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07 後輩の思惑

「うぅー、せんぱーい……」


「なんだようっとうしいな……」


 あれから伊藤さんは「また明日ねっ!」とあっさり帰っていった。すごいよなぁ、最後まで笑顔たっぷりだったわ。


 そして星川さんもどこか意気消沈したように無言で去っていった。

 随分伊藤さんの言葉が響いたんだろうか。意外と打たれ弱いのね……。


 そして残った星川妹はというと、こうしてウザ絡みよろしく俺の腕に両手でぐいぐい体重をかけて離さずにいる。

 面倒になって構わず帰ってるが、歩きながらも離そうとしないのだ。


「あーもー重いんだよ、離せって」


「おっ、重い?!女子に面と向かって言いますかそれぇ?!」


 はぁ、きゃんきゃんうるさいなぁ。

 まさかこいつまで伊藤さんの言葉に落ち込んでるのか?そんなヤワな精神してないだろ。


「うぅ……せんぱいで遊ぶチャンスがぁ…」


「離せアホ」


「あぁっ!」


 やっぱそんな話かよ!こいつこのままじゃ遊び足りなくなるからって不貞腐れてるだけじゃねぇか!せんぱい『で』っておかしいだろ!

 ベリッと腕を引き剥がして頬を膨らませる後輩を見据える。


「いつまでグダグダやってんだよ。どうした、お前らしくない」


「だってぇー……せんぱい、完全に友香さんの話に乗る流れじゃないですかぁ…」


「はぁ?……お前、もしかして偽者?」


「こんなかわいい子が他にいますか!」


「あ、ちゃんとムカつく。本物だ」


 くだらない会話を挟みつつ、いい加減に面倒くさいので後輩に説明をすることにする。


「伊藤さんの話に乗るって言ってもな。具体案もなかったのに、何に乗れってんだよ?」


「え……?」


「一緒に聞いてたろ?伊藤さんが言ったのは『友達になる事』『協力できる事はする事』ってだけだ。お前達みたいに主体的に何かするなんて話じゃない」


「………あ」


 やっと気付いたのかよ。いつも何かと鋭いこいつらしくないな。ほんと珍しい。

 なんか理由があるのか……?いや、考えても分かる類のものじゃないか。


「あと……ついでにぶっちゃけるなら、星川さんの案はデメリットがデカすぎる」


 彼女直々の指名で生徒会役員に任命される。

 それがどれだけの嫉妬を集めるかなんて考えるだけで背筋が凍るわ。


 例え「陽奈達と対等に話せる立場に引き上げる」という言葉を信じたとしても、人の気持ちなんてどうしようもない。

 集まる嫉妬が消えるなんてあり得ない。


 まぁあと単純に生徒会の仕事めんどい。


 「その点、お前の案のデメリットは俺の少し前までの状態とあんまり変わらん」


 『周りから一歩距離をとられる』というが、それだって今の針のむしろ状態や、以前の奴隷状態よりはマシだ。

 そして肝心なデメリットの『星川妹と一緒に居る時間が増える』って点だが……身も蓋もない話をすると、これまでだってこいつが来たら陽奈に強制的に対応させられていたのだ。


