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small world  作者: 坂田リン
10/24

日々と敵③



ケインから言われた知人の店というのは、お菓子やスイーツを中心に売り出している小さいが見栄えがあるカフェだった。身分が分け隔てなく愛されていて、それなりの常連さんもいるほどだ。エドワードは護衛の仕事を休止して、ケインが紹介してくれた知人の店で働くことを決めた。


体の傷が完治してからその知人の店に行った。名前をソルドと言い、少し小太りだが体を動かすのが好きな男性だった。体を動かし脂肪を落としたとしても、自分の試食のつもりのスイーツなどを食べ続けているとすぐに元に戻ってしまうらしい。自分の店を開くことは悲願だったらしく、支援をしてくれたケインには心の底から感謝をしていた。


仕事は一から丁寧に教えてもらった。とは言っても、そこまで難しいことを覚えたわけではない。皿洗い、清掃、接客。スイーツどころか料理はてんで駄目なことは自覚しているので、そのくらいしかできなかった。それでも人が増えるだけでありがたいと店主のソルドは言ってくれた。


「いらっしゃいま──おお、メレさん。今日は早いね」

「おはようさん店主。今日は新作できた聞いてな。お? なんや、知らんイケメンがおるやん。店主ついに雇ったん?」

「エドワードさんだ。この前からうちで働いてもらってる」

「エドワードです」

「ほえーそうなんや。よろしゅうな。俺はメレや。この店の常連さん」


店で働いていると、自然と入ってくる客と会話することが必然になる。同い年くらいで、緑髪のおさげが特徴のメレもその一人。喋り方が独創的で、ここではない別の地方から来た人らしい。気さくに話しかけてくれ、よく店の中で話している。


「俺甘党でな、ここのスイーツマジで美味で虜なったんや。エドワードさんも一度食べてみぃ」


言われた通りにすると、メレの言ったことがよくわかるほど大変美味だった。甘い食べ物は特段好きなわけではなかったが、これは毎日でも食べたいと言える。この味ならばもっと有名になっても良いものだが、所謂いわゆる埋もれていた店という奴だろうか。


この味を見つけて支援をしたケインは目利きの才に溢れている。仕事をしている時には、たまにソルドがスイーツやお菓子をエドワードに作ってくれる。力しか能のない自分がまともな職業へと就き、しかもうまい洋菓子も食える、まさに一石二鳥である。


家路につく頃には、冒険者時代に似た達成感で満たされていた。


「あれ、フィリア様?」

「あっ、エドワードさん」


屋敷の扉の前にはなぜかフィリアがいた。ほっとしたような安堵の息を洩らしてこっちに駆け寄って来た。


「お、おかえりなさい。今日は少し遅かったですね」

「はい。閉店作業で覚えていない所をソルドさんに教えてもらっていまして。もしかして、ここで待ってたんですか?」

「ええ、まあ」


恥ずかしそうに俯いて呟く。


「そんな、夜は冷えますよ。待つなら中でもいいでしょうに」

「心配になって。エドワードさん、また勝手にどっか寄り道しちゃうんじゃないかって」

「それは耳が痛いですね」


夜に勝手に出て行った過去が信用を鈍らしてしまう。もう少し遅かったら店にまで足を運んでいたかもしれない。本当に優しい方だ。だがそれでこの少女が風邪でもひいてしまったら居たたまれなくなってしまう。今度遅くなったら、もう少し早く帰る努力をしようと誓った。


「さあ、中に入りましょう」

「はい。ん、エドワードさんそれは?」

「これですか?」


フィリアはエドワードが持っている白い直方体の箱を指差して言った。


「ソルドさんが作ってくれたスイーツです。余ったから是非貰ってくれと言われまして」

「わあ、嬉しいです。私、一度食べて見たかったんです」


純粋に喜びを見せるフィリア。この様子が見れただけでも儲けものだった。自分は店で何度か試食をしてもらっていたが、彼の作る物はいつだって別腹に違いない。夕食時のデザートにでも食べようと屋敷の玄関に並んで歩く。


