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small world  作者: 坂田リン
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本②



「私はまだ、その気持ちが何なのか理解していなかった……」


体を揺られながら本に書かれた文字を目で追い、誰にも聞こえないような声でその文の独り言を呟くと、振動は途端に収まった。どうやら馬車が終点に着いたらしい。エドワードは本を閉じ、体の一部とも言える大切な槍を持って馬車を降りた。


その後は作られた一本道を歩き続け、気づけば遠くの方に緑の巨人の如く存在する森林が見えてきた。


「懐かしいな」


思わず懐古の念を抱いてしまう。彼女と過ごした日々の中でも強く印象に残っている出来事。魔妖などと名付けられた名称に相応しくないくらい、幸ある時間を与えてもらった。自己満足に過ぎなかったエドワードの想いに寄り添ってくれたのは、後にも先にも彼女しかいない。延々と残るこの気持ちは、宝箱に保管したいくらい大事な物だった。


だからこそ、逃避行をしてしまった自分は誰かに罰せられるべきだと考える。


「しかし……あれは……」


医者のエレンに頼まれ引き受けたのが事の次第。諸々の準備を整え、街から出ていた馬車に乗ってここまで来た。その道中はエレンに言われた通り、フィリアが書いたエドワードでも知らない本を読みながら時間が経つのを感じていた。馬車の中は基本退屈なため、暇を無くすには申し分ない物だった。それを抜きにしてもあのフィリアが書いた、自分もまだ知らない物語があるならば、読まずにはいられなかった。


ガタガタと鳴る車輪の音など耳に入らず、エドワードは目に入る情報を取り入れることに精一杯だった。まだ途中までしか読めていないが、エドワードはあることに気づいた。


「私の過去だ」


書いてあった内容は言った通り。どうにもこの本は、フィリアが自分と出会ってからの物語を小説として書いているらしいのだ。登場人物の名前は別名に、舞台となる場所や展開の系列は若干異なるものの、これは間違いなく己の人生の一部を文字化した物であると理解できる。


他人が見れば、当然何も思わずページをめくるのみ。短くも一緒の時を近くにいたエドワードだから気づけた点。つまりこれが意味することは、


「私に……向けた物?」


物語はフィリアらしき人物の視点で描かれていた。どの場面で、フィリアが何をどう思っていたのか、この青い本にはそれがやけに明確に表されている。フィリアが作った物語を何回も読んで感想を言い続けたエドワードは、フィリアが何に力を入れて本を書いているかが勘でわかるようになっていた。


「フィリア様。あなたは私に何を見せたいんだ……」


だからフィリアがこの本を渡してきた意味がよくわからなかった。過去の軌跡を、過去の想いを自分が見返す行為をすることで、フィリアは己に何を言いたいのかがわからなかった。過去を思い返すことで彼女が辛酸を嘗めて溜まった苦痛を感じてほしいのか。楽しかった物語の後に、自分への恨み言をぶつけるつもりなのか。どれにせよ良いものは考えられない。


だがそれでもやらねばならないだろう。贖罪になるつもりなど微塵もない。それでも逃亡した自分ができることをやるしかない。それがエドワードに課せられた拭うことのできない責任だった。


「お?」


思い詰めた心持ちで森の中を歩いていると、木の陰からぬうっと待ち伏せしていたかのような真紅の巨躯が飛び出して来た。


「……なんでかな」


運命とやらは本当にあるのかもしれない。それよりも既視感の方が正しいか。エドワードが手にしている本の中にも、あの熊によく似た炎を体に纏った怪物がエドワードらしき人物と戦っている場面があった。エドワードが気づかぬうちに本から飛び出してしまったのかと疑うくらいの奇妙さは感じ取れた。


「お前とはよく会うな」


過去に二回見た奴と大差ない赤暴熊レッドグリズリーがいた。相変わらず見上げなければ確認できない充血しているような双眸。緑地のこの場所ではあまりにも目立つ赤き巨体は、同じ魔物すらも近づくことを拒絶する威を放っている。


やはり天から覗く神が試練を課しているのかもしれない。まあそんなわけはなく、おそらくまた別の個体がナワバリを広げに赴いたのだろう。これなら環境破壊をする輩を退治する森の門番になった方が、他の冒険者たちとしても助かるのだが、本能に突き進む目の前の熊に言っても通じはしない。


「あの時に私の都合で倒してしまったのだから、もう無闇に戦いたくはないが」


倒す理由がこちらになくともあちらには関係ない。退治、排除、殺戮、抹殺。ナワバリを脅かすならば、たとえはえでも赦しはしない。習性というものは簡単には消すことができない物だ。


赤暴熊は鬼の形相でこちらへと向かって来る。争いは止められないらしい。


「まあでも」


前提として、目の前にいる魔物は決して気軽げに倒すことのできる相手ではない。気を抜けば即死は免れないし、実際一度死にかけた過去があった。今でも正面から突進を受ければ、槍で防御をしてたとしても肋が何本か砕けるかもしれない、油断ならない相手。


それでも今のエドワードは、


「あまり怖くない」


エドワードは一息吸うと、ゴムに弾かれたように直角に移動した。そこから軽く跳躍し、木と木を伝って紫電の如く速さで赤暴熊の背後まで到達した。魔物は気付けてもいない。まさに目の前で神隠しのように消えたと感じているに違いない。


相手の視覚の認識を騙すほどに、あの頃戦った時のエドワードとは明らかに速さが異なった。木が砕けるばかりの踏み込みをし、鋭利な超速の刺突を撃ち抜く。剛気な城壁と言える肉と皮膚の心臓があった場所に、ピンポイントで風穴を空けた。


「強さは少しばかり精進できたみたいだ」


以前見せてくれた炎の息吹ブレスを披露する暇もなく、絶命し見下す存在になれ果てた。槍を確認するが血がついているのみで傷は一切ない。自慢の親友がくれた物だから当然だと勝手に胸を張る。


こうして見るとあの頃、フィリアを助けた時と情景が重なって見えるようだった。異なるのは夜空ではなく昼の青空であって、どんな花よりも見惚れするあの少女がいないという点だ。


素晴らしき日々であったと断言できるが、今では不幸の前触れだったのかもしれないと思うようになる。


「こんな強さがあっても……」


誰かの為にならなければ、何も意味はない。そう言えば強くなるきっかけくれたのは、あの人(・・・)が要因だったかと考えるエドワード。あの人もこの抱えている本の中に出てきているのだろうか。


例えばもしこの本をエドワード以外の者が読んだとしたら、あの人と言われても誰だか見当もつかないに違いなかった。まだ森を抜けるには何日かかかる。その間には本を読み切れるだろう。



あの人が本の中の登場人物として出てくるかは、それでわかることだ。



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