ある芸術家の嘆き
ある芸術家の魂が、死してなおもこの世に残り続けていた。
──ああ、なぜ誰も私の芸術を理解してくれないのか!
幽霊になっても、自分のアトリエだった場所に留まりながら、毎日嘆いていた。
彼が死ぬに死にきれない理由は、シンプルだった。
彼が人生を費やして描いた最高傑作が、まだ見つかっていないからだ。
その大作は、アトリエの奥の奥の部屋にあった。けれど、度重なる地震や、アトリエの老朽化のせいで、そこへ至る道は閉ざされてしまったのだ。
ちょうど外から見ても分からないぐらい、上手い具合に閉じてしまったものだから、未だ、誰にも発見されていない。
そして皮肉なことに、彼が習作として描いた画の方が後世発見されて『なんて素晴らしい絵だ!』と評価されていた。
彼の口惜しさったらなかった。
──あんな習作を、私の本気だと思われては困るのだ!
──もっと繊細で、壮大な画が、この奥にあるのに!
芸術家として、当然の悔しさだった。
習作目当てでアトリエにやってきては帰っていく人間たちを、幽霊として毎日彼は眺めていて、その度唇を噛み切りたくなるような想いだった。
そんな次第であったから、彼が成仏できないのも、無理はなかった。
……ほら、また今日も。
習作目当ての団体客がやってきた。
彼は届かないことなんて知ったうえで、今日も必死に叫んだ。
──なぁ、気づいてくれ! その画なんかじゃないのだ! もっと素晴らしい作品が、君たちからあとほんのちょっと離れた場所に、あるのだ!
でもやっぱり、声は届かなかった。
悲しき芸術家の嘆きを知らないまま、団体の中でも案内役風の人間が、得意げに言う。
「さぁ皆さん、ご覧ください。実際に目の当たりにすると、凄いでしょう。これこそ世界遺産にもなっている、古代洞窟の壁画でございます。この躍動感あふれる、荒々しい馬のタッチ……。間違っても、子供みたいな画だと思っちゃあいけませんよ。何千年も前に、こんな画が描ける芸術家がいたということが、素晴らしいんじゃないですか……」