目に見える大変さ
「ということが、今朝あったんだが」
「えっと……お疲れ様」
翌朝、レイの元を訪ねると、用意された朝食には手を付けず、疲れきって項垂れていた。
癒しのノアールを肩に乗せても効果は得られない。
百歩譲って王宮を出歩くのは良しとして、あろうことかリズを平民呼ばわりした公女の思考についていけない。
二人の結婚式に招待されていなかったとしても、交流があり親交が深いなら間違ってもリズを平民と思うはずがないんだ。
ということはだよ。知ってて侮辱した。
──え、怖っ!
公女がレイを好きだとしても、リズは結婚してて子供もいる。
恋仲になるわけないのに。
嫉妬……ではないよね。話を聞く限り。
単に夢見が悪くてむしゃくしゃしてたとか?
何にせよ。レイの頭痛の種が増えたことに変わりはない。
「今、レディーの両親をこちらに呼び出している」
声に疲労感しかない。
「そっか。で、肝心の公女は部屋?」
「いや。朝食を食べてから、街に出掛けたようだ」
「一人で?」
「侍女と二人だ。この時間から開いている店はないから、昨日のように問題を起こすことはない……はずなんだが」
信じていない。
こんなにすぐ、歩くトラブルメーカー認定される人は早々いないだろう。
胃が食事を受け付けないらしく、一口二口食べては食器を下げてもらった。
「シオンに相談があるのだが」
「レイが私に?」
「フェルバー商会のことだ」
売り物は公女の手により、ほとんどダメになった。
職人が作り直してくれているとはいえ、営業再開まで時間はかかる。
リーネットは魔石や魔力石が王宮から支給されるため、販売する必要がなく今では取り扱っていない。
前のように、ドレスや小物を中心とした販売。
王家承認の店なので、営業が再開するまでのお金は国が補償してくれる。
これを機に休暇を楽しめばいいんだけど。
働く意欲の強い彼らは、働かないのにお金を得るのが苦手。
素直に喜べないでいる。
「すぐにでも始められる商売はないか」
「私に聞かれても……」
ノアールと目が合う。
「そうだ。それならさ。エリーラが刺繍教室を開くなんてどうかな?」
淑女の嗜みでもある刺繍は貴族令嬢なら誰もが通る道。
早いうちから習っておいて損はない。
「普通は家庭教師や母親から教わるものじゃないのか」
「あ、そっか。ねぇ、食品販売に許可っているの?」
「一応は。どの店で何を売っているのか把握する必要があるからな。許可というより申請だ」
「へぇー、そっか。ふむふむ。なるほど」
「何を企んでいる?」
「企むって言い方やめてくれないかな!?」
私は助言を求められている立場なんだよね?
扱い雑すぎだよ。
「最近さ。チョコが人気で売れてるでしょ?だからさ。第二店舗って形で、フェルバー商会で販売したらどうかな」
「店が再開してもか?」
「今から店を作ればいいじゃん。今回はあくまでも臨時。新規の従業員を雇って、店が完成したら、そのまま移動してもらったらいいんじゃない」
「研修も兼ねているなら効率は良いな」
「でしょ!」
私の案は採用された。
あくまでも私達の提案のため、まずは両店の店主に確認してから話を進める。
嫌がる人に押し付ける真似はしたくない。
大切なのは本人の意志。
やりたくないことをやらせるのは、人として間違っている。
「私は訓練場に行くがシオンはどうする」
そろそろ騎士が訓練を始める時間。
主のいない部屋に留まる無作法が許可されているとはいえ、所詮は口約束。
私も一緒に行くと伝えた。
差し出された手をじっと見つめていると、意味に気付いて手を取る。
「鈍くてごめん」
「いや。私のほうこそつい癖で……」
不自然に黙り込むものだから、つい聞いてしまう。
「癖で?誰にやってたの?」
「義姉上だ。兄上が参加出来ないパーティーで私がよく、エスコートを頼まれた」
国のトップともなると、色々と大変だもんね。
体一つでは足りなかったはず。
そんな兄を支えるために宰相となり、あらゆる業務をこなしてきた。
手を繋ぐのは部屋を出るまで。
人に見られると生温かい視線が飛んでくる。
私もレイもそれに慣れていないし、慣れるつもりもない。
「レ、レイアークス様!!」
外に出ると門のほうから女性が走ってくる。
名指しされたご本人は露骨に嫌そうなため息をつく。
無視したい気持ちが全面に押し出され、足だけ訓練場に向いている。
女性、公女の侍女は全力疾走していたのだろう。中腰で息を整える。
昨日よりもかなり厚着をしていて、汗だくなのに脱ごうともしない。
時期でもないのにマフラーを巻いて、顔を隠すようにしている。
「お、お嬢様を助けて下さい!!」
すぐさま地べたに跪き、頭を擦り付ける。
このまま無視して行けるわけもなく、侍女を立たせて詳細を聞くことにした。
震える声で告げられた出来事に頭痛を覚えたのはレイだけではない。
なんと、公女が立入禁止区域でもある一角の森に入ったのだ。
誤って誰かが足を踏み入れたりしないように、看板を設置していたのに。
それを無視して奥へと進んだ。たった一人で。
どんなに魔法の才能があっても、あの森は……。森に住む魔物には通じない。
効かないのだ。魔法が。
「騎士団を向かわせます」
「そんな……。レイアークス様でなくてはダメなのです!そうでなければ私が!!」
恐怖に引き攣れる顔。目元だけしか見えないのに、よくわかる。
全身は震え、ついには立っていられなくなり膝が折れた。
「お願いします!お願いします!レイアークス様!!」
それは……願いというよりも……。
必死になって縋る侍女はうずくまったまま、懇願するかのように同じ言葉を繰り返す。
段々と涙声になっていく。
「お、おねが、いします……」
「悪いが。私はシオンと急用がある。助けには行けない」
急用?訓練場に行くだけなのに?
