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small world  作者: 坂田リン
15/24

本③



「貴様、一体何者だ!」

「何者……か。お前もよく知っている。我も……お前をよく知っている」

「なん……だと」


エレンは激しく動揺する。深淵の森で突如現れた、巨大な両刃の斧を片手に持ち、鼻から上を黒い仮面のような物ですっぽりと隠し、口元だけが露わになっている不審な人物と相対した。


彼の人は一体、エレンの何を知っているのか。


「助けに行きたいのだろう? 愛する人を」

「……っ! なぜ知っている……?」

「理由などどうでもよい。だが助けに行きたいのであらば、我を倒すのだ」

「何? なぜそんなこと」

「我如き踏みつけて行けぬのなら、所詮それまでの男よ。それとも、お前は立ち塞がった壁が怖く身を引いてしまう臆病者だったのか?」

「貴様……言わせておけば!」


槍を構えた。誰かは知らないが、今言った言葉を訂正させなくてはならなかった。


「いいだろう。倒してみせる。そして私は、彼女を助けにいくのだ!」

「その威勢やよし。さあ、かかってくるがいい!」


二人の戦いがは────────











【この続きは、貴方自身が見出してください】










         ────



「なんだこれ?」


エドワードは理解に苦しんでいた。魔妖の森での夜中、焚き火をしながら眠くなるまでフィリアの本を読んでいたら、うとうと感じていた眠気が一気に吹き飛んでしまった。


本はもう最終ページまで読み終えた。もう後ろに紙はない。本を逆さまにしてみても、何度ページをめくってみても、やはり今読んだところで本の内容は終わっていた。だから問題だった。


「これで終わりなのか?」


途中まで、物語は既視感のあるものばかりだった。読み進めていけば、自分が(本の中ではエレンという名だった)ソルドの店らしき場所で働きだしていたし、メレらしき人物と戦いを繰り広げていた場面もあった。


「懐かしかった」


読んでいる最中、メレのことを思い出していた。本当に懐かしくて、もう三十年は経っているんじゃないかと錯覚を感じるほどに、あれから別れて一度も会っていない。旧友の彼は、今どこで何をしているのだろうか? 自分のことを、約束のことを、まだ覚えてくれているのだろうか?


「……会いたくないな」


だが今のエドワードは、あの時とは正反対のことを内に抱いていた。顔向けができないからだ。


幸せになれと言ってくれたのに、この無様な成れの果てになってしまった己が、どんな顔して会えばいいのかわからなかった。それ以前に、自分は彼の友人でいる資格があるのかすら疑わしかった。自分から言ったくせにこの体たらく。今度会えば殺されても文句は言えない。


メレは自我を破ってフィリアを守ってくれた。なのにエドワードは守るどころか逃げた。背を向けた。そんな愚かな己を、彼は絶対に軽蔑する。だから会いたくない。軽蔑すらも怖くて見向きができない自分がひどく情けなく、屑に思えた。


そんな苦く心臓を抉るような痛みを感じていた時に、本の物語は急展開を迎えた。


フィリアらしき登場人物が突然何者かに拉致された。助けるために自分らしき人物は屋敷を飛び出し、行方を追う。その過程で色々あってその最後に────謎の仮面の男と出会い、物語は幕を閉じた。はっきり言って意味不明である。


これまで順調に話が記憶通りに進んでいたと思ったら、メレと別れてからの物語が一切排除され、急に既定路線から脱線してしまったのだ。こんな展開になる伏線など見返してみても見当たらなかった。唐突に、突然に、前触れもなく訪れたシリアス展開。それだけならまだよかった。強烈な印象を抱いたが、ここからどうなるかの続き見たさは確かに生まれた。


フィリアが狙っていたとしたら賞賛すべきポイントだと、思っていたら、話はこれまた唐突に終焉を迎えた。


【この続きは、貴方自身が見出してください】


と、最後に一文を残して。


「わけがわからない……」


もう考えるのも無駄に思えてきた。


本の中ではフィリアの思いが綴られていた。この点だけでこの本を読む価値がエドワードにはあった。どんな時に喜び、どんな時に怒り、どんな時に哀しみ、どんな時に楽しかったのか、こちらの表情が千差万別に変化するほどに理解できた。


それはもう十二分に伝わった。だが、やはり意図はわからなかった。フィリアが真に何を伝えたかったのか、わからないままだった。


「メレさん……フィリア……様」


もし……もしも、メレ(かれ)にも、フィリア(かのじょ)にも会った時、自分は相手の目を見て話せるだろうか? 


そう言えば……二人と腹を割って話したのは、この陰鬱な森の夜の時だった。


メレは……自分と……酒を呑んでくれるだろうか?


