第21話 公園からの帰り道
本当なら、公園からそのまま安息の空間に戻ることもできた。
でも優衣は、ヴァイスに少しでも街の雰囲気を感じてもらいたかった。
芝生や水辺だけでなく、人や車、風や匂い——そういったものにも慣れてほしい。
「帰りはちょっと寄り道して帰ろうか」
そう小さくつぶやきながら、ヴァイスを抱き上げて公園をあとにした。
行きは公園のすぐ近くに安息の空間から出てきたので、ほとんど車や人の音は聞こえなかった。
しかし帰り道は、あえて少し賑やかな商店街の方を通ることにした。
あたりにはパン屋から焼き立ての香り、果物屋から甘酸っぱい香りが漂っている。
行き交う人々の足音や話し声、遠くで響く子どもの笑い声。
ヴァイスは優衣の腕の中で首を左右に動かし、好奇心いっぱいの目で景色を見渡していた。
ところが、その時だった。
前方の道路から、低く唸るようなエンジン音が近づいてきた。
「ブゥン…!」
重く響く音に、ヴァイスの体がびくんと震える。
さらに車が近づくにつれ、音は大きくなり、空気が揺れるように感じられた。
ヴァイスの耳をぴたりと倒し、しっぽが縮こまる。
小さな爪が優衣の服をぎゅっと掴み、胸元に顔をうずめた。
「大丈夫、大丈夫だよ」
優衣は声を柔らかく落とし、背中をゆっくりと撫でる。
それでも、ヴァイスは体を固くしたまま動かない。
車が目の前を通り過ぎた瞬間、タイヤがアスファルトをこする音と、排気ガスの匂いがふわりと漂った。
その匂いもまた、ヴァイスには初めての刺激だったらしい。
小さな鼻先がわずかに動いたかと思うと、さらにぎゅっと優衣に身を寄せた。
「ほら、もう車はいなくなったよ」
そう言って顔を覗き込むと、ヴァイスは恐る恐る片目だけを開け、優衣の顔を確認する。
その表情は「本当に?」と聞いているみたいだった。
優衣は微笑み、頬を軽く撫でる。
「うん、本当に大丈夫。ほら、ほら…」
すると、ヴァイスの耳がゆっくりと元の位置に戻り、呼吸も落ち着きを取り戻していく。
再び歩き出すと、商店街の喧騒が少しずつ遠ざかり、代わりに静かな住宅街の道が現れた。
空気はやわらかく、花壇から漂う花の香りが春の匂いを運んでくる。
その道の途中、カーテンの隙間から白い猫がこちらを覗いていた。
ヴァイスは猫と目が合い、一瞬だけ首をかしげる。
けれどすぐに優衣の腕の中で小さく欠伸をして、力を抜いた。
住宅街を抜け、やっと静かな場所まで辿り着いた優衣とヴァイス。
優衣は抱き上げたまま、安息の空間へと戻る。
優衣はそっと膝を曲げ、ヴァイスを柔らかな毛布が敷かれた籠の中に下ろす。
小さな体はすぐに毛布に沈み、優衣の手のひらに顔を寄せる。
公園での芝生や池での鳥、街中の車の音——
初めて見るものや少し怖かったものに触れた一日で、ヴァイスの小さな体はすっかり疲れていた。
毛布の上で丸くなるヴァイスの胸が、ゆっくり上下に動く。
優衣はそっと隣に座り、ヴァイスの背中を撫でながら囁く。
「今日は初めてのお出かけ頑張ったね。」
ヴァイスは小さく鼻を鳴らし、安心したように体を優衣の手に押し付ける。
やがて寝息は深くなり、毛布の中で丸くなった小さな体は静かに夢の世界へと沈んでいく。
優衣はその寝顔を見つめながら、心の中で誓う。
「これからも一緒にいろんな場所に行こうね、ヴァイス」
柔らかな陽射しが窓から差し込み、二人をそっと包み込む。
初めてのお出かけは終わったが、その一日は二人の絆をより深く、穏やかに育んだ特別な思い出となった。
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