆逐艦は10隻が沈んだ。雷撃戦に出た艦艇の実に半分にも及ぶがその犠牲を持ってハークレー連合に対して最後の一撃を与えようとしていたのだ。






「魚雷接近してきます!」

「回避! 回避行動を取れ!」

「駄目です! 間に合いません!」


 中波している”エリー・ガーター”に乗船したジュラス指揮官は悲鳴のような乗員たちの言葉を聞きながら最後の時を受け入れていた。大戦時からハークレー連合を海から支えてきたこの戦艦も新時代の艦艇の前には太刀打ちが出来ずに早々に戦闘能力を失っていた。それでも旗艦として最後まで戦い続けてきたがそれも終焉の時を迎えようとしていた。


「……中央ファンタジア帝国は海軍を完全に再建したわけか」


 大戦ではいいようにやられてきた飛行兵器の対策兵器もきっちりと用意し、オラウソラスの新兵器すら叩き落して見せた帝国海軍はそれだけの練度を積み上げてきたという事だろう。飛行兵器にだけ拘り、艦艇の更新を怠ったつけをジュラスたちは受けていたのだ。


「これで中央ファンタジア帝国によるアデリア海の占領はほぼ確実となる。……再びの大戦がはじまるだろうな」


 アデリア海を征服した中央ファンタジア帝国をハークレー連合を始めとする周辺諸国が許すはずがない。必ずやそれを良しとせずに軍事行動を起こし、かつてのような大戦へと発展することになるだろう。その際、中央ファンタジア帝国を倒せる国がいるのか。最早あの超大国を倒すには世界中の全ての国の力が必要だろう。


「総員! 衝撃に備えろ! 来るぞ!」

「……ハークレー連合に、栄光があらん事を……」


 目を閉じて言ったその言葉が彼の最後の言葉となった。エリー・ガーターに対して魚雷が3発命中し、もともと中波していた為に耐え切れずに爆発炎上し、乗員が逃げる暇もなく沈んでいった。

 艦隊旗艦が沈んだこともありハークレー連合の残存艦艇は逃走を開始した。最早撃沈された艦より生き残っている艦艇の方が少ないハークレー連合は指揮系統すら破壊されて戦意を喪失したのである。そして、そんな同盟国の醜態を見てオラウソラス諸島連合帝国もこれ以上の海戦は無意味と判断し、海域からの離脱を図った。

 そんな両艦隊の動きは帝国艦隊からも見て取れて、自分たちの勝利に誰もが沸き立った。そして、更なる被害を与えるべく追撃にも入り、夜が迎えるまでにアデリア海海戦の勝敗は完全に決定した。


 中央ファンタジア帝国は大破が300m級戦艦1隻、巡洋艦3隻、駆逐艦2隻。中破が巡洋艦4隻、駆逐艦10隻。そして撃沈が250m戦艦2隻、巡洋艦5隻、駆逐艦15隻と大損害を受けていた。しかし、それ以上に敵に与えた損害はすさまじいものだった。

 ハークレー連合は港に辿り着けた艦艇は巡洋艦3隻、駆逐艦10隻、フリゲート艦4隻、そのうち無傷の艦艇はおらず、オラウソラスは戦艦3隻、高速戦艦1隻、巡洋艦7隻、駆逐艦7隻のみであった。ハークレー連合海軍はほぼ壊滅状態であり、オラウソラスも暫く動けない程の損害を受ける事となった。

 この海戦後、中央ファンタジア帝国は中立化されたアデリア海を自国の領海に組み込むことを宣言した。トラキア王国を始めとする帝国同盟諸国はこれを受け入れ、海戦に敗北したハークレー連合とオラウソラスもそれを受け入れる事しか出来なかった。

 アデリア海を帝国の海に復帰させた中央ファンタジア帝国はそこから得られる利益を基に更なる発展を遂げていくことになり、一方でアデリア海に領土を接する反帝国諸国は更なる不満をため込んでいくことになるのだった。


挿絵(By みてみん)

射線は各国の領海

緑矢印は帝国艦隊の進路

青はハークレー連合艦隊の進路

茶はオラウソラス諸島連合帝国艦隊の進路

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