第18話「精霊召喚への憧れと恐怖」
ルドルフとのいざこざから一週間ほど過ぎた日の朝、キオはいつものように図書館で友人たちと勉強していた。
「キオ君、この古代召喚魔法の資料、とても面白いですね」
セドリックが興味深そうに本を指差している。オーウェンが持ってきてくれた特別な文献で、普通なら見ることができない貴重な資料だった。
「そうだね。昔の魔法ってちょっとなんか今とは違うよね。何でだろう」
キオがページをめくりながら答える。
「きゃー!花畑を作る魔法だって!すごく素敵ね!」
カリナが嬉しそうに手をぱたぱたと振る。
「ふふふ、水でお皿を作る魔法だって、どんな感じになるんだろう」
ルイが感心したような声で呟く。
その時、図書館の司書であるシルヴィア・ブラウ・リンデン先生がにこやかに近づいてきた。
「あら、今日もお勉強熱心ね」
綺麗な水色の髪を三つ編みにして前にたらしている
穏やかに笑い、メガネをかけている姿はまるで聖母のようだ
「ふふふ、そういえば、勉強熱心な皆さんに大事なお知らせがあるのよ」
「え?何ですか?」
5人が一斉に顔を上げる。
「来月ね、学校で一番大きなイベントがあるの。1年生の精霊召喚儀式よ!」
手を合わせて、シルヴィアは嬉しそうに笑った
「精霊召喚!?」
セドリックが声を上げた。
「そう!一年生にとって一番大事な行事なの。みんなそれぞれの精霊パートナーを見つけるのよ」
シルヴィアの楽しそうな声に
みんなは目を輝かせた
そんな生徒たちの様子を見てシルヴィアも微笑む
「あらあら、みなさん。精霊召喚について知りたいって顔をしてるわね。ではでは、先生が教えてあげましょう!」
シルヴィアは優しく微笑みながら、自身のカバンから古い本を取り出し、図書館のテーブルに広げた。丸い眼鏡の奥のタレ目が、温かく生徒たちを見つめている。
「改めての説明になるかもしれないけど、精霊召喚というのはね、魔法使いと精霊が契約を結ぶ儀式のことなのよ」
水色の三つ編みを揺らしながら、シルヴィアはゆっくりと説明を始める。
「この世界にはね、火、水、土、風をはじめとする、色々な精霊さんたちが暮らしているの。普段は目に見えないけれど、特別な儀式を通じて契約を結ぶことで、魔法使いの大切な力になってくれるのよ」
シルヴィアは本のページをめくりながら続ける。
「王立魔法学校では、1年生の秋、みなさんが13歳の時にこの儀式を行うの。古代から伝わる魔法陣の中心に立って、自分の魔力を解放するとね、相性の良い精霊さんが現れてくれるのよ」
「精霊さんの姿は本当に様々なの。人の形をした子もいれば、動物の姿の子、光の球体みたいな子もいるわ。時にはおとぎ話に登場するようなグリフォンやユニコーンのような姿をした子が現れることもあるわ!面白いでしょう?」
シルヴィアは嬉しそうに目を細める。
「それでね、とっても大切なことがあるの」
シルヴィアは少し身を乗り出して、セドリックたちの目をまっすぐ見た。
「精霊さんたちが惹かれるのは、その人の『心』なのよ。その人の本質、願い、魂の在り方……そういうものに精霊さんは応えてくれるの」
「だからね」
シルヴィアは温かく微笑んだ。
「精霊召喚は、この世界で最も『平等』な魔法と言われているのよ。誰でも素敵な精霊さんと出会えるチャンスがあるの。大切なのは、あなた達自身の心なのよ」
シルヴィアは本を閉じて、優しく生徒たちを見守った。
「だから、みなさん。自分らしくいることが一番大切なのよ。精霊さんは、きっとあなた達の本当の姿を見てくれるはずだから」
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シルヴィアの話を聞き終えるとみんなが口々に言葉を発する
「うぅ〜…すごい待ちきれない!」
セドリックがふるふると震えていた
「みんなはどんな精霊さんに出会えるのかしら!」
カリナも興味深そうに言う。
「僕たちもついにか...」
珍しくオーウェンもわくわくした表情を見せていた
「あ、でもカリナちゃんの場合はちょっと特別よね」
シルヴィアがカリナを見る。
「私は故郷から精霊さんたちを連れてきてるから…」
