悪を滅ぼした世界
※こちらは妄想となっております。現実世界ではありません。
「レディー」
優しく愛おしく名前を呼んでくれるレイ様は目を細めて微笑む。
ベッドの上で、昨夜の余韻に浸っていると私の大好きな手が頭を撫でてくれた。
「もう、レイ様ったら。また昔の呼び方に戻ってる」
「すまない。夢を見たせいだろう」
私にキスをしてくれたレイ様の色気は破壊力抜群。
心臓が破裂しそう。
──私が死んだら犯人はレイ様なんだからね。
ほっぺたを膨らませて怒っていると、小さく笑いながら名前を呼んでくれた。
「カナイア」
耳に残る低音ボイス。脳内で永遠とリピートされる。
こんなだらしない顔を見られたくなくて、レイ様の胸に抱きつく。
無駄な肉は一切なく、鍛え上げられた体。
大きく逞しい手はいつも、魔物から多くの人を守ってきた。
「うぅ…レイ様はズルいです」
「どこがだ?」
「私に意地悪して楽しんで。私ばっかりレイ様のことが好きみたい」
両想いなのに、いつだって好きだと言うのは私ばかり。
不貞腐れた物言いをしたにも関わらず、レイ様が不機嫌になることはなく、ギュっと抱きしめてくれる。
安心する体温。夢のような一時。
顔を上げると悲しそうに笑っては、触れるだけのキス。
「悲しいことがあったの?」
「夢を……見た。悪女であるシオンがカナイアを殺す夢。私は傍にいたのにカナイアを守れなかった」
泣いてしまいそうな、私の胸を締め付ける表情。
過ぎ去ったこととはいえ、レイ様の胸を深く抉ったあの出来事の日々は簡単には消えてくれない。
言葉よりも先に体が動く。
抱きしめて、キスをした。
不安を吹き飛ばすように何度も何度。
「大丈夫ですよ。私はここにいますから」
レイ様の手を胸に当てた。
感じる鼓動に、揺れていた赤紫色の瞳から動揺が消えてなくなる。
「レイ様。それは夢です。現実は違います。だってほら、私は生きてる」
悪役令嬢、シオン。
あの女はリーネットの国民を魔法で洗脳した。
レイ様には特別強い魔法をかけ、あろうことか男女の仲になっていたのだ。
本人の意志を捻じ曲げて、自らの欲を満たす。
レイ様を助けようとしても、光魔法を持たない私では黒くおぞましい闇魔法に対抗する術はなかった。
殺される。そう直感して、目の前に現れた死に走馬灯を見た。
レイ様との思い出の日々。私達の愛を引き裂いた悪役令嬢。
死ぬ。殺される。……嫌だ。
正しい心を持って生きてきた私達が、こんな悪に染まった女に負けていいはずがない。
不気味に笑う悪役令嬢は容易く人間の尊厳を奪う。
「レイ様!!!!」
魂の叫びは届いた。
私を殺そうとした魔法をレイ様の黒い剣が斬り裂く。
洗脳状態に在りながらも、私を守るために立ち上がってくれた。
動揺する悪役令嬢に向かって炎最上級魔法を放つ。
加減なんてしない。
骨まで灰にしてしまう火力。
鼓膜を破る魔物のような悲鳴。
咄嗟に守るように抱きしめてくれる力は強かった。
汚い髪色は焦げて、燃えながらも私達を道ずれにしようと近づいてくる。
その姿は醜い。
勇気を貰った私は悪役令嬢に雷魔法をお見舞いした。
神の裁きの如く、天から落雷が落ちる。
それが決め手となり、悪役令嬢の体は完全に塵となった。
魔法の使い手がいなくなったことにより、洗脳は解け皆が正気に戻る。
黒い霧は晴れ、リーネットは悪の支配下から解放された。
勢いよく私から体を離したレイ様は、黒い剣で自らの命を……。
宝石のように美しい涙を流すレイ様は一言だけ
「すまない」
謝罪。とても深く、生きることをやめたくなるほどの。
責任を感じているんだ。洗脳されて、意志がなかったとはいえ、私への暴言の数々。
私を殺そうとしたこともあった。
でも、体の関係を持ってしまったことも、心に深い傷痕を残す要因の一つ。
悪いのは全部、悪役令嬢であり被害者であるレイ様が苦しむなんておかしい。
元凶はもういないのに!!
