愛されていないと思ってたけど、本当は……
恋愛ものに挑戦してみました。まだまだ慣れない部分もありますが、楽しんでいっていただければ幸いです。
「おい、エステル。茶はまだか」
執務室に入ったとたん、ベルクの怒鳴り声が部屋中に響いた。
デスクの前の豪奢なイスの上で王様のようにふんぞり返り、冷徹なアイスブルーの瞳が私の方を睨んでいる。
「は、はい! ただいまお持ちします!」
慌てて紅茶を乗せたワゴンを押し、絢爛な赤いカーペットの敷かれた床を踏みしめてベルクの元へ向かう。
メイド服の裾を踏みつけないよう踵に意識を集中して歩いていたせいで、爪先がカーペットに突っかかってしまった。
「きゃあ!」
前につんのめり、ビターンと顔から倒れ込んでしまう。
「はっ、相変わらずドジな奴め」
転んだ私を心配する素振りを見せるどころか、バカにするかのように鼻で笑う。
ああ、またやってしまった。
「ほら、いつまでも寝てないで早く茶を淹れろ。喉が渇いた」
「も、申し訳ございませんご主人様!」
歯噛みしながら、慌てて起き上がる。
デスクの前まで来ると、ティーポットの紅茶をカップに注ぐ。
だめだ。何をやっても失敗ばかり。
これじゃあまた、ご主人様にバカにされる……
深紅の液体がカップに並々と注がれるのをぼんやりと見つめていた私は、いつの間にかカップの縁スレスレまで注いでいたことに気付かない。
「淹れすぎだマヌケ」
「え……あっ!」
慌ててティーポットの注ぎ口を上に向ける。
が、既に幾分か溢れてしまい、ソーサーの上に赤い池が出来上がっていた。
「も、申し訳ありません! すぐに換えを……」
「早くしろ。30秒で持ってこい」
「た、ただいま!」
踵を返し、給仕室へと戻ろうとする。
が、何かに突っかかってまた転んでしまった。見れば、ベルクの長い足がピンと伸ばされていた。
「わ、わざと引っかけたのですか?」
「は? 何言ってる。俺がたまたま足を伸ばして休憩しようとしたタイミングで、お前が駆けだしただけだろうが」
思わずむっとするが、堪える。
そんな私の尻を蹴飛ばして、ベルクがまるで面白いおもちゃを見つけたかのような表情で言った。
「ほらほら急げ。もう10秒過ぎたぞ? 時間内に新しいお茶を用意できないのなら、お前を即刻解雇してやる」
「っ!」
私は急いで立ち上がり、給仕室へ駆けだした。
△▼△▼△▼
「はぁ~」
夜も更けた頃。
今日の仕事を終え、壁掛けのろうそくの明かりで照らされた長い廊下をとぼとぼ歩きながら、私はため息をついた。
私の名はエステル=フラーム。
スデアール王国の王宮に仕える、19歳のメイドだ。より正確には、王国第三王子、ベルク=ル=スデアールおつきのメイドだけれど。
たぶん、私はご主人様に嫌われている。
生来ドジだからか何をやっても上手くいかず、そのたびにベルクに苛められている。
わざとドジを誘発させられることもあって、正直苦しくて仕方ない。
他のメイド達より、与えられた労働時間も多い。明らかに私を苛めて楽しんでいる。
そのとき、広間の方から笑い声が聞こえてきた。
見れば、広間に続く扉が僅かに開いている。
引きよせられるように隙間から中を除くと、ベルクと他のメイド達が談笑しているのが見えた。
さらさらの金髪と涼しげな青い瞳を持つベルクは、王子の名に恥じない絶世の美男だ。
取り巻きのメイド達が楽しそうにベルクを囲み、しきりに話をしている。
それに対し、笑顔で応じるベルク。
ああ、やっぱりカッコいい。
あれだけ苛められても、やはり思ってしまう。
まるで人形のように整った顔立ち、雪も欺く白い肌。世の女性が虜にならないはずがない。
私だって、その一人だから。
でも……この親しげな笑顔を、私にだけ向けてくれたことがない。
ベルクの下で働けることになったとき、密かに胸を高鳴らせて期待していた自分が、今となってはバカみたいだ。
「そういえばご主人様、彼女は今宵の談笑に参加しませんの?」
「彼女……?」
「確か、エステルとかいう方ですわ」
銀髪の先輩メイドの口から突然私の名前が飛び出し、びくりと肩を振るわせる。
ベルクは「はははっ」と笑い飛ばしてから言った。
「彼女には今日一日、みっちり働いて貰ったからね。夜の座談会なんかに呼ぶのも、失礼かと思ってさ」
「まあ、お優しいですわ。流石はご主人様!」
感激したようにはやし立てる先輩メイド。
何よ、一人だけ呼ばないことの方が失礼じゃない。そう言いそうになったのを堪え、引き続き様子を窺う。
「それにしても、ご主人様は随分と彼女を買っていらっしゃいますわよね。もっとワタクシ達をお側に置いてくださってもいいですのに」
「ちょっぴり妬いてしまいます」
側にいた丸顔の同僚もそう付け加えた。
彼女たちからはそんなふうに見えていたのかと、少し驚く。
確かに私はご主人様のお世話をする時間が長いけど、ほぼ苛められているのが現実だ。
あんなに楽しそうな顔と、優しそうな声で私に接してくれたことが、今まであったろうか?