「仕事は順調ですか? 辛くないですか?」

「今のところ問題ないです。今日は面白い常連さんと出会いまして」

「私も聞いてください。今日は新作が半分まで出来上がりまして」


他愛もない会話は、疲れた体の癒しになっていた。気づけばエドワードは、一人の時間が殆どなかった。



         ────



別の日、エドワードが仕事をしていると、チリンと店のドアベルが鳴った。


「いらっしゃいま──え、あ、フィリア様?」

「来ちゃいました」


一輪の美しい花が店の中に咲いていた。来るなど屋敷を出発した時には言っていなかった。急遽な来訪に接客の決まり文句を忘れてしまった。


「どうしてここに?」

「あら、私が来ては駄目でしたか?」

「いやそういうわけでは」

「私はお客様です。今日は美味しいスイーツを食べに来ました」

「左様ですか」


フィリアは戸惑うエドワードを楽しんでいた。知ってる人が仕事場に来るのは初めてだったので、中々緊張するものだと知った。見晴らしの良い景色の席に案内すると、店主であるソルドがフィリアに寄って来た。


「フィリアさんですね。会うのは初めましてですか。ソルドと言います」

「貴方がソルドさん? 今日は楽しみにしてます」

「ありがとうございます。貴方のお父様には頭が上がりません。お父様のおかげで、僕はこの店を開くことができました。是非とも、よろしくお伝えください」


感謝を申し上げてから調理場へと戻って行った。いつもよりも張り切りが強いように見えた。自らの夢に手を貸してくれた恩人の娘が自分の菓子を食べてくれるのは、彼にとってもう一つの夢のような物だった。身に力が入るのも納得である。


ソルドが去った後に、入れ替わるように店のベルが鳴った。


「こんちわー」

「メレさん、いらっしゃい」

「どうも店主。エドワードさんも」

「貴方がメレさん?」


近くにいたフィリアが店の常連のメレに話しかけた。


「おろ? なんや、えらい美人さんがおるやん。俺んこと知っとるん?」

「メレさんですよね。エドワードさんがよく話してくれています」

「ほほぉ。なんやエドワードさん。こないな美人の彼女いたんかいな。羨ましいわー」

「か、彼女だなんて! そんな!」


フィリアがタコのように顔を真っ赤にして慌てふためく。その困り果てた様子には、どこか満更でもなさそうな姿が垣間見えた。それを見逃したエドワードは、フィリアを困らせてはならないと割って入って来た。


「違いますよ。私がお世話になっている人の娘さんです。そんなやましいことはありません」

「そうなん?」

「は、はい……」

「ふーん……」


フィリアは落ち着きを取り戻した。しかしそこには残念がっている心の内が顔に少しだけ出ていた。それを見逃さなかったメレはにやっと笑い、フィリアにだけ聞こえる声で近づき言った。


「そんな落ち込まんでええよ。一緒におんなら、いつかワンチャンあるわ」

「え!?」

「おっしゃ! なら常連の俺が、フィリアちゃんにここの俺的ベスト3を選んだるわ!」


言葉の意味を聞いてくるフィリアを無視して、メレは店のメニュー表を開き始めた。店は涼しい気温だっだが、フィリアは窓を開けたくなった。


メレからお勧めされたスイーツを食べ、同じくメレも注文したスイーツを食べ終えた後、彼は一足先に店を後にした。エドワードが丁度休憩の時間に入った時、フィリアは頃合いを読んでエドワードに話しかけた。


「エドワードさん。私の書いた新作、終わりましたか?」

「ええ。昨日休憩中に読み終えました」


エドワードはソルドの店の仕事を始めてから、休憩時間を借りてフィリアの本を読むことが多くなった。今までは時間があれば欠かさず読んでいたが、仕事が始まるとどうにも時間を作るのが難しい。それでもなるべく読書の時間を減らさまいと、合間を縫ってフィリアの娯楽に付き合っていた。


「今回のは、一言で言ったら面を喰らいましたね。設定がトリッキー過ぎて。お菓子が通貨ってどういうことですか?」

「面白いと思いませんか! 視点を変えてみたんです。どでかい設定を置くことによって生み出されるインパクト。甘さの中にほのかに感じる苦味、誰もが釘付けになる学園ミステリーサスペンス! これは傑作と言えるのでは──」

「いや設定が空回りしてめちゃくちゃ読みづらかったです」

「がはっ」


見えない拳を鳩尾に喰らうフィリア。発想は面白いと思ったが、そればかりが強調して描かれていて、肝心のストーリー構成や人物描写がとてもわかりにくく読みにくかった。これなら単純な学園ドラマの物語の方が案外良かったかもしれない。


「こ、今回は意外性を持たせてエドワードさんの興味をそそろうかと狙っていたんですが……」

「まあ、確かにそうなりましたが、奇抜な設定や展開が楽しいのは最初だけだと思うんです。勝手な持論ですが。やはり飽きはどうしても出てきてしまいます」


項垂れるフィリア。エドワードは宥めつつ、ダメだしはこのくらいにして褒められる点を挙げていった。


「ですがフィリア様。この本に出てくるお菓子やスイーツの表現が凄かったですよ。このホットケーキを描写している文章は、見てて今すぐにでも食べたくなる気持ちに駆られました」

