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第3話「初めての会話」



朝の陽射しが窓から差し込む教室で、キオは今日こそルイと話そうと決めていた。


 オーウェンたちと一緒に過ごすことが多く、結局ルイとは言葉を交わすことができていない。でも、ずっと気になっていた。


『今日は絶対に話しかけよう』


 心の中で決意を固める。

ルイはいつものメンバーと一緒に後方の席に座っていと。


 シュトゥルム先生の授業が始まる前に、自由時間があった。この機会を逃してはいけない。


 キオはゆっくりと席を立って、ルイの方へ向かった。周囲の生徒たちが、キオの動きに気づいて注目している。


「あの……」


 ルイのそばまで来て、キオは恐る恐る声をかけた。


 ルイは驚いたように顔を上げ、慌てて立ち上がった。茶髪の少年も同様に慌てて席を立つ。


「は、はい!」


 ルイの声が緊張で震えている。茶髪の少年も顔を青くして、どうしていいかわからないといった様子だった。


「えっと……ルイ・リンネルさん、ですよね?」


 キオの問いかけに、ルイは小さく頷いた。


「はい……その、キオ・シュバルツ・ネビウス様」


 最後に「様」をつけて、ルイは深々と頭を下げた。茶髪の少年も慌てて同じように頭を下げる。その様子に、キオは困ってしまった。


「あの、そんなに畏まらないでください。同じクラスですから」


 キオは慌てて手を振った。でも、ルイと茶髪の少年は依然として緊張している。


「でも……」


「僕たち、以前にお会いしたことがありますよね?」


 キオの言葉に、ルイの目が少し大きくなった。やはり覚えていてくれたのだ。


「あ……はい。えっと、確か七年くらい前に……」


 ルイは少し困惑したような表情を見せた。


「あの時は本当にありがとうございました。ずっとお礼を言いたかったんです」


 キオは心を込めて言った。


「そんな……大したことでは……」


 ルイは恐縮して、手を小さく振った。


「いえ、僕にとってはとても大切なことでした。迷子になって怖くて泣いていた僕を、温かく迎えてくれて」


 キオの真摯な言葉に、ルイは少しだけ顔を上げた。


「覚えていてくださったんですね……」


「もちろんです。あの時の料理、とても美味しかったです。ご両親にもよろしくお伝えください」


 キオが微笑むと、ルイも控えめに会釈した。


「はい……父も母も、喜ぶと思います」


 そんな二人の様子を見ていた褐色肌の少女が、興味深そうに口を挟んだ。


「ルイ、この前話してた子供の頃の話って、これのこと?」


 少女の無遠慮かつ失礼な発言に、ルイは慌てた。


「カリナ!」


「何よ、別にいいじゃない。あ、私カリナ・マージェン。この国の出身じゃないから爵位とか身分とか?わからないのよね」


 カリナはキオに向かって人懐っこく手を振った。その明るさに、キオも思わず微笑んだ。


「キオです。よろしくお願いします」


「ほんとすっごい美人さんね。ルイが言ってた通りだわ」


「カリナ!」


 ルイが慌てて止めようとした。茶髪の少年も気まずそうに視線を逸らしてから天を仰いでいた。


「それでこっちがセドリック・モイヤー。ルイと同じ町の出身なのよ」


 茶色い髪の少年が慌ててキオの方に向き直ると恐縮しながら頭を下げた。


「セドリック・モイヤーです。恐れ入ります」


「キオです。丁寧にしなくても大丈夫ですよ」


 キオは親しみやすく答えたが、セドリックは「それは流石に…」と零し、困ったような表情を見せた。


『やっぱりそうは上手くいかないか……』


 キオは少し残念に思った。


「キオ」


 突然後ろから声をかけられて、キオは振り返った。オーウェンが近づいてくる。


「おはよう。こちらの方々は?」


 オーウェンの登場に、ルイとセドリックの緊張が最高潮に達した。王族の存在感は圧倒的だった。二人とも頭を下げたまま動けない状態になっている。


「はい。ルイさんたちです」


 キオはさりげなく紹介した。


「初めまして。オーウェンです」


 オーウェンは王族らしい威厳を保ちながらも、堅すぎない口調で挨拶した。


「ル、ルイ・リンネルです!」


「セドリック・モイヤーです!」


 二人は声を震わせながら自己紹介した。カリナだけは相変わらずマイペースだ。


「私カリナ・マージェン!よろしく!」


 その天真爛漫さに、オーウェンも少し驚いたようだった。


