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小惑星群の盛り合わせ  作者: 月卜鞠
小惑星群の盛り合わせ ~21世紀風ソース
15/34

オチない

 オチつけんのが下手や下手やとは思っていたが、まさかここまで下手やとは思わんかった。


 なんか湿ってる畳を六つ敷き詰めた、部屋と呼ぶにはおこがましいボロアパートの一室に、俺はやってきていた。

 芸人のくせに口を開くのが苦手という、『俺水アレルギーなんですけど、沖縄めっちゃ好きなんすよ』なんてのたまうような、訳の分からん奴が住まうのに相応しい部屋だ。

 そんな部屋の中で今も、笑いたいんか、『いや、ちがうんすよ』と下手な言い訳をしたいんか分からん微妙な口角の開き具合で、アホが一人、黙りこくっている。

 窓の桟にもたれながら、煙草に火をつけた。


──二か月くらい前、こいつが立ったライブの舞台上にて。


 トークの時間に以前、『お前もっと前へ出しゃばらな、芸人として死ぬで』と言ったのに影響されてか、気を張って柄になく、こいつは長話を始めた。ええやん、まずは気概や気概と思っていたら、このボケ、最後の最後でオチをトバしやがった。

 静まり返ったお客さん。──いや、そこまではいいのだ。そこからが致命的だった。

『オチ忘れてしまいましたわ!』と叫んで、負け顔浮かべるリカバーもこいつはしなかった。唯一こっから救われる方法どころか、ホームランだって狙える起死回生の、芸人だったら本能で分かるはずの瞬間だったのに。

 ただっただ、居た堪れない表情しかせんから、周りもカバーできなかった。俺もカバーが遅れた。心中の想いで『いや、ここでオチ飛ばすか!?』と助けに入っても、時すでに遅すぎし。全員冷や汗をしっかりかいた後だから、誰も笑う奴なんかいない。俺ですら大やけどを負ったのだから、こいつは身元不明になるくらいの黒コゲの、大滑りをやらかした。

 そのせいで、イップスと言うか、ただでさえ寡黙やのに、以降のライブでは場面緘黙のような症状が出てしまった。ネタでもトークでも“オチ”が迫るたび、こいつの口はトラウマを思い出して、止まるのである──。


 そして、今も止まり続けている。

 最悪や。


「やっぱ芸人向いてへんかってんお前。ホンマなんで芸人なってん。俺お前の口開いてたとこみたことないで。飯行っても、ずっと口閉じてたし、手止まってるし、こいつどうやって飯食うとんねんと思ったら、いつのまにか目の前の料理消えてたからびっくりしたわ。」


 …………。

 ツッコめや、ええ感じに。


「俺お前の食うてた焼きそば、凝視してたら、上の方の蕎麦から薄らいで消えていくの見たもん。最終回の別れみたいな消え方、現実で初めて見たわ。せめて大切なヒロインとかで体験したかったわ。それから肉も消えてキャベツは避けて海老も消えて……いや野菜食えや」


