表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/115

2

「オレさぁ…。父上に殺されたんだよね…」

「えっ?今なんて…仰いました…」

 ティーカップを口に運ぶ手をとどめて、少女は真正面へ座っている少年に尋ねた。

「オレ、前世で父上に弑虐された皇帝だったんだよね…」

 薔薇が咲き誇る皇邸の庭園。

 花弁が風に乱舞し馨しい香りが広がる。小鳥の囀りが忙しなく届く麗かな春の日。

 庭園の一角に設けられた東屋で優雅に茶を嗜みながら、目の前で驚くべき秘事を告げた皇太子、カイル・ドュ・イーリオスは現皇帝エルンストの一人息子だ。

 栗色の弾力のある髪は短く刈り上げており、蒼色の瞳は空を映したかのように清々しく澄んでいる。端正な顔立ちは父から継いだが、色素は外国から嫁いできた母譲りだ。

「前世ですか…」

 時間をたっぷりと空けたつもりだが、返答が早かっただろうか。


 前世なんて信じられないわって、感じで答えられたかしら…。


 少女、ルイーズ・ドュ・ディアスは突然の婚約者の発言に戸惑いを隠せなかった。

 カイルの父親であるエルンストが殺した皇帝といえば、アルフォンスのことを指す。

 ルイーズの父は前皇帝アルフォンスへ反旗を翻した現皇帝エルンストの竹馬の友であり義兄のユーゴである。その息女であるルイーズにする話ではないと思うのだが…。

「アルフォンス…。様…。で…。いらっしゃるのですか?」

 ルイーズの肩で揃えた柔らかな亜麻色の髪が微風に揺れる。ルイーズの聡明な光を宿す琥珀色の眼差しがカイルへ注いでいる。髪質、目の色は父親譲りだが、彼女の肌理の美しい白肌は母に似ている。

「うん…。アルフォンスだ…」

 カイルは断言した。


 私は墓場まで前世のことを秘密にするつもりだったのに…。この子、うっかり話したわね。


 今日は幼い二人の婚約が決まってから何度目かの顔合わせだ。双方の召使達は気合いを入れて、服装にもこだわりを見せた。

 カイルは襟部分に花模様の綺麗なレースが施された若草色の光沢のあるシャツを着こなし、イリスは菫色の軽やかなシフォンを何層か重ねてトレーンのボリュームをだしたドレスで装いを整えた。薔薇を模った飾りが胸元にいろどる。春をイメージしたものだ。

 カイルがルイーズへ好意を寄せているのは、周囲に一目瞭然で、本日も二人きりで話をしたいとカイルが所望したので、護衛は離れた場所で見守っている。このような物騒な会話をしているとは想像だにしていないだろう。

 小声で話すように予めカイルから促されていたので、侍従たちに内容は聞こえていないようで、遠くから微笑ましそうにこちらの様子を伺っている。

「殿下…。それが…。もし、事実だったとしても…。誰にも打ち明けてはいけません」

 生まれ変わる前の記憶を持ってるなんてそんなことがあるはずはないと困惑しつつも貴方の味方ですとの態度をルイーズは示したつもりだが、カイルは信じてくれただろうか。

 ルイーズにも現世に産まれ落ちたときから、前世の記憶がある…。


 私はイリスだった…。


 カイルが打ち明けた前世、前皇帝アルフォンスのたった一人の姉だ。

 母親は違う。イリスの母親はイリスが幼い頃に亡くなっており、イリスは数少ない侍従たちと幼少から家族と離れ寂しく離宮で過ごしている。


 なるほど…。


 ルイーズはカイルと初めて謁見したときから、馴染みのある親近感があり、愛おしく思ってた。


  恋愛という情は全くなかったのだけど…。


 イリスが嫁ぎ子供がいれば、カイルぐらいの年齢になっていただろうから、息子に対する気持ちに近いものだろうとルイーズは思っていたのだ。


 アルフォンスだったのね…。

 前世でアルフォンスだったと言い切るカイル殿下と婚姻を結べるのかしら…。


 現在、立場的に問題ないが、前世でアルフォンスだったカイルと夫婦関係を築けるのか、ルイーズは自信がない。

「それはどなたかに仰いましたか?」

「いや…。ルイーズが初めてだ」

 ルイーズは安堵の溜息を洩らした。カイルは顔を背けて恥ずかしそうに続けた。

「婚約者だからな…。いつかは人生を共に生きる伴侶だ。だから、秘密を話したんだ…」

 

 いえいえ、子供相手に告白するような秘め事ではありませんよ。貴方がアルフォンスであれば、中身はとうに成人を越えてますよね…。


「それに…。何だろう…。お前なら前世のことを告げても許されると思ったんだ」

 一瞬、カイルの表情が曇り、許しを乞うような哀しみが眼差しに宿った。前世の記憶はカイルにとって重荷だったのだろう。イリスの記憶があるルイーズは察した。

「私は殿下のお言葉を信じておりますが、陛下がお父様としても不敬罪または反逆罪に問われかねない由々しきお言葉です」

 ルイーズは穏やかな笑みを湛えて、カイルを窘めた。

「信じてくれるのか?」

「もちろんです。私は殿下の婚約者ですよ。ですが、今後は他言無用でお願いいたします。前世がどなたであれ、私は誠心誠意これからも殿下にお仕えします」

 ルイーズの言葉は嘘ではない。現世ではつつがなく平穏に暮らしたい。

 このような形で姉弟が再会したのだ。今後、婚姻を結ぶかは別として…。


 アルフォンス…。カイル殿下にも今世では幸せな道を辿ってほしい…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