01 プロローグ
多分生徒達が一番嬉しい時期である夏休みが明けてしばし。
窓の外はまだ夏の名残が残る暑さの中、昼休憩を迎えた教室では生徒達がそれぞれ仲の良い友人達同士で集まって学食に向かったり弁当を開いたりしている。
そんな中でも一際目立っている生徒達が集まるグループ。
その中の1人の女子生徒が睨むように俺を見て口を開く。
「ほら、早く寄越しなさいよ」
「すいません、どうぞ」
言われる前に出したら「まだ欲しいなんて言ってないんだけど」と睨むのに、待ったら待ったで睨まれる。いまだに俺には正解のタイミングが分からないです。
俺の作った弁当を受け取って鼻を鳴らす彼女は、秋風陽奈。
俺との関係を説明するなら、義妹であり飼い主といったところかね。
「……ブロッコリー、また入れたの」
「健康に良いので。食べやすいように工夫してみたので食べてみてください」
「……まずかったらアンタが食べてよね」
眉根を寄せて箸でブロッコリーをつまむ陽奈を、こっそりと観察する。
いやね、俺としては今度こそはって頑張ってみたのよ。じっくり炒めて蒸して食感を柔らかくして、豚肉とあわせてオイスターで濃いめの味付け。
野菜っぽい風味が苦手な陽奈にはコレだと思ったが……おぉ、無言で食べてる。良かった、ついにブロッコリーもクリア出来たようだ。
ブロッコリーは栄養豊富だからどうにか食べさせたかったけど、予想外に苦戦したな。
むしろ人参やピーマンの方が難しいと思っていたのに、それらは案外あっさり食べれるようになったし。
「うわー!陽奈ちゃんのおかずめっちゃ良い匂いするじゃん!いーなー!」
「そう?ゆーてただの弁当だし」
「それが良いんじゃん!てゆーかこんな気合い入った弁当とかちょお羨ましいし!」
「そういうもん?たまにわたしの嫌いなヤツ入れてくるし……てか友香だって弁当じゃん」
このグループの元気印である伊藤友香さんは「これほぼ冷凍だもん……」と呟きながら羨ましそうに陽奈の弁当を凝視している。あ、ヨダレたれてますよ?
まぁそんな目で見られたら作った俺としてはやっぱり嬉しいワケで。
「あの。良かったら俺のおかず、少しいりますか?内容は同じなんで」
「えぇっ?!い、いいのっ?!……あ、でもやっぱ悪いよね…?」
「気になさらず。もしどうしても気になるなら、何かと交換にしておきますか?」
「あっ、じゃ、じゃあ……」
遠慮がちに、しかし口元を緩ませて俺の弁当にプチトマトを置いて、代わりに唐揚げをつまむ。
そのまま停滞なく口に放り込み、目を見開いた。
「んっむぁ!」
「友香、食べてから口開きなよ」
「ぅっ……んむんむ」
陽奈の指摘に恥ずかしそうに縮こまりつつも、緩んだ口元のまま咀嚼する。
表情には出さないが、こうも嬉しそうに食べてもらえると嬉しいもんだ。
しかし伊藤さん、嫌いなプチトマトを寄越すあたりはちゃっかりしてますね。
「んじゃオレももーらいっと!」
プチトマトが仲間入りした弁当を引っ込めるよりも早く、横から素早く箸が伸びて卵焼きを奪われた。おいこらせめて許可とれよ……。
「むおー、マジでうめーな」と、こちらも咀嚼しながら喋る彼は、火縄直哉さん。
その軽い口調と赤茶色のツンツンヘアが相まって軽薄な印象の彼だが、見た目が整ってるので色々と許されてるキャラ。なんつー羨ましい立場だよそれ。
「やべーわこれ!ちょいちょい、優斗も食ってみ?」
「はは……じゃあ秋風くん、悪いけど俺もいいかな」
「どうぞ」
火縄さんに苦笑で応じつつも、少し嬉しそうに弁当に箸を伸ばすのは雨森優斗さん。
