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9 後輩の赤面

「ま、そーなりますよ」


「……マジかぁ」


 そして連れ去られた俺です。


 気に入ったのか、星川に連れられた先は体育館裏の階段だ。

 星川に今日の事を聞かれ、自分の被害はまだ無い事と陽奈の話をした反応がこれだ。


「せんぱいが思ってる以上に、2人はおんぶに抱っこですからねぇ」


 思ってる以上に、か。

 そうなのかも知れない。

 まさか翌日からすでにこうもボロが出るとは思ってもなかった。


「はぁ。間違ってたのかね……」


「はい、そりゃもう盛大に」


「……そう、なんだろうなぁ…」


 認めがたいが、さすがに認めざるを得ないよな。

 俺はお付きとして間違えていたんだ。

 きっと、もっと注意すべき所は強く言うべきだったんだろう。


「まぁあの人もこれからなんじゃないですかー?」


「そうなんだけどさ……」


 その『これから』が不安で仕方ないんだよ。

 なんかその内デカいミスでもしそうでさ。


「……せんぱい、もしかして分かってないんですかー?」


「ん?何をだ?」


 きょとんとした顔を向けてくる星川に首を捻る。


「重症なのは、元飼い主さんだけじゃないんですよ?せんぱいもです」


「……………」


 俺も重症?……いや、そうか。確かにそうだ。

 そういえばさっきこいつも言ってたな。

 『2人は』おんぶにだっこ、って。


「……そうだな、確かにそうみたいだわ」


「おっ、気付けましたかー。ふふっ、成長しましたねー?」


「おいやめろ離せ!撫でるな!……おい聞けよ!」


 嬉しそうに笑って俺に飛びかかり、頭を撫で回す星川を強引に引き剥がす。

 なんなのこいつ。子供扱いとかふざけんなよ。俺先輩ぞ?


「うんうん、良い感じですねー。やっぱり元飼い主さんとは違いますねぇ」


「お前な……てか星川って陽奈の評価低すぎない?」


「それも逆だと思いますけどねー?せんぱいの元飼い主さんに対する評価が高すぎるんですよー」


 お、おぉ?えぇ、そうなの……?

 いや俺だって割と陽奈の悪いとこは認識してるつもりなんだけど。


「そうか?我儘だし扱い悪いし見栄っ張りだし、とかは思ってるけど」


「そりゃ性質は理解してるでしょーけどね。そうじゃなくて、自動的に元飼い主さんを自分より上に置いてるじゃないですかー?」


「いやいや当たり前だろ……」


「何が当たり前なんですか?」


「は?何がってお前……主人だぞ?元だけど」


 それ以外にある?

 もう10年近くお付きやってんだぞ。


「じゃあ質問を変えますね?今日1日元飼い主さんを見てて、『自分よりすごいなー』って思ったのは何回ですか?」


「それは………」


「ゼロ、ですよね?むしろあるならあたしが聞いてみたいくらいですよ」


 クスクス笑う星川は、しかし言葉に反して嘲笑ですらない。

 ただ「あったら面白い」くらいの単純な笑いだ。

 そしてその笑いこそが、かえって事実だと突きつけてきている気がした。


「………お、おぉ?え、なんか混乱してきた」


「ふふふー!でしょーね!だからこそ、せんぱいを今日連れ出してきたんですからっ!」


 そういえば、周りにちょっかいも出さずにただ俺を連れ去るだけだったな。

 陽奈と伊藤さんの事を気にしてて気付かなかったわ。


「せんぱいのアイデンティティの大部分って、元飼い主さんが占めてるんです!それをこれからだんだんと実感していくと思ったんですよ!」


 きっとそうだろうな。

 今日こいつに突きつけられた答えまで行き着けるかは分からないが、何かしらの違和感や意識の差違には気付いたと思う。


 そしてその時俺は……きっと、かなりのショックを受けたじゃないだろうか。


「……まさか、お前…」


 俺がショックを受けないように、軽い口調でこうして先回りしてくれた?

