11.惚れさせ大作戦と青色のループタイ
ゴイル視点の中編です。話が長くなったので、3部に分けました。
彼女の店は想像していたよりも大きく、未だに客足は多いようで賑わっている。僕は服には興味がなかったので、こういった店に入るのは初めてだ。緊張と同時に、ついにこの時が来てしまったと絶望感にも襲われて複雑な気持ちだった。
小さくため息をついて両親のあとをついて店に入る。店の中はスッキリとしていて、商品が見やすくなっている。それでいて落ち着いていて良い店だと思う。店内を見渡すと客の対応をしている彼女を見つける。
彼女は店員と同じ服を着用しているのにも関わらず、店員よりも異彩を放っているように見える。その服はエリザ様のために作られたと言っていいほどよく似合っている。
「ほうほう。ここが、例の店か。繁盛しているようだな」
「なんとまぁ、地味な店でありますこと」
そんな言葉を漏らす失礼な両親にイラッとする。
直ぐに彼女は僕達家族を見て目を見開かせる。対応していた客に一言声をかけ、こちらに向かってくる。
父様はエリザ様と一言二言会話して早々に店を出ていった。彼女が母様の対応をしてくれるようだ。僕は母様が失礼がないかヒヤヒヤしながら待合の椅子に座る。案の定、派手好きな母様は、商品にイチャモンを付け始めた事に内心頭を抱える。他の客も母様の言葉を聞いて不快そうな顔をしているように見える。
(惚れさせる前に、彼女の中での家族の評価を下げてどうするんだ。それに反比例するように僕のハードルは上がる一方じゃないか。)
僕はそんな母様を見ながら、ひたすら心の中で悪態をついていた。
その中で母様の目が叶う商品を見つけたようだ。また赤のドレスか。母様はとにかく派手で目立つ赤が大好きだ。どれだけ赤のドレスを買えば気が済むんだろうか。
しかし、母様の太った体型にドレスのサイズが合うはずもない。後日までに母様の体に合うように仕立て直してくれるようだ。満足げな母様は鼻歌を歌いながら店の針子と一緒に別室で採寸をしに行く。
「ゴイル様、エイブリー夫人はしばらく時間がかかります。宜しければ、待ち時間にこちらをお召し上がりください」
一時、担当が外れたエリザ様が僕に紅茶と焼き菓子を持ってきてくれた。紅茶のいい香りがする。一言だけお礼を言って、緊張で渇いた喉を潤わす。
(美味しい。)
初めて食べるこの焼き菓子の程よい甘みとサクサク感に舌鼓を打つ。この菓子なら何個でも食べれそうだ。
幸せな気分に浸りながら、エリザ様の働く姿をみる。あっちにちょこちょこ、こっちにちょこちょこと忙しなく動き回っている。そして今、彼女は商品の補充をしようとしては店員に取り上げられていた。
「代表。これは私達の仕事ですので、休んで下さい」
「代表は関係ないわ。こう言う仕事は手の空いた人がするべきよ」
「代表は働き過ぎです」
店員とのそんなやり取りもお互い楽しそうで、信頼関係が見てわかる。僕と同じ歳のはずなのに、屋敷の使用人とも距離は遠い僕との違いを痛感して暗然とする。
彼女はこうして人の為に働いているのに、僕は今まで何をしてきたんだ。父様の悪事を働くのを見ないふりして、考える事を辞めた僕が、眩い笑顔でイキイキと働いている彼女と釣り合うはずがないじゃないか。
考えれば考えるほど、鬱々とした気持ちに囚われてしまいそうになるのを頭を振って吹き飛ばす。たとえ、ダメもとでも任務実行しないと。そう気持ちを切り替えれた頃に父様が戻ってきた。
父様がエリザ様に今日の本来の目的を話す。断られたらどうしようとドキドキするが、それを聞いたエリザ様は少し考えた後に了承してくれたので、ほっと一息つく。
両親が帰り、僕だけが店に取り残される。第一声を何と話しかけたらいいか……そうだ。「紳士」だ。「紳士」を忘れるところだった。……褒めて手を握って甲にキ、キスを……。
ちょっと待って。褒めるって今から!?会ってから既に1時間は経っている。改めて褒めるのか?なんて言えば……思わず口ごもる。
それを見かねてか、彼女から声をかけてくれる。そんな彼女の質問に対しても大した返答は出来ずにいる自分が腹立たしく思う。
