第6話「オーウェンという少年」
キオは昨日の勉強会のことを思い出しながら清々しい気持ちで席に座っていた。みんなで一緒に学び、教え合った時間は、想像以上に楽しかった。
「おはよう、キオ」
オーウェンが席に着きながら声をかけてくる。
「おはよう、オーウェン」
「昨日の勉強会、本当に充実していたな。あんなに夢中になって話をしたのは久しぶりだ」
オーウェンは率直に話す。その自然な態度に、キオは親しみを感じていた。
「僕も君の実践的なアドバイスは勉強になったよ。特に魔法を『育てる』という考え方は素晴らしい発想だった」
「そう言ってもらえると嬉しい」
オーウェンはからからと笑った
「勉強があんなに楽しかったのは、初めてだ」
オーウェンは少し表情を和らげて続けた。
「実は…これまで王族という立場で、こんなふうに同年代の子と自然に話をする機会がなかったんだ。常に自身の立ち居振る舞いについて意識していたし、相手も気を使って言葉を選んでいただろうしね」
オーウェンの表情はどこか寂しげだった
キオも静かに話を聞いている
「まぁ、仕方ないのないことなんだがね。だからこそ昨日のような時間は、僕にとって本当に貴重だった。君やルイ、セドリック、カリナと一緒に過ごせて、とても楽しかった」
オーウェンの率直な気持ちに、キオも心を動かされた。
「僕も同じだよ。こんなふうに自然に話せる友達ができて、本当に嬉しい」
二人が笑いあった時、後方からカリナの明るい声が聞こえてきた。
「えー!本当に?すごーい!」
何事かと振り返ると、ルイが恥ずかしそうに手を振っていて、セドリックも興味深そうに話を聞いている。
「何か面白い話をしているみたいだな」
オーウェンが微笑む。
「気になるね。休み時間になったら聞いてみようか?」
「ああ、そうしよう」
休み時間になると、キオとオーウェンはルイたちのところに向かった。
「何か楽しそうに話してるけど、どんな話?」
キオが親しみやすく声をかける。
「あ、キオ様、オーウェン様」
ルイが慌てて立ち上がった。
「カリナが私の実家のお店に……」
「ルイの家って『リンネル洋食屋』っていう名前らしくって!」
カリナがルイの言葉を遮り、二人に話し始めた。
「私、この学校に入るためにこの街に向かってて、その途中でアルテン町でご飯を食べたんだけど。そのご飯屋さんがルイの実家だったらしくって、私びっくりしちゃったー!」
「私もまさか、カリナがうちのお店にきてたとは思わなかったよ」
ルイもはははっと笑う
「どっかいいお店ないかなーって探してたら『心温まる美味しい料理をお約束します』って書いてある看板を見つけて、思わず入っちゃったのよねー」
「へえ、それは素敵な看板だね」
オーウェンが関心を示す。
「店主の性格が伝わってくるような言葉だ」
「僕も昔お邪魔したことがあるんだけど、料理もお店の人もその言葉通りだったよ」
キオが付け加えると、ルイはさらに顔を赤らめた。
「そんな…恐れ多いです……」
「僕の本心だから」
キオが微笑む。
「それは是非一度お邪魔してみたいな」
そんなキオの言葉にオーウェンは目を輝かせた
オーウェンが言うと、ルイは驚いたような顔をした。
「え…でも、オーウェン様が私の家のような小さなお店に……」
「キオの大切な思い出の場所で、君の家族が営んでいるお店なら、僕も見てみたい。できるなら君たちとね」
そのオーウェンの言葉に全員が驚いた顔をする
「君たちと一緒なら、きっととても楽しい時間になる」
「もちろん楽しいに決まってるじゃない!」
カリナが元気に言うと
オーウェンも嬉しそうに笑う
そんなオーウェンにルイは戸惑いながらも少し嬉しそうな表情を見せた。
「ありがとうございます……でも……」
「あ、でも急に決められることではないよね」
キオがルイをフォローする
「王族が訪問するというのは、ルイの両親にとっても大きなことだし、お店の準備とかもあるから、そう簡単な話でもないと思う」
「そうですね…父や母とも相談しなければ……」
ルイが控えめに答える。
「もちろんだ。ご家族で相談していただいて、ご迷惑でなければという話だからね」
オーウェンが理解を示した。
「僕も、君たちに迷惑をかけたいわけじゃない。ただ、友達として一緒に過ごせたら嬉しいというだけなんだ」
その言葉に、セドリックが少し驚いたような表情を見せた。
「友達…として…」
「ああ。もちろん立場上の配慮は必要だが、僕は君たちを友達だと思っているよ」
オーウェンの率直な言葉に、その場にいる全員が少し感動したような表情を見せた。
「私からも両親にお願いしてみます」
ルイが決意を込めて言った。
「両親から返事がありましたら、改めてご連絡します」