 それを思えば、どちらにせよ俺の意思は関係ない。

 こいつや陽奈の意思で一緒に居させられていたのが、お互い公認になるってだけだ。


 もちろん自由になった今なら話は変わるが……今の針のむしろ状態だとそれ以前の問題だしね。

 それなら星川妹とだけは今まで通りにはなるが、それ以外は自由になった方が余程良い。


 何より、こいつといても集まる嫉妬心がほぼないのがデカい。

 なんせこれまで散々話してきたのに嫉妬とかされた事がないし。


「せ、せんぱぁい……!せんぱい、せんぱいっ…!」


「……なんだよ」


 潤んだ瞳で俺を上目遣いで見る星川妹は、そっと顔を伏せて、


「……あたしの事好きすぎませんかー?」


「あーもう絶対言うと思ったよ!」


 ニンマリとした笑顔に切り替えて顔を上げた。

 こうやって調子乗ると思ったから言いたくなかったんだよなぁ。


「ふんふふーん」


 まぁやっと腕の拘束が解けた事だし、ぶちぶちうるさいよりはマシか、と密かに溜息をこぼす。

 とはいえ、だ。


「だからってお前の案に乗るかは悩み中なんだけどな」


「えぇぇええー?!この流れでですか?!なんでですかぁ?!」


「………。いや、お前の案って星川さんのより確実性がなくない?」


 星川姉妹のそもそも案は雑に言ってしまえば、それぞれの人気や立場を使ってゴリ押しで俺の立場を引き上げるというものだろう。

 その過程で、こいつの案は陽奈への復讐が挟まる。


 星川さんは……恐らくグループの力、特に雨森さんあたりも使うんじゃないだろうか。

 「グループと対等に話せる」という言葉から見て、その可能性が高いと見てる。


 つまり、星川さんの案は星川さん自身と雨森さん達の力を使う。

 それに対してこいつは自身の力だけ。おまけに学年も違うときた。


 すなわち、単純にゴリ押しをする為の馬力に差があるって話だ。

 ………という、建前だがどうだ?嘘ではないし。


「むぐぐ……そこに気付きますか。さすがせんぱい、粗探しの鬼」


「褒められた気がしないんだけど」


 あっさりと認めた星川妹だが、分からない事もあったんだよな。


「なぁ、聞いていいか?」


「ふんっ。なんですかー?」


 なんか不貞腐れてる……面倒くさいなこいつ。まぁいいか。


「なんで俺を手助けするなんて取引してきたんだ?」


「…………」


 さっき俺が言ったように、俺のデメリットーー言い換えれば、こいつのメリットが弱すぎるんだよな。


 陽奈で遊ぶ為とはいうが、さすがにそんなもんの為にここまで面倒な事をするとは思えない。

 なにか隠してる理由があるのかと思ったが、条件として提示しない以上、俺が飲む必要はないワケだし。


 黙り込む後輩を、俺も何も言わずに見つめる。

 こいつも、いつもと違って表情のない顔で真っ直ぐに見ていた。


「……はぁ。ほんっと、せんぱいって思い通りにならないなぁ」


「それは良かった。お前の思い通りなんて想像しただけで恐ろしいわ」


「むぅー、失礼ですねー!ちゃあんと可愛がってあげますよぉ」


「相撲部屋的な意味だろそれ」


 いつもよりも力のない笑顔。

 いつもの笑顔で隠されている素顔を少し覗いてる気分になる。

 なんともいえない気持ちになるが、追及する気にはなれなかった。


「まぁいいです。ホントはせんぱいが気付くまで言うつもりはなかったんですけどねー」


 そう前置きをして、こいつは俺の顔にビシッと指をさしてきた。お行儀悪いですよ?


「この際言ってやりましょうとも!なんでっ!なんであたしだけ名前で呼ばないんですかぁーーっ?!」


 ………は?

