【短編】どうも厚揚げです。油揚げが執拗に俺を追い詰めてくるけど恨まれる記憶は一切ない。豆腐界のエリートはただ愛情に飢えていただけのようです。
擬人化でシュールなコメディっぽくしました。
気が付けば熱血色強めの作品に、それでも最後まで読んで頂けると嬉しいですm(_ _)m
実の親は豆腐。
三つ子の兄姉は豆乳とオカラ。
お控えなすってえ、手前は名を厚揚げと申す者です。
しっかりと水切りした豆腐半丁を高温の油を生湯に、表面が綺麗なきつね色になった瞬間を見計らって引き上げられる。表面だけを揚げることで外はカリッと、中は親の豆腐の面影を残して柔らかく。
煮汁で煮込むと味の染み込みはバツグン。
焼いたり煮たり暖めてシンプルに生姜醤油で食べるもよし、おでんの様な鍋料理で食すもよし。ハッキリ言って俺のポテンシャルは親譲り、同じ大豆の遺伝子を受け継ぐはずのオカラや豆乳の比ではない。
野菜女子は煮物と言う名の湯船を俺を枕に穏やかに吐息をたてる。逞しい俺の筋肉質な全身は女子の需要がとにかく高いのだ。
血も涙も水分さえもゼロのオカラ兄やんも、血と涙と水分しか無い豆乳の姉貴も俺には敵わない。親の豆腐でさえも同様だ。
厚揚げとは豆腐一家の稼ぎ頭なのだ。
そんな俺を一家から追い出そうと画策する輩がいる。
……そう、油揚げの野郎だ。
ある日のことだ、
「厚揚げ君、君の角がぶつかって痛いから鍋の隅っこに移動してくれないかい?」
と油揚げは何の前触れもなく言い放った。
アイツとの因縁はおでんの鍋で出会った日のことだ。
一家の稼ぎ頭である俺は安定の職場、おでん鍋の具として働いていた。
筋肉質の俺とは異なり、薄っぺらいスラッとした体型でアイツはお餅を包み込んで俺を見下していた。日本人が大好きな炭水化物を優しく抱きしめてアイツはほくそ笑んでいた。
今でもあの日のことは忘れない。
「テメエ、豆腐一家の厚揚げにいい度胸じゃねえか。ああ!?」
「そうやって角の立つ言い方は良くないよ? 君もお餅ちゃんみたいな色白美人が自ら飛び込む様な包容力を持った方がいい」
何も言い返せなかった。
気が付けば俺は鍋の中で孤立してしまったのだ。
それまでは、そこそこ中位の人気を誇った俺は居場所を失ってしまったのだ。おでんの出汁は練り物連中が担う、その出汁のおこぼれに預かるのが俺だった。
大根や卵の大御所どころや新参者のロールキャベツがカーストの上位を占めるおでん。
巾着と名を変えて油揚げは俺が必死になって出世を続けたおでんと言う名の安定の職場を、あの手この手で牛耳った。気が付けば俺は肩身の狭さを感じて追い出されてしまったのだ。
「けっ、おでんなんてぬるま湯で一生を終えて堪るかってんだ」
風来坊の俺は葉っぱを口に咥えて流浪の旅に出た。
だが気分は悪く無い。
俺は厚揚げだ、豆腐一家の稼ぎ頭なのだ。そもそも一箇所に留まる性分では無かったと言うだけの話。
そんな俺はいつしか蕎麦屋に流れ着くこととなる。
蕎麦と言う炭水化物が牛耳る世界、俺はそんな世界で付け合わせの一品として蕎麦屋に貢献した。
親父さんも俺を笑顔で迎えてくれた、消費期限と言う名の寿命も長くアッサリとした味の蕎麦に天ぷらに変わる新たな相棒だと笑顔を向けてくれた日のことは今でも脳裏から離れない。
俺は幸せだった。
決して親父ギャグでは無いが蕎麦がそばにいてくれるだけで俺は笑顔になれた。ここの稼ぎがあれば俺は豆腐一家で面目が立つ。
正直、ホッとした。
だが、そんな俺の小さな幸せも長くは続かなかったのだ。
「油揚げ君、君は自己主張が強すぎるんだよ。油ギットギトで体格がデカいから蕎麦さんみたいなピュアな女性には似つかわしくない」
突然、油揚げは俺から相棒を奪い去った。
まるで当たり前みたいに親父さんに甘いつゆで煮込まれて蕎麦の上で寝転んで。我がもの顔でデカい態度で俺を見下す。
終いには蕎麦屋でヒッソリと脇役を演じていた白米すらも抱きしめていた。ホッカホカの温もりを抱え込む白米をいなり寿司へと羽ばたかせてしまっていた。