「同じ学園で学ぶもの同士、僕の方もよろしくしてくれると嬉しいな」


 オーウェンの言葉に、ルイとセドリックは更に恐縮した。


「とんでもございません……」


「恐れ多いです……」


 二人の反応に、キオは少し心が痛んだ。こんなに距離があると、自然に話すのは難しい。


 その時、シュトゥルム先生が教室に入ってきた。


「皆さん、席に着いてください。今日は魔法史について学びます」


 生徒たちは急いで自分の席に戻っていく。キオも席に戻ろうとしたが、ルイに向き直った。


「また話せてよかったです。今度ゆっくりお話しできればと思います」


「はい……ありがとうございます」


 ルイは遠慮がちに答えた。まだまだ距離があるが、それでも話すきっかけはできた。


 席に戻りながら、キオは複雑な気持ちだった。ルイと話すことはできたが、身分の壁の高さも実感した。


『キオ』


 心の中でシュバルツの声が響く。


『まだ最初の一歩だ。焦ることはない』


『でも、あんなに緊張されると……』


『時間をかければ、きっと自然に話せるようになる』


 授業が始まったが、キオは時々ルイの方を見ていた。彼女はカリナやセドリックと小声で話している。きっと今の出来事について話しているのだろう。セドリックは困惑しているように見えるが、カリナは楽しそうだ。


 魔法史の授業は、各家の竜と魔法の歴史についてだった。


「この世界の魔法は、髪色によってその性質と強さが決まります。シュバルツ家の黒髪は空間魔法を、ゴルト家の金髪は光魔法を表しています」


 シュトゥルム先生の説明に、キオは興味深く聞いていた。魔法の仕組みを学ぶのは有意義だった。


「ゲルプ家の黄髪は雷魔法、ロート家の紅髪は炎魔法、ブラウ家の青髪は水魔法、グリューン家の緑髪は植物魔法を司ります。そして髪の濃さが魔力の強さを表すのです」


 説明が続く。教室の生徒たちは真剣に聞いている。特に貴族の生徒たちは、自分の家系に関する部分で誇らしそうな表情を見せていた。平民の生徒たちは、少し萎縮したような様子も見える。


「貴族以外の方々も、各領地の魔法の影響を受けた髪色を持ち、それぞれに特色ある魔法を使うことができます。また、混血により生まれた紫やオレンジなどの髪色は、複数の魔法の性質を併せ持つこともあります」


 その説明に、キオはルイの方を見た。彼女のグレーの髪は、どの魔法に分類されるのだろうか。ルイ自身も、少し考え込むような表情をしている。


『あの子の髪色についても、いつか話せるといいな』


 キオは思った。ルイの特別な髪色には、きっと特別な意味があるはずだ。


 授業が終わって休み時間になると、キオはまた迷った。もう一度話しかけてもいいだろうか。でも、さっきのルイとセドリックの緊張ぶりを思うと、躊躇してしまう。


 昼休みになって、キオは図書館に向かった。一人で考える時間が欲しかった。


 王立魔法学校の図書館は、まさに知識の宝庫だった。天井まで届く巨大な本棚が整然と並び、古代から現代までの魔法書、歴史書、学術書が無数に収蔵されている。中央部分は吹き抜けになっており、二階、三階のバルコニー席からも本を選ぶことができる。


 午後の光が大きなステンドグラスから差し込み、読書スペースに柔らかな光を投げかけていた。図書館の中は静寂に包まれており、時々ページをめくる音や、羽根ペンで何かを書き写す音だけが響いている。


 キオは魔法史の本を手に取って、窓際の席に座った。でも、なかなか集中できない。今朝のルイとの会話のことが頭から離れない。


『やっぱり身分の壁は高い……』


 前前世では、こんなことで悩むことはなかった。クラスメートと気軽に話して、一緒に昼食を取って、放課後に遊びに行く。それが当たり前だった。


 前世では人と関わることを避けていたから、こうした問題に直面することもなかった。でも、今は違う。人とのつながりを求めているからこそ、この壁が重く感じられる。


 本を開いてみたが、文字を追っているだけで内容が頭に入ってこない。ふと顔を上げると、図書館の奥の方で誰かが本を探している姿が見えた。


 グレーの髪がふわりと揺れる。ルイだった。


 彼女は一人で、料理関係の本が置かれているコーナーを丁寧に見て回っている。時々本を手に取って中身を確認し、必要なものを選んでいるようだ。その真剣な表情に、料理への真摯な想いが表れている。


 キオは迷った。声をかけるべきか、それとも一人の時間を尊重するべきか。でも、今朝よりは話しやすいかもしれない。周囲に他の生徒もあまりいないし、カリナもセドリックもいない。


