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第11話「お茶会と令嬢」

ルイの実家を訪問してから少し経った、ある日の午後。

キオは貴族街にある高級サロン「ローズガーデン」へと向かっていた。


ベアトリスから、お茶の誘いを受けたのだ。



秋もすっかり深まり、街路樹の葉が赤や黄色に美しく色づいている。ひんやりとした空気が心地よかった。


ローズガーデンは貴族専用の会員制サロンで、平民では足を踏み入れることもできない格式高い場所だ。


『昔は友達とよくカフェでお茶をしたけど……こういう場所は初めてだな……』


前前世の懐かしい記憶をぼんやりと思い出しながら歩いているうちに、キオはサロンの重厚な木製の扉の前に着いた。


「いらっしゃいませ。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


「キオ・シュバルツ・ネビウスです」


「この度は、お越しいただき誠にありがとうございます。心よりお待ちしておりました」


執事風の店員が、深々とお辞儀をして迎える。磨き上げられた床に姿が映り込む。さすが貴族専用のサロンだけあって、接客も一流だった。


案内されたのは、大きな窓から美しい庭園を望むメインサロンの一角だった。柔らかな日差しが差し込むテーブルに、既にベアトリスの姿があった。


今日の彼女は学校の制服ではなく、上品なライトブルーのドレスを身に着けている。陽光を受けて輝く濃い黄色の髪は美しく編み上げられ、背筋を伸ばして座る姿は、まさに貴族令嬢らしい気品に満ちていた。


「キオ様、お会いできて嬉しいですわ」


ベアトリスが音もなく優雅に立ち上がって挨拶する。


「こんにちは、ベアトリス嬢。お待たせして申し訳ございません」


キオも丁寧に挨拶を返し、向かいの席に座った。


「今日はこのような素敵な場所を選んでいただき、ありがとうございました」


「いえ、こちらこそお時間をいただき、ありがとうございます」


最初は互いに、少しぎこちないほど礼儀正しい挨拶を交わす。


やがて、銀食器の澄んだ音と共に、最高級の紅茶と精巧な細工が施されたケーキが運ばれてきた。芳醇な紅茶の香りがふわりと漂う。


ベアトリスが、そっとカップに手を伸ばしながら口を開いた。


「キオ様、改めてにはなりますが。先日はお忙しい中お時間をいただいて、ありがとうございました」


その丁寧で上品な物腰に、キオは少し驚いた。先日の、どこか切羽詰まったような雰囲気とは少し違って感じられたからだ。


「いえ、こちらこそ。今日はお誘いいただき、ありがとうございます」


「実は、あの後お父様とお話しする機会がありまして」


ベアトリスは紅茶のカップを優雅な仕草で持ち上げ、一口含んでから続けた。


「キオ様との関係について、様々な助言をいただきました。やはり、シュバルツ一族との結びつきは我が家にとって重要だと」


その言葉に、キオは少し身構えた。


「でも……」


ベアトリスは一瞬、言葉を選ぶように視線をさまよわせると、ふっと声を小さくした。


「正直に申し上げますと、私自身はキオ様の『ご両親のような真実の愛を求める』というお言葉が、とても……印象に残っているんです」


その時の彼女の表情は、先ほどまでの政略的な冷静さとは全く違う、13歳の少女らしい素直な響きがあった。


「僕の考えに、ですか?」


「私、今まで結婚って家同士のお約束としか考えたことがありませんでした」


ベアトリスは、自分を笑うように苦笑いを浮かべた。


「お父様も、そのようにお教えくださいましたし、それが貴族としての当然のお務めだと思っていました。でも……」


彼女は一瞬、周囲に人がいないかを見回してから、声をさらに小さくした。


「キオ様のお話を聞いて、愛情で結ばれるって……もしかしたら素敵なことなのかもしれないって、少しだけ思ってしまったんです」


その告白は、明らかに彼女にとって勇気の要ることだった。政略という現実と、個人的な憧れの間で揺れる、彼女の繊細な心が伝わってくるようだった。


「それで、今日は……」


ベアトリスは再び少し迷うような表情を見せたが、意を決したように話し始める。


「お父様は『シュバルツ一族との関係を深めるよう』と仰いますし、それは確かに大切なことだと理解しています。でも、私個人としては、キオ様がどんな方なのか、もっと知りたいと思ったんです」