 …………。

 今のは、俺のボケがアカンわ。ゴメン。

 沈黙に耐えられず、自分でツッコんでもうたし。

 けれど、どうあれ、自分のために上げられたトスに応えられないのは芸人として最悪だった。


「最悪やでほんま、自分」


 タバコの火を吐けば、冷たい風が吹き込んできた。

 外に逃がそうと思った紫煙が、空気を読まず部屋の中に入る。

 こいつはタバコ嫌いやから、ここでいつもなら口が利けるようになるはずなんやけど、今日はこれでもダメだった。 

 いつものくだりを思い出す。


『うち禁煙なんすよ』

『あぁそうほんまにぃ。時代やなぁ』


そう言ってシュボ、と火をつける俺。


『いや禁煙です』

『アホお前騙されへんぞ、俺そこのコンビニの前でここの大家のおばちゃんが、14mgの重いヤツ吸ってたん見たぞ』

『いや、このアパートは喫煙可ですけど、この部屋は俺権限で禁煙です』


 あの日の俺も、これ見よがしにため息を吐いた。


『お前なぁ、この令和の時代にとうとう畳の上でもタバコが吸えんようになったら、どこで吸うたらええねん。タバコ農家さんたちが泣くでほんま。顔思い浮かべてみぃ?』

『いや、ブラジルの黒人夫妻の満面の笑みが浮かびますよ。その人ら多分、畳知らんでしょ』


 俺はちらっとケースを盗み見たら、しっかり原産地ブラジルと書かれていて、やるやんと思ってしまい、悔しくなった。


『アホお前、その人らがな、オー、ジャパニーズタタミイズソーサッドネス……アイラブ、ワンピース……ナルト……とか言うて泣いてんねん。彼らの心を、おもんぱかれよ』

『なんで浅いアニメオタクやねん。あと文法上、畳そのものを憐れんどるし。それはもうタバコの煙を吸わされる、畳のために泣いてくれてるでしょ』


 うっさいわボケ、とあの日の俺も言ったはずだ。

 そして、なんやねん、そう言う感じやんとは、あの日の俺は言わなかった。


 慰めの言葉をかけることは、あの舞台の後もできなかった。

 甘い言葉を賭けられながら消えていった後輩を何人も見たことがあるからだ。

 ついでに言えば、甘い言葉を掛け合っているだけの先輩が、何年も燻っているのを現在進行形で見ているからだ。

 俺だって、そんな人らを見下せるほど売れているわけではない。それでも、そんな奴らよりはネタとライブで金を貰って、バイトなしで食えている。

 そしてこいつも──少なくとも俺程度以上のポテンシャルを持っていると信じていた。


 しかし致命的だった。

 オチの付け方の下手さが。

 本当に。


「なんで、6畳のボロアパートで選ぶんが、飛び降りやねん」


 とうとう口に出して、ツッコんだ。


 普通、吊るやろ、首を。


 なんとか、最悪の二の句の方は、堪えることができた。

 ため息を長く吐けば、有害な白煙が戻ってきて、部屋に籠って、霞んで消えた。


「そんでなんで、6畳のボロアパートが、三階建てやねん」


 吐き捨てた。

 二階建てやろ、普通。

 ちらりと窓の下の眼下を見れば、丁寧にコンクリだった。

 十分に掃除されたけど、まだ血痕の黒い跡が見える。そら、二階と三階やったら雲泥の差やな。耐震基準の中で大人しくしとけよ、ボロアパート。


 二階くらいなら、そこらのナニtuberでも無傷で跳んで、再生数かせいどんのに。三階から飛ぶ勇気あんねんやったら、なんか別の有益なことに使えよ。アホやな。

 最悪や。

 この部屋の家賃は、ただでさえ大阪中心部にしちゃ破格の三万から、一万にまでダダ下がりした。


「大家さんに申し訳なさすぎるやろ。今日日、子供部屋ニートおじさんでも、月に一万以上は家に金入れてるぞ」


 知らんけどさ。

 大家さんも大家さんで1万で手うつなよ。1万とか最悪、髪にキノコ生えたホームレスのおっちゃん来るかもしれん値段やで。危ないやろ。

 もうちょっと上げとき。

 2万くらいやったら、俺が住んだろかな。

 まぁそんなん言うとりますけども。


「いや、ええねん。その他もろもろがどうでもええわ」


 まだ微動だにせず、このボケはおんなじ表情のままで、笑いたいんか、下手な言い訳をしたいんか分からん微妙な口角の開き具合で、黙りこくっていた。

 一番、言わねばならないことがあった。


「なんで死んでへんねん」


 汗だらだらで、正座で俯いたまま、潤んだ目で、微妙な口角の開き具合だけ保ち続けていたアホは、今ようやく息継ぎを解禁したかのように、「ハッ」と、息を吐くように息を吸った。


「俺、立体的な遺影に話しかけてんのかなと思ったわ」

「すいません……」

「いや、ボケろや」「無理です……」


 ふっ。

 アカン。食いつくぐらいの間で真面目に無理って言われたから、逆にボケっぽくなって、笑いかけた。

 俺は窓の外に煙を逃がした。


 こいつは、三階から飛び降りたけど、骨折しながらも、普通に生きていた。それが、一週間くらい前に聞いた報せだ。

 そんで、俺が遠方のロケ続きの仕事を終え、ようやく大阪に帰ってきたのが、昨日。既に退院したボケを、詰めに来たのが今日。

 眼下の血痕も、掃除したんはこいつ自身が手配した業者さんに寄るものだった。

 結局は、三階とは言え、三階でしかなかったのだ。四階とは雲泥の差がある。

 肋骨折ったらしいし、アホほど出血もしたらしいし、そんで一番悪いことに、第一目撃者のおばちゃんを貧血で倒れさせるという二次被害を生んでだらしいけども。

 なお、こいつは全然意識を失うとかもなかったらしく、勿論スマホもって飛び降りるわけないから連絡手段もなく、自力で『救急車ーー!!』と叫んだらしい。

 銀魂の神楽か、ボケ。


 ちょっとおもろいやんけ。


 そして、第二発見者の通行人のお兄さんによって、おばちゃんともども病院に運ばれたアホは、いい年して病院の先生と親から激怒され、芸人のくせに貯金していた口座から、治療費と現場の清掃費用を全額出した。