「わ、私……。レイ様が好きです!!」
剣先が心臓を貫く寸前で止まる。
驚きに満ちた表情の中に希望の光が差し込んだかのような喜びを見つけた。
私との未来を歩みたいと思ってくれている。
──レイ様は死にたくないんだ。
私達は一目で恋に落ちた。
住む国が違うことから、互いに想いを秘めるだけ。
すれ違う瞬間に交わる視線。言葉を交わせなくても込められた熱は本物。
私の想いは決して口にしてはいけなかったのに。
レイ様に死んで欲しくなかったから……。
好きなのに、好きだと言えないまま今生の別れになるのは辛い。
それならばいっそ、想いを伝えてしまいたかった。
私しかレイ様の生きる希望になることが出来ないから。
「私は……」
いつも自信に溢れていた瞳は弱々しく、私を見ようともしない。
「レディーの傍にいる資格がないんだ」
「資格なんていりません!!好きな人と一緒にいたい。その理由だけで充分ではありませんか!!」
死んで欲しくない。レイ様のいない世界で生きていくなんて、そんなの……。
言葉は出なかった。ただ泣いて、どこにも行けないように手を握る。
傍にいて欲しいと願いを口にしたら、レイ様を縛ってしまう。
優しい人だから、か弱く縋る私を放っておけない。
私の傍にいることが苦しくて、命を絶ちたくなっても、私のために生きることを選んでくれる。
嬉しさと同時に申し訳なさも感じてしまう。
だってそれは、レイ様の意志を無視する行為だから。
あんな最低な悪役令嬢と同レベルになんて下がりたくない。
「私が傍にいたらレディーを穢してしまわないだろうか」
零れた本音。
恐怖に押し潰されそうなレイ様は答えを待つ。
私よりもずっと歳上のその人は、恋愛初心者。臆病になるのも無理はない。
レイ様の首に腕を回し、顔をグッと近づけ、初めての……キスをした。
「傍にいたいです。レイ様の傍に。苦しいときも辛いときも、私がずっと隣にいますから」
ꕤ︎︎
今、思い出すと大胆な行動だったと恥ずかしくなる。
ファーストキスは特別だと誰かが言っていたけど、まさにその通り。
記憶と共に感触や温もりまでもが蘇る。
無意識に指が唇をなぞった。
鼓動が速くなり体温は上昇する。
全てが夢ではないと教えてくれた。
「ふふ」
「どうした?」
「幸せだなぁって」
悪役令嬢を倒した私は国王から褒められ、何でも好きな物を与えてくれると約束してくれた。
聖女として民に慕われ、永住を望まれて。
私は聖女になりたくて悪役令嬢を倒したわけではない。
好きな人……愛した人を悪の手から救いたかった。
私欲のために頑張っただけ。
褒められるのは筋違い。
私の願いは一つだけ。レイ様の傍にいること。
もちろん、本人が望まないのであれば諦めて国に帰る。
半分は諦めていたけどレイ様は私の手を取ってくれた。
私との幸せな未来を選んでくれたのだ。
「レイ様と結婚して、私は世界一幸せ者になったの」
「カナイア。敬称は外してくれ。君はもう私の妻だ。それに……生まれてくる子供が君の真似をするかもしれない」
「子供?それって……」
そっとお腹に手を当てた。
レイ様……。レイは毎朝、私の体調を気遣って鑑定魔法を使ってくれる。
今朝も頭を撫でてくれたときに鑑定をして、そこで新しい命を宿していることを知った。
愛する人との愛の結晶がお腹のなかにいる。
新たなる幸せがすぐ目の前に。
「どうしよう。夢みたい」
感激のあまり泣いてしまった。子供のように。
涙は滝のように溢れて、早く泣き止まないとレイを困らせてしまう。
「あまり擦ると目が腫れるぞ」
「だってぇ……」
「カナイアは嫌なのか?子供を産むのは」
「そんなことない!!大好きなレイとの子供なんだよ!!?」
「だったら素直に泣いていい。その涙は嬉しいから溢れているんだろう?」
瞼に優しくキスを落としてくれたレイはいつもと同じ。
余裕で、私をリードしてくれる紳士。
レイ「これからは家族三人、幸せに暮らしていこう」




