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小惑星群の盛り合わせ  作者: 月卜鞠
小惑星群の盛り合わせ ~21世紀風ソース
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退職代行

 あるところに一人の熱心な、新米退職代行業者がいた。


「Aさんの能力でこの扱いなんておかしいですよ! 社内システムをほとんど一人で管理しているようなものなのに、社内では重用されるどころか半分いじめのような扱いを受けているですって!? 私に言わせれば労基案件ですが、ええ、ええ、Aさんの方針上、おおごとにはしません。必ず、一刻も早く、そんな会社抜け出してしまいましょう!」


 顧客とは固定電話越しに話しているというのに、目の前に相手がいるかのように、拳を突き上げていた。黙っていればスーツと眼鏡が似合うような出で立ちだからこそ、オフィスの中でもひと際浮いていた。


「退職後ですが、弊社のサービスに転職斡旋と言うオプションもございます。弊社が持っている企業様情報と照らし合わせて、Aさんにふさわしい職場を見つけてみせます。こちらのご利用はいかがされますか……はい……はい! かしこまりました!」


 電話をしながらガッツポーズ迄するものだから、周りの同僚には苦笑する者もいた。

 とはいえ、オプションサービス迄獲得したのだから、模範的業務である。窘める者は出てこない。

 そして本人も下心なく、とにかく顧客の能力と現状が釣り合っていないと本心から思っていたわけだから、サービスは留まることを知らなかった。


 爆速で、退職金なり、未払い残業手当なり、きっちりせしめて有休も消化しきれるよう、相手職場と折り合いをつけた。それから退勤後も時間を使って、顧客の転職先にふさわしい職場を調べ上げた。

  結果、首尾よく退職の手はずは整った。

 ただ、顧客本人の希望で引継ぎはしっかりしておきたいということだったので、いくらか転職までの猶予期間が生まれたこととなる。

 ここからまた、張り切り方は加速した。


「こちらで転職先を調べさせていただいた結果、ここぞ! という企業様に目を付けたのですが……失礼ながら、ご自覚されていらっしゃるように、Aさんのウィークポイントであるコミュニケーション能力を、その企業様では何より重視されています。ええ、仕事能力であれば、十二分にAさんは水準を満たしていると、私が断言させていただきます。しかし、やはり、面接がネックでして……。ここで僭越ながら、弊社のオプションサービスに、コミュニケーションレッスンと言うものを紹介させて頂きたいのですが……はい……はい? ……はい! 勿論、私が専属で担当させて頂くことも可能です! 私のコミュニケーション力の秘訣を知りたい……なんと、恐縮です! 勿論私もこういった業務を行うため、訓練を積んで来ましたから、少しでもお役にたてば幸いです! はい……はい! 是非、では翌週から!」


 そうして、またオプションの獲得に成功した。

 ここまで来ると社内でも一目置かれ始め、『君はお客様を乗せるのが上手いねぇ』と部長にもからかい半分に言われるものだが、「いえ、滅相もないです! Aさんならもっと! という気持ちが先行してるだけで!」と曇りない目で言うから、本人には通じていない様子であった。

 周囲の同僚からは、人物的に引かれ始めていた。

 しかし、だからなんだというのか。すべては不当な環境から退職されるAさんのため。

 猶も、熱心さは留まるところを知らない。


「はい、こちらは私の独断で、転職先の社内風土を調べさせてもらったもので……はい、はい……ええ、勿論無料ですよ、勝手にやったことですので!」


「ではこれが、昨今の業界情勢を纏めたリストです。いやぁ、やはり自分で纏めると知識が身につくものですね。私もこれからはさらに芯を食ったアドバイスができると思います。面接の際想定される質問のパターンもリストアップしていますので、しっかり抑えて行きましょう!」


「えっ、転職後のサービスも継続可能か、ですか? 確かに、私もAさんのキャリアアップにもっと力添えしたいのは山々ですが、弊社の業務範囲から考えると……えっ。直接雇用? 年収の半分を出す?」


 件の企業への転職活動は、とんとん拍子で話が進んだ。

 二人分の馬力で邁進してきたわけだから、一人で勝負するほかの面接者との差は如実に現れたのだ。


「とうとう、転職が決まりましたね。お疲れ様でした!」


 目標の企業への転職が決まったあと、二人は手頃な居酒屋で祝勝会を行った。

 最初は電話越しでしか接していないかった相手も、いつしかカフェやら軽食やらで何度も顔を合わせるうち、顔を合わせて話すのが当たり前になった。

 乾杯の後、二人は互いを褒めて、互いに謙遜しあってを繰り返した。

 採用を勝ち取ったのは、業界でもトップクラスと言っていい企業。年収も以前の職場より一回り上がることとなる。


「しかし私も、これからのことを考えると強張ってしまいます。まさか、自分が人様の年収で生きることになろうとは……」


 結局、二人は新たな雇用形態を結んだ。一般人に秘書がついているような形式である。協議の結果、年収の三分の一が支払われることとなった。これも元退職代行業時代の年収より高いものとなる。


「ですが、間違いなく私は自分より人を立てる方が得意ですので。そして、Aさんの強みは誰より把握しておりますから! 全力でサポートさせていただきます」


 そうして二人はまた頭を下げ合う。

 これにて、退職者二人は、共に新しい道を歩むこととなった。


 その二年後ほど、二人は気づく。


「これ、世帯も一緒にした方が合理的ではありませんか?」

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