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第30話「乙女の紅潮」

ベアトリスとエルヴィンとの外出から一夜明けた、日曜日。


キオは寮の自室で、昨日のことをぼんやりと思い返していた。

窓の外からは、穏やかな冬の陽射しが差し込み、床に柔らかな光だまりを作っている。


「昨日は楽しかったな」


窓辺で日向ぼっこをしながら、竜人の姿のシュバルツが静かに呟いた。陽光を浴びて、その鱗が鈍く輝いている。


「うん。二人の意外な一面を見れてよかったよ」


「人は多面的だ。お前もこれから、友達の新しい一面をたくさん見ることになるだろう」


「そうだね。楽しみだな」


「良いことだ」


シュバルツの尾が、満足そうにゆったりと揺れる。


「今日は何をする?」


「特に予定はないんだ。せっかくの休みだし、少し街を散歩してこようかな」


「なら、街に出るなら姿を変えるか」


シュバルツの体が淡い光に包まれた。

普通の青年が現れる

もう見慣れた姿だった


「これでいいだろう」


「うん。じゃあ、行こう」


二人は冬用のコートを羽織り、マフラーを首に巻いた。

コートを窮屈そうでもなく、ごく自然に着こなしているシュバルツの姿を見て、キオは思わず「ふふっ」と笑った。


「なんだ?」


シュバルツが不思議そうに首を傾げる。


「ううん、なんでもない」


キオは優しく微笑んだ。

こうして改めてシュバルツと並んで出かけるというのが、なんだか不思議で、でも嬉しかった。


寮を出ると、陽射しは柔らかいものの、空気はキリリと肌を刺すように冷たかった。キオはマフラーに少し顔をうずめる。

学園から続く石畳の道を、二人の足音がコツ、コツと小気味よく響いた。


「特に目的はないんだな」


「うん。のんびり歩きたい気分なんだ」


二人は、ゆっくりと街の中心部へと向かった。

日曜日の商店街は、平日とは打って変わって活気に満ちていた。

楽しげな家族連れ、寄り添って歩く若いカップル、友人同士の笑い声。誰もが休日を楽しんでいる。


通りのパン屋からは、甘く香ばしい匂いが漂ってくる。


「賑やかだな」


シュバルツが珍しそうに周りを見回す。


「うん。休日だからかな」


二人があてもなく歩いていると、遠くから聞き覚えのある、明るい声が飛んできた。


「ほら、ルイ!あそこに美味しそうなパン屋さんがあるわよ!」


「うん、カリナ。でも、その前にお肉屋さんに寄りたいんだけど……」


キオが声のした方に振り返ると、そこにはカリナとルイの姿があった。

二人とも買い物袋を提げ、何かを熱心に話し込んでいる。


「カリナ、ルイ!」


キオが声をかけると、二人はきょとんとした顔でこちらを見た。


「あ、キオ! スバル!」


カリナがすぐに気づいて、嬉しそうに手を振る。


「キオ君? スバルも? どうしてここに?」


ルイもぱちぱちと目を瞬かせ、驚いた様子だ。


「散歩してたんだ。二人は?」


「私たち、買い物に来てたの! 女子寮の食材を買いに」


カリナが持っていた袋を軽く持ち上げて見せる。


「そうなんだ」


「キオとスバルは二人だけ?」


ルイが少し心配そうに尋ねる。


「うん。特に予定もなかったから、ぶらぶらしてた」


「じゃあ、一緒に回らない?」


カリナが提案すると、ルイも「あっ」という顔をして、嬉しそうに頷いた。


「そうだね。四人の方がきっと楽しいよ」


「ありがとう。じゃあ、お邪魔してもいいかな?」


「もちろんよ!」


シュバルツは静かに頷いた。


「俺は構わない」


こうして、四人は一緒に商店街を回ることになった。


「次はお肉屋さんね!」


カリナが弾むような足取りで先頭を歩く。

お肉屋さんに入ると、ショーケースには様々な部位の肉が鮮やかな赤色で並んでいる。


「うーん、どれがいいかな……」


ルイが真剣な顔つきで肉を見つめている。


「ルイ、今日は何を作る予定なの?」