余計なことを言えば睨まれるので、口をキュッと噤む。
オルゼとナンシーに連絡を取り、すぐさま一角の森に向かってもらう。
本当にレイが行かないことに、侍女は思わず足にすがりつく。
「お嬢様はレイアークス様を待っているのです!お願いします!お願い……」
「なぜ私が、ルールも守れぬ無礼者のために時間を割く必要がある?」
容赦なく責める物言いに、返す言葉もない。
下げられた視線は足元を捉えている。
公女以上に無礼を働いていることに気がつき、すぐさま非礼を詫びた。
この侍女はまともだ。切羽詰まってつい、理性よりも先に行動に移してしまっただけ。
無闇に叱責する理由もない。
一度目は見逃すと寛大な心を見せつつ、次はないと最恐の脅し文句。
「行くぞ、シオン」
「あ……うん」
オルゼが救助に向かうなら訓練場に行かなくてもいいんじゃないかな?
宰相でなくなったとしても、その他の仕事までスウェロが引き継いだわけでもないので、忙しいことに変わりはないのだ。
特に図書館の本の管理は鑑定魔法を持つレイが行うほうが効率も良い。
今日は入団試験があるわけでもないし。
単にこの場を離れたいだけなら、口を挟むのはやめておく。
「待っ……」
再度、伸ばされた手は中途半端なところで止まった。
次はないと警告されたばかりだからね。
絶望したようにうなだれる侍女が可哀想すぎる。
「我がリーネットが誇る、聖剣に選ばれし騎士団長が駆け付けたんだ。どうにかなるだろう」
なんて言いつつも、実力はまだレイのほうが上。
越えられない壁にぶつかりつつもオルゼは腐ることなく毎日、鍛錬に励む。
「レイが行かなかったらあの侍女。酷い目に遭わされるんじゃない?」
「公女だからと甘やかした結果だ。自業自得じゃないのか」
「それは……そうだけどさ」
──甘やかされた性格じゃないって、そう思ってるんじゃないの?
聞いても答えてくれないから、心の中だけに留めておく。
その三十分後。報告に来たオルゼはうんざりしていた。
不機嫌オーラ満載。
「叔父上。あの女、いつまでいるんですか」
「レクシオルゼ。公女はリーネットに来てくれているお客様だ。言葉遣いには気を付けろ」
「団長がキレるのも仕方ないですよ。あの……公女様」
エノクでさえ敬意を払おうとしない。
「レイアークス様が助けに来なかったのは魔法で洗脳しているからだと、永遠にシオン様の悪口ばかり」
「首をはねてやろうかと思いましたよ」
目が本気だ。我慢したことを褒めるべきかな。
思い出すだけで不穏な空気に包まれる。
「早ければ明日には帰る」
「ずっと部屋に閉じ込めてもいいですかね。顔を見るだけで殺意が湧く」
「大人しく部屋で過ごすと思うか」
「あの性格では無理ですね。鍵を掛けても扉を壊しそうですし」
三人が同時に頭を抑えてため息をついた。
目に見えて疲れているのがよくわかる。
労う言葉をかける雰囲気でもなく、どうするべきか悩んでいるとノアールがゴロンと寝転がった。
あざとく「みゃう」と鳴く。
不穏な空気は一変。癒しの空間へと早変わり。
やっぱりノアールは最強だ。
あんなにも刺々しかった雰囲気が柔らかくなったのだから。




