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第26話「精霊と歴史の教え」

精霊召喚の儀式から、三日が経った朝。

キオは寮の自室で静かに目を覚ました。

窓ガラスを隔てて伝わる12月の空気は冷たいが、差し込む陽射しは冬特有の澄んだ光で、部屋の隅々までを淡く照らし出している。


部屋の片隅では、相棒のシュバルツが翼を畳んで静かに座っていた。

自分と同じく紫の瞳が、じっとキオを見守っている。


「おはよう」


「おはよう、キオ」


いつものように短い言葉を交わす。

それだけで、二人の間には十分だった。

キオはベッドから出て窓の外に目を向けた。

中庭の木々はすっかり葉を落とし、その枝や地面には薄っすらと白い霜が降りて、朝の光をキラキラと反射している。


「今日は、特別講義があるんだっけ」


「ああ。シュバルツの一族の専門家による、精霊召喚の歴史についての講義だったな」


その言葉に、服を着替えるキオの手が一瞬、微かに止まる。その変化を見逃さず、シュバルツが優しい声で言った。


「大丈夫だ。俺がいる」


その声に後押しされるように、キオは深く息を吸い込み、静かに頷いた。


「……うん」





賑やかな声が満ちる食堂へ向かうと、いつものテーブルに四人の友人たちの顔が揃っていた。


「キオ君、おはよう」


ルイが笑顔で挨拶をしてくれる。

その周りでは精霊フレアとトロプが楽しそうにくるくると舞っている。


「おはよう」


「ねえ、今日の特別講義、すっごく楽しみじゃない?」


カリナが期待に満ちた声で話しかけてきた。


「精霊召喚の歴史ですって! どんな話が聞けるのかしら!」


「僕もすごく楽しみかな」


セドリックも目を輝かせている。

彼の膝の上では、小さなフェネックの姿をした雷の精霊のコロネが気持ちよさそうに丸まっていた。


そんな楽しそうなみんなの様子にキオはぎこちない笑みを浮かべた。

ふと、オーウェンがキオの表情に気づいたように、静かな声で問いかけた。


「大丈夫か?」


「……うん」


キオは小さく頷くだけだった。

オーウェンはそれ以上何も言わず、ただ理解を示すように穏やかに微笑んだ。


温かいスープを口に運びながら、五人は今日の講義について言葉を交わす。


「あ、でも。確か今日の先生って、あの召喚の時に話をしてた人だよね?」


「確か召喚魔法の第一人者で...キオの叔父さんだったよな?」


不安げにキオを見るカリナとオーウェンに

「大丈夫だから」とキオは安心させるように笑顔を作る


「どんなお話をするのかな?」


ルイも不安げに首を傾げた


キオはそれ以降黙って食事を続けていた。


テーブルの下で、シュバルツの尾がそっとキオの足に触れる。柔らかな温もりが、張り詰めかけた心を少しだけ解きほぐしてくれた。



【特別講義—召喚大広間】


午前中、一年生全員が召喚大広間に集められた。

三日前、精霊召喚の儀式が行われた、あの荘厳な場所。

高い天井、ステンドグラスから差し込む光、そして微かに残る魔力の残り香が、キオの記憶を呼び覚ます。

友人たちと並んで席に着くと、いつの間にか壇上に一人の男性が立っていた。


ベゼッセン・シュバルツ・ヴァーグナー。


キオと同じ真っ黒な髪に、落ち着いた物腰。

まるでそこだけ時間の流れが違うかのような、穏やかな空気を纏っている。

だが、その佇まいには専門家としての確かな威厳が感じられた。


その姿を認めた瞬間、キオの体が知らずと硬くなる。

すると、背中に回されたシュバルツの尾が、優しく、しかし力強くキオの腰に巻きついた。


『大丈夫だ』


頭の中に直接響く、頼もしい声。

キオは静かに息を吸い込み、心を落ち着けた。


「皆さん、おはようございます」


ベゼッセンの穏やかで、よく通る声が大広間に響き渡る。


「今日は、精霊召喚の歴史と、その契約の本質についてお話しします」


彼の声は穏やかだったが、一つ一つの言葉には確かな重みと、精霊への深い敬意が込められていた。


「精霊召喚は、この世界が創造された時から存在する、最も古い魔法の一つです」


ベゼッセンはゆっくりと壇上を歩きながら、語り始めた。


「世界の創造主である三大竜——黒竜、金竜、白銀竜——がこの世界を形作った時、彼らは万物に精霊という命を吹き込みました」


生徒たちは皆、真剣な眼差しで彼の言葉に聞き入っている。


「精霊とは、自然の力そのものです。火、水、雷、風、大地、光……彼らは様々な属性を持ち、それぞれが独自の自由な意志を持っています」


「そして精霊召喚とは、この精霊たちと人間が契約を結ぶ儀式。しかし、それは単なる力の貸し借りではありません」


キオは緊張しながらも、その話の内容に強く引き込まれていく。


「契約とは、魂と魂の絆なのです」


ベゼッセンはそこで言葉を切り、生徒たち一人ひとりの顔を見渡した。


「精霊は自らの意志で、契約する相手を選びます。そして契約者もまた、精霊を尊重し、生涯を共に歩む覚悟を持たねばなりません」


「この関係は、支配ではなく協力。命令ではなく対話。そして、強制ではなく信頼によって成り立つのです」


その言葉に、生徒たちの多くが傍らにいる自分の精霊へと視線を移した。


「歴史上、最も強い絆を築いた召喚士たちは、皆、精霊を対等なパートナーとして扱いました。古代の伝説によれば、初代の召喚士たちは精霊と心を通わせ、言葉を交わし、共に笑い、共に泣いたと伝えられています」


キオは隣に座るシュバルツを見上げた。

心の中でずっと対話を重ねてきた、かけがえのない相棒。

ベゼッセンが語る関係性は、まさに自分たちのことのようだった。


「契約の瞬間に感じた温もりや安心感、喜びを思い出してください。それが、絆が結ばれた証です」


ベゼッセンの静かな言葉に、何人かの生徒がこくりと頷く。


「しかし、この絆は一日にして成るものではありません。日々の対話、共に過ごす時間、互いを理解しようとする心……その積み重ねによって、絆はより強く、確かなものになっていくのです」


オーウェンが傍らのソラリスに、ルイがフレアとトロプに、セドリックが膝の上のフェネックに、そしてカリナが周りを飛び回る精霊たちに、それぞれ優しい眼差しを向けていた。