キオが尋ねる。


「えっと……みんなで食べるシチューを作ろうと思って。だから、煮込むのに適したお肉を探してるの」


「シチュー! 美味しそう!」


カリナが目を輝かせた。


「お嬢さん、シチューならこれ、どうです?」


店主が赤身と脂身のバランスが良い、一つの肉塊を勧めてくれる。


「これは牛のすね肉です。じっくり煮込むと、とても柔らかくなりますよ」


「それください!」


ルイが即決した。

シュバルツが静かに言った。


「すね肉は、長時間煮込むことでコラーゲンが溶け出し、旨味が出る。良い選択だ」


「スバル、料理にも詳しいの?」


カリナが興味深そうに聞く。


「長く生きていると、色々と覚える」


シュバルツの言葉に、みんなが妙に納得したように頷いた。

お肉を買った後、八百屋さんにも寄る。

土の匂いが残る、新鮮な野菜が山積みにされている。


「冬野菜がたくさんあるわね!」


カリナが嬉しそうに言う。


「にんじん、じゃがいも、玉ねぎ……シチューには全部必要だね」


ルイが一つ一つ、傷がないか確かめるように丁寧に選んでいく。


「ルイ、この大根も美味しそうよ」


カリナがずっしりと重そうな大根を持ち上げる。


「大根? シチューには入れないけど……」


「じゃあ、別の料理で使えるわ! 大根の煮物とか」


「それもいいね」


キオはその様子を微笑ましく見ていた。


「ルイ、本当に料理が好きなんだね」


「うん……将来は、お店を継いで、お父さんやお母さんみたいな料理人になりたいんだ」


ルイの目が、料理の話をする時だけ、ひときわ強く輝いて見えた。


「それにね、魔法を使った料理法も勉強してるの。温度を正確にコントロールしたり、食材の鮮度を保ったり」


「すごいわね! 私、そういうの苦手なのよ」


カリナが素直に感心する。


「カリナは感覚派だからな。だが、それはそれで才能だ」


シュバルツが静かに言った。


「そうなの?」


「ああ。料理は理論だけではない。直感も大切だ」


「スバル、いいこと言うわね!」


カリナがぱっと嬉しそうに笑う。


「このにんじん、色が鮮やかで良いですね」


ルイが濃いオレンジ色の一本を手に取る。


「色が濃いほど、栄養価が高いんだ」


シュバルツが説明する。


「へえ、そうなんだ」


キオが興味深そうに見る。


「じゃあ、これにしよう」


ルイは新鮮な野菜を次々と選んでいく。店主も、見る目があるルイが嬉しいのか、にこにこしながら良い野菜を勧めてくれた。


「お嬢さん、目利きがいいね。料理人志望かい?」


「はい。まだ勉強中ですけど」


「その調子で頑張りな。良い料理人になれるよ」


店主の言葉に、ルイは嬉しそうに、そして少しはにかみながら頷いた。


「素敵な夢だな」


シュバルツが静かに言った。


「ありがとう、スバル」


野菜を買い終えると、四人は商店街を歩き続けた。


「次は調味料のお店に寄りたいな」


ルイが少し重くなった袋を抱え直しながら言う。


「調味料? 何を買うの?」


キオが興味深そうに聞く。


「えっとね、冬に合うハーブとスパイスを探してて。シチューに入れると、体が温まるんだ」


「へえ、そうなんだ。どんなハーブ?」


カリナが身を乗り出す。


「ローズマリーとタイム、それからちょっと珍しいけど、ジュニパーベリーも試してみたくて」


「ジュニパーベリー?」


キオが首を傾げる。


「針葉樹の実だ。肉の臭みを消し、風味を豊かにする」


シュバルツが間髪入れずに説明する。


「スバル、詳しいのね!」


カリナが素直に驚く。


その博識ぶりに、キオは感心すると同時に、とても驚いた


『今まで心の中とはいえ、色々話をしてたのにシュバルツがこんなに料理の事を詳しいなんて知らなかった』



当たり前のように食材の知識を披露する姿は、キオのまだ知らないシュバルツだ。



「僕...シュバルツがこんなに料理に詳しいの知らなかったよ」