「……テメエ、おでんだけじゃ飽き足らず、ここでも俺を追い出すのか? また俺を貶めるのかあ!?」
「だから声がデカいんだよ、君は。蕎麦さんや白米さん、これだけ魅力的な女性の良さを君は尽くエゴで踏み躙る」
「俺の肩には豆腐一家の生活がかかってんだ。もう居場所は失ってたまるか! 今回だけは絶対に引かねえ!!」
「僕は君とは違う。油揚げと厚揚げ、一見似ている様でいて全くの別人なんだよ」
油揚げは俺との違いを語る。
油揚げを生み出す豆腐は特別な製法で生まれてくるのだ。
豆腐の前工程である大豆汁、幼少期から控え目の加熱を経て激しい攪拌の中で凝固する。つまり、初めは親の愛情を敢えて薄くして寂しさが芽生えた時期を見計らって熱い抱擁を受ける。
ギャップを感じる幼少期を経験した大豆汁は水分85パーセントのダイナマイトボディを生み出して、そこから水分を搾り出す。若者受けしそうなスマートな肉体を得てから低温の油に飛び込むことで防火進展させる。
最後の仕上げに高温の油へと移動して表面の水分を蒸発して油揚げは生まれるのだ。
大豆タンパク質の性質を英才教育によって最大限に引き出されて生まれた存在、それが油揚げだ。コイツは厚揚げは庶民で自分がエリートだと吐き捨てたのだ。
知識として理解はしていた。
だが本人から語られた過去は厚揚げの俺を遥かに凌ぐ壮絶なものだった。
「俺は……俺は絶対に負けねえ! 家族のメンツは、生活がかかってんだからよお!」
「それだ」
「何?」
俺は家族が何よりも大切だ。
皆んなの笑顔を思い浮かべると、それだけで頑張れた。だが油揚げは俺の想いを乗せた咆哮を嘲笑うかの如く冷たい目付きで串刺しにする。
「僕は歪んだ愛情を受けて育った。だからこそ誰よりも愛情を欲するんだ。煮物の中では煮汁と言う名の愛情を誰よりも貪欲に吸い込んで、その愛で周囲の皆んなを笑顔にできる」
「テ、テメエ……」
「厚揚げの君みたいに角が無いから仲間の輪も乱さない。袋状になれば凡ゆる女性を優しく包み込めるんだ。これは寂しさを知る男だけの特権なんだよ。助六寿司のスケは女性、僕を癒してくれるのは女性だけさ」
気が付けば油揚げの周囲には人集りができていた。
アイツの毒牙にかかった蕎麦、白米、そして油揚げはいつの間にか納豆まで取り込んでいた。油揚げに包まれてカラッと焼き上げられた納豆は幸せそうな表情でアイツの腕を抱きしめる。
白米に至ってはイクラやゴマなど他の食材と同盟を組んで骨抜きにしたまま手籠にする徹底ぶりだ。
俺は思い知らされた。
ここでも既に俺の居場所は油揚げに奪われてしまっていたのだ。
厨房からは親父さんが俺に出て行けと言わんばかりに睨みを利かす。業務用の冷蔵庫を開けると大量にストックされた油揚げが目に入った。
「う、あ……あああああああ」
「良いことを教えてやろう」
「な、何?」
文字通り言葉を失った俺に油揚げは冷酷さを上乗せして残酷なこと告げた。
「僕が袋状になって豆腐、つまり君のご両親を包み込めばどうやると思う?」
「……厚揚げ」
「そうだ。僕は望めば君にだってなれるんだ、フハハハハハハ!」
言い返せなかった。
俺は何も言わずに店を出て走った。
走って走って走り抜いた。
息を荒げて俺は地の果てまで逃げる様に足を動かした。自分の親さえもアイツの語る優しさとやらで包み込めば俺は生まれた意味さえも踏み潰されると死刑宣告された訳だ。
怖くなった俺は何処までも逃げた。
逃亡の途中で寄った愛知県豊川市ではおきつねバーガーに姿を変えて、宮城県の定義山や新潟県の栃尾市ではそのままの姿でご当地名物として君臨するのだ。
酢の物、味噌汁に炊き込みご飯。
色んな女に逃げた、それでも油揚げは俺の心の拠り所さえ奪う。
気が付いた時には俺は油揚げによって断崖絶壁を背に追い詰められてしまう。
「テメエ、俺に何の恨みがあんだよ!」
「恨みなんて無いよ。それは誤解だ」
「だったら、どうして俺をここまで追い詰める!?」
油揚げは言う。