こんな俺にも申し訳なさそうな表情を作り、「ありがとう、美味しいよ」なんてお礼まで言う雨森さんは、性格だけじゃなくて見た目もどえらいイケメンだ。
少し長めの金寄りの明るい茶髪が実に眩しい。火縄さんと同じイケメンなのに憎む気になれない人格者だ。
「しかしすごいな……沙織も食べてみたらどうだ?」
「……そうね。後学の為にも少し頂いてみるわ」
そんなどえらいイケメンが声を掛けたのは、このグループ最後の一人でありリーダーでもある星川沙織さん。こちらもまたどえらい美人である。
白い手から伸びる箸がおかずをつまみ、反対の手で受け皿をつくって口元まで運ぶ仕草はどこか品がある。
「………美味しいわね…」
まさに今日気合いを入れたブロッコリーを食べ終わった星川さんは、言葉に反して少し悔しそうな雰囲気だ。そういえば彼女の弁当も自作だって話だったか。
こりゃあうっかり彼女に勝てちゃったとか?だとしたら何気に激レアであり大勲章だったりするんだけど。
というのも、この私立峰川高校で恐らく一番有名な生徒が星川さんだ。
理由は色々とある。
当然、見た目の要素は大きいだろう。
艶やかなクセひとつない黒髪、冗談みたいに整った顔、均整のとれたプロポーションを持つ彼女を賛美する言葉は数多くあるだろうが、どれだけ並べても彼女を言い表すには足りず、陳腐な羅列になりかねない。
まぁ早い話がどえらい美人だ。
しかし有名な理由はそれだけじゃない。
入学してからこれまでの定期テスト、オール一位。
スポーツも優秀で、一年生の時には球技大会でクラス優勝に大きく貢献。
生徒会長から次期生徒会長を、と直接スカウトされる信頼の厚さ。
まぁ早い話がどえらい超人だ。
おまけに異性に対するガードの硬さから高嶺の花扱いされるオマケつき。
そんな彼女はもはや周りから好意すら通り越して崇拝されかねない勢いであり、女神とまで呼ばれている。
そんな彼女は、料理だって守備範囲である。
調理実習では先生に絶賛され、誰もが一口欲しいと群がる光景が毎回繰り広げられる。その時の男子の熱量は異様。
そんな彼女に、もし料理だけでも俺みたいなのが勝てたなら正直嬉しい。喜びの雄叫びをあげながらブレイクダンスするレベルで嬉しい。絵面やばいと分かってて決行するくらい嬉しい。
「……ふふん?じゃあ沙織の弁当も後学の為に睦人に食べさせてもいーい?」
そんな星川さんは、義妹兼飼い主の陽奈にとって目の上のたんこぶだったりする。
中学までずっと人気ナンバーワンのお姫様だった陽奈は、高校入学以降ずっと二番手に甘んじているのが気に食わないようで。
今のも星川さんの料理が「わたしの所有する奴隷」に劣るんじゃないの?という挑発の意図を含んでるのは間違いない。
ほんと、同じグループなんだし仲良くやれないんですかね。
「……えぇ、良いわよ。ほら秋風くん、好きなものをどうぞ」
「はぁ……ありがとうございます。では」
お礼を言って、卵焼きをありがたく頂戴する。
目を閉じて吟味するように咀嚼すると……おぉ、やべえ。マジで美味いなこれ…!
なんつーか、プロの料理っぽい。甘さや塩加減のバランスが繊細かつ絶妙で、なんか料亭とかで出てきそうな感じ。
え、語彙力?いやこちとら庶民的な味っつー自覚はあるし、こんな繊細な味を表現する言葉なんて持ってません。
ともあれ、結論からすると超美味い。
……てゆーか今更気付いたけど、俺星川さんの手料理食っちまったよ。実習はともかく、弁当とかの話だと俺が生徒では初なんじゃない?