キオが寂しげに呟くと

シュバルツが何か言おうと口を開きかけた瞬間、カリナが「もう!」というように快活な声を上げた。


「何言ってるのよ、キオ!」


カリナが手を腰に当てて、キオをじっと見る。


「キオもスバルも、出会ったばかりでしょ? 知らないことだらけなのは当たり前よ!」


「でも……」


『出会ったばかり、というのとは違うんだけど……』


キオが口ごもる。その複雑な事情は、カリナには説明できない。


「これからいっぱい『知ってる』を作っていけばいいのよ。それが友達ってものでしょ?」


カリナの真っ直ぐな言葉に、ルイも優しく頷いた。


「そうだよ、キオ君。キオ君とスバルの繋がりは、まだ始まったばかりなんだから」


「ルイ……カリナ……」


キオが二人を見ると、二人は温かく微笑んでいた。


『そうか……外での繋がりは、始まったばかり、か』


キオの心の中のしこりが、すっと溶けていくのを感じた。

シュバルツは三人の様子を、どこか優しい顔で見守っていた。




四人は香辛料専門店に入った。


一歩足を踏み入れると、様々なスパイスやハーブが混じり合った、複雑で豊かな香りに包まれる。壁一面に、色とりどりの小瓶が並んでいた。


「わあ……いい香り」


ルイがうっとりとしたように目を輝かせる。


「これがローズマリーで、こっちがタイム……」


ルイが一つ一つ確認していく。


「あ、これ! ジュニパーベリー!」


小さな黒い実が入った瓶を見つけて、ルイが嬉しそうに手に取る。


「ねえねえ、これって故郷でも使ってたわ!」


カリナが別の瓶を指差す。


「カルダモン?」


「そう! お茶に入れたり、お菓子に使ったり。懐かしいな」


カリナが瓶を手に取って、香りを嗅いでいる。


「カリナの故郷の料理、食べてみたいな」


キオが言うと、カリナの顔がぱっと明るくなった。


「本当? じゃあ、今度作ってあげる!」


「楽しみだね」


ルイも嬉しそうに微笑む。


「ルイの料理とカリナの料理、どっちも食べてみたいって言ったらワガママかな?」


キオの提案に、二人が顔を見合わせた。


「それいいわね!」


「うん、楽しそう」


「じゃあ、今度みんなで料理会しよう!」


カリナが手を叩いて提案する。


「料理会?」


「そう! みんなで一緒に料理を作って、食べるの。オーウェンとセドリックも呼んで」


「いいね! 僕も手伝うよ」


キオが賛成する。


「俺も手伝おう。野菜を切るくらいはできる」


シュバルツも珍しく参加の意思を示した。


「スバルも!? やった!」


カリナが嬉しそうに小さく飛び跳ねる。


「じゃあ、また予定を立てようね」


ルイが楽しそうに言った。

ルイは必要なハーブとスパイスを購入し、四人は店を出た。




「お腹空いてきたわね」


カリナがずっしり重くなった袋を抱えながら言う。


「そういえば、もうお昼過ぎだね」


キオが空を見上げる。陽射しが少し傾いてきた。


「ねえ、あそこにカフェがあるわよ! 休憩しない?」


カリナが通りの向かいを指差す。


「いいね」


キオも賛成する。


「俺も賛成だ。荷物も多くなってきた」


シュバルツが二人の買い物袋をちらりと見る。

四人はカフェに入り、窓際の席に座った。店内は暖房が効いていて、ほっと息がつける。


「何を頼む?」


「私、ホットチョコレート!」


カリナが即答する。


「俺はコーヒーで」


シュバルツが落ち着いた声で言う。


「僕は……紅茶かな」


「私も紅茶にする」


ルイが言う。

注文を終えると、温かい飲み物が運ばれてくるまでの間、四人で談笑した。


「そういえば、昨日はベアトリスって子とエルヴィンと出かけたんだよね?」


カリナが興味深そうに聞く。


「うん。美術館と博物館に行ってきた」


「楽しかった?」


「すごく楽しかったよ。二人とも、それぞれの得意なことを教えてくれて」


