第3話 初心者講習〜実技篇
私は渋谷駅の地下深くに広がる、謎に包まれたダンジョンの入り口に立っていた。
巨大なアーチ状の石造りの門は、まるで異世界への扉のように威厳を放っている。
その中央に浮かぶ黒曜石のようなゲートは、揺らめきながら薄暗い洞窟の奥へと誘っていた。
ここが「渋谷ダンジョン」。
かつて地中深くから突如として現れた迷宮の一つで、無数の探索者たちが命を賭けて挑む場所だ。
手に握る木の棒はまだ新しく、重みと冷たさが手のひらに伝わる。
魔法をまだ習得していない私にとって、これが唯一の武器。
講師を務めるベテラン冒険者の優しい声が教室の静寂を破る。
「まずは武器の扱い方から覚えよう。魔法が使えない初心者は、丈夫な木の棒で敵を倒す訓練が基本だ。」
目の前には、小さくぷるぷると揺れる青いスライム。
その無垢な動きに、一瞬だけ心が和らぐ。
だが、同時に油断は禁物だと自覚し、棒をしっかり構えた。
「怖がらず、狙いを定めて思い切り振り下ろすんだ」
スライムが跳ねるその瞬間、私は全身の力を込めて木の棒を振り下ろした。
ぷにゅっとした感触が手元に伝わる。
スライムは一度揺らいだが、すぐに形を戻し、じっとこちらを見つめているように感じた。
「もう一度だ!」講師の声に背中を押され、私は気持ちを新たに連続して攻撃を繰り返す。
数度の打撃を重ねるうちに、スライムは徐々に小さくなり、やがて弾けるように消えていった。
その瞬間、優衣の胸に嬉しさが一気に込み上げた。
思わず小さくガッツポーズを作り、目を輝かせて口元が自然にほころぶ。
「やった……倒せた!」
初めての戦いに勝てた実感に、頬が熱くなり、緊張が解けて笑顔が溢れた。
周囲の仲間たちも拍手を送ってくれて、その温かさに心が少し軽くなった。
この瞬間が、長い冒険の第一歩なんだと、優衣は胸の奥で強く感じた。
講習を終えた唯は、再び渋谷ダンジョン協会の支部へ戻った。
カウンターで名前を告げると、受付の職員が笑顔で差し出してきたのは、光沢のあるカードだった。
それは唯の名前や顔写真、簡単なステータス情報が記載された「探索者カード」。
このカードを持つことで、正式にダンジョンへの入場が許可される。
カードには財布としての機能もあり、素材の買取で得た報酬を協会に預け、そこから直接引き出すことができる。
さらに、探索者カードを提示すれば協会や提携店舗での買い物や宿泊が可能で、まさに探索者の身分証兼キャッシュカードといった存在だ。
唯はカードを手に、つい指で表面をなぞる。
これでようやく、自分も“本物”の探索者としてダンジョンに挑めるのだと、胸の奥が熱くなった。