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02 厄介な後輩

「あれぇ?今日は飼い主さんは不在なんですかー?」


 はぁ……厄介なヤツが出てきた……。


「……だな。でもお前には関係ないだろ」


「えー、なんか冷たーい。最近ヒマだし、からかっ……一緒に遊ぼうと思っただけですよー?」


「おい隠す気ある?つーか仮にも先輩をからかって遊ぶなアホ」


 二年生である陽奈の前に時折現れてはあの手この手で好き勝手して、そのくせ満足したら爪痕だけ残してはあっさり去っていく一年生。

 この在学半年ほどで既に学校屈指のーー良くも悪くもーー有名人であり問題児。


 ダークブラウンのミディアムヘアを揺らし、平均よりも少し低い小柄な身体。

 凄まじく整った顔立ちをニンマリと悪戯っぽく歪める彼女は、星川真織という。


「ひどーい!お姉ちゃんに言いつけてやるー!」


「お前それ毎回言うけど、星川さんに何か言われた事ないんだよな」


 ……苗字で気付いた人もいると思うけど、この星川真織は我が校の女神である星川沙織の妹でもある。


 こいつが入学してからしばらくはそりゃもう大騒ぎだったなぁ。

 なんせあの女神な姉に、こんな悪魔みたいな妹がいるなんて、といった感じで。


 しかしだからといって星川妹が嫌われてるかといえば、そうではない。

 むしろ、姉に負けず劣らずの人気者だったりする。


「それはお姉ちゃんが優しいからですー!……てゆーか飼い主さんが居ないならせんぱいは今フリーなんですねぇ。あたしとどこか遊びに行きますかぁ?」


 わざとらしく甘ったるい声に切り替え、可愛らしい顔をぐいっと寄せてくる。

 そんな人懐っこい態度や、コミュニケーション能力の高さ、姉譲りの類稀なる容姿。

 そりゃ人気にもなるんだろうな。


 そんな彼女は周りから明るく元気な悪戯好きの美少女、と認識されている。


 というのも、『基本的に』こいつは悪戯をコミュニケーションにおける一つのツールとして使ってるらしい。

 当然、それは冗談の範囲内であり可愛らしいものだ。

 だからこそ、その悪戯好きもお茶目だとかユニークだなんて言葉で片付けられているワケだ。


「それともぉ?せんぱいをバカにした目で見てくるそこらへんの生徒達に仕返ししますかぁ?ふふっ、今なら気まぐれで手伝ってあげますよー?」


 最も、あくまで『基本的に』であり、稀にこいつの逆鱗に触れた生徒は手痛い悪戯を受けるらしい。

 ……そこがこいつの怖いところだ。


 今も目の前で薄い笑みを見せる後輩の言葉に、周囲で聞き耳を立てていた生徒達は肩を跳ねさせている。後輩相手なのに、だ。


 そう。こいつが注目を集める背景には、この危うさにも似た底知れない不気味さも含まれている。


 俺からしたら距離を置きたいとしか思えないが、周りからすればホラーを見たくないのに見ちゃう感じなんだとさ。

 なんなら「そこがいい!」という人も少なくない。この高校ドMばっかなの?

 まぁ怒らせなければ問題ないというのが通説になってるらしいが。


「はいはい嘘つけ。お前が俺に助力なんてあり得ないだろ。もちろん遊びにも行かん。帰る」


 ともあれ、こいつは何故か会った最初から逆鱗にも触れてもないはずなのにーーそれどころか初対面でこいつからわざわざーー陽奈と俺に、割と笑えない悪戯を仕掛けてくるのだ。

 マジでなんでなの?実はなんか怒らせた?気をつけても向こうから来るとか災害じゃねぇか。


 そんなのを相手にしてたらいくらカースト底辺な奴隷の俺だってこんな扱いをするようにもなるわ。


「むむぅ、つれないなぁ……飼い主さんがいたら簡単にノってくるのにー」


 星川妹が言うように、お姫様でプライドが高い女王気質な陽奈は簡単に挑発に乗る。

 そして乗るだけ乗って、対応はほとんど俺の仕事になる流れが大半だ。勘弁して。


「マジでやめてくれ……苦労するの俺だけだからな?」


「せんぱいがあたしと遊んでくれないからですよー?仕方ないんで、遊ぶのに一番手っ取り早い方法を選んでるだけですしぃ」


「遊ぶ?陽奈が赤点とったテストを珍解答だとか言って校内放送しようとした事もか?」


「あー、懐かしーっ!鬼ごっこ楽しかったですねー、せんぱいっ」


 あれを楽しそうに鬼ごっこと言い切れるこいつの神経やばすぎてうっかりリスペクトしそう。


 一学期の中間テストを終えた二年の教室にフラッと現れたこいつが、陽奈の現代社会のテストを机から掘り出して大爆笑。最低である。

 おまけに「面白―い!これみんなにも聞かせてあげましょーよ!もっと人気者になれますよー!」なんて言い残して放送室にダッシュ。しかも足超速いの。


 真っ赤な顔でブチギレた陽奈は、当然俺に阻止するよう指示。

 出来なかったら一生小遣い抜きだと脅し文句も添えられてたなぁ。

 実はもらった事ねぇよと内心愚痴りつつダッシュ。……つーか密かにこの珍解の答えは気になってるんだよね、教えてくれないし。


「はぁ……じゃあ陽奈の悪口を言ったかのように俺の音声を編集して陽奈に聞かせたのは?」


「だって後輩のあたしとしては教えてあげにくいじゃないですかー。だからせんぱいの声で指摘してあげたんですよ?貧乳なのに胸元ガバッと露出した私服はやめましょーって。えへへっ、あたしってばやっさしーー!」


