始まりの村
こうして住民も増えたのでひとまず住居を増やすことにした。
イザとミアたちが風魔法で木を伐採し、銀牙達が材料を運びドワーフたちが住居を建築。
イザはあちらで培った建築の知識を生かしてドワーフたちに指示を出す。
「なるほどなぁ。耐久を高めるためにここの筋交いにクッション材をかますのか。これがセイシンコウゾウ?はぁー。ただ強度を持たせるだけじゃなくて強度を持たせつつも適度な柔軟性を持たせるねぇ。これは鍛冶の技術とも通じる考え方だし理にかなってる。硬いだけじゃ逆に脆くなっちまうってか、理屈にかなってるぜ。あちらの世界の人間種の建築技術の高さには恐れ入るなぁ」
ドワーフたちはイザの建築知識に感心しながら作業を進めた。
住人が増えたので農園も作った。
種を集めてきてイザの魔法で成長を促進させる。
全員初めて見たときは目が点になっていた。
「植物の成長を促す魔法なんて初めて聞きましたよ」
「旦那ぁ。この魔法を使えばかなり稼げるぞきっと。作物を作って売り放題じゃねぇか?」
「死の森の作物なんてめったに市場に出回らないから市場価値はかなり高そうですね」
「そうなの?そういえばこの森ってなんで死の森って言われてるの?」
「なんでぇ旦那しらずに住んでたのかい?」
「うーん。たまたまいい水源を見つけたからここに住んでただけとしか?」
「はは。旦那らしい」
「ここは太古の戦争の跡地なんだわ」
「太古の戦争?」
「ああ、3000年前にここは世界中を巻き込んだ戦争の中心だったって話だ。全種族が絡んだ大戦争…終末戦争とかラグナロクとかって言われてるな」
(なにそのおっかない名前!ラグナロクって世界の終わりじゃん!)
「その全種族って具体的にはどんな種族たちが居るんだ?」
「そうですね。細かく分けると数十の種族が参戦していたそうですが、各種族とまとめ上げていた者たちは主に人間、亜人、獣人、エルフ、妖精、竜、魔人、神、悪魔、巨人と言われています」
「人間と亜人と獣人って近い気がするけどそんなにはっきり分かれているものなのか?」
「イザ様は種族間の偏見が薄いようですが、亜人は現在も人間には迫害されていますし、獣人は自分たちこそ最高の種族と思う節があります。亜人もそうした背景があるので他の2種族とはあまりいい関係とはいえませんね」
「そうなのか?銀牙?」
「俺ですか!?俺は獣人って自覚はないので何とも…」
「はは、そうだなすまんすまん」
「エルフとか獣人は亜人ではないのか」
「イザ様。エルフ族の前でそのような発言をすると一生恨まれますよ?場合によってはいきなり攻撃されるかも知れませんね…」
「そんなに!?エルフ怖い」
「人間族からすれば大まかに人間っぽいけど人間じゃねぇ種族は亜人って思われることもあるが、俺らからしたら全然別物だなぁ。」
「亜人というのは我々ラミアような進化して人に近しい種に成ったものの総称です。魔物や魔獣、動物から進化を遂げたものが多く。元の生物の特性を色濃く残しているものが多いというのが定説でした。」
「でした?」
「ええ、近年ではもともと存在した種族という意見が大きくなっています。これは魔物から進化したとされてきて、迫害を受け続けることに反発した者たちが多いことと、教会の存在が大きいですね。」
(なるほど、自分たちを守るために魔物から進化した。という話を完全になかったことにしたいのか)
「この話の根幹にあるのは獣人の存在が大きいですね。獣人族は動物から人間とは違った進化を遂げた種族と言い続けていますが、一部魔獣から進化した種族説も少数ですが常に噂されてきたのです」
「そうか、亜人族とは逆なのか」
「ええ、なので亜人族も種を守るために獣人族に習ってそういう説をあげる者が増えたのですが、そうしたことで更に獣人族との亀裂が大きなものになっていますね」
(そりゃそうか。獣人族からしたら亜人族がその説を押して騒げば騒ぐほど他種族の獣人族へ対する見方が亜人と同じなんじゃないかと変わっていきかねないからな。かなり根深い問題なんだな)
「ん?さっきの話に居なかったけど、んじゃドワーフは?」
「俺らは一応精霊族に近いんだよ」
「え?見た目はこんなに人間に近いのに精霊なの?」
「まぁ見てくれは人間に近いかも知れねぇが寿命は人間族の10倍くらいあるし土の聖霊から進化したのが俺らドワーフだって話だ。ドワーフはみな土魔法に適正を持って生まれるしな」
「なるほど、さっきの話で精霊族ってのは出てこなかったけどドワーフは戦争には参加してなかったってことか?