 いや……そもそも答えに辿り着けずに、ただ自分を責め続けて袋小路に迷い込んでしまう可能性だってあった。

 

 それらを避ける為に?

 バカな。こいつがまさかそんな事を……?

いや、事実として俺は今心底助かったと思ってる。


「えへっ……気付いちゃいましたかぁ…?」


 照れたように、とろけるように、彼女らしくないふやけた笑みを浮かべる。

 その普段との落差は、凶悪なまでの魅力を滲ませていた。


 目が、離せなかった。

 

「……あたしが一気に事実を突きつけて、せんぱいが混乱するところをどうしても見たかった事に…」


 っっっぶねえぇぇー!!

 危うく帰ってこれない所まで踏み込む所だったわ!

 

「お、おぉ。ほんとタチ悪いよなお前」


「むむっ、そんな事言っていいんですかー?せんぱいにもメリットあったでしょー?」


「………まぁ、そうなんだよなぁ」


 少し詰まったが、バレずにいつも通りの会話が出来た事に内心で安堵する。実はまだ心臓痛いくらいだし。

 見惚れて気を許しそうになってたなんてバレたら何言い出すか分からないからな。ほんと良かった……!


「ふふーん!感謝してくれていいんですよー?」


「………」


 ……それなのに、気付いてしまった。


 偉そうにドヤ顔をきめてくれちゃってる星川の耳が、赤く染まってる事に。


「……ありがとな、星川」


 そのせいで動揺してしまったんだろう。

 悪態のひとつもなく、素直にお礼をしてしまったのは。


 いつもなら後が怖くて言えないのに、自分でも驚くほどスルリと言えてしまった。


「ぇっ………」


 自分の発言に内心パニックを起こしていると、更なる混乱が頭を叩いた。


 目を丸くして、小さく声をあけて……耳だけじゃなく頬まで赤く染める星川の顔を見たせいで。


「あ……は、はは…」


 ぐ……やめて、もうやめてお願い。

 お前らしくもなく軽口も出さずに恥ずかしそうに黙らないで頼むから。


 あぁ、まずい。

 これまで振り回され、気圧され、偉そうにされ……恐怖や面倒の対象でしかなかったのに。

 

 胸の前でもじもじと指先を忙しなく動かす星川が、可愛く見えてしまう。


「………ぅぅ」


 ついに顔を伏せる星川に、こっちまでおかしくなりそうだ。


 やばい、これはダメだ。

 なんかおかしい。

 こんなの俺達らしくないだろ。


「………な、んてな。からかってみたけど、意外と効いたか?」


 どうにか絞り出した皮肉は、情けないことに少し震えていたが。


「……も、もうっ!せんぱいってサイテーですねー!ドン引きです!」


「うっせ。普段の自分を振り返って言え」


 まだ少し赤い顔で、しかしいつものように吠える星川にホッとする。

 

 そうだよ。これが俺達の距離感だろ。

 さっきみたいなのはダメだ。

 うん、何がって色々ダメだ。


「言っときますけど、せんぱいだって結構頭おかしーですからね!」


「またまたぁ」


「ウザい返し覚えましたね?!ムカつくーっ!」


 いつものように話して、笑う後輩を見て安堵する。

 きっと、こいつもそう思ってると思えたから。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 悪魔な後輩と妙な雰囲気になってから数日。

 あれから星川が教室に突撃してくる事はなかった。

 