「ありがとう。楽しみにしている」
授業開始のチャイムが鳴るまで、和やかな雰囲気で話は続いた。
昼食時間になると、オーウェンとキオは一緒のテーブルに座った。
「さっきのルイの家の話だが…」
オーウェンが少し考えてから言った。
「もちろん、お店の料理が気になるということもあるが、それ以上に君たちと一緒に過ごしたいという気持ちが強いんだ」
その言葉にキオは目を丸くする
「そうなの?」
「ああ。実は…王族という立場は、思っている以上に孤独なものなんだ」
オーウェンは少し寂しげに笑った。
「常に多くの人に囲まれているが、本当に心を許せる相手は…なかなかいない。どうしても立場を考えて接してくる人が多いからね」
その言葉に、キオは自分の境遇と重なるものを感じた。
「僕も…似たようなことを感じることがある」
「そうだろうな。シュバルツ一族、しかもネビウス家という立場は、僕と同じような重さがあるはずだ」
オーウェンが理解を示す。
「だから君となら、自然に友達になれるのではないかと思ったんだ。立場を理解し合える相手として」
キオは胸が温かくなった。
「僕も、オーウェンと話していると、とても楽だよ。気を遣いすぎることなく、自然でいられる」
「それは嬉しい。僕も同じ気持ちだ」
オーウェンが満面の笑みを浮かべる。
「今の生活がとても充実している…そう感じるよ」
オーウェンの言葉にキオも考える
「僕も…一緒に勉強したり、こうして話したり…前世で憧れていた生活を送れている気がするよ」
呟くような声にオーウェンは聞き返す
「ん?どうした」
首を傾げるオーウェンにキオは慌てて言い直した。
「あ、えっと…昔読んだ小説に書いてあった主人公達のような、学生生活を送れて嬉しいなって思って」
「へぇ。それは魅力的な小説だな。また機会があったら教えてくれ」
オーウェンは「とはいえ…」と話し始める
「お店の件は無理をお願いするつもりはない。ルイに迷惑をかけたくないからね」
「ありがとう。そういうオーウェンの気遣い出来る所が僕は好きだよ」
「そうだろ?」
そんなオーウェンのフフンと笑った顔にキオは吹き出してしまった
その時、近くのテーブルからエルヴィンが他の貴族たちと一緒に近づいてきた。
「リンドール殿下、ネビウス卿、ご機嫌麗しゅう」
「やぁ、フォルケ卿。どうしたんだい?」
オーウェンが応答する。
「先ほどから楽しそうにお話しされているようですが、我々ももっとお二人とお話しする機会をいただけないかと思いまして」
エルヴィンの視線が、さりげなくルイたちのテーブルの方を向く。
「ああ、もちろんだ。授業も始まるし、また時間を作って話そう」
オーウェンの言葉にエルヴィンは頭を下げる
「ありがとうございます。いやー…僕も彼女らが羨ましいです。お二人とお話する機会が多くて」
ルイたちがいるテーブルの方を見ながら話すエルヴィンき
キオは少し警戒心を抱いた。
「僕らはクラスメイトだし、近くに座っていることが多いからね。自然と話をする機会が多いんだよ。それにみんな良い人たちだ。」
キオがそう答えると、エルヴィンも慌てて返す
「もちろんです…!失礼いたしました」
エルヴィン達が去った後、オーウェンが小さくため息をついた。
「やはり、周りの目は常にあるな」
「そうだね?」
「慣れてはいるが…正直、時々疲れることもある。でも、王族として生きていく以上、慣れるさ」
オーウェンは肩をすくめる。
「だからといって自分らしくいることを諦めるつもりはない。君やルイたちとの友情は、僕にとって本当に大切なものだから」
その言葉に、キオは深い共感を覚えた。
「僕も同じ気持ちだ。お互い大変だけど頑張ろうね」
その夜、寮の部屋でキオは今日のことを振り返っていた。
『キオ』
心の中でシュバルツの声が響く。
『王族も、なかなか大変なものなのだな』
『うん。オーウェンの話を聞いて、改めて実感した。立場が高くなればなるほど、普通に過ごすって難しくなるのかもしれない』
『ああ、そうかもしれないな』
『オーウェンと僕は似たような立場だからこそ、お互い共感出来ることも多い。だからこそ、ルイたちのように接してくれる人がとても大事だって、改めて感じるよ』
窓の外を見ると、星が瞬いている。
『大切にしたいな』
『大切にできるさ、お前ならな』
シュバルツの温かい声に、キオは安心した。
オーウェンとの友情も、ルイたちとの関係も、どちらも自分にとって欠かせないものになっている。立場は確かに複雑だが、それでも本当の友情を築けることがわかった。
『明日からも、みんなとの関係を大切にしていこう』
そんなことを考えながら、キオは眠りについた。すべてをバランス良く大切にしていきたかった。