「君が滑稽に見えてね。何時だって周囲を気にしない、カラッと高温で揚げてもらって愛情に包まれて生まれる君はこれっぽちも女性のことなんて考えもせず二の次だ」
「このフェミニスト野郎があ……」
「僕は空っぽだ。生まれた時から……違うな。空っぽになる様に皆んなが敢えてそうやって僕を扱うんだ」
「テ、テメエ」
油揚げは一筋に涙を零した。
悔しさを滲ませて悠々と生きる俺を睨んで、歪んだ笑みを浮かばせていた。しかし、その笑みも一瞬で蒸発させて油揚げの表情を豹変する。
「僕は君に生まれたかったんだ! 中身がスッカスカの油揚げじゃなくて親の遺伝子をちゃんと受け継いで肉厚な厚揚げに生まれたかったんだよ!」
「バッカ野郎!」
自分の願望を吐き捨てる油揚げ。
コイツは最初から歪んでいた、俺を見下すだけ見下して追い詰めたと確信するや否や、自分の望みは叶わないと言って厚揚げの俺を怒鳴った。
重量級の俺が全力で殴ると全身ペラペラの油揚げは派手な音を立てて後ろへ吹っ飛ばされてしまった。地面に尻餅をついて睨んでくる油揚げを俺は上から睨み付ける。
「厚揚げ君、そうやって君は何時だって物事を暴力で解決するんだね」
「そうじゃねえよ。テメエは自分が英才教育を受けて育ったエリートだって言ったよなあ? そのエリート様が庶民を嫉妬して恥ずかしくねえのかよ!?」
「……何だと?」
「女に対してもそうだ。テメエは守ってばっかで対等に接してねえんだ、テメエは守ってやった悦に浸って皆んな見下してんだよ! 餅も蕎麦も白米も、テメエは女を守るしかしねえ!」
「厚揚げえ……」
油揚げは呪い殺さんとばかりに怒りの表情を俺に向けてきた。
そこには余裕など一切感じ取れない。
ただ憎しみを撒き散らす油揚げの姿があった。
「ただ一緒にいてやれよ! 一緒に笑って、一緒に泣いて、偶には喧嘩とかもして、そうやって愛は育むんじゃねえのかよ!?」
「……そんなの詭弁だ」
「低温と高温で揚げられて歪んだ教育しか受けてねえからテメエは最初っから諦めてんだよ!! 厚揚げになりたかっただあ? テメエは言ったよな、厚揚げにだってなれるって。だったらなれよ! ならねえのはテメエに勇気がねえだけだ!」
「あ……ううう、あ」
「寂しいっつんなら俺の親を紹介してやるよ! 俺も包丁で切られて半丁にされた親から生まれたんだよ、片親なんだよ……テメエが俺のお袋と一緒になりてえって真剣に思うなら親父って呼んでやるよ!!」
俺が想いをぶつけると油揚げは黙り込んでしまった。
図星を点かれたのか唖然とした様子で地面に座り込んだままピクリとも動こうとしない。そして僅かに時間が経過すると立ち上がって油揚げは目からボロボロと涙を滴らせながら泣きじゃくった顔で俺を見ていた。
目が覚めたのだろう。
コイツは俺の本音で漸く前を向いて歩くことができる様になったらしい。
「僕は君の……君の父親に……君のお母さんと結婚して良いのか?」
「へ、だから良いって言っただろうが」
「僕も君と同じ厚揚げに生まれ変わって良いのかい?」
「テメエがお袋を真剣に愛してるってんなら文句は言わねえ。だが万が一にでも泣かせたら俺はテメエを許さねえ」
「……一生愛すると誓うよ。君の父親に相応しいと胸を張って言える男になるよ、僕は」
そう言って油揚げは俺の手を強く握った。
目から滴り落ちる涙は本物で握りしめる俺の手にボタボタと落ちる。コイツならバツイチのお袋を任せられると密かに確信して俺は無造作に油揚げの型を叩いた。
これまでのことを悔いて油揚げは、
「ごねん、ごめんよ」
と許しを乞いながら俺に謝ってくる。
いく高温の油で生まれたからと俺も熱くなりすぎたらしい。
こうして厚揚げと油揚げは憎しみの連鎖から解き放たれて互いを認め合えた。だが好みは人それぞれな訳で、なればこそ油揚げも厚揚げもただ懸命に生き抜くだけだ。
こんな物語もあるのだと、誰でも良いから心の片隅で覚えていて欲しい。
厚揚げと油揚げにだって友情は叶う。
それだけが真実なのだ。
色々なキャラが登場しますが基本的に話すのは厚揚げと油揚げだけ。
男キャラは厚揚げと油揚げにオカラだけです。