それを裏付けるかのようにベルクは、「大変な身の回りの仕事は、彼女に一任してるだけさ。か弱い君たちの手を患わせるのは、主として申し訳ないからね」と言った。
このキザ男め。
私には、カッコつけた台詞を吐くどころか、小言と嫌味しか言わないくせに。
あの表情を、私に向けてくれるならどんなによかっただろう。
愛されている同僚や先輩の姿を見て、私はなんだか胸にぽっかり穴が開いた気分になった。
ベルクのことは愛してるけど、彼は私のことをただの手駒としか思っていない。
だから、この気持ちは一生受け入れられないんだ。
「バカ……」
抑えられない気持ちが、悪態になってこぼれ落ちた。
と同時に、今日言われた台詞を思い出す。
――「時間内に新しいお茶を用意できないのなら、お前を即刻解雇してやる」――
「……辞職しようかな」
一度でもいいから彼女たちのように愛して欲しい。ううん、それ以上の寵愛を受けたい。
でも、それは遠く及ばぬ夢。
ならばいっそ、叶わぬ恋を続けるよりも側を離れた方が諦めも付く。
そう思ってため息をついたそのとき。
「じゃあ、僕のメイドになってくれよ」
「え?」
突然後ろから声をかけられ、反射的に振り返った私の目に、長い金髪の男が映った。
やや童顔のベルクに比べ、切れ目の瞳と細面が落ち着いた大人の雰囲気を醸し出しているその御方は、ベルクの兄、第二王子のベルグリンだった。
「あ、あるじさ……ベルグリン様!」
いつものクセで主様と言いかけ、慌てて言い直す。
「お、ノリがいいね君。もう僕の専属メイドになりきってくれて嬉しいよ」
軽薄に笑いながら、近寄ってくる第二王子。
直接話したことはないけれど、第二王子のお世話係をしている先輩メイドから、「見た目の割にチャラいから」と愚痴を聞かされたことがある。
「い、いえこれは言い間違えただけで……!」
誤解されないよう訂正する。
いつものドジを踏んだだけだ。
けれど、言い間違いかどうかなんて興味がないとでも言いたげに、ベルグリンはずいずいと近寄ってくる。
「それで、改めて誘うけど僕のメイドになってくれないかな? 実は、前々から君には少し興味があったんだよね」
なによこれナンパ? と心の中で突っ込む。
ただ……これはこれでチャンスだと思った。
軽薄難破王子でも、悪い噂は聞かない。愛する人の側に居られなくなっても、苛められ続ける屈辱と悲哀に絶えず心を痛めるよりマシだ。
「……よろしく、お願いします」
私は、静かに首を縦に振った。
「そう来なくっちゃね、ベイビーちゃん」
ベルグリンは軽くウインクをして、私の肩に手を置いた。
「それじゃあ、雇用の変更手続きはウチの優秀な秘書に任せるとして……ああ、弟にもあとで僕の方から言っておくよ」
「い、いえ。それは私から伝えさせてください」
どうしてかわからないけど、気付いたら私は食い下がっていた。
もしかしたら、諦めようとして心の奥底で諦められなかったのかもしれない。
最後の最後くらい、ちゃんと自分の言葉で伝えなきゃと思ったんだと思う。
「そうかい、わかったよ」
ベルグリンはふっと笑みを零して(こういうキザなところは、弟にそっくりだ)、そう言った。
△▼△▼△▼
翌日。
「本棚の上の書類、とってきてくれ」
執務室で作業をしていたベルクに呼び出された私は、いつも通りお世話と雑用をしていた。
王子が執務というのも変な話かもしれないが、見かけと態度によらず、真面目な部分がある。とくに、第二王子が不真面目な分の仕事を進んでやっていた。
そんな優しさを持つがゆえに、どうして私にだけ露骨に酷い態度をとるのか、それがわからなくて辛かった。
だから、今日のお仕事をもってさようならだ。
ぎゅっと唇をかみしめ、本棚の方へ向かう。
本棚の一番上は、私の背丈では届かない。
脚立に足を掛けて、手を伸ばす。
と、ぼんやりしていたせいかバランスを崩してしまう。
「ひゃっ!」
そう叫んだときには視界がぐるりと回転していて、背中から地面にたたき付けられた。
「い、イッテテ……」
「まーた転びやがって。集中力と脳みそが足りてないんじゃないか?」
嘲るように鼻で笑いながら、ベルクは言ってくる。
「大丈夫か?」とも言ってくれないし、駆け寄ってきて手を伸ばしてくれるわけでもない。
痛む頭で昨日の光景を思い出す。
私には見せない純粋な笑顔で、楽しそうに談笑するベルクと、乙女の表情でそれに応じる他のメイド達の姿を。
ああ、私やっぱり除け者なんだ。
落胆と悲哀が折り重なって胸を満たし、「申し訳ございません」の常套句も出てこない。
それを不審に思ったのか、ベルクは「どうした?」と眉根をよせて聞いてくる。
それもきっと、心配とはほど遠い感情で話しかけてるんでしょう?