「大丈夫よ。もう精霊契約してる子は特別措置で、今の契約がそのまま認められるの。安心してね。それに儀式の見学も出来るから、みんなと一緒に色々な精霊たちを見られるわよ」
カリナはほっと安心したように息を吐く
「よかった!メラメラちゃんたちとお別れしなくていいのね」
シルヴィアはやさしく微笑んだ
昼休みになって、5人は中庭のベンチで精霊召喚の話で持ちきりだった。
「ねえねえ、みんなどんな精霊さんがいいの?」
カリナが目をきらきらさせながら聞く。
「えーっと...僕は雷の精霊さんがいいかな。僕…鈍いところがあるから、雷に憧れるというか…」
セドリックが少し照れながら答える。
「オーウェン君は?」
ルイが尋ねる。
「僕は...うーん、どんな精霊でも会えるのか楽しみではあるけれど…。体が弱い僕でも、一緒に頑張ってくれる子がいいな」
オーウェンが素直に言う。
「じゃあ、大地の精霊さんと一緒になれたらいいかもね!」
カリナが励ます。
「大地の精霊?」
「うん!私の故郷では、大地の精霊さんは優しくて、しっかりした子が多いのよ。きっと豊かな大地のように、オーウェンを支えてくれるわ!ね?オーウェンにぴったりでしょ!」
「それは心強いな。ありがとう、カリナ」
オーウェンとカリナはお互い顔を見合わせて笑った
「ルイは?」
キオがルイに尋ねるとルイは考え込む素振りをした
「私は...お料理のお手伝いをしてくれる精霊さんだと嬉しいです。火の精霊さんや水の精霊さんと一緒に美味しいものを作れたら...」
「火と水の精霊さん!」
カリナが手を叩く。
「いいわね!どっちの精霊さんでもきっとルイの力になってくれるわ」
「そうだったらいいな」
ルイが目を輝かせる。
「ええ!それに、植物の精霊さんも素敵よ。美味しい野菜やハーブを育てるお手伝いをしてくれるから」
「それいいね!きっと素敵な精霊さんが来るよ」
「キオ君はどう?」
セドリックがカリナの言葉に同意した後、キオの方を振り向く。
キオは少し困った。
自分にはシュバルツがいるからだ
みんなにシュバルツのことをどう話すべきか一瞬悩んだが
説明が難しいので、誤魔化すことにした
「僕は...みんなと一緒に楽しくやっていける精霊さんかな。一人より、仲間がいた方が何でもできそうだし」
「みんなと一緒って、素敵な考えですね」
ルイが優しく微笑む。
「そういえば…」
セドリックが思い出したように言う。
「シュバルツ一族は召喚とか空間魔法が得意って聞いたことがあるよ。もしかしたらキオ君と出会う精霊さんも空間魔法が得意な精霊さんかもしれないね」
「そうかな...」
キオが少し複雑な表情を見せる。
そんなキオを見てオーウェンは笑いかける
「まぁ、先生も言ってたが、自分らしく…キオらしくいれば大丈夫だと思うよ。君みたいな素敵な精霊に会えるさ」
「そうそう!きっとキオみたいに優しくて温かい精霊さんと出会えるわ!」
オーウェンの言葉にカリナも頷く
そんな2人の言葉にキオは自分の頬が熱くなるのを感じた
「ふふふ、みんなきっと素敵な精霊さんに出会えるね」
ルイが安心したような表情を見せる。
「楽しみだなあ」
セドリックも嬉しそう笑った
その日の午後、キオは一人で図書館の召喚魔法の棚を見ていた。儀式についてもう少し知りたかったのだ。
「あら、キオくん。またお勉強しききてるの?偉いわね〜」
振り返ると、シルヴィアが本を抱えて立っていた。
「あ、シルヴィア先生。こんにちは」
「精霊召喚儀式について調べているのかしら?」
「はい。少し緊張していて...」
キオが苦笑いすると、シルヴィアも優しく微笑んだ。
「そうね、大事な儀式だものね。でも心配しなくても大丈夫よ。とても良い指導者の方々がいらっしゃるから」
「そうなんですか?」
キオの様子にシルヴィアはニコニコと笑顔を向ける
「ええ。召喚魔法の専門家の先生方が来てくださるの。とても丁寧に教えてくださるから安心して」
『召喚魔法の専門家か…』
自分が生まれたネビウス家も空間魔法を得意とする家族が多かった
特に今世の父だった人は空間魔法を様々な用途で使っていたのを覚えている