キオが答えると、ルイは少し安心したような表情を見せた。


「それは良かった」


「ベアトリスは芸術の話、エルヴィンは歴史の話をしてくれたんだ」


「へえ、二人とも詳しいのね」


カリナが感心する。


「うん。二人の意外な一面を見れてよかったよ」


キオは二人のやり取りを思い出し、ふふ、と笑う


「共に学ぶ時間は、互いを知る良い機会だ」


シュバルツが静かに言った。


「私たちもお互いのことをもっともっと知れるように、色々やりたいわね!」


カリナがみんなを見回す。


「いいね。みんなで色々なことを一緒に経験したいな」


キオの言葉に

カリナもルイも笑顔になり、3人で笑いあった





「そういえば、シチューはいつ作るの?」


キオがルイに聞いた。


「今日の夕方かな。寮のみんなで食べる予定なんだ」


「美味しくできるといいね」


「頑張る! カリナも手伝ってくれるし」


「任せて! 野菜を切るのは得意なのよ」


カリナが自信満々に胸を張る。


「俺が見た限り、材料の選び方は良かった。きっと美味しくなる」


シュバルツが静かに言った。


「ありがとう、スバル」


ルイが嬉しそうに微笑んだ。

その時、カフェに入ってきた若い女性が、カリナを見て目を見開いた。


「あら、カリナさん!」


「え? あ、寮母さん!」


それは女子寮の寮母だった。


「ちょうど良かった。実は今日、急な用事ができて……荷物の受け取りを手伝ってもらえないかしら?」


「え? 今ですか?」


「ええ。30分後には戻ってこないといけなくて……」


カリナは困った顔で、キオたちを見た。


「ごめん……ちょっと行かなきゃ」


「大丈夫だよ。行ってあげて」


キオが言うと、カリナは申し訳なさそうに立ち上がった。


「ごめんね、みんな。また後で!」


「気をつけてね」


ルイが心配そうに見送る。

カリナと寮母が慌ただしく去った後、テーブルには少しだけ静かな空気が流れた。


キオ、シュバルツ、そしてルイの三人。


シュバルツがすっと静かに立ち上がった。


「俺は会計を済ませてくる。二人はゆっくり話していろ」


そう言って、シュバルツはカウンターへと向かった。


「えっと……」


ルイが、少し緊張した様子でカップに残った紅茶を見つめている。


「このまま、もう少し散歩しない?」


キオが提案すると、ルイは顔を上げて、小さく頷いた。


「うん……」


三人はカフェを出て、再び商店街を歩き始めた。

カリナがいた時とは違う、少し静かで、でも心地よい雰囲気だ。


シュバルツは二人の少し後ろを、まるで護衛でもするように、それでいて二人を見守りながら歩いている。


「キオ君は、一人で散歩するの好きなの?」


ルイがふと聞いた。


「うん。考え事をする時、歩いてると落ち着くんだ」


「私も……そう。一人で歩いてると、頭が整理される気がする」


「そうなんだ。似てるね」


キオが微笑むと、ルイも小さく微笑み返した。


「ねえ、ルイ。料理の道具、もう少し見て回らない?」


「えっ、でも……」


「せっかくだし。僕も一緒に見たい」


キオの言葉に、ルイは嬉しそうに頷いた。


「……うん、そうしよう」


三人は、料理道具を扱う小さな専門店に入った。

シュバルツは入口付近に立ち、キオとルイが店内を見て回るのを見守っている。

店内には、磨き上げられた様々な鍋、フライパン、調理器具が整然と並んでいる。


「わあ……」


ルイの目が、さっきよりも輝いている。


「これ、魔法で温度調節ができる鍋なんだ……」


ルイが、美しい飴色をした一つの銅製の鍋を、そっと手に取る。


「魔力を注ぐと、自動で最適な温度を保ってくれるって……すごいよね」


「本当に料理が好きなんだね」


キオがそう言うと、ルイは少し照れくさそうに微笑んだ。


「うん……でも、まだまだ未熟で。もっともっと勉強しないと」


「ルイの料理、僕はすごく美味しいと思うよ。この前食べた時も、なんだか心が温かくなった」


