橋の上の訪問者
最近気になり始めた「自分は何か大切なことを忘れているんじゃないか」という1つの悩み。それを知った友人の玲奈から「天びん屋さん」といういかにもうさん臭そうな相談相手にいつか相談してみたらと言われた。
「相談してみてって、いつどこで会えるかわからないんでしょ。だったら探しようが…」
「ここで一つの情報。商店街などの人の多いところには現れにくい!」
得意気に人差し指を私に向けてきた。本当にいるかどうかはわからないって言っていたのはどっちだったのか…。
「だって試しに会ってみたくて町中の商店街探してみたんだけど、そんな人見かけなかったもん!半年間探し続けたのにぃ~!!」
「…その根性、もっと別のことに使いなよ。そもそも本当にいるかどうかもわからないんでしょ?」
午後の授業開始の十五分前。食堂に残っているのは、私達だけになっていた。そんなことを気にすることなく、玲奈はさらに話し続ける。
「だってそういううわさが広まるのって、何かきっかけがあるはずでしょ。何のきっかけも根拠もないのに、ここまで広まるわけないし。ネットでは結構話題になってるんだよ。ネットに疎い奏は知らなかったかもしれないけど」
どこか不満気に玲奈は言った。
「確証がないことに時間を裂ける程、私は暇じゃない。家に帰ったら、また勉強しなきゃいけないし」
「弁護士になる為の司法試験の勉強?努力するのはいいことだけど、奏の場合頑張りすぎていつかは切れちゃうよ?偶には息抜きしないと」
そんな忠告に曖昧な微笑みを返して、荷物を持って席を立った。私だってもう大学生だ。自分の限界ぐらい理解している。それを超えないところまでは、自分でできるようにならないといけない。
私は毎日、家から大学まで自転車通学している。ただ家の近くにある橋は、自転車から降りて渡っている。何でも、この橋は他の橋に比べて年期が経っており、万が一崩落したとしても手すりに捕まって身を守れるようにと言う私なりの判断。
「あれ…?何してるんだろう。こんなところで」
自転車から降りて橋を渡ろうとしたところ。一人の背広を着た男性がたたずんでいるのが見えた。話しかけようか悩みながら進んでいくと、男性の方から話しかけてきた。
「やあ、もしかして君もお参りに来たの?」
右手を軽くあげて、にこやかに微笑む。高身長で、おしゃれなネクタイを締めた男性にしてはかわいらしい顔立ちだった。
「僕以外にもお参りに来てくれた人がいたんだぁ。よかった、もう忘れられてるんじゃないかと思ったよ。新聞とかに一時期掲載されてたのに、今日にかぎって誰もいないんだもの」
「あの、お参りって何のことですか…?私は学校帰りに通りかかっただけで…」
すると、背広の男性のしゃべり続けていた口がぴたりと止まった。そしてやや残念そうな顔をして、私から目線をそらす。
「…そっか、ごめん。僕一人で勝手にしゃべっちゃった。いつも部長に怒られてるのになぁ。あの、僕はお墓参りに来たんだ。三年前にこの川で亡くなった人がいてね。今日が命日なんだ」
背広の男性の左手には、白い花の花束が握られていた。ふと漂った死の気配を感じて、一瞬ひやりとした。
「…そう、ですか。すみません…」
「謝ることなんかないよ。その人とは、家族でも友人でもない。ただ溺れていたのを、助けてあげられなくて…。もう少し水泳の授業、高校の時真面目に受けてればよかった」
その時、背広の男性の携帯が着信を告げた。
「はい、山根です。……いえ、これからまだ用事が。…え、すぐに戻るように?わかりましたよ、部長…」
早口で喋った後、慌てたように顔を上げた。
「しかたないな、じゃあ戻るついでに川岸に花を供えてこよう。ゆっくり祈っている暇はなさそうだし…。いやそんなことより、引き留めて悪かった。君も気を付けて帰るんだよ」
「えっ…、ああどうも」
大人なのか子供なのかわからない。山根という男性は。