そんなことを思いながらシルヴィアの話を聞いていると
シルヴィアは何か思い出したように目を輝かせた
「そういえば儀式で召喚魔法を指導してくれるのは、あなたと同じシュバルツ一族の方達よ。知らないかしら?」
「うーん…僕はあまり同じ一族の人達と接点がなかったんです。だからよく知らなくって…」
「あら、そうなの?」
キオは苦笑した
シュバルツ一族にも他のロート一族やゲルプ一族のように様々な家があり
ネビウス家はその本家にあたるが
昔色々あったせいで、自分自身はあまり他の家の人達とは会ったことがなかった
基本的には長兄のセクや次兄のノックスが接点を持っていたくらいで
自分や下の双子達はからっきしだった
そんなキオを見て、困った顔をしていたシルヴィアだったが
パッと顔を明るくして口を開いた
「あ、でもでも。主任の方はきっとあなたも知ってる人よ!」
「え…主任ですか?」
「ええ、そうよ。確か...お名前は...ベゼッセン・シュバルツ・ヴァーグナーだったかしら?あなたの叔父さんよね?」
その名前を聞いた瞬間、一気に自分の体の熱が失われるのを感じた。
「よかったじゃない、叔父さんが来てくれるなら、キオくんも安心して儀式に参加できるわね」
シルヴィア先生はうれしそうに笑ったが、キオの心は穏やかではなかった。
「あ...え...そうですね」
ただその言葉を喉から絞り出すだけで精一杯だった。
「じゃあ、お勉強もほどほどにね」
「はい...あ...りがとうございます」
シルヴィア先生はそのまま図書館を出て行った。
扉が閉まる音がした瞬間、キオはその場で崩れ落ちた。
「ベゼッセン...」
その名前を口にするだけで、震えが止まらない
『まさか、あの人が』
はあはあっと
自分の口から息が漏れる
『あの人が指導者に来るなんて、嘘だ』
こんなにもここは寒かっただろうか
『なぜ?どうして?嫌だ。どうしよう。なんで』
心臓が自分のものではないかのように激しくのたうち回る
まぶたの裏に焼き付いてしまった、あの時のことが思い出される
手が震える。
本を持っていることすらできなくなって、机の上に置いた。
寒いはずなのに汗が止まらない。背中に嫌な汗が流れていく。
喉からせりあがってきそうなものを、なんとか押しとどめるので精一杯だった。
図書館の静寂が、かえって自分の荒い呼吸を際立たせる。
キオは深呼吸しようとした。
でも、うまくできない。
胸が締め付けられるようで、空気が入ってこない。
『キオ!』
シュバルツの声が心の中で響く。優しく、温かい声だった。
『大丈夫だ。キオ。俺がいる』
『シュバルツ…』
泣きそうだった
『でも...怖いよ...』
キオの心臓はまだ激しく鼓動していた。
『俺がお前を守る。絶対にだ』
『でも...』
『あの頃とは違う』
シュバルツの声には力強さがあった。
『精霊召喚の儀式でお前と正式な契約を結ぶことで、俺は現世に顕現できる。もう声だけの存在じゃない。今度こそ、お前を本当に守れるんだ』
その言葉に、キオの震えが少しずつ止まっていく。
『本当に...?』
『ああ。お前の側にいられる。何があっても、絶対にお前を守ってみせる』
シュバルツの言葉に少しずつキオは落ち着きを取り戻した
『そうだ...そっか...君に会えるんだね』
さっきまでとは違う、喜びの感情が心を包んだ
『そうだ。やっと、直接話せる』
二人は心の中で笑い合った。
長い間、心の声でしか交流できなかった二人が、ついに実際に会えるのだ。
ふと、キオの表情が急に曇る。
『あ、でも確か君の姿は竜なんだよね。だったらその姿のまま顕現するのはまずいよね?』
『...確かにそうだな』
キオの言葉にシュバルツはキョトンとした声を出す
『みんな驚いちゃうし、君とも普通の生活を送りたから...どうにかしないと』
『分かった。何か方法を考えよう。お前が望む普通の学校生活を守るためにも』
シュバルツの言葉にキオも安心したように頷いた
その日は星の見えない夜だったけど
見えていないだけで遠い遠い空の彼方には煌めく星々がある
そう思うと、ちょっとだけ心が軽くなった




