06.素敵なお父様と可愛い嫉妬
「お嬢様。旦那さまが帰って来られましたよ」
昼寝をしていたエリザは、その言葉で飛び起き、アーニャと一緒に父、ゼパイルをお出迎えをしに部屋を出た。お父様ってどんな人なんだろうと、胸を高鳴らせながら歩を進める。
玄関にはすでに屋敷内の使用人が両脇に整列していた。テレビで見た事ある光景にエリザは多少引きつつも、この屋敷でかなり多くの使用人が働いている事に驚く。その数はざっと50人位はいるかもしれない。
使用人の数に圧倒されている間に、いつの間にかエリザの隣にはエレインが立っていた。
「「「「お帰りなさいませ。旦那様」」」」
寸分違わず揃った声量は、玄関ホールに響き渡る。そして、壮年の執事長らしき人物が一歩前に出て一礼する。
「おかえりなさいませ。御手荷物をお持ち致します。こちらはいつも通りお部屋にお持ちしても宜しいでしょうか」
「ああ、頼む。皆も出迎えご苦労。各自自分の仕事に戻りなさい」
「「「「畏まりました」」」」
ゼパイルはサラりとした銀髪で、エリザと同じ菫色の瞳の中性的な顔をした優男だった。どっかで見たことあるような……とエリザは父の顔を凝視する。
「お帰りなさい。あなた」
「ただいま。エレイン」
そう言ったゼパイルはエレインを優しく抱きしめ、お互いの頬に軽いキスをする。
父の瞳に熱が篭っているように見えたエリザは、仲がいい両親の姿に表情を緩めた。
(イチャイチャするなら子供の前でなくて、夜にしてね。)
暫くしてエレインとの熱い抱擁を終えたゼパイルは、近くにいたエリザの視線に気が付く。エリザを視界に捉えると、ゼパイルは僅かに目を細め注視し、整った眉を僅かに動かす。しかし、それはほんの一瞬のことで、すぐに笑顔に転じたゼパイルは、エリザに駆け寄ってその小さな体を持ち上げた。
「ただいま。エリザ。もう体調は大丈夫なのか?」
「お帰りなしゃいませ。おとうしゃま。もう体調は大丈夫ですわ。お父様にもごちんぱいおかけいたちまちた」
「そうか。エリザが心配で早めに仕事を終わらせて来たんだ。元気そうで安心した」
ゼパイルはエレインにしたのと同じようにエリザの頬にキスをする。
(やばい。目の前のお父様が格好よすぎる。)
父の美ボイスと相まって軍服姿も素敵で、何より漂うその色気にあてられ、思わずクラクラしてしまう。推定精神年齢が30歳のエリザは、お父様となら愛人になっていいかも、と本気で考えてしまう。
エリザは悶えながらも、母の真似をして父の頬にキスを返した。エリザの行動にゼパイルは驚いた顔をしたが、すぐに照れたように微笑んだ。その父のご尊顔が素敵すぎてエリザは顔を直視出来ずに俯いた。
そのため、林檎のように真っ赤になったエリザの顔を見たゼパイルの表情がだらしなくなっていた事にエリザは気が付かなかった。
「父上ずるいです!!」
その声に顔を上げると息を切らしたカミルが立っていた。剣の稽古として出かけていたカミルだったが、父の帰りを聞いて慌てて帰ってきたようだった。しかし、帰ってきたカミルはいつもの穏やかな表情ではなく、何故か怒っているようで可愛い頬をぷくりと膨らませていた。
「ははは、カミルお帰り。私も今帰ってきたばかりだ。そこに突っ立ってないで早く入るぞ」
ゼパイルは笑いながら、カミルの頭をワシワシと撫でて屋敷に入っていく。エリザはゼパイルに抱っこされたままに困惑しつつも、カミルが怒っている理由を考え始める。
(お兄様は何を怒っているのだろうか。特に怒るような話はしていなかったはず……。)
そこでエリザは1つの考えを導き出した。兄も父に抱っこして欲しいのだと。兄はまだ6歳だ。まだ久しぶりに帰ってきた父に甘えたい年頃だろう。そう考えに至ったエリザは独り頷く。
(もう、お兄様は可愛いなぁ。ここは心は大人である私が譲ってあげよう。)
「おとうしゃま?そろそろ降ろちていただけないでちょうか。わたくちの代わりにカミルおにいしゃまを抱っこちてくださいませ」
首を傾げてそう頼むとゼパイルはふっと笑い、エリザをギュッと抱きしめた。そして更にエリザの体にぐりぐりと顔を埋めた。マーキングのような可愛い行動にエリザは、予想外の胸キュンを喰らい放心していた。
エリザが我に返った時には、父は既にカミルを放置したまま廊下を歩き始めていた。
(ちょっ、お兄様はいいの?可哀想だよ。構ってあげてよ。)
そう抗議するように胸を叩くが、父は気にする様子もなく歩き続ける。そして、ようやくエリザの部屋の前で降ろされた。
「……これから忙しくなるな」
ゼパイルはポツリと何か呟くが、エリザには聞き取れなかった。
「え?」
「いや、何でもない。夕食までゆっくり休んでいなさい。無茶はしちゃダメだよ」
ゼパイル大きな手がエリザの頭を撫でて、「また後で」と言って去っていった。
(はぁ……お父様格好よかったな……。)
思わず、何度目かになるため息を零してしまう。総隊長と聞いていたため、父は脳筋ゴリマッチョと想像していたが、実際は長身で程よく鍛えられた筋肉。抱っこされた時の安定感と包容力。軍隊の総隊長だけのことはある。その姿はそれはもう眼福すぎて、エリザはまたため息をついた。
※※※
まだ拗ね続けているカミルは、今晩も絵本を持ってエリザの部屋に訪れる。そして、無言のまま部屋のソファーに座り、昨日と同じくエリザを自分の膝の上に乗せた。
こんな状況で勉強にならないだろう。エリザは苦笑いをして、今日の勉強を中止にしようと進言しようかと悩ませていると、不意にカミルがエリザに横顔を近づけてきた。
「ん」
エリザはその不可思議な行動に首を傾げる。兄の顔を注意深く観察するが、汚れが付いている訳でもない。意図が分からず戸惑っていると、カミルは眉を下げ捨てられた子犬みたいな顔をする。そして、自身の柔らかい頬をちょんちょんとつついた。
その行動で、兄が言わんとする事を察したエリザは、兄の頬にそっとキスをする。すると、たちまちカミルの顔が綻び、一瞬にして目が輝いた。気を良くしたカミルは本能のままエリザの頬に啄むようなキスを数回し、ギューッと抱きしめた。
(嫉妬か?機嫌が悪かったのは、お父様に対する嫉妬なのか?おいおい。記憶が戻る前の私……彼に一体何をしたんだ。カミル兄様の溺愛が異常だよ。)
機嫌が治ったカミルが絵本を開き、本日の勉強がようやく開始される。
まだ勉強開始2日目のはずだが、すんなりと文字が頭に入ってくる事に驚いた。もしかしてエリザの頭は良いのかもしれないと、自分の万能さに思わずニヤついたのだった。