ベアトリスの顔は真剣そのものだった。

知らないからこそ知りたい。それが嘘偽りのない彼女の言葉だと、キオは感じた。


「それは……嬉しいです」


彼女の真剣な眼差しに、キオも自然と構えを解いた。


「キオ様は、どのような家庭で育たれたのですか?ご両親について、もう少し詳しくお聞かせください」


「父と母は……」


キオは両親の話を始めた。


父ウォルクはネビウス家の本家筋でありながら魔力が少なく、少し自分に自信がないようなところがあったこと。逆に母ルカはとても情熱的な人で、その美しさから言い寄る男性も多かったようですが、父に夢中で、猛烈にアタックして結婚したと聞いていること。


二人が互いを深く愛し合っていた様子だったこと、そして、自分たち兄妹を含め、とても温かい家庭だったこと。


「素敵ですわね。愛情いっぱいのご家庭で育たれたから、そんな素敵な夢をお持ちになるのでしょうね」


ベアトリスは、少し羨ましそうに相槌を打ちながら聞いていた。


「ベアトリスさんのご家庭はいかがですか?」


今度はキオが尋ねた。


「私の家は……典型的な貴族の関係、ですわ」


ベアトリスは少し考えてから、慎重に言葉を選んで答えた。


「お父様とお母様のご結婚も政略結婚でした。愛情がないわけではありませんが、まずは家のため、という考えが基本にあります」


そこで一瞬、彼女の表情に寂しさのような影が差した。


「正直に申し上げれば、それが当然だと思っていましたし、今でもそれが間違いだとは思いません。でも……」


彼女は少し躊躇してから続けた。


「キオ様のお話を聞いて、もしかしたら両方を手に入れたいと思ってもいいのかなって……家のためでもあり、同時に個人的な幸せでもあるような関係を築きたいと思っても……いいのかもしれないって、そんな風に考えるようになったんです」


