靴擦れ
ある広い野原に、ぽつんと一軒、靴屋があった。
その店はこんな辺境にありながら、世界中から客が来るような、隠れた名店であった。
店主の靴職人は、天気のいい昼下がり、ちょっと仕事がひと段落したので、店の前の掃除でもしようと外に出ていた。
ほうきを握ったちょうどそのとき、彼は足音を聞いた。
げっ、と嫌な予感がしたのは、聞き覚えのある足音だったからだ。
予感は的中して、すぐ、上等なトレンチコートを着た男がやってきた。
男は、紳士的に「おうい」と手をあげて、靴職人を呼んだ。
靴職人も仕事なので、気持ちを隠して、愛想笑いをつくった。
「おや、どうも……お客様」
「やあ職人さん。前に買ったこの靴で、靴擦れを起こしちゃったんだ。すこしだけキツかったようでね。どうにか、直してもらえないだろうか」
男はそう言って地面へ、手に持っていた一足の靴をそっと置いた。
職人はぎくりとした。
よくツヤめいていて、細部まで意匠の凝った上等な革靴であった。
だが、じっと見てみれば男の言う通り、彼の大きな足と比べると、サイズがほんの少し小さかった。
困り顔を浮かべる男へ、職人も困り顔を返した。
「そうは言いましても……お客様。お客様は神様と言っても、私どもにもできることには限度があります。たった靴一足とは言え、相当に力を入れて作りましたから、そう簡単には作り直せんのです」
靴職人の腰の低い言葉に、男の方も申し訳なさそうにしゃがみこんだ。
無念そうに靴の後ろを撫でる。
「やあ……分かってる。君らが、この靴をどれだけ精魂込めて作ってくれたかはね。だからこそだね、もっと気持ちよく履きたいと思うだけなんだ。勿論、相応の金は出すさ。糸目はつけない、言い値を出そう。どうだろう、店にとっても悪い話ではないと思うのだが」
男の言葉はおおらかで、態度も紳士的で、靴屋にとってこれ以上ない客に思えた。
しかし、靴職人にはどうしても了承できない理由があった。
靴職人はおずおずと、めいっぱい男の顔を見上げて、本音を打ち明けた。
「どうしても、人が足りんのです。巨人族のお客様の靴を直すのですから。僅かな靴擦れのサイズだろうと、われら、小人族の体一人分はありますからね。先日も、仕上げ作業の最中、見習いが靴の中へ落っこちて骨を折っちまったものですから、どうにも……」