いや、精霊族は妖精族と近縁なんだ。マナから生まれた存在ってのが精霊族と妖精族。だからドワーフやホビットといった精霊族も妖精族と共闘したらしい」
「なるほど」
「人種の種族間の確執はさっきの話でなんとなく分かってきたが、3000年たった今も他の種族間でもこういった確執は大きいのか?」
「うーん。表面上は平和条約もあるし、どの種族もそこまで表立って差別したり争ったりはしねぇが。例えば亜人は人間やエルフには迫害されてるって聞くな。人間もエルフも自分の種族が一番って思ってるからなぁ。ちょっと一番って考え方がずれては来るが獣人も一緒だな」
「うーん…」
「あ、いや旦那はそうじゃないと思いますよ」
「そうですよ!イザ様は誰に対してでも優しいと思います」
「二人ともありがとう。確かに俺はこの世界に来たばかりだから種族差に偏見とか抵抗はないけど。向こうの世界でも似たような問題はあったからどこの世界でもおなじなんだなぁとね。ここに住んでる俺らみたくみんなで手を取り合えたらいいのにな」
「そうですね…」
「あ、そうだ。エルフって言えば先日、南に1人住んでいるって言ってなかったっけ?」
「ええ、あの方は亜人の私たちにも気兼ねなく接してくれて種族の差など気にも留めていないようですが、少し変わっていて…。」
「?」
「ここに住んでいれば…いずれお会いすることもあると思いますよ」
(こちらから会いに行くのはお勧めしませんよって雰囲気をラナからひしひしと感じたので深堀するのはやめておこう)
「話を戻すけど、戦争跡地のこの森がどうして死の森って名前になってるんだ?戦争跡地ってのはわかったけど今は木々も生い茂って立派で豊かな森じゃないか?」
「確かに戦争から3000年も経ち、魔力汚染もほとんどなくなりましたが、ここは戦争の跡地なので地下にまだ残っている魔力だまりが多く、いまだに強い魔物や魔獣が発生しやすいんです」
「銀牙達みたいな?」
「いえ、俺らのような知性のある魔物は滅多に自然発生はしません。知能の低い獰猛な魔物や魔獣ですね」
「あの猪みたいなやつってことか。」
「この森の猪ってまさかタイラントボアか?」
「ん?名前は知らないけど今朝食った肉がそのイノシシ肉だよ?」
「こ、高級食材じゃねぇか!!銀牙さんどうやって仕留めたんだ!?全員で囲って倒したのか?」
「確かにあれを狩るときは群れ全員で掛かって何とか倒せるくらいですが。今ある肉は、イザさんが先日魔法で一刀両断したやつの残りですね」
ラナとエルドがイザを見つめる。
そんな大物をどうやって倒したんだと言わんばかりに…
「魔法で作った沼にはめて風と雷の魔法を混ぜてズバッと倒したとしか。でも実際、少し大きなだけの猪だぞ?」
「少し…」
「大きなだけの猪ですか…どう思いますかエルドさん?」
「…旦那はこの世界の一般常識をまず学んだ方がいいかも知れねぇな」
「そうですね…。私も教えられることは教えます」
「ははは、頼むよラナ、エルド。んでタイラントボアって貴重なの?」
「この死の森にしか生息しない凶悪な猪型の魔獣ですね。主に森の西側に生息していると聞きますが、稀に南に抜けて関所付近にも表れるそうです。その場合は訓練された衛兵や熟練の冒険者数十名で討伐すると聞いています。」
「え…まじで?」
「はぁ。旦那の魔力は異常だから魔法が通るかも知れねぇが。この森で産れた魔獣や魔物は魔力を強く帯びて生まれてくるから基本的に魔法がほとんど通らねぇんでさぁ。皮膚に傷をつけないと魔法が効かないってんで普通は近接戦闘を強いられることにあるがあの巨体とパワー。この森のタイラントボアは一線の戦士じゃなきゃ太刀打ちできないってんで有名だぜ。だからその魔法耐性を活かしてタイラントボアの皮は一級の耐魔法装備の素材になるほどですぜ」
