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第1話 魔素溢れる世界の始まり

三十年前、世界は突然の変貌を遂げた。

 人々が安心して暮らしていた日常に、異界の扉が開かれたのだ。その扉の先には「ダンジョン」と呼ばれる、まるで異世界の断片が重なり合ったような迷宮が次々と出現した。


 湿った洞窟、暗く冷たい地下迷宮、苔むした古代遺跡、広大な深い森、凍てつく氷原、そして燃え盛る火山の洞窟……。

 それぞれの階層はまるで異なる世界であり、そのどれもが魔素と呼ばれる不思議なエネルギーに満たされていた。

 魔素は生命の源とも言える力であるが、その密度が濃くなるにつれ、そこに棲む魔物は凶暴性を増していく。階層が深くなるほど、危険は跳ね上がり、生き残るのは至難の業だった。


 だが、そこには豊かな恩恵も隠されていた。

 魔素を帯びた薬草は病を癒し、魔力を宿す木材は強靭な防具の素材となる。倒した魔物の身体は瞬く間に霧のように消え去り、代わりに魔石や貴重な素材だけが残った。

 魔石は新たなクリーンエネルギーとして人類の生活を劇的に変え、かつてない繁栄をもたらした。


 しかし、放置すれば魔素が制御不能となり、ダンジョンの魔物が地上に溢れ出す「スタンピード」という大災害が起きる。

 政府はこれを防ぐため、迅速にダンジョン協会を設立し、ダンジョンの管理と探索を統括する体制を整えた。政府公認の探索者たちは、危険と隣り合わせの世界に足を踏み入れ、魔物と戦いながら人々の安全を守る役割を担っている。


 そして、世界の変貌は人間自身にも新たな力をもたらした。「スキル」と呼ばれる特殊能力を授かり、その力でダンジョンに挑む者、探索者を支える者、時には巨万の富を築く者も現れた。

 誰もがその門戸を叩き、挑戦し、人生を変える大きなチャンスを掴める時代——それは希望であり、同時に試練でもあった。


 そんな世界の中に、一人の少女がいる。


 神崎優衣、高校一年生の春。彼女は普通の女子学生だった。セミロングの柔らかな茶色の髪は風に揺れて軽やかなウェーブを描き、同じ色の瞳は穏やかな温もりをたたえていた。

 透き通るような白い肌、愛らしい顔立ちに、ほっそりとした体型。見た目は儚げに映るが、その瞳の奥には誰にも負けない強さが秘められていた。


 しかし、優衣の生活は突然暗転した。交通事故で両親を一瞬にして失ったのだ。

 唯一の肉親であった叔母が優しく声をかけてくれたが、その優しさは長く続かなかった。

 両親の遺産はほとんど使い込まれており、問いただす彼女に対し、叔母は冷たく罵倒した。


「誰があなたを育ててあげてると思ってるの?感謝してほしいくらいよ!」


 裏切りに胸を締め付けられながらも、優衣は家を出る決意をした。まだ未成年の彼女が借りられたのは都心から離れた古びた1Kのアパート。家具もなく、食費を切り詰める日々。

 学費と生活費の両方を賄うために、学校とアルバイトを両立させていたが、体は限界に近づいていた。


「このままじゃ、学校を続けられない」


 そう絶望を感じながらも、彼女は諦められなかった。その高校は両親が出会い、共に歩んだ場所。合格した日、家族3人で喜び合った記憶は今も胸の奥にあり、簡単に手放せるものではなかった。


 そんなある日、途方に暮れる彼女の目に、ひときわ目立つ一枚のポスターが映った。


――『初心者でも稼げるダンジョン』――


 未知の世界への入り口は、意外にも日常のすぐそばにあった。


 翌日、優衣は緊張と希望を胸に渋谷の街へ降り立った。右手にはホームセンターで買った安物の木の棒。制服の上にパーカーを羽織り、フードを深く被ることで、誰の目も避けた。


 胸の内に静かに囁く。


「私にも、きっとできる」


 少女の新たな人生が、静かに幕を開けたのだった。

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