「気づいてくれましたか! そうなんですよ! 今回は力を入れて書いたんです」


陰鬱とした表情はどこえやらで、堂々と言いたかった気持ちをエドワードにつづる。さっきも言ったが、エドワードはこの本の内容をあまり面白いとは感じなかった。しかし特定の食べ物の描き方が見事と言える文章力を放っていた。本人に聞くと、エドワードがたまに土産で貰ってくるソルドの店の品物が参考になったらしい。


身近にある物が書き手の血肉になってくれたことは、エドワードとしては少し嬉しかった。いつもいる彼女の役に立てたのだから。


「ふふん。エドワードさんがそう言ったのならば、もう私の勝ち同然ですね」

「勝ち負けあったんですか?」

「今できました」

「なんですかそれ」


屋敷にいる時と同じように笑い合う。変わり映えのない平坦な、何もない日々の温もりが、エドワードは友人が隣にいたあの頃と同じくらい愛おしく思えた。目の前にいる少女もそうだったならと、自分のうちに秘めていた。


「ソルドさん。今日はありがとうございました」


フィリアは美味しいスイーツを提供してくれたソルドに頭を下げた。エドワードは仕事へと戻り、今は別の客の接客をしている。


「僕はいつも通りのことをしただけです。またいらしてください」

「もちろんです。えっと……それであの……少しいいですか?」

「? 何かありましたか?」


何か言いたげなように口をごもごもしているフィリアに、ソルドははっと何か気づいた。


「もしかして、店の品がお気に召しませんでしたか!」

「い、いえ、そういうわけじゃないのですが」

「じゃあ何ですか?」


優しい彼女は遠慮して言葉を濁していること推理したソルドだが、どうやらそうではないらしい。二言三言繰り返すと、小声で話し始めた。


「えっとですね……エドワードさんなんですけど。彼はよく働いていますよね」

「ええ、それはもちろん。彼が来てから、僕は大分楽になりましたよ。最近気づいたのですが、誰か一人でも語れる人がいると楽しいものですな。前にエドワードさんが店の前で喧嘩をしている輩を追っ払ったことがあって、彼目当てで来る人も中にはいるんですよ。献身的に働いてくれてます。僕が正式に店で雇いたいと言いたいくらいです」

「そうなのですね。それは良いこと思うのですけれど…………エドワードさん、最近帰りが遅いんです」

「そうですね。エドワードさんには店じまいや色々手伝ってもらっているので」

「それが……あの……」

「?」


声がどんどん小さくなっていき聞き取れなかった。フィリアの頬は赤みが増して、ちらちらと別の方向を見ながら少しだけ声を大きくして再度喋る。


「エドワードさんと……最近……あまり家で喋れてなくて…………帰ってきても疲れていて話しにくくて……全然話せてないわけじゃないのですけれど…………前みたいに……時間が……その……」

「……あ、あっははははははは!!」


ソルドは思わず大声で笑ってしまった。小さい店の中でよく響き渡る。目の前にいる少女が恩人の娘だとずっと認識していたが、今はただの可愛らしい女の子にしか見えなくなった。


「ソ、ソルドさん!?」

「いや、失礼しました。フィリアさんの言いたいことはよくわかりました」


要約すれば、「彼が仕事を始めたら話す時間が減ったので、どうにかしてほしい」と。ここに来る目的は、それを言いたかったからだったのか。店が目的ではなく少しだけ悲しくなったソルドだが、それを超えるくらい懸想している彼女が可憐に見えた。


「すみませんフィリアさん。エドワードさんに早く仕事を覚えてもらおうと少し前押しし過ぎていましたね。これからはこちらで調整を致しますので」

「あいえ、全然! 無理を言っているのはこちらの方なのは重々承知していますし!」

「しかしエドワードさんは幸せ者ですな。貴方のように熱烈に想ってくれる方は探しても中々いませんよ」

「ねつっ……ぁぇ……し、失礼します! ご馳走様でした!」


恥辱で居てもいられなくなり、そのまま言葉を置いてダッシュで店から出て行ってしまった。ソルドは微笑ましい笑みを浮かべたままその背を見送った。


「どうかしたんですか?」

「いや、何も」



エドワードが近づいて何事か聞いてみるが、ソルドは笑みを見せるばかりだった。




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