話の流れで、彼女が服を見繕ってくれる事になった。確かに今のこの服装は悪趣味でかなり目立つだろう。僕としてもこの服を早く脱ぎたくてたまらないので、その提案は嬉しかった。
彼女の選んでくれた服はとても落ち着いた色の服だった。初めて着る色に新鮮な気持ちになる。特に彼女が僕のために選んでくれたという事も更に気分を高揚させる。着替えは店員のお姉さんが手伝ってくれて、髪まで整えてくれた。
全身を鏡で見てみると、自分のぽっちゃり体型が不思議とマシに見える。
「この街の人はね。この街の色である青系統の色が大好きなの。だからね、青色を身につけている人にはつい、手厚くサービスしてしまうのよ」
お姉さんはそう言って僕にループタイを付ける。そのループタイは青色の綺麗な石で出来ている。初めて見る石だ。この石は何と言う名前なのだろうか。石をするりと撫でる。
「……ありがとうございます」
「いえ、これも代表が選んだものよ。きっと貴方に素敵な一日をと願って選んだのね。代表はそんな子だから」
へぇ。エリザ様がこれを僕のために……。今まで人に優しくしてもらった記憶がない僕はその言葉に嬉しくなる。
「エリザ様を信頼しているのですね」
「勿論!代表のお陰で忙しくても毎日が楽しいし、充実しているの。可愛い服にも囲まれて、美味しいご飯を食べれて、お客様が笑顔になって。こんな素敵な職場は何処にもないわ」
お姉さんはそう嬉しそうに話す。更に言葉を続ける。
「代表も可愛くて私の癒しなのよ。そのくせ幼いのに一生懸命で、ただでさえ忙しいはずなのに、気にせずにせかせか働くものだから、皆もほっとけないの。だから、最近の私達は代表に余分な仕事をさせないのを目標に頑張っているの」
「代表には内緒だけどね」とお茶目にウインクして笑う。
「頑張ってね」
「なっ!?」
お姉さんにバレていたようで、耳元でそう囁かれる。動揺した僕を見てクスクス笑うお姉さんに恥ずかしくなって俯く。
「僕はどうしたら……」
「ウジウジしない。そんな事をしていると代表に嫌われるわよ」
ウジウジ……嫌われる……。その言葉が頭の中をグルグル回る。
「そんな所が駄目なのよ。私も代表との付き合いは長くはないけれど、代表は素直な人や頑張っている人は好きだと思うわ。あれこれ考えているよりも自然体の貴方の方がきっと気に入るはずよ」
「そうでしょうか……」
「そうよ。あと個人的にアドバイスするなら……」
そう言って、お姉さんが僕に耳打ちをする。お姉さんと話せて良かった。数週間、悩んでいたのが馬鹿らしくなる。あんなに鬱々としていた気持ちが晴れるようだった。
「お姉さん、ありがとうございます」
そう改めてお礼を言うと、お姉さんは嬉しそうにフワリと笑う。そのお姉さんの笑顔は優しくて素敵だったので、思わず頬を掻く。
自然体……。自然体……。そう心の中で連呼しながら、試着室を出る。すると、エリザ様は制服から私服に着替て待ってくれていた。
エリザ様の私服は僕の今着ている服と色を合わせてあるようだ。初めて見る彼女の紺色の服は、彼女の肌の白さと髪の艶やかさを更に引き立たせている。
凄く似合っている……。本当はそう本人に伝えるべきだとは思ったが、この口はそんな褒め言葉すらスムーズに言えない。
そんな彼女は僕の服装を満足そうに眺めていた。
その後、食べたい物と行きたい場所を問われたが、考えていなかったので、直ぐには出てこない。調査と練習にいっぱいいっぱいで、この土地の特産が何かまでは調べて来なかった。
申し訳ない気持ちに浸っていると、急に手を握られてドキリとする。
「じゃあ、デートに行ってきます。あとはよろしくね」
と言って、彼女は僕の手を引っ張る。デートだって!?確かに僕はそのつもりで来たけれども、いざ彼女にそう言われると照れと恥ずかしさで、死にそうだ。顔が赤くなるのを自覚しながら、後ろを振り向くとお姉さんが笑顔で手を振ってくれた。
手を繋いだまま無言で歩いていると大通りに出た。その姿は仲良く手を繋いで歩いていると言うよりは、僕が手を引かれながらついて行っていると言った方が正しいのか。本当なら僕がエスコートするはずだったのに、その状況は僕の頭が今の状況を整理出来ずにショート寸前を起こしかけているのが原因なのだろう。その大通りにあるパン屋の前で足を止める。惚けている間に目的値に着いたようだ。
