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small world  作者: 坂田リン
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過去②



「こんなことになるとは」


思えたはずもない。エドワードはベッドの上で運ばれてきた朝食を食べ進めている。この屋敷に世話になって二日、寝ていた期間を含めれば四日が経った。一言で言えば快適だった。


目覚めたその日のうちに屋敷の主、つまりフィリアの父親に会った。フィリアとファンの服装、屋敷の内装から大体察しはついていたのだが、良い家柄の人たちだとわかった。エドワードの自宅からもそう離れてはいない貴族街に位置していた。


「大変だったでしょう。この屋敷には好きなだけいてくれて構いませんから」


エドワードは今年で二十四だが、同い歳に思われてもおかしくない容貌の主、ケイン=レインハートは穏やかな表情で愛娘と全く同じことを言った。実年齢が気になったが聞くはずがない。確かに娘とはよく似ている気がする。特に根っからの善人のオーラを持っているところが。配慮を無下にするわけにはいかず、お言葉に甘えさせてもらい、現在に至る。


「にしてもなあ」


あまり新しい生活に慣れていなかった。良家というだけあって使用人が多くおり、ファンもその一人で最古参の人だった。当然だがエドワードはただの平民。使用人なんて存在は自宅にいるはずがないし、そもそも巨大な屋敷も見るのは初めてだった。なので使用人たちがやたら世話をしてくれる状況にあまり馴染めなかった。


「フィリア様は普通だったな……まあ慣れてるのか」


怪我をしてるとはいえ、最低限の生活は送れるくらい体は動かせる。それでも使用人の人たちは自分の身の回りの世話を焼きたがる。習慣なのだろうが、こっちとしては違和感が強い。嫌というラインは超えていないが、それでも慣れるのは難しい。


(二日でそうなるのは難しくて当然か)


朝食を食べ終えると、ファンが部屋へと入ってきて食器などを片付けてくれた。まるで食事の終わり時をわかっていたのように平然と来た。まさか監視されてる、流石にそれはないと考えを捨てた。食事を終えたら暇になる。


もちろん仕事ができるはずもなく、ふと壁にもたれかかっている槍に目がいった。


「……やるか」



         ────



槍を持ち出し屋敷の庭に出てきたエドワード。清潔感が際立ち、空気が透き通るように綺麗だった。エドワードの槍と同じようによく手入れが行き届いている。そんな庭で殺傷能力がある武器を振り回す行為など似合うはずもないが、少しくらい体を動かしてないと体が鈍ってしまう。そして暇な時間を有効活用したかった。


何より動きが鈍れば、最善の状態で奴に挑むことができなくなる。


「ふうっ!」


敵がいることを頭の中でイメージして槍を振るう。無駄なく力を入れ、全身の神経を集中させる。本番と思い込みながら行う。じゃないと鍛錬の意味がない。あの熊はどんな動きをするのか、予想外の動きにも対処できるようそれも思い描きながら足を動かす。


手に馴染むこの槍は命であり、形見であり、戒めであった。槍を持てばかつての友を感じさせ、槍を振るえば隣で見守ってくれていると錯覚させてくれる。


(槍は心を強くしてくれる)


そう信じてはいるが、心の強さは肉体の強さには還元できないし、どちらも強固なものでなければ敵には立ち向かえない。だからこうして鍛錬を重ねる。後悔をまた残さないために。


「動いてはいけないと言ったのに」


不意に声がした背後に槍を突きつけてしまう。イメージトレーニングをしていたため、背後からの攻撃が来たと頭が思い込んでしまった。普通なら少女の声だとわかったはず。フィリアは突然のエドワードの所作に驚いている様子だった。


「あ、えっと、す、すみません! 夢中になっていて」

「す、少し驚きましたけど、大丈夫ですよ。気にしないでください」

「いや、本当にすみませんでした。まさかいるとは思わず……」

「窓から見えたものですから。あまり無理をしてはいけませんよ」


気にかけてエドワードの所にまで足を運んできてくれたらしい。とても良い子だった。だから余計に武器を向けてしまったことを気に病んでしまう。


「はい。お気遣いありがとうございます」

「にしても、鬼気迫る勢いでしたね。私は格闘や武芸にはうとくて詳しくはわかりませんでしたが、何かこう、すごいことは伝わりました」

「そ、そうでしたか?」


普通にやっていたことつもりだったが、自分でも知らぬ間に躍起になっていたのかもしれない。そう思うと少しだけ羞恥心が芽生えた。


「はは、お恥ずかしい」

「いいえ。とてもかっこよかったです。私の力では武器すらまともに持てませんから」

「あ……ありがとうございます」


純粋無垢な心で土直球に褒められたので思わずそっぽを向いてしまった。世の男子はその一言で昇天してしまう可能性だってある。まあ、心の優しい彼女は誰にだって同じように接するとエドワードはそう思った。


