仕組まれたこと【カナイア】
「うふふ。キャー!!」
一人、妄想に耽っていると、目の前に洞窟が現れた。
ここに花が咲いているのね。
モブ平民の話ではこの中に花がある。
奥が見えない闇。鳥肌が立つ。
頭のてっぺんから足の指先まで、全身を恐怖が襲う。
尋常ではない喉の渇き。
唾を飲み込めばゴクリと音が鳴る。
気配だけ感じていた鳥が一斉に空へと羽ばたく。
反動で木々が揺れる。
タイミング良く風も吹いて、音は鳴り止まない。
そこに光る何かが近づいてくる。
それが目であると認識したのはすぐ。
赤黒い一本の角を生やした魔物。
カナイアの記憶にも存在していない。
──下級や中級じゃなかったの!?
人間に備わった危険信号が知らせる。今すぐに逃げろと。
この私に逃げろ!?ふざけないで!!
未知なる魔物に臆するなんて、そんなのヒロインじゃない。
特大の雷を発動したはずなのに、魔法は不発。
魔力切れではない。私の魔力はもっと多く、ちょっと魔法を使ったくらいで切れるものではないのだ。
静かに目を逸らすことなく、魔物は一歩ずつ近づいてくる。
魔法が使えない。
距離だけが確実に縮まっていく。
土を魔物に投げつけて、怯んだ一瞬の隙に走り出す。
出口に向かって、ひたすら全力で。
足跡を頼りに来た道を戻るも、魔物のほうが速い。
正面に回り込まれて行く手を阻まれる。
ぬかるみに足を取られて、そのまま転倒。
「ひっ……。来ないで!来るんじゃないわよ!!魔物の分際で!!」
人間の言葉を理解する高度な生き物でもなく、瞳孔を見開いて私に襲いかかってくる。
嫌…嫌よ!!レイ様!!どうして来てくれないの!?
貴方は私の旦那様でしょう!?
迫ってくる死。
心拍数は格段に上がり、上昇する体温。
この世界で魔法を使えないのは平民のみ。
私は上級貴族。いずれはレイ様と結婚して王族の仲間入りを果たす。
その私が!!こんなところで死ぬわけがない。
泥だらけでみっともなく、薄気味悪い森の中。
得体の知れない魔物。
涙が溢れてきた。
呼吸は荒くなり、私の王子様でもあるレイ様を一心不乱に呼び続ける。
一直線に角が私を貫こうとする寸前、現れた人物によって魔物は倒された。
「レイ様!!やっぱり来てく……」
顔を上げたその先にいたのは……。ちょっと顔が良いだけの男。
恰好からして騎士?あぁ、ただのモブか。
隣の男なんて強面で、いかにもって感じ。
「私を助けたことは褒めてあげるわ」
「……どうも」
「で?」
「はい?」
「レイ様はどこよ!!」
「来るわけないだろう。忙しいのに」
「レクシオルゼ団長。再生する前に急いで離れましょう」
「そうだな」
私を無視して話を進める二人に苛立ちを覚える。
たかがモブ如きがこの私を雑に扱うなんて、あってはならない。
馬から降りずに上から目線で話しかけてくるのも苛立つ。
「わかったわ!!あの悪役令嬢の仕業ね!!」
「誰のことだよ」
「シオンとかいう闇魔法の使い手よ!」
「はぁ!!?」
あの女が仕組んだことなら全部に説明がつく。
魔法は使えなかったのではなく、飲み込まれていた。漆黒の闇によって。
レイ様との仲に嫉妬して、私を殺そうとしたんだわ!
見た目以上に最低な女。
人の意志を捻じ曲げてでも自分だけの世界を作りたいなんて。
腐っている。人として。
説明をちゃんと読んだわけではないけど、家族に愛されなくてどうのこうのって書いてあった。
ふん!当然じゃない。愛されなくて。
人を人とも思わない。あんな女が、誰からの愛情を一欠片でも与えられるはずがないのよ。
生まれてくる価値がなかったと認めて、一人で孤独に死ぬのがお似合い。
世界中の人間に詫びるべきなのよ。生まれてきたことを。
「貴方達も可哀想ね。魔法で洗脳されて……って、言ってもわからないか。どうせ洗脳されてないとか、あの女を庇うんでしょ?」
「あのなぁ!!」
「団長!!」
「っ……はぁ。そうだった。早く戻ろう」
「ちょっと!私を馬に乗せなさいよ!!」
私を置いて行こうとする平民に声をかけた。
「そんな泥だらけの奴を乗せられるわけないだろ。魔物はすぐには再生しない。急げば間に合う」
か弱い女の子をそのままにして、自分達だけ馬に乗ったままなんて。
これも悪役令嬢の命令ね!
助けに来たふりをして、間に合わなかったと私を見殺しにするつもりだ。
──絶対に許せない!!
後ろを気にしつつも、森を抜けるため急ぐ。
ヒロインに試練は付き物。そんなことはわかっている。
でも!!この仕打ちはあんまりではないだろうか。
一歩間違えれば私は死んでいた。
あぁ、そうか。命の概念がないんだ。
自分以外の存在はその辺の雑草と同じ。
踏み潰す権利を持ち合わせて、尊厳を奪うことは容易い。
我こそが世界の中心にいると信じて疑わない。
典型的な悪の親玉。
神は私に救えと言うのね。
世界を滅ぼす絶対なる悪から、罪なき多くの人々を。
いいわ。やってあげる。
シオン・グレンジャーを倒し、世界に再び平和をもたらした先にこそ、レイ様との幸せな未来が待っているのだ。
一抹の不安はあるけど、ここは作られたゲームの世界。
ヒロインが必ず悪に勝つよう設定されている。
所詮は作られた存在。設定には抗えない。
私が貴女を倒した暁には、火炙りにして報いを受けさせてあげるんだから!
覚悟していなさいよ!!




