運命の瞬間【カナイア】
わたくしはわたくしではない。『私』である。
瞬時に理解した。これは流行りの『転生』であると。
私こと、丸本姫華は鏡に映るような美しい容姿ではない。
よく名前負けしていると、からかわれる。特に女子から。
面と向かって言われるより、影で笑われるほうが精神的にもキツかった。
私だって好きでこんな顔に生まれたじゃない。
名前に至っては両親が付けたんだ。もっと無難な、ありきたりな名前にしてくれれば良かったのに。
──親の自己満足のために子供を利用しないでよね。
太っていて顔はニキビだらけ。身長も低く、鏡を見るのが嫌になる。
中学の頃に受けた酷いいじめにより、かれこれ十年以上、引きこもりだ。
父親からは見捨てられ、母親は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
引きこもってやることと言えば、アニメを観るか、ゲーム。
最近の推しゲームは『公女はあきらめない』
本編とifの二つがあるらしいけど、私は本編をやったことはなかった。
作品レビューで必ず、悪役令嬢のシオンについて書かれているから。
この悪役令嬢が本当に胸糞悪いらしく、読んでいるだけで、いじめられた記憶が甦る。
ifもやるつもりはなかった。だって、そのシオンが主人公と書いてあったから。
作品説明を飛ばして、どんな攻略対象がいるのかだけ見ると……。
私は運命の恋をした。
レイアークス・リーネット。
私好みの顔立ち。声も良く、恋に落ちて当然だと思う。
すぐさまプレイをした。
私とレイ様の恋を成就させるために。
それなのに!!恋愛ルートが一向に開けず、友情ルートだけをコンプリート。
何を言ってもレイ様の心が開けなかったところで、ようやく運営が答えを発表した。
レイ様の色をただ褒めるだけではダメだったのだ。
自分の価値を落とさないと。
恋愛ルートを開き、徹夜で攻略するためにコンビニで夜食を買いに行った夜。
酔っ払いの運転するトラックに轢かれた。
ハッキリと記憶にあるから間違いない。
「カナイア様?どうかなさいましたか?」
この女は……あぁ。侍女か。
「いいえ。何でもないわ」
わたくしが私である以上、私として生きることに決めた。
前世の記憶とカナイア本人の記憶を照らし合わせると、ここが『公女はあきらめない』の世界であり、私はリーネットと交友関係のある国の公女。
──嘘、でしょ。
本物のレイ様に会えるってこと!?
嬉しさから胸が躍る。
すぐさまリーネットへ行けるよう、公爵に頼み込む。
娘を溺愛している公爵はすぐにでも準備に取り掛かる。
「カナイア。体調は大丈夫なのか?」
「体調?ええ、もちろん」
心配しているのは昨夜、私が階段から落ちて頭を打ったから。
医者も大丈夫と言っていたし何より。そのおかげで私はこうして転生が出来た。
元のカナイアのことなんて、どうでもいい。
リーネットはとても美しく、景観が保たれている。
街はどこも活気があり、特産のチョコレートが大人気。
王宮に着き、こちらの要望通りにレイ様が出迎えてくれる。
──待ってヤバい!カッコ良い!!
画面で見るよりも色気があり、立っているだけなのにイケメンオーラが輝いている。
「初めまして。私はレイアークス・リーネット」
存じておりますとも!私は貴方に会いに来たんだから。
「お初にお目にかかります。私はカナイア・ドルッフィと申します」
声!ヤバい!耳が溶ける。
赤紫色の瞳を細めて微笑む顔はスチル。しっかりとこの目に焼き付けておかないと。
レイ様は私の誕生日を知っていて、プレゼントをくれた。
「本当に受け取ってもいいんですか?」
「急だったもので、このような物しか用意出来ませんでしたが」
「も、もしかして。レイアークス様がご用意してくれたんですか!?」
「ええ、まぁ」
中身はチョコレート。しかもハート型。
──う、嘘。まさかこれって……。
私達、両想い!!?
だってそんな……。出会ったばかりなのに。
他にも色んな形がある中で、あえてこの形を選んでくれた。
「私の部屋に?」
「はい!見てみたいなって」
どんな部屋に住んでいるのか。
レイ様のことだから、あまり物はなくてシンプルかな?