「でもさっきも言いましたが、無理はいけません。それで傷がまた開いてしまっては元もこうもありませんよ」

「はい。あの……言いづらいのですが、やはり暇な時間は落ち着かなく、時間を潰す方法も私にはなくて」

「そうでしたか……あ!」


フィリアは両掌を合わせた。心は読めないが、何やら楽し気な表情を浮かべていた。


「でしたら、明日部屋に行ってもいいですか? 見せたい物があるんです」

「はあ……別に構いませんが」

「じゃあ明日の昼に。それまで無理は絶対ダメですからね」


鼻歌を鳴らしながらフィリアは去っていった。結局事の詳細はわからないままだが、それも明日になれば済む話だと割り切り、エドワードは鍛錬を続けた。今度は無理をしない範囲で。



         ────



「イエーイ! お疲れー!」

「お疲れ様」

「今日も完璧で最高でダイナミックな戦いだったぜ!」

「色々表現が多いよ」

「見てた、俺がノールックで魔物を槍で瞬殺にするところ。やばかったよな」

「あれは少し危ないけどね。私はもう少し丁寧な戦いを要求するよ」

「いいじゃんいいじゃん。俺が危なくなった時はエドワードが守る。逆にエドワードが危なくなった時は俺が守る。俺たちダブルスピアのコンビネーションよ」

「その名前はダサいからやめてほしい」


そんな友との打ち上げの食事が、私にはとても幸福だった。誰かが傍にいるというものは、こんなにも心穏やかでいられるものなのか。楽しく談笑しながら食事をしている最中、他の冒険者らしき人たちが話しかけてきた。


主に話すのはグレンの方だ。目の前に座る友人は喋りがうまい。引っかかりのない話でも盛り上げてくれるトーク力がある。正直羨ましい。私には持ってない物を彼は全て持っている。会話が私の話となり、グレンが私のことを褒めちぎってきた。急に来たからこっぱずかしくなる。他の冒険者の一人が私をパーティーに入れたいと言い出すと、


「おいおいおい、うちのエドワードは誰にも譲らねえぞ。俺らは二人で名を馳せ、天下を取るんだからな!」


グレンが私の隣で肩を組んで店の中で高らかに宣言した。友人の言葉は、いつも私を幸せにしてくれる。



         ────



「お待たせしました」


フィリアの声が部屋の中で響いた。翌日、昼食を終えた後、言葉通りフィリアはエドワードのいる部屋へとやってきた。なぜか両腕は背中に回して隠していた。


「お時間をいただきありがとうございます」

「いえ、昨日も言いましたがどうせ暇でしたので。それで、何か私に用でも?」

「ふふふ、これです」


フィリアが両腕を前に出し、両手の中にあった物が前に出てきた。それは一冊の本だった。


「本、ですか?」

「ただの本じゃありません。私が書いた本なんです」

「フィリア様の?」


これは少しだけ驚いた。まさかこんなまだ少女という年齢だというのに、世に出せる本を執筆している作家だとは夢にも思わなかった。勝手にエドワードが心の中で感心していると、内心を否定するようにフィリアは言葉を続けた。


「これは確かに私が書いたのですが、一般に販売されてある物とは違います。言えば趣味ですね。お父様の知り合いに印刷所関係の方がいて、無理言ってこのように形にしているのです」

「す、すごいですね」


良家のつながりがあればそんなこともできるのか。幼子の要求を百倍にしたような壮大感を感じ取った。エドワードの驚愕を他所にフィリアは本題を話す。


「それでなのですが、もしよろしければ、私の本を読んではくださいませんか?」

「私が?」

「本はやはり読まれて初めて本と呼ばれると思うのです。エドワードさんの時間を貸していただけるようでしたら、是非読んで感想を聞きたいです」

「はあ……私でよければ構いませんが、私でなくともよろしいのでは? ケイン様でもファン様でも、他の使用人の方でも」


屋敷には人が大勢いる。エドワードが来る前からそうだったはず。それなら本の感想などいくらでも既に聞いていたとしてもおかしくない。そんな心中のエドワードに、フィリアは肩をすくめて言った。