そう思ったから、私は耐えきれなくて口走った。
「ご主人様……私、本日限りでご主人様にお仕えするのを辞めます」
数秒の沈黙。
しんと静まり返った執務室の中で、時が止まったかのような錯覚に囚われる。
「……は?」
しばらくして、呆けたようなベルクの呟きが寂しく木霊した。
「なにバカなこと言ってるんだよ、お前。寝言は寝て言えよ」
ベルクの声が震えている。でも、私の方が震えてる。
「寝言ではありませんし、冗談でもございません。昨夜、第二王子ベルグリン様からお誘いを受けまして、お仕えする主人の異動を受諾いたしました」
「なっ、兄上が?」
とたん、ベルクは苦虫をかみ潰したような顔をする。
当たり前だ。王子とはいえ、兄の使命の方が優先順位の方が高い。逆らうことはできない。
なのに。
「ふざけるな! そんなこと許すか! お前は……俺のメイドだ!」
焦りの混じった表情で、ベルクは叫んだ。それは、飼い主に見放された子犬のようでもあり――
でも、その表情を見た瞬間、私の中で必死に堪えていた思いが爆発した。
「何よいまさら! 散々私を疎んでたくせに!」
貯めていた感情が爆発し、素の口調が出てしまった。
メイドとしてあるまじき行為。けれど、私の口は止まらない。
「いつもいつも私を苛めて、嘲け笑って! 他のメイドには優しくしてるくせに! 兄の仕事を嫌な顔ひとつせず肩代わりするお人好しのくせに! どうして私にだけっ! 私、本当はあなたのこと――っ!」
「!」
驚いたように息を飲むベルクの顔が、ぐにゃりと歪む。
涙がボロボロとこぼれて、まともに彼の顔を見られない。
「なんでって、それは……お前のことが好きだからだよ!」
予想外の言葉に、今度は私が驚く番だった。
「なっ……どうして?」
「いつも有り得ないドジをするお前が、たまらなく愛おしかった。段差のない床で転んで、お茶を零して、インク瓶を倒して……それでも頑張るお前が好きで、可愛くて、だから苛めたくなった!」
必死に伝えてくる彼の顔は、嘘をついているようには見えない。
腹立たしいのに、動揺してなにも言えない。
「俺はこの立場に立っているから、いつも笑顔を取り繕って、いろんな人に気を遣って、息苦しくて仕方なかった。だから、主人に忠実で失敗の許されないメイドという職業から最も遠いお前が、型にはまった自分を慰めてくれる感じがして、つい長い時間いたくなるんだ。お前だけだったんだ、自分の脆い部分をさらけ出せるのは!」
「な、なら……私の気持ちも考えてよ。私だって、ご主人様のことずっとお慕いしていたのに……好きだったのに!」
ただ一つ、ずっと伝えたくて我慢していた気持ちを叫んだ。
涙は止まらない。
あとからあとから溢れてきて、視界も感情もごちゃごちゃに濁していく。
「すまない! ずっと耐えていたなんて、気付けなかった。気付こうともしなかった! 自分の気持ちに精一杯で、お前の思いに気付いてやれなかった。サイテーだ、俺は」
歪んだ視界の向こうで、ベルクの目尻が光るのを見た。
彼は目元を拭うと、改まって告げる。
「だから、もしお前が今までのこと許してくれるなら、ずっと俺の……俺だけのメイドでいてくれないか?」
「っ!」
真摯な目を向けられて、私はごくりと唾を飲み込む。
私が勘違いしていた、他のメイド達への作り笑顔でも、飄々とした本音を示す顔でもない。
今の私だけに見せてくれる、真剣な表情だ。
自然と、いままでの苦しさや押さえ込んでいた悲しさが、すっと消えていくのを感じた。
お互いすれ違い続けていただけなんだと、腑に落ちたから。
気付けば、私は首を縦に振っていた。
「はい、喜んで」
「ありがとう、エステル」
ベルクは薄く微笑んで、次の瞬間私の身体を抱き寄せる。
それから、ぷっくりとした唇を私のそれに重ねた。ベルクの胸元に手を添えると、心臓の高鳴りが肌を通して伝わってくる。
ゆっくりと唇を離した私は、そっと彼の胸元に顔を埋める。
とろけるような時間の流れの中、いつまでも温もりを感じているのだった。
△▼△▼△▼
――その後、ベルクとエステルのわだかまりは解け、二人は愛を囁き合った。
第三王子であるベルクは、政略結婚の相手が決まる前にエステルを妻に娶り、末永く幸せに暮らした。
すれ違い続けた二人は、最後に幸せを掴んだのだった。
次話は、ベルク視点です。このとき彼は、一体どんな気持ちでいたのか、もう片方の恋心にも触れていっていただければ幸いです。
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