 今や、俺と同じ、預金残高四桁の民や。

 ざまあみろ。


 その現状を流石にと憐れんだアパートの大家さんが、家賃を1万にまで下げてくれたのである。

 優しいけれど、ほんまに大丈夫? って思う。

 いつか三階に住む隣人たちも、まぁこいつと同レベルのボケがおる可能性は一般大衆に比べ高いやろから、行き詰ったときにモノマネジャンプなど、やりかねないのではないだろうか。

 ……フッ。

 最悪やけど、『ウォーターボーイズ』の飛び込みみたいに、貧乏人がシンクロナイズドで三階から落ちていく画が浮かんで、笑いそうになった。

 アホくさ。

 俺はおばちゃんの優しさが、心配です。


「でもやっぱなんで、飛び降りるかね」


 窓の桟に座りながら、アホを見下ろした。

 思いつめるにせよ、もっといい方法があったろうに。

 酒、女、ギャンブル。芸人としての発散方法など、劇場の同僚どもでさんざん見てきたろうに。

 そう思う俺に対して、答えは何よりシンプルだった。


「実際に落ちてみたら、オチつけんのも、上手くなるかと思ったんですよね」


 ボケそのものみたいな答えで、笑えばいいのか分からんかったけど、ボケてないことは、目を見れば分かった。だから一周回って笑えるようで、二周回って笑えないようで、笑えるようで、やっぱ、笑えない。

 そんで、分からんこともなかった。

 俺らみたいな社会不適合者みたいなもんが行き詰ると、狭くて暗い部屋の中で、アホみたいな発想を天啓と見間違うことが、よくあるのだ。没ネタの全てはそうやって生まれる。俺も眠れない夜に忌み子をたくさん産んでは、目覚めたときには危なっ、アホかっ、と気づいて、産湯に漬ける前に縊り殺してきた。


「なるかい、ボケ。もっとまともに考えてみぃ」


 だからツッコミが、イコール説教になった。なんもおもんないで。最悪や。芸人殺しや。

 次もっかい、謝ってきたらほんまに蹴りを入れてやろうと思った。

 お前の吐く言葉はそうじゃないの、もう分かるやろ。


「じゃあ、どっから落ちれば良かったっすかね」

「ちゃうねん」


 そうや。

 それや。

 俺はようやく深めに、タバコを吸えて、吐けた。


「落ちるとこが間違ってたんじゃないねん。落ちて硬いとこに頭打って、人格変わるって、それド根性ガエルの時代までやねん。令和にそれやったら、死ぬから」

「えぇ……?」


 こいつは、小首を捻ってよく分かってないふりをする。あからさまに演技で、間を作ってるだけやから、下手やなと思う。

 それから、閃いた顔をする。


「あっ分かりました! じゃあ俺、道頓堀行って、落ちてきます。あそこ、もう死にませんよね」

「いや、死ななきゃいいって話でもないねんな。ついでに、今綺麗になったとはいえ、別に昔も死なへんしさ。後でめっちゃ内臓痛くなるだけで。それにまだ阪神優勝してへんよ。あそこで落ちていいタイミング、年一回しかないから。いやまぁ、それも正確にはアカンねんけどな。ややこしなぁ」

「えぇ……? でも……」


 またとぼけた顔をする。


「なんか商店街で、『最速』!って書いて、阪神のお祝いしてましたよ? あれ、優勝したんちゃうんすか?」

「あっ、ちゃうちゃう。あれ最速マジック点灯ゆうて、ごっつ気い早いおっさん達が勝手に盛り上がってるだけやから」

「えっ、そうやったんすか?」

「うん。あれに関しては、商店街がアホなだけやねん。だってあれ毎年やってんのに優勝まで行ったの、三回だけやから。むしろ、呪いみたいなもんやで」

「えぇ~~? はぁ~~……」


 人が変わったように、これ見よがしにため息をつく、ボケ。

 苛立ったような声の出し方は、上手い。


「そんなん風にアカンアカン言われても、じゃあ俺はどこで落ちればいいんですか~!?」

「だから、落ちるのをやめろって言ってんねん」

「だ! か! ら! 俺は落ちたいって言ってんねん! お、と、せ、よー!」

「あっ、アカン、頭打って人格変わっとるこいつ。ちょちょ、おい、お前一旦、二階から落ちて、もっかい頭打ってこい」


 いや、もうええわ。


 どうも、ありがとうございましたー。


 俺ら二人の心の中で、俺の声だけが響いた、だろう。

 部屋の中には、静寂。


「オチましたかね」

「微妙」


 俺らはなんとも言えない視線を向けあった。

 まぁ、これで落ちたところで、オチをつけるのが上手くならないことだけは分かっただろう。

 せやからまぁ、後は上がり目ということじゃないですか。

 一度落ちたことであるし。



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