 いや偏見だろそれ……本人の好みだろそんなもん。


 ちなみにこれは休みの日にバッタリ会った時の話で、妙にこいつが俺まで交えて平和に会話するなぁと思った翌日のことだった。

 恐ろしいのは不自然さを極限まで取り除く編集能力と、その素材となる言葉を会話の中で引き出すコミュ力、そして全てを一晩で済ませる処理能力か。ハイスペックの無駄遣いだよ。


 唐突にこいつのスマホから『陽奈、ヒンニュウはヒンニュウに合った服装をしよう』なんて流れた時は呼吸の仕方を忘れた。

 当然、その後は鬼ごっこである。

 ガチで鬼さながらの顔で追いかけてくる陽奈は、その日の夜夢に出るくらいには恐怖だった。

 必死に弁明しながら最後まで逃げ切った時はさすがに自画自賛したわ。


「あとはあれだ、雨森さんにわざとらしいアピール……は、まぁお前もそれだけ好きなら文句は言えないけどな?だからってあからさまな挑発はするなよ……」


「そのおかげで飼い主さんだって優斗さんにくっつけてるじゃないですかー。応援してあげてるんですよ、お・う・え・んっ!――ただし優斗さんの事は好きじゃない」


「うわっ最後のトーンの落差怖っ……。てかそれだと尚更タチ悪くない?ビッチじゃん」


「んなっ?!裏では泣く泣く血涙を流してまで身を削って応援してあげた後輩になんてコト言うんですかー!」


「いや血涙流してまで挑発するなよ」


 陽奈は学年の王子様である雨森さんの事が好きだ。

 それを逆手にとり、雨森さんの腕に絡みついて密着しては陽奈へと挑発的な笑みを見せたりする。

 確かにその挑発に乗って、陽奈も雨森さんにくっつけてるのは事実だが。


 実は俺的に厄介な悪戯上位のひとつがこれなんだよな……。


 というのも当然陽奈は雨森さんにくっつきながらも、俺にこいつを引き剥がすように指示するんですよ。

 けど、引き剥がす為に触ろうとすると「あんっ」などと無駄に艶かしい声を出すのだ。この愉快犯め……!


 見た目だけは超美少女のこいつの嬌声に、男子は前屈みになりつつ睨み女子は冷たい視線を俺に突き刺す。いつか通報されそうでホント怖い。


「はぁ……はいはい分かりました。分かったからもう帰れ。いや帰ってくださいお願いします」


「あはっ。仕方ないですねー、そこまで言うなら帰りましょっか。さっ、行きましょー!」


「おう……って違う別々にだって。分かってるだろおいってちょ待て離せ手を繋ぐな腕を絡めるな力強いな!?」


「あはははっ!顔赤いですよー、風邪ですかぁ?看病してあげまーす!」


「そう言って以前マムシやらスッポンやらのドリンクばっか持ってきただろうが!」


 お見舞いに来たと思ったら「せんぱいの好物持ってきましたー!」なんて言いながら大人向けのドリンクを一本一本並べられた時はね。

 もう熱出てるのに真っ青になったわ。ヒエピタいらずでしたね。


 しかも陽奈の前でやるから余計に。

 もうね、ひとつ並べるごとに陽奈の顔が怖くなるのがね……。

 弱ってる時まで間接的な精神攻撃を仕掛ける後輩が、あれほど悪魔に見えた事はない。……てか今更だけど、そもそもなんで住所知ってたのこいつ。


「照れちゃってもー!嬉しいくせにぃ。あたし胸はお姉ちゃんより大きいんですよー?」


「ぅおおい!それ以上喋るな離せ離してくださいお願いします!」


 同世代の中で多分トップクラスの立派な胸部装甲を味わうよりも、まだ人の残る学校で周りから集まる視線の方が怖い。

 そして何よりここで鼻の下を伸ばしでもしたら絶対ネタにされる。こいつに弱味を握られるとか超怖い。……いやまぁ?感触自体はね、そりゃね?男だしね?マジでっけぇ…!


 

 とまぁ、陽奈――ひいては俺――の天敵であり、神出鬼没、ステ振りミスって優秀さを悪戯方面に伸ばした奇人、底知れない不気味さを笑顔の裏に抱える危険人物。

 それがこの最強最悪の後輩、星川真織である。

 

 そんな星川妹は、姉や俺達繋がりでグループとも仲が良い。

 まぁ俺と陽奈以外には基本人当たり良いしね。何故俺らには当たり強いの?


 二年生になってからは、主にそんなグループ6人と後輩1人で仲良くーーでは断じてないが、騒がしく過ごしてきた。






「――睦人。アンタ、お付きクビね。わたし達のグループから出ていって」



 そんな俺の毎日はその日の夜、陽奈の一言であっさりと消え去る事になる。


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