そう話す彼女の横顔は、窓からの光を受けて柔らかく、夢を語る少女そのものだった。


「それも一つの形だと思います」


キオの言葉に、ベアトリスは優しく微笑んだ。

だが、すぐさま彼女はすっと表情を引き締める。


「もちろん、お父様のご期待にお応えすることも大切です」


その切り替わりの早さに、キオは「これがベアトリスという人物なんだ」と思った。


「シュバルツ一族との良好な関係は、ゲルプ一族にとって非常に重要ですから。諦めることは致しません!」


そのベアトリスらしさに、キオは思わず小さく笑ってしまった。


「でも、もしできることなら……」


彼女は再び、少女らしいはにかんだ表情になる。


「キオ様と本当の意味でのお友達になれたら、それが一番素敵だなって思うんです」


ベアトリスは、その鮮やかな黄色の髪に負けないくらい、とても美しく華やかな笑顔をキオに向けるのだった。


しばらくお互いの趣味や学校生活について話していると、ふいにサロンの入り口が華やぎ、美しい令嬢たちの一団が現れた。


レナ・ロート・カルメン、アイリス・ブラウ・エーデル、そして他の貴族令嬢たちだった。


「あら、ベアトリス様、キオ様」


こちらに気づいたレナが、一瞬驚いた顔をした後、すぐに上品な微笑みを浮かべて近づいてくる。


「こちらでお茶を楽しまれていたのですね」


「偶然ですわ!私たちも今日はこちらに参りましたの」


アイリスが嬉しそうに言った。

華やいだ声で話す令嬢たちに、ベアトリスとキオは目を合わせて苦笑する。


「失礼いたします」


別の令嬢が丁寧に挨拶する。


「もしよろしければ、私たちも一緒にお茶をさせていただけませんでしょうか?」


「キオ様とお話しできる機会なんて、滅多にございませんもの」


レナが期待に満ちた表情で提案した。

ベアトリスは少し困ったように眉を寄せた。


「申し訳ございません。今日は私的なお話をさせていただいておりまして……」


「そうですか……」


令嬢たちは表面的には理解を示したが、その目には明らかに不満の色が浮かんでいた。一人が手に持っていた扇子を、パシッと苛立たしげな音を立てて閉じる。


「それでは、改めて別の機会に」


「キオ様、今度はぜひ私たちともお時間をいただければ」


そう言いながら立ち去る令嬢たちの表情には、羨望と、ライバルを見るような鋭さが混じっていた。


令嬢たちの背中が見えなくなったのを見届けると、ベアトリスはふう、と深く息を吐いた。


「申し訳ございません。先日、キオ様へのお手紙を他の生徒にお願いしたのですが、どうやらその辺りから話が広まってしまったようですわ」


ベアトリスは少し申し訳なさそうに言った。


「いえ、大丈夫です」


キオは首を振った。


「でも、皆さんとても積極的ですね」


キオのどこか他人事のような感想に、ベアトリスは苦笑いを浮かべた。


「ええ。シュバルツ一族との関係を築くことは、どの家にとっても重要ですから」


「貴族って難しいですね」


キオの素直な言葉に、ベアトリスは再び深い息を吐くのだった。





「私も、最初はそうでした」


ベアトリスが静かに、そして率直に認めた。


「でも、実際にお話しをして、キオ様の人柄に触れてからは、家のためだけではなく、個人として興味を持つようになりました」


「ありがとうございます」


「キオ様は、普段はどのような方々と親しくされているのですか?」


「学校では、オーウェンと、ルイやカリナ、セドリックという友人達と一緒にいることが多いです」


キオの答えに、ベアトリスは少し考え込むような表情を見せた。


「平民の方々との交流を大切にされているのですね」


「はい。彼らと一緒にいると、とても自然でいられるんです」


「どのような方々ですか?」


キオはルイ、カリナ、セドリックについて話した。彼らの真っ直ぐな人柄、一緒に過ごす時間の心地良さ、そして先日のルイの実家訪問の話。


「素晴らしい友人関係ですわね」


ベアトリスは素直に感心した様子だった。


「少し、羨ましく思います」


「そうなんですか?」


「正直に申し上げますと……」


ベアトリスはふと視線を落とし、その表情にわずかな寂しさがよぎった。


「私の友人関係の多くは、家の利益を考えた上での繋がりに基づいています。ですから、心から信頼できる友人は、ほとんどおりません」


その告白に、キオは前前世の記憶を思い出す。女性同士の、複雑で繊細な関係性を。


「それは……少し寂しいですね」


「はい。だからこそ、キオ様とそのお友達との関係が、とても眩しく、羨ましく思うのです」


「ベアトリスさん、今日はありがとうございました」


お茶会の終わりに、キオは感謝を込めて言った。


「こちらこそ。キオ様の本当のお人柄を知ることができて、嬉しかったですわ」


「また、このような機会があれば」


「はい。でも、次回は……友人として、もっと気軽にお話しできればと思います」


ベアトリスは柔らかく微笑んだ。


「私も学びたいのです。私らしい友人関係の作り方について」


「僕も、もっと貴族のことを理解したいと思います」


二人の間には、確かに新たな理解が芽生えつつあった。

高級サロンを後にして学校に向かう道すがら、キオは今日の会話を振り返っていた。


『ベアトリスさんも、色々な人との関係性について悩んでいるんだな……』


彼女の孤独感や、友情への憧れは本物だと感じた。自分も女性として生きていた経験があるからこそ、ベアトリスの気持ちが少し理解できる気もした。


『でも、本当に色々な子がいるからな……』


先ほどのレナやアイリスたちの様子を思い出すと、やはり「シュバルツ一族」という名前目当てという印象が強い。


彼女たちの視線には、キオ個人への関心以上に、シュバルツ一族という存在への強い憧れが宿っていた。


『キオ』


心の中でシュバルツの声が響く。


『今日はどうだった?』


『ベアトリスさんは、思っていたよりずっと複雑な人だったよ』


『そうだな。……それよりも、他の令嬢たちは要注意だ』


『ああ、さっきの令嬢たちのこと?』


『どういう形でお前にアプローチしてくるかわからない。ベアトリス嬢も、あのご執心ぶりには少々あきれていたようだしな』


シュバルツの冷静な警告に、キオはうろたえつつも身を引き締めた。


『うう……気をつけるよ』


『そうしろ。お前の安全が最優先だ』


翌日の授業前、キオの周りには早速昨日の件について尋ねる生徒たちが集まっていた。


「キオ、昨日はお疲れ様だったな」


オーウェンが心配そうに尋ねる。


「どうだった?」


「うん。思っていたよりも楽しく話せたよ。ベアトリスさんは、意外と複雑な人だね」


その会話を、少し離れた場所で聞いていたルイの表情が、かすかに揺らいだ。


「ルイ、どうしたの?」


カリナが心配そうに声をかける。


「いえ……なんでもないよ!」


ルイは慌てて、無理に笑顔を作った。



一方で、教室の反対側では、令嬢たちが小声で話し合っていた。

「やはり、ベアトリス様が一歩リードしているようですね」


「私たちも、もっと積極的にアプローチする必要がありますわ」


「サロンでお茶なんて、本当に羨ましいですわ!」


彼女たちの目には、焦りと競争心の光が宿っていた。




『なかなか心穏やかに過ごすってのは難しいな……』


キオは、貴族社会の複雑さを改めて実感し、小さくため息をつくのだった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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