「その皮なら裏の小屋に入ってるけど?」
「俺にくれ!!ぜひ後で装備を作らせてくれ!タイラントボアの皮まで加工できるとは…!」
「ゴホン!エルドさん…?その話はあとでよろしいでしょうか?」
ラナは怖い。
「さっき全員で掛かればって言ってたけどそんな魔物が平気で現れる森で…銀牙たちどうやって今まで生きてきたの?」
「俺らはそんなデカイ獲物は滅多に相手にしませんね。キラーラビットとかコカトリスとか主に小型専門です。それに西には近づいてませんよ。俺らは森の反対の東側を縄張りにしていましたし」
「なるほど、反対側じゃそんなに出会うこともないか」
(あ、森の南唐で俺が猪に出くわしたときは銀牙達が東に流れてきた猪を追い払おうとしてたってことか)
「こうして今は普通に話してますが、そもそも銀狼族自体も関所の先ではA級モンスターのシルバーウルフとして登録されているくらいですぜ」
「そうなのか?銀牙?」
「さぁ?自分ら外でどうとかよくわかりません」
詳しく聞いてみるとどうやらこの世界では、モンスターや魔獣はその危険度で10段階に分類されているようだ。
下からG,F,E,D,C,B,A,S,SS,SSS
キラーラビットと呼ばれる角の生えたウサギがCランク、コカトリスと呼ばれる大きな鶏がBランク、銀牙達がA、タイラントボアがSだそうだ。
「上から4番目か。お前らそんなに危険なのか?」
「俺らは基本森から出ないんでそんなに周りに被害は出してないと思いますが、たまに森からはぐれた仲間がいたんでそいつらのせいでしょうね」
「危険度Aとは冒険者協会では1体で街に甚大な被害を及ぼすほどの被害をもたらす対象と定めています。訓練された衛兵や高ランク冒険者10人でやっと倒せるレベルだとか」
「お前ら結構強かったのか…ってかお前の仲間は以前いったい何をしたんだ…?」
「俺はほんとに知りませんって!」
銀牙は窓を開けて外の銀狼たちにも確認した。
「なぁみんな!俺らはこの30年ほど森から出てないよな!」
全員首を縦に振った。
(嘘は言っていないようだが…。)
「30年前に出てるじゃん!」
「それは仕方なかったんですよ!30年ほど前に何故がキラーベアが大量発生して森に居られなくなって草原に逃げる羽目になったんです。それで仕方なく関所付近の食料をくすねて…。そのときは魔法でみんな滅多打ちにされながら逃げてきました」
(魔法で滅多打ちって…)
「良く生きて逃げ延びれたな…」
「俺らは普通の魔法にはある程度耐性があるんで大丈夫です!下手にやり返すと軍隊とか強い冒険者がきたら困るんでみんなで全力で逃げましたね。ははは」
「絶対そのせいだろ!!魔法が聞きにくい狼の集団ってそれだけで一般人からしたら脅威だよ。そのとき森に出た魔物達はその後どうなったんだ?」
「冒険者が一人森に入っていったように見えましたけど。暫くして森に戻ったら強い魔物は1体のこらず居なくなってましたね。強い冒険者でも呼ばれたんじゃないですかねぇ」
(銀牙達でも逃げ出すような相手を一人で?)
「何者なんだろう」
「冒険者の中にはとんでもねぇバケモンみたいなやつがいますからねぇ」
「お前ら冒険者とも戦ったことあるのか?」
「ええ、旦那に最初に人に会ったことがあるかって聞かれたときに数十年前にと答えましたが、それがその冒険者たちです。3人で森に来たと思ったら片っ端から魔獣を狩り始めて。しまいにゃ俺らも殺されそうになりましたよ」
「良く生きてたな」
「言葉が通じたんで命乞いをしてみたら森から絶対に出ないなら今回は勘弁しておいてやると言われまして。へへ」
(絶対それを破ったからA級モンスターとして手配されとるやんけー。ってか手配されるようなこと結構しまくってんじゃん!!)
