第5話 初めての換金
翌朝。
まだ少し眠気が残る中、優衣は昨日ダンジョンで手に入れた素材を大切に包んで持ち、渋谷ダンジョンの入り口近くにある「ダンジョン協会」渋谷支部へ向かった。
朝の冷たい空気が肌に心地よく、背中に背負ったリュックが少し重く感じられる。
政府公認のこの協会は、探索者たちの拠点として日々多くの人々が行き交っている。優衣が中に足を踏み入れると、正面には長く伸びたカウンターがあり、その背後に素材買取や依頼受付の担当者がずらりと並んでいた。
壁一面には無数の依頼書が所狭しと貼り出されていて、色とりどりの紙に書かれた募集内容は「素材採取」「護衛依頼」「魔物討伐」など多岐にわたる。
買取カウンターでは、昨日優衣が倒したスライムやゴブリンの素材、さらには魔石などが鑑定され、その価値に応じて金銭に換算される。依頼受付では、探索者たちが自分のレベルや得意分野に合わせて仕事を選べるように、難易度や報酬が明記されていた。
室内には、鎧をまとい大剣を背負う男、ローブを翻し魔法書を片手にする女性、そして軽装でスピーディーに動き回る探索者たちが数人おり、依頼書をじっと見つめる者もいれば、軽く笑いあい談笑をする者もいる。
熱気と緊張感が入り混じったこの場所は、まさに冒険の始まりを待つ人々のエネルギーで満ちていた。
優衣は手にした素材をそっと見下ろす。昨日倒したスライムのぷるぷるとした半透明の体の一部、それに小さく切り取られたゴブリンの皮。どれも自分が初めて苦労して得た戦利品だと思うと、心がじんわりと温かくなる。
それでも初めての換金という未知の行為に緊張し、手は少し震えていた。勇気を振り絞ってカウンターの前に立つと、背の高い受付の女性が優しく微笑み声をかけてくれた。
「おはようございます。初めての換金ですね?どんな素材をお持ちですか?」
彼女はさらさらとストレートの髪を肩に流し、すらりとしたスレンダーな体型で、落ち着いた大人の雰囲気を漂わせている。柔らかな目元は親しみやすく、それだけで優衣の緊張が少し和らいだ。
優衣は少し戸惑いながらも、用意した袋を差し出した。
「これが昨日集めたもので……換金の仕方がよくわからなくて」
「大丈夫ですよ」
と受付のお姉さんは微笑みながら素材を一つひとつ丁寧に手に取り、確かめていく。
「まずはこちらで素材を鑑定して、今の相場を計算しますね。スライムの体液は希少価値があるので、思ったより高くなりますよ」
優衣の胸は期待と不安でいっぱいだったが、その手際の良さに目を離せなかった。しばらくすると、お姉さんは計算を終え、穏やかな声で告げる。
「こちらで約1万円分になります。初めてにしては、なかなか良い成果ですよ」
その言葉に優衣の顔は自然とほころんだ。生活に必要な金額に届くとは思っていなかったのだ。
「本当に……ありがとうございます! これで少しは生活が楽になります」
お姉さんは優しく頷きながら、さらに付け加えた。
「これからも焦らず、自分のペースで頑張ってくださいね。無理は禁物です」
「はい、ありがとうございます。頑張ります」
優衣の声には、これまでの苦労が少しだけ報われたという安堵と、新たな決意が混じっていた。
周囲では他の探索者たちが次々と素材を持ち込み、活気あるやり取りが続く。彼らの顔にはそれぞれの物語が刻まれているのだろう。優衣はそんな中で、自分もここにいる一人の探索者なのだと改めて実感した。
カウンターを離れ、握りしめた小銭をポケットにしまうと、胸の奥に小さな火が灯ったような温かさを感じた。ここから始まる自分の物語は、まだまだ続いていくのだ。