「そして、最も重要なこと」


ベゼッセンは壇上の中央で足を止め、真っ直ぐに生徒たちを見据えた。


「精霊との絆は、あなた自身の成長そのものである、ということです」


その言葉に、キオははっと息をのんだ。


「精霊は、あなた自身を映す鏡です。あなたが成長すれば、精霊との関係も深まる。あなたが誠実であれば、精霊もまた誠実に応えてくれるでしょう」


「この学園で過ごす四年間で、あなたたちは精霊と共に大きく成長していくはずです。その一つ一つの過程を、どうか大切にしてください」


講義はおよそ一時間続いた。


「それでは、何か質問はありますか」


ベゼッセンが促すと、何人かの生徒が手を挙げた。


「精霊との対話を、もっと深めるにはどうすればいいですか?」


「精霊への感謝を忘れず、日々のどんな些細なことにも心を配ることです。美しい景色を見たら共に感動し、嬉しいことがあれば共に喜ぶ。それだけで十分です」


「精霊の属性と、自分の魔法の相性について教えてください」


「確かに相性はありますが、それは絶対的なものではありません。絆が深まれば、互いの工夫次第で可能性は無限に広がります」


一つ一つの質問に、ベゼッセンは丁寧に、そして分かりやすく答えていく。

やがて、講義の終わりを告げる鐘が鳴り響いた。


「本日はありがとうございました。これからも、皆さんが精霊との絆を大切に育んでいくことを願っています」


ベゼッセンは静かに一礼し、壇上を降りていった。



生徒たちが興奮冷めやらぬ様子で召喚大広間から出ていく。その喧騒の中を、キオたちも並んで歩いていた。


「すっごく勉強になったね! 精霊との絆って、思っていたよりもずっとずっと深いものなのね!」


カリナが目を輝かせながら言う。


「ええ……日々の積み重ねが大切なのですね。私も、フレアとアクアともっとお話ししてみようかな」


ルイも感動した面持ちで頷く。


「僕も、コロネともっと仲良くなれるように頑張ります」

セドリックも新たな決意を胸にしたようだ。


「良い講義だったな」


オーウェンも満足げに呟く。


「精霊を対等なパートナーとして扱う……当たり前のようで、つい忘れがちなことだ」


友人たちの楽しそうな感想を聞きながら、キオは黙って歩いていた。


講義の内容は素晴らしかった。

ベゼッセンの知識の深さ、教え方の上手さには素直に感銘を受けた。

それでも、素直に喜べない自分がいる。

キオは誰にも気づかれないよう、小さく苦笑いを浮かべた。


『キオ』


心の中に、シュバルツの静かな声が響く。


『……うん、大丈夫』


キオは小さく深呼吸をして、思考を切り替えようとした。


「キオ君?」


不意に、ルイが心配そうな顔でキオを覗き込んだ。


「大丈夫。ちょっと、考え事してただけだから」


「そう……?」


ルイはまだ納得していないようだったが、キオがそれ以上話したがらないのを察して、そっと視線を前に戻した。



昼休み

良い天気だったため、五人は屋上へと向かった。

吹き抜ける12月の風は肌寒いけれど、遮るもののない陽射しがぽかぽかと温かい。


「今日の講義、本当に良かったよね!」


カリナがお弁当の包みを開きながら、再び切り出した。


「ああ。精霊との絆について、改めて深く考える良いきっかけになった」


オーウェンも同意する。


「私も、フレアとトロプにもっと知りたいなって思ったよ」


ルイが二匹の精霊を愛おしそうに見つめる。


「僕も、コロネが僕を選んでくれたからこそ、ちゃんと一緒に過ごしていきたいって思ったよ」


セドリックはそう言うと、コロネを優しく撫でた。

キオはしばらく真っ青な冬空を見上げていたが、やがて友人たちに向き直り、穏やかな微笑みを浮かべた。


「みんなの精霊って、本当に個性的で可愛いよね」


「そうでしょ!」


カリナが待ってましたとばかりに嬉しそうに答える。


