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第13話 フェンリルの子守唄


 夜が深く、静寂に包まれた《安息の空間》の中。赤ちゃんフェンリルの小さな鳴き声が小さく響いた。


「キューン、キューン…」


 その繊細な音は、静けさを切り裂くように空間に広がった。まだ眠りの中にいた優衣は、その声に目を覚まし、まどろみながらもゆっくりと身体を起こした。


「どうしたの? お腹が空いたのかな…」


 優衣は眠そうな目をこすりながらも、慌てることなくそっと立ち上がり、キッチンへ向かった。 そこには、あらかじめ用意しておいた魔物用のミルクが置いてある。素早くお湯を哺乳瓶に注ぎ適温になるのを待つ。


 その間にも、か弱く鳴くフェンリルは、まるで優衣の行動を見守っているかのように、わずかに尻尾を振り、ミルクが来るのを待っているかのようであった。


「もうすぐだからね」


 そう優しく声をかけ、そっと抱き上げると、フェンリルの赤ちゃんは小さな体を精一杯伸ばし、ミルクに口を近づけた。まだ慣れないそれに少し戸惑いながらも、すぐにミルクを吸い始めた。

 吸うたびに、か細かった体が少しずつ力強さを取り戻していくのが分かる。


 優衣はその姿を見守りながら、胸の奥が温かく満たされていくのを感じた。


「よかった……ちゃんと飲んでくれて。最初より飲む力が強くなった気がする」


 飲み終わったフェンリルは、小さな手を優衣の前足を置いてまどろんだ表情を見せる。目はまだ閉じているが、その安らぎは確かに伝わってきた。

 そして息遣いがゆっくりと寝息に変わっていく。


 ミルクを飲んだ後の満足そうな寝息に、優衣も自然と微笑む。夜の闇が深まる中、ふたりだけの静かな時間がゆっくりと流れていった。


そして、優衣も手早く哺乳瓶を片付けベッドに横になる。



だが、数時間後、再びかすかな鳴き声が優しく響く。


「キューン、キューン…」


 優衣は眠気をこらえながらも、すぐに起き上がった。彼女の動きを察してか、フェンリルは小さな体を震わせながらも待っている。


「また、ミルクを飲もうね」


 ミルクを急いで作り哺乳瓶を差し出すと、フェンリルはすぐに口をつけた。今度は前よりも上手に飲むことができている。


「少しずつ飲む力が強くなってるね」


 優衣は微笑みながら、そっと頭を撫でる。まだ生えそろっていないふわふわの毛が指先に触れて、愛しさがこみ上げてきた。


 夜は静かに、しかし何度もミルクを飲むフェンリルと、それを見守る優衣の優しいやりとりで満たされていく。


 時折、窓の外からは夜風が吹き込み、レースのカーテンをそっと揺らす。柔らかな月明かりが部屋の中に差し込み、ふたりの影をゆらゆらと映し出した。


 優衣は心の中でそっとつぶやく。


「怖かったよね、ひとりぼっちで……でも、もう大丈夫。私が守るからね」


 フェンリルの小さな体は、すぐそばで安心しきったように息を落ち着けていた。


「あなたが元気になるまで、何度でもミルクをあげる。ずっとそばにいるよ」


 安息の空間に優しいぬくもりが広がる。疲れも不安もすべて溶けていくように、優衣とフェンリルは共に穏やかな夢の中へと落ちていった。


この夜のやりとりが、これからふたりの強い絆となって育まれていくのだと、誰もまだ知らなかった。

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