キオの真っ直ぐな言葉に、ルイの目がうっすらと潤んだ。


「ありがとう……キオ君」


シュバルツが店の奥から、ある調理器具を持ってきた。


「これは?」


「魔法の温度計だ。料理の温度を正確に測れる。ルイの料理の向上に役立つだろう」


「わあ、本当だ……でも、これ……」


ルイが値札を見て、少し躊躇する。


「お小遣いで買える範囲だろう」


シュバルツが静かに言った。


「……はい。これにします」


ルイは決意を込めて温度計を購入した。

店を出ると、午後の陽射しがさらに傾き、空気がオレンジ色を帯び始めていた。


「お腹空いたね」


キオが言うと、ルイが小さく頷いた。


「どこかで軽く食べて帰ろうか?」


「うん...あ、でも夕ご飯があるから軽めにね」


三人は、商店街の角にある小さなパン屋に入った。


「いらっしゃいませ」


店主が笑顔で迎えてくれる。

店内には焼き立てのパンの香ばしい匂いが満ちていて、思わず食欲がそそられる。


「これ、美味しそう」


キオが一つのクロワッサンを指差す。


「私、このベリーのデニッシュにします」


「僕はクロワッサン」


「俺はこのライ麦パンで」


シュバルツが選ぶ。

三人は買ったパンを持って、近くの広場にあるベンチに座った。

キオがパンの袋を開けようとして、冷たさでかじかんだ手が滑ってしまった。


「あ……」


袋が地面に落ちそうになった瞬間、ルイがさっと手を伸ばして受け止めた。


「大丈夫、キオ君」


ルイが優しく微笑みながら、袋をキオに渡す。

その時、二人の手が一瞬、触れ合った。


「ありがとう、ルイ」


キオがお礼を言うと

ルイの頬がほんのり赤く染まっていた。


「う、うん……どういたし、まして」


ルイは少し俯きながら、自分のパンを取り出した。

シュバルツはその様子を静かに見守っていたが、何も言わなかった。


「いただきます」


三人で声を合わせて言った。

クロワッサンを一口食べると、サクッとした食感と共に、バターの豊かな風味が口いっぱいに広がる。


「美味しい……」


キオが思わず呟く。


「本当……このパン、すごく良い香り」


ルイも満足そうに微笑んでいる。

シュバルツは静かにライ麦パンを食べながら、二人の様子を見守っている。

しばらく三人でゆっくりとパンを食べていると、ルイがふと口を開いた。


「キオ君は……学校生活、楽しい?」


「うん。すごく楽しいよ。友達がたくさんできて」


キオが素直に答えると、ルイは安心したように微笑んだ。


「それは良かった。私も……キオ君やみんなと友達になれて、本当に嬉しい」


「ルイも、大切な友達だよ」


キオが微笑むと、ルイは照れくさそうに俯いた。


「ありがとう……」


シュバルツは二人の様子を静かに見守りながら、少し離れた場所に座っていた。二人が楽しく話せるよう、さりげなく距離を取りながらも、キオから目を離すことはない。


「ねえ、キオ君」


ルイが少し恥ずかしそうに切り出した。


「もし機会があったら……私が新しく考えた料理、食べてもらいたいな」


「いいの? 」


キオの目が輝く。


「まだ完璧じゃないから、味見してもらって、感想聞かせてほしいんだ」


「もちろん。ルイの料理、絶対美味しいと思うよ」


「そう言ってもらえると嬉しいな。実はね、冬野菜を使った新しいスープを考えてて」


「どんなスープ?」


「かぼちゃとさつまいもを使った、甘くて温かいスープ。魔法で甘みを引き出すんだ」


「美味しそう……」


キオが想像して、思わず笑顔になる。


「お父さんにも教えてもらって、少しずつ練習してるの。でも、まだ魔法の加減が難しくて」


「きっとすぐにできるようになるよ。ルイは頑張り屋さんだから」


「...ありがとう、キオ君」


ルイが、心から嬉しそうに笑顔を見せた。

シュバルツは、二人の穏やかなやり取りを見ながら、わずかに口元を緩めた。