「私……は……」


フィリアの本のことがわからず、ぼーっと過去を振り返ってみたり、答えが返ってこない質問を繰り返していたら、去った眠気が瞼を重くした。


そのまま身を任せて、夢の中へと落ちていった。



         ────



「少し緩みすぎていたな」


眠りについた後、夜間の森を歩いていた魔物に襲われて強制的に目を覚ますことになった。その時まだ二時間しか寝ていなかった。その後も小刻みに寝ては起きてを繰り返し、やっと朝になったのだが、目覚めがいいとは言えなかった。


いつもならもっと警戒を研ぎ澄ませてから眠りにつくのだが、昨日は就寝以前の衝撃が強すぎてずぼらになってしまった。気を取り直して立ち上がり、朝の透き通った空気を吸いながら歩を進める。


後距離は普通に行けば、半日かそれ以下の時間でフィリアの屋敷まで辿り着ける計算だった。


「……」


もうすぐ着けると認識したことで、逆にエドワードの進行スピードが遅くなった。重りが背中にのしかかるみたいに、足が泥にはまったみたいに、足取りはどんどん遅くなっていく。重りは心にものしかかっていた。


「はあ……はあ……」


大して歩いていないのに息が荒くなる。落ち着かせようとしても無駄だった。正体不明の怪物に怯えているわけではない。ただ怖かった。


フィリアのやつれた顔を見るのが怖い、フィリアの罵倒を聞くのが怖い、面と向き合い口を開けるのかどうかが怖い、会った瞬間に…………死んでしまわないかが……怖い。


あらゆる理由の恐怖が肉体を強張らせ、精神を自然に摩耗させていく。


「はあ……クソッ、クソッ!」


隣にあった大木を殴りつけた。痛い。なんで殴りつけたのかわからなかった。気づけばその場で足を止めてしまった。


「この……弱虫め……」


前に行かなければまた夜になってしまう。わかっているのに勇気が出ない。不安と恐怖がその身を支配して地面にはりつけにされている気分だった。


覚悟は決めただろ。悩む暇があったら一歩でも歩き出すんだ!


そう鼓舞する言葉を投げかけるが、弱い自分が投げかける言葉にはあまり効力がなく、勇気は湧いてこなかった。



「ようやく見つけたぞ」



気持ちが沈んでいた最中、第三者の声が不意に聞こえてきた。幻聴かと思ったが、横を見てみると人が立っていた。


「我とお前はようやく相見えた」


堅っ苦しい口調の胡乱うろんな人物は、一瞬、会ったことあるか? と勘違いしてしまう容姿をしていた。


鼻から上までをすっぽりと隠して口元だけが見える黒い仮面を被っており、両刃の巨大な斧を肩に抱えていた。容態、口調、そして場所…………何かが引っかかった。


「あっ」


さっきほどは勘違いと名言してしまったが、それは正しい推論ではなかった。会ったことはないが、読んだことはあった(・・・・・・・・・)。フィリアの本の中の終盤で出てきた謎の人物にそっくりだった。


「何者……か。お前もよく知っている。我も……お前をよく知っている」


言っているセリフも同じだった。正確にはこっち側が聞いて相手が答えるのだが、少し会話が噛み合ってないように見えた。


(どういうことだ?)


急に不審者が現れたら驚きよりも、フィリアの本の中の人物がそっくりそのまま出てきたのが不可解だった。藪から棒にもほどがあるし、タイミングがあまりにも狙い過ぎていた気がした。


「あなたは……誰ですか?」

「……台本とちゃうな」

「え?」

「我が誰かなど、どうでもいい。今一番に重視すべきなのは、お前がここを通るには我を倒すしか他にないということだ」


一瞬素の声が洩れたような気がしたが気のせいだった。言葉に誤差はあるが、やはり物語と似たようなセリフを吐いていた。こうなると、寝ている間に本に書かれた人物たちが一斉に具現化したのかなどの馬鹿らしい考えも浮かんできてしまう。


「戦う理由がない」

「理由は我が与えてやる。会いに行くのだろう? なら我は試練だ。試練は超えていかねばならない壁だ。打ち破ってみろ。でないと、お前の目的は一生果たされることはなくなるぞ?」

「目……的……」


目的、それはフィリアに会うことだ。会ってそれから……それから…………どうするのだったか? そもそもさっきまで挫けそうになっていた自分が会う資格などあるのだろうか?


負の感情が止まることを知らない。顔に暗雲が立ち込める。目的はあるのにないと感じられる。惨めで滑稽と我ながら呆れてしまう。


「迷っているな」


黒仮面の生者がまるで魂に訴えかけるように呟いた。


「どう会えばいいのか、そもそも会って良いのすら感情がまとまっていない様子と見受ける。なんともギクシャクした心内だ」

「……あなたに何がわかるんですか?」

「解放されたいなら去ればいい。それだけで楽になる。たったそれだけだ。我慢はよくないとよく言うだろう? ずっと苦しく耐え続けるのも酷なことだ。後ろへ進むなら我は阻まぬ。さあ、我に背を向けて」



「逃げればいい」



沈んだ目に僅かな闘志が宿った。逃げる、逃げるだと? あの医者と同じことを言った。彼女は悪気を感じていたが目の前にいる不審者は違う。傷穴に指を入れるような、加害の故意の思惑を底から感じた。自分が嫌がる言葉を知っていたのかと思うくらい、心に深いストレスという影を落としてきた。


「逃避者よ、お前はどうしたい?」


文句は何も言えない。それはそうだろう。だって逃げたのは自分の弱さだから。しなくていい後悔を無くすことができるなら、過去に時を遡れるなら、自分は逃げないと神に誓う。





絶対に、フィリアの傍にいる。





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