知的イメージがあるから広い部屋に本棚がいくつもありそう。
「すまないが、部外者を自室に入れたくはないんだ」
「そう、ですか」
部外者……。
レイ様の心は私に傾きかけているのに、まだ素直になっていない。
やっぱり恋愛ルートを解放しないとダメなんだ。
「あ、あの!レイアークス様」
前を歩くレイ様を呼び止めた。
立ち止まり振り向く様子に胸が高鳴る。
「何でしょうか、レディー」
「“レイアークス様の髪色はとても綺麗ですね。私の色なんかとは違って”」
これでレイ様は私を意識してくれる。
告白とかされたらどうしよう。
キスや、それ以上のことも……。
きゃー!!想像するだけで幸せが溢れる。
レイ様との結婚生活。邪魔者のいない二人きりで暮らせたらいいな。
「レディーの髪も綺麗ですよ」
綺麗だなんて、そんな……。
シンプルな褒め言葉が一番、胸に響いたりする。
ニヤけてしまわないように表情を作るも、レイ様がいるだけで感情の制御が効かない。
「……レディーは観光に来られたとのことですが、目当ての場所はありますか」
レイ様です!!
とは言えない。私はレイ様と過ごしたいだけ。
目的地なんてない。強いて言えばデートをしたいな。
手を繋いで、手を絡めた恋人繋ぎ。
レイ様はもう私を意識して、どんな誘いにも乗ってくれる。
「ないようでしたら、こちらを。人気の場所をリスト化しました」
「わぁ、ありがとうございます」
つまり私と行きたいってことね。
レイ様って女性を誘うのが苦手なのかしら?
私だからこれがデートの誘いであるとすぐに気付いたけど。
他の人だったらきっと、何もわからず一人で街に行っていたはず。
「レイ様もご一緒に行きましょう?」
恋愛に奥手のレイ様を私がリードしてあげる。
そして、ゆくゆくはレイ様から私を……。
「レディー。許可なく勝手に愛称で呼ぶのはやめていただきたい」
「え?あの……」
「それと。私は観光案内人ではありません。侍女がいるのですから、お二人でどうぞ」
私に気を遣って後ろに下がっていた侍女がリストを受け取る。
このままでは本当に侍女と二人になってしまう。
──私はレイ様とデートがしたいのに!!
「あ、こんな所にいた!おーい、レイ」
「シオンか。どうした」
「実は……その、魔道具のことでご相談が」
シオン?それって悪役令嬢じゃない!!
どういうこと!?なんで私のレイ様と馴れ馴れしくしてるのよ!!
「一応、聞くが。何の魔道具だ?」
「レイ様!!早く街に行きましょう!!」
腕にしがみついて、二人を引き離そうとするも、私の手は振り払われた。
「レディー。先ほども申し上げましたが、愛称では呼ばないでください」
冷ややかな目。軽蔑するように私を見下ろす。
「そちらの女性はもしかして……」
「あぁ。本日、訪ねて来た公女様だ」
「ごめん。昼前に到着って聞いてたからてっきり」
はぁ?何言ってるのよ。時間より早く着くのは、人としてのマナーでしょ。
教養も作法も身に付けていない断罪されるだけの悪役令嬢。
こんなのがレイ様の近くにいるなんて。
「魔道具のことはスウェロに頼むからいいや。邪魔してごめんね」
「待て。いい。私が聞く」
「え、でも……。公女様……」
「侍女と二人で観光に行くそうだ」
「私はレイ様と!!」
「これで三度目です。愛称で呼ばないで欲しいと言ったのは」
息を飲むほどの圧。
魔力を放出しているのか、耐え切れず後ろに下がってしまう。
「レディー。貴女は公女だ。最低限のマナーと教養は身に付けるべきでは?」
「ちょっとレイ。怯えてるじゃん。やめてあげなよ」
「事実を述べただけだが?」
「言い方があるでしょ」
私の目の前で、私のレイ様と親しい悪役令嬢。
闇魔法でレイ様の心と思考を操っているんだわ!!
悪の化身と呼ばれるほど最低な女!!誰からも好かれなくて当然よ!!
「それとレディー。観光目的は構いませんが、王宮内を勝手に出歩くなんて真似は控えて下さい」
「あ……」
レイ様は通信魔道具で人を呼び、後のことを任せて悪役令嬢と行ってしまう。
──どうしてよ。恋愛ルートは解放されたはずでしょ。
やっぱり操られているのね。
可哀想なレイ様。
あんな女にいいようにされて。
なんとしてでも私が救ってあげなくちゃ。
だってそうでしょう?
私とレイ様が結ばれるのは運命なんだから。
と、その前に。新しいドレスを買わなくちゃ。
カナイアって、地味なドレスしか持っていないのよね。お金持ちのくせに。
色合いも地味だし、こんな恰好ではレイ様の隣に立つに相応しくない。
リーネットにはかなり人気の商会があると聞く。
この私に似合う物があるか、見に行かないとね。




