第2話 初心者講習〜講義編
渋谷駅から歩いて数分、古びたビルの三階にある教室にたどり着く。
エレベーターの扉が開くと、すでに十数人の受講者が集まっていた。
探索者としてダンジョンに足を踏み入れるには、まず正式な登録が必要だ。
しかし、その前に必ず受けなければならないのが、この初心者講習である。
ダンジョンが出現した当時、無謀なチャレンジを行い死亡事故が多発し社会問題となった。そのため講習を受けある程度の基礎知識をつけてからではないとダンジョンに挑戦出来ないことになったのだ。
講習は2日間にわたって行われ、今日はその初日――主に講義となる。
年齢も、背景もバラバラの人々。
制服姿の高校生、スーツに身を包んだ社会人、筋骨隆々の中年、落ち着いた大人の女性。
皆、それぞれの理由を胸にここへ来ているのだろう。
優衣は静かに、一番後ろの席に腰を下ろす。
見知らぬ人々の間に座ると、不安が胸を締めつける。
でも、ここで立ち止まれば何も変わらない。
「本日は『初心者講習』にご参加いただき、ありがとうございます」
教壇に立つのは、金髪を後ろできっちり束ねた女性講師。
その目は鋭く、しかし声はどこか落ち着きをもたらす。
「ダンジョンは命を賭ける場所です。軽い気持ちで挑めば、その代償は計り知れません」
教室の空気がピンと張り詰める。
誰もがその言葉の重みを理解している。
講習では、ダンジョンや危険生物の特徴、装備の選び方、緊急時の脱出方法が淡々と説明される。
壁のスクリーンにはスライムやゴブリンが映し出される。
目の奥に潜む獰猛さが、まるでこちらを狙うかのようにギラついている。
「初心者に最も適しているのは、丈夫な木の棒です。軽く扱いやすく、価格も手ごろ。初めの一歩にはぴったりです」
講師は手にした棒を力強く振り抜き、乾いた音が教室に響く。
その音は、ただの木の棒ではなく、命を守る武器の始まりであることを示しているようだった。
「もうひとつ、重要なのは焦らないこと。欲張って危険に飛び込むのではなく、一歩ずつ経験を積み重ねてください。自分のレベルに合わせた活動をする事が何よりも大切です。そして、自分の力を過信してもいけません。」
受講者たちは真剣な面持ちで頷く。
この言葉は、きっと誰の胸にも深く響いたに違いない。
講習の締めくくりに、講師は厳かに言葉を紡いだ。
「この講習を終えたあなたたちは、ダンジョンに挑む資格を得ます。だが覚えておいてください――資格はあなたを守りません。盾を作るのは、あなた自身の経験です」
その日の空気は冷たかったが、私の胸に宿った小さな炎は確かに燃えていた。
講義が終わると、部屋の空気が少しだけ和らいだ。周りの人々も緊張の糸がほどけたように、笑顔がこぼれる。私はゆっくりと席を立ち、教室を出た。外の空気は冷たくて、渋谷の雑踏が遠く感じられた。
「よし、これで第一歩を踏み出せたんだ」
廊下を歩きながら、ふと隣に立っていた女性が話しかけてきた。
「あなた、初めて?緊張してたみたいね」
彼女は柔らかく微笑んだ。制服姿の私にとって、その一言がとても励みになった。
「はい、でも頑張ります」
そう答えると、彼女も頷いた。
「私も最初は怖かったけど、一歩ずつ進めばきっと大丈夫よ」
その言葉に救われ、私は少しだけ背筋を伸ばした。