8:話が通じない敵、いるよね
「……ぁ、あぁ……。」
「……あんた、新人のくせによくやったわね、ほんと……。」
「ぁ、ぁりぁとう、ごぁいぁす……。」
「いえてないわよ……。」
日が沈み始めた夕方ごろ。魔法少女の二人は学園の食堂で机に倒れ伏していた。まぁ本当に色々あったので仕方ないのだが、マシロの方はもう乙女がしてはいけないレベルの顔を晒してしまっている。
魔法少女発生から数十年、それ以前もそれ以後もこんな化け物出てこないだろ、と上層部から言われているイスズちゃんによって連れまわされた彼女たちは、悪の秘密結社の基地に連れていかれていたのだ。そこに向かう際上空3000mから自由落下させられたり、マシロの初変身、そこからカチコミなど様々なイベントがあったのだが……。
((最後、やばかった……。))
何を考えたのか、敵幹部がイスズのことを『年増』と罵倒。
二人が『あ、やべ』と思うよりも早く、世界に終焉が訪れたのだった。
何せ魔法少女『マジカル☆イスズちゃん』は、正真正銘のバケモノである。侵略宇宙人という世界観が違うような存在が一撃で惑星を粉砕できるような宇宙戦艦を万単位で派遣したとしても、本気を出せばSNSで流行っているような謎ダンスを踊りながら秒で殲滅してしまうのが、彼女なのだ。
そんなイスズちゃんが一番気にしてる年齢を弄っちゃった、もう、ね?
(イスズさんがキレた瞬間世界の時間が止まって)
(私達も死を確信して)
(あの幹部さんに拳が直撃した瞬間、即座に蒸発)
(それだけじゃ威力が収まらなくて、世界に影響)
(空間に罅が入ってなんか見えちゃいけないような虹が隙間から見えて)
(そのあと、衝撃で星が沈んだ)
(……多分アレ、一瞬だけ星が砕けてたわね)
彼女達が考えている通り、あの幹部どころか周囲にいた怪人・戦闘員もその余波で消し飛んでおり、空間も裂けて吹き飛んでいるし、星も歪んで砕けて一部大地震が起きかけていた。
まぁその辺りはイスズ本人や、時間・空間系魔法少女が走り回って何とか収めることが出来たのだが……。経験はあれど始めて“化け物”を見たミズキや、今日初めてのマシロからすれば衝撃の強すぎる光景だったのだろう。それが未変身となれば、なおさらだ。
もうその時点で、疲労が限界だった。なのに……。
『うわ久しぶりにやらかした……。ご、ごめんね二人とも! すぐに直して他の敵基地行こうね? うん! これでもイスズちゃん情報通だし、大体どこにあるかしってるのよ! 30分ぐらいで全部元通りにするから待っててね~!』
『『……は?』』
二人が疑問を解消する前に始まってしまう、イスズによる補修業務。
瞬く間に陥没した地面が元に戻り、敵地下秘密基地が埋め立てられ、迷惑をかけた近隣住民にイスズが詫びしに周り、開いてしまった時空間・異空間への道が防がれ、全部元通り。二人がやっとこれで帰れるのかと息を吐き出そうとした瞬間。
またも大空。現地研修という名のカチコミ修行が続行しちゃったのである。
『『え!?』』
『いやイスズちゃんが倒しちゃったし、二人ともまだ経験値全然足りないでしょう? というか今日朝から晩までずっとコレ繰り返してもらう予定だったし。』
気が付いたらまた首根っこを掴まれ悪魔帝国を名乗る秘密基地へ再度突貫。延べ38ほどの基地を襲撃し、壊滅させるに至っている。
無論イスズのサポートもあったし、昼休憩なども十分にもらえたのだが、ほぼ8時間しっかり戦闘させられるという超スパルタ教育。多少慣れているミズキですら途中から記憶がないレベルだ。意地だけでついてきたマシロを認めるのも、そうおかしくない話だろう。
ちなみにそんなこと決行させたイスズだが、その間世界中に現れた怪獣を消し飛ばしたり、今日は本気で攻めて来たらしい宇宙人を太陽系に入る前に消し飛ばしたり、友好国から飛んできたヘルプに対応したりしながら2人のサポートをするという『彼女にとっての普通』な過重労働をしていたため、誰も文句は言えなかった。
けどまぁ、しんどいものはしんどくて……。
「私は耐えれたけど……。」
「うぷッ!」
「はいはい、バケツこっちよ。背中さすってあげるから。」
「すぃません……。」
「気にしなくていいわ。」
涙と疲れで顔をドロドロにしながら内容物を吐き出していくマシロに、自身の疲れを気にせずその介抱をするミズキ。マシロからすれば相手は今日初対面の相手で、ミズキからすれば新人のくせにトップの指導を受けることになった生意気な子。二人とも最初はそこからのスタートだったが、地獄を共にすることで結束は深まったらしく、互いを支え合う長年のコンビのような雰囲気を醸し出していた。
「ほら落ち着いたらコレ飲んで。あと30分ぐらいしたら食堂の人がごはん運んできてくれるって言ってたから、そこまでに何とか整えないと。」