「ってことは外の国では定期的にこの森の魔獣が溢れないように強い人を雇って魔獣狩りをしているのか。
こんなとこに家を構えて大丈夫だったかな」
「というと?」
「いやほら、誰かが管理してるなら勝手に住んで文句を言われたり、あとで訴訟されたりするかも…」
「そしょう?というのが何かわかりませんが…?問題はないかと思いますよ。ここは3000年前から誰の土地でもありませんし、誰かが管理しているというよりも被害が広がらないために全国がお金を出し合って調査依頼を冒険者組合に出し協力して調査、討伐をしているというだけですね」
「そもそもここは危険な禁域、本来は人が住める場所ではねぇし、この環境で普通に暮らせるなんて思う奴はいないし、むしろ俺らは外の人から見れば異端な存在になるだろうな。多国が金を出し合って調査討伐している森の魔物を狩って生活しているならむしろ感謝されるってもんだぜ」
「ははは。異端…ねぇ」
「ある程度離れているとはいえ、ラナやエルドたちはこの付近に住んでたけど、魔物の被害とかはなかったのか?」
「私達は森から離れた場所に住んでいますしそもそも洞窟や山麓までこの森で発生するような強力な魔物は来ませんよ」
「他にこの周辺に人がすんでいる集落はないのか?」
「私も会ったことはありませんが、南に住むエルフからは、この森の西に流れる川を渡って更に西の森深くに行けばエルフの集落があると聞いています」
「エルフか、会ってみたいなぁ」
「エルフは排他的な種族なんで、もしまだいたとしても会うのはあまりお勧めできねぇな」
「ほんと、種族によっていろいろあるんだな」
「外に出るのは色々問題がありそうだし暫くはここでおとなしく暮らすとするか」
色々聞いたところこの世界の季節はあちらの世界と同じく4つの季節からなるらしい。
今は秋だそうなのでそろそろ冬支度をすることとなった。
農地を開拓して狩りをして冬を越す支度を始めた。
銀牙達は狩猟。
ラナたちは農業。
エルドたちは建築。
そして俺はそのすべてをサポートしていた。
マティアも一応農業を手伝っていた。(ほぼ食べる専門)
そしてこれとは別にラミアとドワーフたちは各自酒造にも力を入れていた。
寒いときは酒に限るそうだ。
こうして分担して作業を進めたことで住居の確保と食材の備蓄は十分。何も問題なさそうに思えた。しかし、イザは冬籠りで一つだけ気掛かりなことがあった。それは食事である。
食料は先ほど言ったように問題ない量確保してある。
しかし料理をまともに作れるものはイザしかいない。
というよりも魔物やドワーフは食えればいい程度の感覚で食に元々こだわりがない。
一応塩や砂糖などの最低限の簡単な調味料は作りおいてはいるそうだが。
基本的に野菜は生で食べるし、料理といっても蒸すと煮ると焼くしかしないのだ。
これはまずい。早急に対策をしなければいけないと思った。
イザが毎日料理を作って皆に食べさせると皆その味に絶賛した。
とりあえずラミアたち全員に料理を教えてみたがみなあまり得意ではないようだ。
そもそも今まで食に興味がなかった者たちだから仕方がないのかもしれない。
味にこだわって食事をするのは人間と獣人くらいのもので、他の種族は食べ物を消化して魔素さえ吸収出来れば何でもいいらしい。
街でもそれら種族の飲食店にでも行かないとまともな料理なんてないそうだ。
そしてそういった状況だからまともな料理の飲食店はかなり高級で普通の人は基本的に行かないらしい。
食事改革をせねばならないとイザは悟った。
マティアとラナとミアだけが料理のおいしさに興味を示し、率先して料理を学んでくれている…が。
マティアの料理の腕は言うまでもなく…、料理を試食した銀牙が帰らぬ人となった。
「死んでねぇです!!」
何とか生きていた。
ミアは大雑把だが何とか料理の形にはなっている。
唯一元々の性格がしっかりしているラナだけがまともな料理を作れるようになってくれた。
ドワーフたちはというと、酒のつまみさえつくれたら何でもいいらしい。
なので干物や燻製作りには興味を示してくれた。
とはいえやはりドワーフたちは酒造り以外はあまり興味がないらしい。
料理よりも鍛冶や建築の方が興味があるようでそちらをよく聞いてくる。
「そういや旦那、この村名前をつけないんですか?」
「村?ここって村になるのか?」
「今はまだ少ないですがイザさんの力を乞うて住まうものは今後さらに増えるかと思うのでいい案かも知れませんね」
「村か。うーん。…んじゃ始まりの村なんてのはどうだ?」
「なんか安直だなぁ」
「終末戦争の中心地に 始まりの村 ですか。ふふふ、面白いですね」
「俺らの生活の始まりはここからだからね」
「そうですね。始まりの村。これからはこう呼ぶことにいたしましょう」
「よぅし!今夜は村の創立記念祝いだ!酒を飲むぞ!!」
「エルドはとにかく飲みたいだけだろ!!」
「いいじゃねぇか!ガハハハ」