 なんかエコーが聞こえそうなくらいの勢いで言い放つこいつに、思わず絶句してしまう。


 いや、は?名前?確かにこれまで「お前」や「こいつ」、あとは「星川妹」としか呼んでなかったが……。


「……え、それが何?」


「だーかーらーっ!一緒にたくさんいたら、せんぱいだってその内名前を呼ぶようになるでしょーがぁ!せんぱい変なとこ面倒くさがりで律儀だしっ!」


「はぁ?そんなワケ…………………いや、なるほど?」


 うん、我ながらあり得るような気が……。


 星川妹って長いし、長く一緒に居るのが確定してしまえばめんどくなって変えようとする気はする。

 その際にどうせ長い付き合いになるなら礼儀としてちゃんと呼ぶようになる可能性も、うん、ありそうだ。


 そこまで見越してたのなら、こいつは思ったより俺の思考を読んでますわ。

 ……それにしたって意外なのは変わらないけども。


「え、待って。そんなの気にしてたのか?お前が?」


「なんですか!悪いんですか?!いつまでもお姉ちゃん基準で呼ばれる身にもなってくださいよ!お姉ちゃんよりあたしの方が話す事多いのに!」


「お前……意外と姉に対抗心持ってるのね」


「うがぁーっ!そうじゃないんですよばぁか!じゃあ聞きますけどね、せんぱいがずっと『秋風兄』って呼ばれたらどう思いますか?!」


「事実だな、と」


「ぐっ、むぐぐ……!そうだった、せんぱいってそこらへんのプライド皆無なんだった…!」


 プライドか。ないんだろうなぁ。

 そりゃ自分でも良くないのは周りを見てたら分かるが……どうもなぁ。

 ガキの頃からの生活のせいで削れた自覚はあるけど、戻し方も分からないし。


「っていうか、それくらい直接言えばよくない?」


「あたしにはプライドってもんがあるんですー」


「不貞腐れんなよ。ほんと面倒なやつだな星川は」


「せんぱいだって大概めんどい人種のくせに……んっ??」


 ピタリと固まり、俺をじっと見てくる星川。

 ……耳聡いね。一発で気付くか。


「……なんだよ」


 まっすぐ見つめる星川に気恥ずかしくなり、素っ気なく返してしまう。

 そのまま俺まで黙り込んでると、星川がようやく震える声で喋り始めた。


「せん、ぱい……っ」


 まるで感極まったように震える声で俺を呼ぶ声。


「……なんだっての」


「なんっっで苗字なんですかぁーーっ!」


 まぁうん、こいつなら言うと思ったよ。思った以上にうるさかったけども。


「そこは名前で呼ぶところでしょーがっ!真織ですよ、ま・お・り!」


「せーのっ?」


「まおりーっ!ってなんであたしが言わされてるんですかぁー!」


「お前なんだかんだノリ良いよね」


 こうしてると、ただちょっと煩いだけの後輩なんだけどなぁ。


「むむぅー!……ふんっ、まぁいいです。その内絶対呼ぶ事になるでしょうしねー?」


「何の宣言だよ、なんか怖い。てか星川だって俺の名前呼ばないじゃん。なんなら苗字すらよ」


「はぁ……せんぱいは何で変なところで鈍いんですかねー」


「はぁ?俺が鈍い?割と粗探しは得意だぞ」


「ありゃ、粗探しって言っちゃいましたよこの人。さっき怒ってたのに」


 なんか誤魔化された気がするけど、まぁいいか。

 

「全くもう……でもせんぱい、ホントにどうする気ですか?まさか誰の案にも乗らずにただ耐える……なんて言いませんよね?」


「あー……どうしようかな」


 本当にどうしたものかね。

 いや、メリットデメリットの話もだし成功率の話もだけど……それ以前に、こいつの提案には乗れない理由があるんだよね。

 こいつには言わないけど。てか言えないから建前まで用意したんだし。


「何を悩む事があるんですかねー。どう考えてもあたしの案が一番じゃないですか?」


「いやだからお前1人の力で奴隷をどうにかーー」

「出来ますよ?」


 俺の言葉を遮って言い切る星川。

 視線をやれば、薄く微笑んでいた。


 なんとも綺麗は笑顔だが……背筋が粟立つ。

 まるで崖から底の見えない谷底を覗いている時のように、引き込まれるような、体が竦むような感覚に陥る。

 ……やっぱ妙に怖いんだよな、こいつ。

 

「……言い切るんだな」


「はい。それはせんぱいが一番分かるんじゃないですか?」


 ……確かにそうなのかも知れない。


 今まで見てきた星川が全てだとは思えない……いまだ底が見えないこいつだ。

 まだ何か手段の引き出しや切り札みたいなものがあってもおかしくない。


「だってせんぱいが一番、あたしと長く遊べてるんですしね?」


 そして同時に思う。


 今まで陽奈経由で何度も相手をさせられた。

 完勝なんて一度もなかったが、かろうじて目的は阻止できたこともあった。


 だけど、本当はそれすらこいつの手のひらの上で転がされていたんじゃないのか?