 一度だけたまたま下校中に見かけた事もあったのだが、目が合った瞬間にそそくさと逃げられてしまった。

 それを災厄が来ないと喜ぶか、避けられたと悲しむかするのが普通なんだろうけど……もうね、それ以前に気恥ずかしくて仕方ないんですよ。

 だってさぁ、あいつが顔を伏せて逃げてく姿を見るとあの日の体育館裏を思い出して仕方ないんですって。


「はぁ………」


 本当に、危なかった。

 そして自分の間抜けさに、この上なく呆れる。

 欲しいなんて、手を伸ばすなんて俺には許されないのにな。


 あの時、一瞬俺は無意識の内に手を伸ばそうとしてしまっていた。


 人間は学ぶ生き物だというのに、俺はなんて学習能力のない間抜けなんだ。

 改めて気を引き締めて、自分に言い聞かせてないといけない。


 そういう意味では星川と距離が出来たのは良かったんだろう。

 きっちり自分の間抜けさを叩き直す時間になるし、ありがたいと思っておく事にする。


「もうっ、なんで購買ってあんなに人多いのよ!」


 ちなみにこの数日で随分と大変そうなのは星川さんグループだ。


 今日も陽奈は弁当作りを諦めて購買で買ったようだが、いつもパシリをしていた俺がいないので自分で買いに行くしかない。

 それがお姫様にはストレスらしく、だんだんと機嫌が悪くなっている。


「まぁまぁ。それならほら、弁当作ってきたりとかさっ!」


「そんなの分かってるし。でも朝早く起きるのしんどいってゆーかさ。……もう割高だけどコンビニとかで買おっかな」


 伊藤さんの圧倒的天使パワーで緩和こそされているが、どうにもグループ内の雰囲気は良くない。

 陽奈がイラついたり小さなミスをしたりする場面はここ数日で増える一方だ。


「ゆ、優斗の弁当は自作なの?毎朝大変じゃない?」


「俺は親が作ってくれてるよ、姉のついでにね。陽奈は大変そうだね、朝早く起きるのがしんどいのは俺も分かるよ」


「う、うん……」


 陽奈も雨森さんに懸命に話を振るも、うまくいってないように見える。

 ちなみに火縄さんは傍観を決め込み、星川さんは無言のまま。


 陽奈がぎこちないのは想い人に情けない姿を見せるのが恥ずかしいからだろう。

 星川さんは多分自分が陽奈によく思われてない事に気付いており、自分が言っても反発されると知っているんだろう。多分。面倒だからじゃないと思いたい。

 火縄さんは単純に面倒だからだろうね。


「そーだよね!あたしも朝起きられなくってさ、お母さんに作ってもらってるんだー!」


「へー。わたしんち、親が仕事で忙しいから無理なんだよね」


「そ、そっか。なんかごめんね」


 そうなると結局、伊藤さんに全てを託す形になる。

 そんな伊藤さんも、たまにこっそり疲れた表情を見せるようになってきた。


 まぁ陽奈の相手は大変ですからね。

 10年くらいお付きをしてきた俺だっていまだに接し方の正解が分からないんだし。

 ……いや、違うか。俺だって間違えてきてきたんだ。

 それを数日前の体育館裏で、あいつに教えてもらったばかりだ。


「あの、すまない」


 そういう意味でいえば、この状況は俺にも責任があるのかも知れない。

 もっとも、この考え方自体が星川に言わせれば「おかしい」と言われるのかも知れないが。


「……あ、あれ?秋風くん、今少しいいかな?」


「………え、あ、俺ですか」


 おぉ、最近周りからハブられすぎて俺に話しかけてると思わなかったわ。


「あぁ、君にだよ。ごめん、少し話す時間とかもらえないかな?」


 声をかけてきたのは、学年の王子様であるイケメン、雨森さんだ。

 申し訳なさそうな顔まで眩しいもんだからいっそ笑えてしまう。


「あ、はい。俺で良ければ」


「ありがとう。……そうだね、場所を変えようか。いいかな?」


「どうぞ」


 にこやかに頷く彼の後を追う為に立ち上がる。


 そういえばグループの方は置いてきたんだな。

 横目で確認すると、不貞腐れる陽奈を宥める伊藤さん、我関せずの星川さんに……こちらをじっと見ている火縄さん。


 ……うーん。どうも大変そうだ。

 伊藤さんと雨森さんには同情します。



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