キオがこうして自然に友達と話せている姿は、見ていて心地よかった。

三人はゆっくりとパンを食べ終え、学園への帰り道を歩いた。


「今日は、楽しかった」


ルイが小さく言った。


「僕も。カリナもいたらもっと賑やかだったけど、ルイとゆっくり話せて良かった」


「私も……キオ君、スバルと一緒に過ごせて、嬉しかった」


ルイの頬が、夕焼けのせいか、それとも別の理由か、少し赤く染まっている。


学園の門が見えてきた。


「また、一緒に出かけよう」


キオが言うと、ルイは嬉しそうに頷いた。


「うん!」


三人は寮の前で別れた。ルイが女子寮へ向かうのを見送ってから、キオとシュバルツは男子寮へと歩いていった。



自室に戻ると、シュバルツの体が再び淡い光に包まれた。

人間の青年の姿が消え、竜人の姿に戻る。立派な角、翼、そしてしなやかな尾。


「ふう……やっと元の姿に戻れた」


シュバルツが、人間の服を脱ぎ捨てるように、少し安堵したように言う。


「お疲れ様、シュバルツ」


「なんてことはない」


キオは窓辺に座り、外の景色を眺めた。

冬の夕暮れが、空を赤とオレンジ色のグラデーションに染め上げている。


「空がきれいだな……」


「ああ。『ヴィーナの紅潮こうちょう』だな」


「ヴィーナのこうちょう?」


キオは首を傾げる。


「古い伝承だ。知っているか? 昔、この世のものとは思えぬほど麗しい乙女がいた。名をヴィーナ。彼女の髪は、ちょうどあの空の色のような、美しいオレンジ色だったという」


「へえ……」


「ヴィーナは、『夜の貴公子』と呼ばれるハルプモントに密かに恋をしていた。だが、彼女はとても内気で。ハルプモントが姿を現すと、いつも恥ずかしさのあまり逃げ出してしまっていた」


キオは話を聞いて切なげな顔をした


「なんだか切ないね」


シュバルツもキオの言葉に頷く


「ああ。ある日の黄昏時、またしても逃げられることに悲しんだハルプモントは、走り去ろうとするヴィーナの手首を掴んだ。『なぜいつも私から逃げるのだ』と。ヴィーナは俯いたまま何も言えなかった。だが、ハルプモントはすぐにその理由に気がついた」


「理由?」


「ヴィーナの白いうなじから頬にかけて、真っ赤に染まっていたのさ。彼女が自分を好いているがゆえの恥じらいだと、ハルプモントは悟った」


シュバルツは再び空を見上げ、目を細める。


「燃えるようなオレンジ色の髪と、恋心で真っ赤に染まった頬と項。その二つの色が混じり合ったヴィーナの様子が、まさにこの赤にもオレンジにも見える夕焼け空のようだった。……以来、人々はこの空の色を『ヴィーナの紅潮』と呼ぶようになったという」


「なんだか、凄くロマンチックだね。そういう物語があるって知らなかったよ。シュバルツは色々知っているんだね」



「...そうだな」


シュバルツは一瞬黙ったあと、少し考える素振りを見せる


キオが首を傾げていると

シュバルツは口を開いた


「俺は...お前とこれから色々なものを見て、色々なことを知っていきたい」


シュバルツの言葉にキオは目を丸くした


「どうしたの?」


「お前に話せていないこと...話したいことが沢山あるんだ。今日の料理の話もそうだ...だから」


シュバルツはキオの目を見て微笑んだ


「これからも...一緒の時間を過ごしてくれ」


キオはシュバルツの言葉に、ふふふと笑った


「もちろんだよ、シュバルツ」



シュバルツの尾が、優しくキオの腰に巻きつく。その温もりを感じながら、キオは明日への期待を膨らませていた。


『カリナ、ルイ、オーウェン、セドリック……みんなと過ごす時間を大切にしたい』


明日はまた、月曜日。


学校で、みんなに会える。


そう思うと、自然と胸が高鳴った。

窓の外では、空の赤が深い藍色に変わり、最初の星が瞬き始めていた。


キオは穏やかな夜を迎えた。


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