「……どう?」
美味しさと衝撃的事実に固まっていると、星川さんから追及がきた。
思わず目を開ける。
じっと答えを待つように俺をまっすぐ見据える星川さんの目には、常とするクールの中に少しだけ期待と不安が混じってる気がした。
「………人生の中で一番美味しい卵焼きでした」
彼女の目に気圧されて詰まりかけたが、感想を気合いで押し出すと星川さんは微かにホッとした様子を見せた。
陽奈は「役立たずが」と言わんばかりにジトッと睨んできたが。
それからはいつものように見目麗しい5人組が和気あいあいとおしゃべりを交えながら食べ進める。
そんな傍らで目減りしてしまった弁当をそっと無言で食べる俺。
学校一の才媛にして一番の美人、星川沙織。
二番手にして女王気質の飼い主、秋風陽奈。
元気いっぱいのムードメイカー、伊藤友香。
外見中身共にイケメンの王子様、雨森優斗。
チャラくてヤンキー崩れの美男、火縄直哉。
そして義妹の陽奈による奴隷扱いが伝播して校内の大半の生徒から見下される俺、秋風睦人。
そんないわゆるトップカースト5人と、文字通りカースト底辺の奴隷1人を含む6人。
それがこの学校全体で見ても有名なグループなワケです。
いやいや今時奴隷って、と失笑されるのが自己紹介した時の大半のリアクションね。
それから陽奈と俺のやりとりを数日眺めてると、ほとんどの人が納得しちゃう。
ちなみに納得した後は、格下扱いで見下したりする人と、同情はするけど陽奈に文句を言えず関わらないという人に分かれる。前者の方が多いからすごいよね。
それに加えて義兄妹だ。
もうどんな複雑な家庭なんだと言いたげな視線はもはや親の顔より見た。
とはいえ、そこまで複雑な訳ではないんですよ。
俺が小学生の頃に両親が事故で亡くなり、親戚――実父の妹である叔母の家族――に引き取られた。
その親戚である秋風家の子であり、同い年の従姉妹である陽奈が、誕生日の関係で義妹という形になったってだけである。
ただまぁ、義母ーー陽奈の実母ーーも俺の両親と同じ事故で亡くなってるので、義父からはどうも好かれてない。
事故は俺の両親のせいとかではなく、完全に偶発的なものだったが……まぁ恨む矛先が俺しかないからかね。
そんな義父は、飲食店を何店舗か経営している会社の社長だ。
つまり陽奈は一応社長令嬢と言える立場でして。
そんな彼女に「指揮能力や上に立つ力を養ってほしい」なんて義父の子供想いの素敵な発言をきっかけに、俺がお付きに認定されたワケです。
「今日は友香と2人でカラオケ行ってくるから」
「分かりました。気をつけて」
彼女の荷物を手渡され、少し雑な敬語で見送る。
財布やスマホといった貴重だけを入れる小さいバッグを持ち、陽奈はお礼も労いもなくさっさと伊藤さんと教室を出ていった。うん、我ながら奴隷してるわ。
いやまぁ最初からこんな扱いだったワケじゃないんですよ。
小学生の中頃に拾われてお付きになってすぐは、お互い尊重し合っていたように思う。
陽奈も拙いながら俺に指示なんかをして、俺がこなせば労ってくれたもんだ。
逆に俺以外の人達との接し方なんかのアドバイスを俺からしたりして、陽奈も素直に聞き入れて自分なりに頑張ったりとかね。
しかしそれらが身を結び、おまけに容姿も可愛らしく育ったこともあって中学に上がる前くらいには学年の人気者になった。もうチヤッホヤである。
そんなお姫様からしたら、もはや俺なんてお付きがいなくても問題ないようで。
なんせ周りにはお付きまがいの人が大量に群がってくるようになったワケだしね。
それからだ。
彼女の中で俺の価値が低下したんだろう。
だんだんと尊重し合っていたのが片方だけの尊重になって、助言も聞き入れなくなり……まぁ今の奴隷みたいな扱いへと成り果てた。
「あっ、せんぱぁい!」
…………ところでだ。
陽奈は星川さんという目の上のたんこぶこそいるが、今もなおお姫様だ。
そして、そんなどこか傲慢さの滲む彼女をよく思わない人も当然いるワケでして。
「あれぇ?今日は飼い主さんは不在なんですかー?」
そんな中の1人……と思われるのが、唐突に目の前に現れたこいつ。
ほんといきなり出てくるよな……神出鬼没とは言ったもんだ。