「ご、ごはん? た、たべられないんですけど……。」
「食べないと死ぬわよ、マジで。あの人最後なんて言ってたと思う?」
そう言われ、思い出してみるマシロ。
既に半分気絶していたようなものだし、はっきりと覚えていない彼女だったが……。終わりと言われ思わず膝をついて肩で息をしているミズキと、失神して口からなんかヤバいものを吐き出している妖精のプルポ。そしていつの間にか回復体位で学園の校庭に寝かされているマシロの姿。
『うんうん! 二人ともよく頑張った! そこの畜生は……、しらね。ま! とにかくお疲れサマンサ! 明日からもこの感じでやるからたくさん食べてたくさん寝ておくように! 動けるようになってきたら数増やしていくから頑張ってね~! じゃあイスズちゃん宇宙寄っていくからよろ~。』
私達を見て満足そうに頷いた後、そう言って空気の破裂音と共にお空へ消えていくイスズ。
「……え、明日もやるんですか? し、しなない?」
「食べなかったらそうなるわね。」
「…………いまからでも魔法少女辞められません?」
「正直、同じこと考えたけど確実に無理よ。なんか私達気に入られたっぽいし。」
一瞬だけもう全部捨てて逃げようかと考えてしまうほどだったが、すぐに自分たちの指導役を思い出して絶望する二人。何せ相手は、この世で一番強いかもしれない人間かどうか怪しい化け物だ。地球全土を知覚している上に、音まで拾えてしまう。つまりどこに行っても逃げ場なんかないのだ。
しかもミズキしか記憶が残っていないが、二人とも途轍もなく褒められていたのだ。最初は最強に褒められて嬉しかった彼女も、今では絶望しか残っていない。トップに眼を付けられて、少なくとも怪獣級を撃滅できるまで育てられる。
今の二人の実力、秘密結社の支部ごときで息を切らしている実力では、そこに辿り着くまでどれだけの時間がかかるのか……。経験故に待ち受ける未来を思い浮かべてしまい泣いちゃいそうになったミズキであったが、それよりも先にマシロが口を開く。
「でも……。私達が頑張ったらそれだけ助かる人がいるって思えば……。うん、諦めるなんて出来ないですよね! よぉしぃ! ……ぅぷ」
「あぁもう、急に動かないの! ……でも、そうね。」
マシロの心に刻まれた、イスズの言葉。
自分たちしか助けられる存在がいないのであれば、皆がそれをの損でくれているのであれば、たとえそこで息絶えようとも最後まで誰かの為に戦う。誰もが夢見たヒーローの姿を、自分たちが現実に落し込む。
気合を入れようとしたせいで中身がまた漏れ出そうになってしまった故全く締まらなかったが、その心意気は確実にミズキにも伝播されていた。
(私も、最初はあんなのだったけ。……あの子のためにも、先輩として後輩より先にへばるのはダサいわね。私も、気合入れなくちゃ。)
◇◆◇◆◇
『例のお二人の件ですが……、やりすぎでは?』
「おほー! 雑魚消し飛ばすのたのち~!!! あ、なんだって田中! 今忙しいんだけど!」
『彗星型敵性存在の討伐はまことにありがたいのですが、奇声あげながらキレないでください。』
あ? イスズちゃんの仕事にケチ付けるの? 生意気だなぁ。
「ということでそこの敵ちゃんに拳をプレゼント! 消し飛べッ!」
そう言いながら、制服のまま至近距離まで近づき、全力で拳を叩き込む。瞬時にその着弾点から原子が崩壊していき、光と共に吹き飛んでいく巨体。一体一体の大きさが軽く10km超えてるせいか、壊しがいがあるよね、ほんと。
ミズキちゃんとマシロちゃんの訓練が終わった後、急にアメリカちゃんにお呼ばれしてNASAの方にお邪魔してみれば、途轍もない速度でこちらに直進して来る彗星の集団がいるとのこと。まだ詳細は解らないが、少なくとも4桁ほどの数が地球直撃コースに乗っており、このままでは数時間以内に激突してしまうそうな。
というわけで早速太陽系の外に出て、撃滅してるんだけど……。
「繝?繝√Ι繧ヲ雋ゥ螢イ荳ュ」
「蜑」髣伜」ォ繧ょ?縺吶h」
「縺九▲縺ヲ縺ュ繝シ?」
「何言ってんのかマジでわからんなお前ら。こっち翻訳用の魔法使ってんだぞ?」
そう、なんとこの彗星ちゃんたちは知的生命体だったのだ。なんか接触した瞬間攻撃してきたから、即座に反撃して消し飛ばしてるけど。
なんだろ、良くお話とかでさ。空とかレーダー見て『敵が7! 空が3です!』とか言うじゃん。相手の数の多さを際立たせるために。それを参考にしてみると、この巨大彗星ちゃんたち『敵が10!』なんだよね。全部が何か縦長の極太柱みたいな肉塊で、口っぽい所から高出力ビームを打ち始めて、接近すれば触手で嬲り殺そうとするタイプ。
「まぁイスズちゃんの敵じゃないんだけどさ……。ラブ注入♡」