「そうなんですけど……お父様もファンも私に遠慮して正直な感想をくれないんです。私は率直な意見を聞きたいのに……」

「あー……なるほど」


気持ちが理解できなくもなかった。身内や近しい人では意見を選んでしまう。別に作家でも読書家でもないエドワードだが、なんとなくわかる気がした。それかまた"別の理由"があるとエドワードは考えたが、フィリアには言わなかった。


「わかりました。私なんかでよければいいですよ。真っ当な意見を言えるかは怪しいですが」


エドワードは承諾した。自分の暇な時間を潰してくれる案をくれるとならば、断る理由もない。本など殆ど読んだことはないが、これを機に始めてみるのも良いかもしれない。


「本当ですか! じゃあ今ここで読んでみてください!」

「え、あ。い、今ですか?」

「はい。この本は短編が何本か収録されてあるので、何本か読んだら感想を聞かせてください」

「わ、わかりました」


言われるがまま、フィリアから本を受け取りページを開いた。


「……あの、フィリア様……ここにいるので?」

「はい。私のことは気になさらず」

「あ。はい」


隣でじっと本を読む自分を観察しているフィリアに何度か気が散ったが、エドワードは羅列した文字を読み進めた。ページをめくる時に紙が擦れる音だけが耳に入り、時間は経っていった。次第にフィリアのことは気にならなくなった。


「…………なるほど」


本にある短編を三本ほど読んだ辺りでやっと言葉を発した。まあまあの時間が経ったはずだが、フィリアは変わらない姿勢のままエドワードを見つめていた。


「どうでしたか? その、感想は?」


期待の眼差しを向けられる。酷似する瞳を護衛の仕事で何度か向けられたことがある。毎回断る度に無下にした罪悪感を抱いてきたが、今は別の意味でのそれを感じている。


「フィリア様……あの、一応確認しておきたくて。その……正直で良いんですよね?」

「もちろんです。たとえどんな暴論だろうと、エドワードさんがそう思ったのなら、私はそれを一つの意見として受け入れます」

「絶対に大丈夫と」

「はい」

「絶対に」

「絶対にです」


念には念には念を重ねて了承を得た。ここまで言われたら言わないわけにはいかない。


「じゃあ率直に申し上げて──」


純粋な本の感想を言った。



「クソつまんないです」



この時エドワードは聞こえていなかった。フィリアのガラスの心に鋭利な矢によってヒビが入った音を。そんなことそっちのけでエドワードは口を動かす。


「なんかパッとしないというか、面白い所がなかったです。三本とも全部。盛り上がりどころがないし薄っぺらいし、何を伝えたいのかがわからない。最初の短編なんか、主人公の言葉と行動が全く異なってるし、二つ目は主人公がただ偉そうなカスで痛い奴で、三つ目はミステリーのつもりなのかもしれないですけど、トリックがしょぼ過ぎて読んだ満足感が全くなかったです。この話の敵と味方の魔法での戦闘シーン。架空の物語なので多少はオーバーに書いても問題ないと思いますが、これは粉塵が舞い上がってるだけで何をやってるかすらわからない茶番劇になっています。後気になったのは、単に語彙が足りないのか同じような言い回しが何度も出てきて……あ、フィ、フィリア様!」


散々ボロクソに言い放った所でエドワードは気づいた。フィリアが椅子に座ったまま白く尽き果てていることに。まるで生気を感じさせないくらい感情が死んでいて、口から魂が出ていってしまっているのかと一瞬思った。


懸念していたのはこれだった。身内だから言葉を選んでこの屋敷にいる者は意見を言っている、まあそれもあったのだろう。もう一つ言葉を選ぶ理由があるとすれば、単純につまんなくて著者を傷つけるのが忍びないというものだ。


エドワードは自身の失態に気づいた。


「あのえっと、すみませんでした! まさかここまでとは……あ、いや違」

「い、いいんです。正直にと言ったのはこちらですから。エドワードさん……意外と毒舌なんですね」

「いや、あのその……ごめんなさい」

「お父様たちもそう思っていたのですね。道理で苦虫を噛み潰したような顔をしていた訳がようやくわかりました」

「その例えはよくわかりませんが……」

「でもこれで、自分が如何にダメな書き手なのかが理解できました。エドワードさん。この本以外にも読んでいただき、感想をください。私は心を鉄にしてエドワードさんに立ち向かいます! そして面白いと言わせてみせます!」

「は、はあ……まだ私でよければ」


空気を入れる前の風船のような状態だったフィリアだったが、逆に奮い立ち意気揚々と目標を掲げた。



そんな少女を見ながら、今度は少し言葉を選ぼうと決心するエドワードだった。



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