『今度は一人だし……少しは話しやすいかな』


 キオは本を閉じて立ち上がった。ルイのいるコーナーへ向かう足音が、静寂の中で意外に響く。ルイが振り返った。


「あの……ルイさん」


「あ、キオ様」


 ルイは驚いて振り返り、慌てて本を胸に抱えながら頭を下げた。周囲に誰もいないせいか、今朝ほどの緊張はないが、それでも明らかに身構えている。


「料理の本を探してるんですか?」


 ルイの手にある本を見て、キオは尋ねた。表紙には『魔法調理学基礎』という文字が見える。


「えっあっはい……魔法を使った調理法について学びたくて」


 ルイの答えは控えめだが、本への愛着が感じられる持ち方をしていた。


「将来は料理人になりたいんですか?」


「えっと…実家が洋食屋なので……いつか母の手伝いができるように、魔法を活かした料理を覚えたいと思っています」


 その言葉には、家族への想いと料理への情熱が込められていた。キオは七年前のことを思い出す。あの時も、ルイの家族は温かく迎えてくれた。きっと家族想いなのだろう。


「素晴らしいと思います。あの時の料理、本当に美味しかったです」


「ありがとうございます……」


 ルイは少し安堵したような表情を見せた。料理を褒められるのは嬉しいようだ。


「どんな魔法を料理に使うんですか?」


 キオが興味深そうに尋ねると、ルイは少し考えてから答えた。


「火力の調整や、食材の保存、味の調和などに使えるようです。でも、まだ基礎的なことしかわからなくて……」


「この本で勉強してるんですね」


「はい。でも、少し難しくて」


 ルイが困ったような表情を見せる。キオは本の表紙をもう一度見た。確かに基礎と書いてあるが、魔法学の専門書のようだ。


「もしよろしければ……」


 キオは少し迷ってから提案した。


「僕も少しだけですが魔法について勉強してきましたので、分からないところがあったら聞いてください」


 その申し出に、ルイは明らかに戸惑った。


「そんな……お忙しいでしょうし……」


「いえ、僕も勉強になりますから。それに……」


 キオは少し言葉を選んでから続けた。


「七年前のお礼も、まだちゃんとできていませんし」


 その言葉に、ルイは少し考え込むような表情を見せた。断るのも失礼だし、でも甘えるのも申し訳ない。そんな複雑な気持ちが表情に表れている。


「あの……一つお話ししたいことがあります」


 キオは勇気を出して切り出した。


「はい?」


「ルイさんの髪色のことなんですが……」


 突然の話題に、ルイは戸惑った。自分の髪を無意識に触る。


「私の髪色……ですか?」


「はい。とても美しい色だと思うんです」


 キオの言葉に、ルイは意外そうな表情を見せた。今まで自分の髪色を褒められたことがあまりなかったのだろう。


「グレーという色は……」


 キオは言葉を慎重に選んだ。


「他のどの色とも調和できる特別な色だと思います。まるで、すべての色を受け入れて、それぞれの良さを引き出してくれるような」


 その比喩に、ルイは少し驚いたような顔をした。


「調和……ですか?」


「はい。白にも黒にも、どんな色にも合わせることができる。それってすごく特別なことだと思うんです」


 キオの真摯な言葉に、ルイは少し考え込んだ。今まで自分の髪色を「中途半端」「どこにも属さない」と思っていた。でも、こんなふうに考えたことはなかった。


「本当に……そう思われますか?」


「はい。心からそう思います。料理もそうですよね。様々な食材を調和させて、一つの美味しい料理を作る。ルイさんの髪色は、まさにそれを表しているような気がします」


 料理に例えられて、ルイは少し表情を和らげた。確かに料理は、様々な食材や調味料のバランスで成り立っている。


「ありがとうございます。そのように言っていただけて……」


 ルイは控えめに頭を下げた。


「光栄です」


 その反応は依然として丁寧で距離がある。でも、髪色について話せたことで、少しだけ心の距離が縮まったような気がした。


 その時、図書館の入り口の方から複数の足音が聞こえてきた。貴族の生徒たちが数人、入ってくるようだ。ルイは慌てたような表情を見せた。


「あの……私はそろそろ」


「はい。お疲れ様でした」


 キオが微笑むと、ルイは本を抱えて足早に図書館を出て行った。


 一人残されたキオは、今の会話を振り返った。まだまだ距離はあるけれど、少しずつでも話せるようになってきている。特に、髪色について話せたのは良かった。


『キオ』


 心の中でシュバルツの声が響く。


『少しずつ進歩している』


『そうかな……まだまだ壁は高いけど』


『焦らなくていい。お前のペースで進めばいい』


 窓の外では、午後の陽射しが校庭を照らしている。生徒たちが思い思いに過ごしている光景が見える。キオもいつか、あんなふうに自然に友人たちと過ごせる日が来るだろうか。


『でも、今日は一歩前進できた』


 そう思いながら、キオは図書館を後にした。身分の壁は高いけれど、時間をかけて乗り越えていきたい。それが、この人生での一番大切な目標なのだから。

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