 こいつが楽しめる範囲で、俺が対応できる範囲で……そんな調整をこいつがしていたんじゃないのか。

 そんな疑念が浮かぶ。


「ね、せーんぱい?」


 耳を通じて直接神経を撫でるような声に、ゾクリと悪寒が走る。


 この疑念が正しいかなんて分かるはずがない。

 けど、どちらにせよとんでもない後輩なのは変わりないんだ。


 あーもうホントやだ。

 なんでこんなバケモノみたいなのに目ぇつけられてるんだ俺。


「なんで俺なんぞにそこまでするんだか……」


 なんとも投げやりなぼやきに、後輩は嬉しそうに笑う。


「それに気付けたら、せんぱいもあたしに勝てるかもですねー」


 ……まぁたそれか。

 たまに出てくるワードだが、いつもいきなり出てくるし意味が分からん。

 それに先程見た得体の知れなさ……以前は勝てたら嬉しいと思ったが、正直勝てる気がしないんだよな。仮にも先輩の身としては情けない限りだけども。


 それほどまでに、こいつはそら恐ろしい。


「………ん?待てよ?」


「んー?どうしましたかぁ?」


 そうだ。そうだよ。

 俺はこいつとこうして話すうちに慣れてしまっていた。

 さっきも思ってしまったろ。こうしてればただの煩い後輩だ、なんて。


 だが先程の姿を、笑顔を、目を見て、あっさりと戦意喪失すらしてる。

 それ程までに異質なこいつが、何で……


「何で……陽奈の復讐が必要なんだ?」


 『こいつと仲良くしてる姿』と『陽奈への復讐』の二つの要素で俺の立ち位置を確立させるというこいつの案。

 だが、陽奈への復讐によって作る『危険人物』という要素だって、ただこいつと居るだけで作れるんじゃないのか?


「お前が本気で動くんなら、はっきり言って必要ないんじゃないか?」


 さっきと真逆な事を言ってる自覚はあるけど……それ程までにこいつは一目置かれており、そして恐れられてる。


 だったら、本当にただその過程を楽しみたいだけなのか?

 だが、それもしっくりこない気がする。

 ……じゃあ違和感はあるのかと言われれば、言葉にすら出来ない程度の奥歯に物が挟まったような感覚でしかないが。


「……なぁ、何の為に必要なんだ?」


 本当にただ俺の復讐を楽しみたいだけなのか?

 本当に、理由はないのか?


「あはぁ……」


 嬉しそうに、どこか恍惚とした表情で笑い、熱のこもる視線を俺に向けたまま舌でペロリと唇を濡らす。

 それが年下にも関わらず鳥肌が立つほどの色気があり、その妖艶さに思わず息を呑んだ。


「ほんっと、せんぱいってイイなぁ……」


「……それは、どうも」


 声が震えなかった自分を褒めたい。

 まるで巨大なナニカに丸呑みにされるような圧迫感のせいで目が離せない。


「ふふふっ……先輩の言う通り、先輩を今の状況から抜け出す為だけなら……元飼い主さんを使う必要なんて、これっぽっちもないです」


 気付けば視界いっぱいに広がる整った顔。

 少し体を傾けるだけで触れそうな距離まで、そっと顔を寄せてきていた。


「で、も。……きっと必要なんですよねぇ」


 妖しく動く唇に、金縛りにでもあったように体も口も動かない。

 

 しばらくして星川がするりと離れた事で、やっと息を吸えた。

 そこで俺は呼吸まで止めていた事に気付く。


「……そう、かよ」


「はいっ、そうでーす!」


 先程までが嘘のようにいつも通りの笑顔で笑う後輩に、苦笑いが浮かぶ。

 いや。苦笑いを浮かべたのは、呑まれかけてしまった俺自身にか。はぁ、情けない。


「まぁ、お前が変人だって事だけはよーく分かった」


「んなっ!なんでそうなるんですかー!」


 これまたいつも通りに叫ぶ星川になんとも乾いた笑みがこぼれた。


 油断のならない後輩に、まだまだ振り回されそうな自分の未来に。

 今はまだ、ただ笑う事しか出来なかった。


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