「うちのメラメラちゃんたちも、今日の話を聞いてすごく嬉しそうだったのよ!」


「ソラリスも満足していたようだ」


オーウェンが横にいるグリフォンに目をやる。


その時、カリナが何か思いついたようにルイに尋ねた。


「ねえ、ルイ。次の週末、またリンネル洋食屋に行っちゃダメかな?」


「え?」


ルイが驚いて目を丸くする。


「ルイのお父さんお母さんにせっかくだから、精霊を見せに行かない?きっと喜んでくれると思うのよね」


カリナの言葉にルイは笑みを浮かべた


「それは嬉しい…かも!。それにお父さん、いつでも来ていいって言ってたし!」


ルイがはにかみながら答えると、カリナはぱっと顔を輝かせた。


「やったー! それに精霊さんたちにもルイのお父さんの美味しいごはんを味わわせてあげるのもいいよね!!」


「精霊って人のご飯食べれるのかな……?」


セドリックが苦笑いする。

「でも、楽しい雰囲気はきっと伝わるよね」


「僕も賛成だ」とオーウェンが言った。

「あの時間はとても楽しかった。よければまた行きたいと思っていたところだ」


ルイがおずおずとキオに視線を向ける。


「キオ君も……来てくれるよね?」


「もちろん!」


キオは迷わず、笑顔で答えた。


「トーマスさんやアンナさんに、また会いたいしね」


その言葉に、ルイの表情がぱあっと明るくなった。


「じゃあ、決まりね!」


カリナが嬉しそうに手を叩く。


「私、お父さんに新作料理を作ってもらえないか、手紙で先にお願いしてみるね!」


「ほんと!?もし作って貰えるなら嬉しいな〜」


カリナもルイの言葉に目を輝かせた


「それは楽しみだね」キオも微笑む。


「それに、今回は精霊たちも一緒だから、もっと賑やかになりそうだ」


「そうね! お店の人がびっくりしちゃうかしら」


「気をつければ大丈夫さ。前回も、とても温かく迎えてくれたからな」


冬の柔らかな陽光が、彼らの笑い声を包み込むように降り注いでいた。

フレアとトロプが仲良く舞い、コロネが気持ちよさそうに眠り、ソラリスが威厳を保ちながらも満足げに羽を休め、カリナの精霊たちが元気に飛び回る。


シュバルツは静かにキオの隣に座り、尻尾を優しげにゆっくりと揺らしていた。

五人とその相棒たちの幸せな時間が、屋上に満ちていた。








【物置の影で】

屋上の片隅。

プレハブの古い物置の影に、一人の男

ベゼッセン・シュバルツ・ヴァーグナーが

背中を預けて立っていた。


キオたちからは死角になるその場所で

彼は全ての気配を消し、静かに佇んでいる。


冬の風が、楽しそうな笑い声を運んでくる。


「確か、カリナのオススメのお茶屋さんがあったよね?せっかくだし、トーマスさんへの手土産にそれを買っていこうよ」


弾むようなキオの声。


ベゼッセンは何も言わず、ただ胸元につけたブローチを指で弄りながら、その声に耳を傾けていた。


黒髪が、冷たい風に微かに揺れる。


「いいわね!じゃあ、しっかり選ばないと!」


「僕も茶葉にはこだわりがあるんだ。カリナ、一緒に選ぼう」


「オーウェンのセンスなら間違いないわね。いいわよ!」


賑やかな会話。

屈託のない笑い声。

陽だまりのような温かい雰囲気。


ベゼッセンの指は、まるで大切な記憶を確かめるかのように、ゆっくりとブローチの冷たい感触をなぞっていた。


「楽しみだね」


再び聞こえてきたキオの声に、ベゼッセンはそっと目を閉じた。


指は静かに、ブローチを弄り続ける。


風が吹き抜け、楽しげな声が遠くへと運ばれていく。


彼はただ、そこに立ち続けていた。


動かず、声も出さず。



まるで世界から切り離されたかのように、ただ静かに。




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