トレントの花
トレント。
木の精霊。
花屋『quod vivere』
「これってどういう意味なんだ?」
裏にある個人病院の先生が、看板を見上げて尋ねた。
「これはねぇ、生きがいって言う意味なのよ」
ふ~ん、と余り興味なさげに、顎の髭を触る先生。
「興味無いなら、最初から聞かないでよ…それと髭面汚いから剃りなさいよ!」
「余計なお世話だ!」
リルが気配に気付いて振り向く。
かなり目線より下に、人影が見えた。
少年であった。
「どうしたの?坊や?」
空気を読んで、髭面の先生は片手を上げ挨拶をして去っていく。
「なるほど…ね、それで精霊の花が欲しいと?」
「トレントって精霊なの?それじゃあ、無理か…」
少年は、もう泣きそうだ。
「無理じゃないわよ、深き森のドライアドに知り合いがいるから、聞いてみるわね!」
ドライアド、これも木の精霊の一種である。
「っ!ほんとに?」
「えぇ、ちょい時間かかるかもだけど、大丈夫そ?」
「はい!急変する事は無いって、お医者さんが!」
泣き顔はどっかに、飛んでいっていた。
「で!深き森に来たけれど…コレ…どうやって進むの?」
ナリアは、腰に手を当て何故か胸を張っている。
「なんで、偉そうにしてんのよ…」
「そうではなく、偉いのよ」
「…はいはいはい」
リルのボディに、ナリアは小さい拳をめり込ます。
悶絶して膝をつくリル。
「…な、なにすんのよ…」
「ムカついただけだ、気にすんな!」
「んもう…」
「いいから、早く行け!!」
「相変わらず酷いわね…分かったわよ!」
魔力を集中させて、一本の木だけを氷らす。
これが、ドライアドに対する合図になる。
空間が歪んで、そこから何かが飛び出してきた。
「久しぶりだね?リヒャルト」
「リルで良いっていったぢゃない?」
「久しぶりでもキモいね!君」
「あんたも大概酷いわね…」
ドライアドの案内で、トレントの集落に辿り着く。
トレントの一人?に説明する。
「なる程、あげてやっても良いのだが…」
「なんか問題?」
小首を傾げるリル。
「ああ、トレントに花は一生に一度だけ、子供から大人になる時、成人?する時に咲く。」
「成人?のタイミングは?」
「分からない」
「成人?しそうなのは?」
「分かるが…そこから何日かかるか?何年なのかは分からない」
運次第って事らしい。
「数日、この集落に泊まってもいいかしら?」
「それは、構わんが、絶対に火は使うなよ、最悪この森が無くなる」
「ええ、それくらいは分かってるわよ」
その日の夜。
「ナリちゃん起きてる?」
「ゴーレムが寝るわけないだろ?」
「…そーよね、気付いてる?」
「うん、4人だなあ、サクッと殺すか?」
「…取り敢えず、一人は生かして捕らえましょ、理由が気になるし」
4人の男達は、一人がしゃがんで何か作業をし、他の3人が周囲を警戒している。
「それ、何中?」
作業をしていた男が驚いて飛び上がる。
「な、なんだお前は?」
「質問してるのは…私よ」
音もなく、背後に立っていた人物に目を剥いていると、ある事に気付く。
「…?」
周りを見回す男。
いない、さっきまで警戒をしていてくれた、仲間達がいない。
「あぁ、お仲間さんなら、そこの地面に埋めといたわよ、いい花が咲くといいけど」
リルの笑みは、恐怖でしかなかった。
硬直した男は、持っていた何かを落とした。
カシャ…。
「ちょっと!」
森の色々な所で、爆発が起きた。
「コレは…まずいわね…」
火を見ると、トレントは暴走する、それが各所で起きたとなると…。
「ホントは考えたくもないけど、落ち着けに行くしかないわね、ナリちゃん!悪いけどそいつを捕縛しといて!」
言うと同時に、走り出した。
「ま、こっちは任せときな」
男は目の前に背を向けて立っていた、黒いメイド服を着た小柄な少女が、首だけぐるんとこっちを向いた時、意識を手放した。
走り回って、火を消しながらトレントを1体ずつ正常に戻して行くリル。
森の中を平地のように、軽々と駆け抜けていく。
「ホント、厄介よね、太い枝ぐにゃぐにゃブン回してるけど、アレ…カチカチなのよねぇ」
当たったら、怪我じゃ済まないかも。
「もう!氷針」
トレントのコアを、正確に突いて暴走を止める。
寸分の狂いもなく、強すぎればコアは砕け、弱ければ効果は無い。
「やれやれ、集中し過ぎで素が出ちゃいそーよ!」
最後の1体!
「大人しくしとけや!コノヤロー!!」
野太い声が、森に木霊した…。
騒動が落ち着いて、翌日。
トレントの一人?が。
「すまなかった、助かったよ」
と、頭?を下げる。
「被害が少なくて、良かったわね」
掌でヒラヒラ顔を扇ぎながら答えるリル。
「それでだ、この騒動で暴走した1体が、成人?して花が咲いた」
良かったら使って欲しいと、花を頂いた。
「困った時は、お互い様ね」
また、寄らせてもらうわと、手を振りながら去って行くリル。
「【解放する者】?あぁ、あの皆で気味悪い仮面被った、テロリスト集団ね」
昨日あの森で、破壊工作をしていた連中だ。
「あぁ、何かある種の〈結界〉を解くピースになるんだと?」
興味の無いナリア。
「まぁいいわ」
そろそろ氷った頃だと、冷凍庫の中からトレントの花を取り出す。
今回は急速に氷らさない、急激に氷らすと花の魔力がなくなってしまうのだ。
「いい感じね、速乾」
魂は残したままにする。
「よし!いい出来ね」
満足顔のリル、これなら病気でなくてもある種の呪いであっても、押さえ付ける事が出来るだろう。
更に翌日。
店に来た少年に、トレントの花のドライフラワーを渡す。
「ありがとう…でもお金…コレしか無くて…」
小さい手には、銅貨10枚程が乗っていた。
「じゃ、頂くわね」
手の平から、銅貨3枚を取るリル。
「え?…?」
それだけでいいの?と慌てる少年に。
「出世払いってことで、いいわよ」
「代わりにデートに連れてってくれてもいいし」
困った顔の少年。
「今じゃなくて、2.3年したらデートに誘ってよね?」
うん…と、ぎこち無く頷いて、手を振って去って行く少年。
「普通はあと10年、じゃないのか?」
ツッコミを入れるナリア。
「2.3年じゃまだ、バリバリ子供じゃねぇか?この変態め!」
ナリアの正拳が、リルの身体の一部を正確に打ち抜いた。
本日のスキル。
氷針。
グラチェス アーコス。
目に見えない程の、細い氷の針でコアや経絡を突く。