『……戦闘中ずっとこんなテンションなのですか?』
「普段はもっと無言作業だよ?」
田中にそう返しながら適当に魔力を固めて、指でハートを形成。
そこから射出してみれば、真っ暗な銀河を彩る濃い青色の閃光。直径300kmほどの光柱が全てを焼き払っていき、そのままぐいーんと発射光を傾けることで文字通り全てを焼き払っていく。
何度か戦闘経験がある文明持ちの敵宇宙人だったら魔力反射のシールド張ってたりするけど、今日はそう言うのじゃないみたいねー。にしても、なんでこいつらこっちに来てるんだろ? 単に進行方向が被ったとか? まぁ話通じないし、合った瞬間ビーム撃ってきたから消し飛ばす以外の選択肢ないんだけどさ。
「ほーんと、宇宙は不思議いっぱいだねぇ。大体それが敵って聞けばちょっと悲しくなってくるんだけど。まじかるまじかる。……んで? 何の話だっけ?」
『育成の件です。少々やり過ぎかと。』
「どこが? 二人ともちゃんと生きてるし、元気じゃん。」
ちょうどいい機会ということで、この前適当に考えた新技の実験を雑魚彗星で試しながら、田中にそう返す。
あ、ちなみに今イスズちゃんのスマホで通話してるよ! 魔法でちょっと通信整えて上手くやってる感じ。これ上手く使えば通信料タダにできるんだよねぇ。んで? ミズキちゃんとマシロちゃんの話だよね。ちょっとしんどそうだったけどちゃんと最後まで元気に戦ってたし、五体満足な上に、心も壊れてない。問題なくね?
『そういう意味ではないと思うのですが。……西が桃園さんの様子を見てぶっ倒れてましたよ。』
「心配し過ぎじゃね? あいつ現役の時ギャルギャルしながら結構ヤバい奴だったし。」
『……否定はしませんが、一般的に考えて親しい人が倒れていれば驚くかと。』
「ま、そっか。でも明日もこんな感じでやるよ? というかそれぐらいしなきゃ育たないし。」
ほら自衛隊のレンジャーさんも訓練時は極限まで追い込まれるでしょう? 私ら魔法少女って変身したら常人よりも強くなるんだから、そのぶんもっと追い込まないとじゃん。というかアレでもかなりマシな方だと思うよ? メスガキに訓練してくれって言われた時は24時間フルタイムで似たようなことやったし、敵も悪魔帝国とかいう弱小よりの雑魚相手にしてるじゃん。
だーいぶ優しいと思うけどなぁ?
「少なくとも私の一年目よりはマシでしょ。うん!」
『……とにかく、必要以上に追い詰めないようお願いいたします。明日も指導して頂けるのならありがたいですが、お二人とも高校生ですし、一般教養以外の座学の必要です。そこもお忘れないよう。』
「へいへい。」
『ところで戦況はいかがですか?』
「うに? 終わったよ。たぶん全部合わせて260万くらい? ま、雑魚ね。一応破片とかいるなら持って帰るけど、いるかい?」
『了解しました。ISSの方に回収要請を飛ばしておきますので、そちらにお願いします。』
「はいよー。」
ISSかぁ。あ、そうだ。
ちょっと一旦日本に帰って羊羹買ってからお邪魔しよ! んでその羊羹とインスタント麺の宇宙食交換してもらうの! アレ、無重力で食べると美味しんだよねぇ。確かに私ならいつでもできるけど、あっちのおっちゃんたちとワイワイしながら食べるのも乙なのよ。……あ、そういえばあのおっちゃん『なんでもするから酒くれ、特にウォッカ』って言ってたな。持って行ってやるか。
「あ、ついでに窓に張り付いて驚かしてやろ! 楽しみ~!」
〇翻訳用の魔法
所謂ほんやくこんにゃくの魔法版、一般的な魔法少女が1週間ほどの研修を経て使用できるレベル。地球上のとある巨大コンピュータに魔法的処理を施し、魔法取得者がそこにアクセスできるようにしている。これにより常に会話データを蓄積しながら本楽結果をノータイムで魔法使用者に届けると言うことが可能になった。
イスズにより最近は地球外の言語にも対応し始めており、最低でも1分以上の会話データが必要となるがそれだけで簡単な意思疎通ができるようになる優れもの。しかしながら今回の彗星たちはこの魔法ですら翻訳不能であった様子。
〇ISS 国際宇宙ステーション
この世界にも存在しており、地球上では難しい宇宙人や宇宙怪獣・また魔法などの研究を行うため幾つかのモジュールが追加されている。彗星型適性存在の研究もこちらで行われる模様。定期的にイスズが遊びにいったり、物資補給用のロケットが飛ぶ際はイスズが見守っていたりするので結構仲は良い様子。
なおその後イスズが勝手に日本の菓子類やアルコール類、特にウォッカを大量に持ち込み酒盛りを始めてしまったので、全員ガチで叱られた。なおとある宇宙飛行士による『これはウォッカではなく医療用アルコールだ』という言い訳は全て封殺された模様。