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小惑星群の盛り合わせ  作者: 月卜鞠
小惑星群の盛り合わせ ~21世紀風ソース
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嫌われる天才

 Bという青年は、嫌われる天才であった。

 そんなBが町を散歩中、知り合いであるAとすれ違った。

 Bはいつも通りの、嫌味なニヤリとした表情を浮かべた。


「やあA君、こんな街中で会うとは奇遇だね。しっかし……なんだいその青いリュックサックは。いまどきそんなの、お母さんに服を選んで貰ってる小学生でも、身に着けないぜ。まったく美的感覚を疑うね」

「なんだお前は、久しぶりに顔を見たかと思えばいきなりそんなことを言うなんて。あっちへいけ」


 こんな風に、口を開けば悪口しか出てこないし、出会う人すべてに話しかけてしまうから、彼はあらゆる人からあっちへいけと言われながら、日々を暮らしていた。

 一周回ってタチが悪いのは、彼に悪意がちゃんとあるということだった。

 生まれ持っての性格で、彼に実は悪気はなかったとかなら、まだ同情の余地はあったかもしれない。しかしそんなことは全くない。彼は悪口を言いたくて言っているから、救いようがなかった。


 彼の凄いところは、人だけじゃなく、動物からも嫌われているところだった。


 Aから煙たがられてその場を去ってから、Bの足元を、一匹の猫が通りすがった。その時目が合って、何かを警戒したのだろうか、猫がにゃあと鳴いた。

 そしたら、Bは変わらぬ調子であった。


「やい猫、なんだいそのダミ声は。お前のその声なんかより、まだガチョウやアヒルの方が、綺麗に鳴くぜ。まったく人に餌をもらうことしか能がない動物だってのに、そんなんじゃ先が思いやられるね」


 そしたら、猫がふしゃあと毛を逆立てて威嚇した。まさか人間の言葉が分かる猫だったということはないだろうけど、動物の直感で、Bが言った悪口が分かったのだろう。

 猫じゃらしのようになった猫の尻尾を見て、Bは「ははは」と笑った後、道を変えて猫から逃げた。


 それから、彼は河川敷の方へ出た。

 今の季節は五月の頭で、川沿いに植えられた桜は皆、葉桜になってしまっていた。

 彼は並木道を通りながら、桜に向かって見上げて言った。


「おいおい、なんだいこのみすぼらしい姿は。まるで中年男の、禿げ始めた頭みたいじゃないか。みじめったらしく花を残しているかと思えば、葉も生えそろってない。中途半端で、汚らしい。こんな姿で、国の花を名乗るなんて聞いて呆れるね」


 そしたら、一陣強い風が吹いて、葉桜の枝が大きくしなった。

 丁度通りがかったBの頭の上に、枝の屑や落ち葉がバラバラと降った。

 「あはは」と笑いながらBは並木道の下を走って逃げるのだけど、風は吹き続けて、通りがかる葉桜全部の落ち葉が、彼めがけて降りかかった。


 彼は動物だけでなく、植物からも嫌われることができた。

 まったく、彼は嫌われる天才だった。


 並木道を走って抜けたら、今度はBの目の前を、クマバチが通りすがった。

 凝りもせずに、悪態が口をつく。


「やい、小太り蜂。まったく、羽音だけ大きくして敵を怖がらせようなんて生存戦略に、君の小心さがよく表れてるね」


 何事もなく通り過ぎようとしていたはずのクマバチも踵を返し、Bに向かって針を刺そうとした。羽音に反して、実は温厚なクマバチが人に針を向けるなど、滅多にない事である。

 刺される寸前の間一髪で、Bはまた走って逃げ切った。


 そして逃げ込んだところは、なんだか薄暗くて雰囲気のある、ビルとビルの間の狭い路地だった。剥き出しの配管に、ちょっと錆びた排気ファン。それでも見あげると、真っ青な空を覗くことができて、いいコントラストが生まれていた。

 なのに、Bは「へっ」と笑った。


「なんだい、ちょっとカッコイイかのような雰囲気を出しちゃってさ。路地裏ごときが、薄汚い。油のにおいもするし、カビの匂いもするぜ、この一生日陰者め」


 すると、ガタン、と音が鳴ったかと思えば古びた配管の一つが落ちてきて、Bはスレスレで避けた。まるで意思を持ったかのようなちょうどいいタイミングで、耐久年数の寿命を迎えたらしい。そうしてまたBは「あはは」と笑って、そこから離れた。


 彼の嫌われる才能は、もはや虫にも、無機物にも、通用した。

 万物から彼は嫌われるのである。

 彼はたくさんの悪口を言ったから満足し、その日は家路についた。


**


 後日、Aが休日に散歩へ出かけた。その日は快晴で、なんだか町中全体が晴れ晴れとしたような雰囲気を浮かべていた。猫がご機嫌に尻尾を揺らし、葉桜の並木道が青々と輝いていた。

 Aはあんまり空が真っ青だったから、ふと真上を見上げた。そしたら、空高くに飛ぶ、何かを見つけた。

 鳥か、飛行機の影か──と思ったけど、どうやら違う。

 目を凝らせば──それが人型で、焦るように手足を動かしているのが見えた。それから、手を離された風船みたいに、空へ空へと昇って小さくなっていく。

 Aはその背恰好に見覚えがあった。

 腕を組んで苦笑いした。


「ははあ、あいつさては、地球の悪口を言ったな」

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