「エリザ様、いらっしゃい」
店から顔を出した中年女性が、元気よく声をかける。どうやら女性とは顔見知りらしい。しかも、話を聞くにエリザ様はこの店で何か手伝ったようだ。彼女はそんな事までしていたのか。
朝食は緊張のしすぎでほとんど口に出来なかったせいか、店から漂う香ばしい香りにお腹が空いてくる。
「それにしても、エリザ様が男の子を連れてるのって珍しいね。ボーイフレンドかい?」
「えぇ、今日初めて此処に来たから、案内しているの。ゴイルくんです」
そう言ってエリザ様は僕を紹介してくれた。僕は自分に自信がないので、人に見られるのが得意ではない。顔を背けたくなる気持ちを抑えて、女性の視線に耐える。
「へぇ、ゴイルくんっていうのか」
「初めまして……」
「いいの付けているね。気に入った!これもサービスよ。持っていきなさい」
勇気を出して女性の顔を見ると、その視線は僕の顔ではなく、胸元を見ているようだ。
「ありがとうございます」
「青の御神の加護があらんことを」
店員のお姉さんが言っていた、青色を身につけているとサービスしてくれるってこの事だったのか。
その近くにある店でフルーツジュースを買ったのだが、パン屋と同様に同じような対応をされた。それほどまでにこの街では青色を重宝しているようだ。街の至る所に青色が使われているし。
ジュースを手にしたエリザ様は、また違う場所に向かうようだ。そんな事を考える余裕が出来た僕は、今度はちゃんと横に並んで歩く。隣で歩くエリザ様をチラリと盗み見る。今、こうして僕の隣にエリザ様が歩いているなんて信じられない。数ヶ月前の僕はこんな事になるなんて想像さえもしてなかった。それを意識してしまうと、余計に僕の思考と行動を固くさせる。
だからか、歩きながらされる質問に大した回答はしていなかったように思う。何を話したかは覚えていないので定かではないが。その間に結構な距離を歩いていたのか、ふと気が付くと目の前には真っ青な世界が広がっていた。
「……凄い」
無意識に心の声が漏れていたようだ。その言葉にエリザ様は反応する。
「海は初めてですか?」
「はい」
これが海か。あまりの広大な海に太陽の光が反射している。時間が経つのを忘れつい、見入ってしまった。
「キラキラして、綺麗ですよね」
「これが海……」
「海についてご存知ですか?」
「絵本で読んだだけです。ですから詳しくは……」
「そう。なら、ご飯食べながらお話しましょうか」
僕の知っている海は絵本の中だ。以前、絵本を読みながら海について思いを巡らせていたこともあった。その海が目の前に広がっている光景はまさに夢を見ているかのようだ。
エリザ様は防波堤という、壁のような所に登って座り込む。まさか侯爵家のお嬢様がこんな所に座ってご飯を食べると言うとは思っても見なかった。
「お行儀悪くてごめんなさい。この方が海をしっかり見れるもの」
「いえ、全く気にしないです」
僕としては礼儀正しい食事よりも、何も気にせずに食べる気楽な食事の方が好きだ。それに、この場所は海が一望出来るので、大変気に入った。
肝心のパンらしき物を食べようとしたのだが、フォークやナイフがない今の状況でどうやって食べたらいいのだろうか。手でちぎって食べたらいいのかな。そう考えながらパンを凝視していたら、隣でくすりと笑う声が聞こえ、エリザ様が見本を見てくれる。
「これはこのままかぶりつくのが、食べ歩きならではの食べ方なのですわ」
なるほど。これはこのまま食べるのか。エリザ様の食べ方に驚きながらも、真似をしてパンにかじりつく。
「美味しい……」
「でしょ」
外はサクサクしていて、温かい具がぎっしり詰まっている。初めて食べたパンの食感と味にヤミツキになりそうだ。
エリザ様はパンを食べながら、マリンフォードの街について話をしてくれた。歴史や貿易、漁業、更には海についてまで分かりやすく説明してくれた。
自分の街について説明できるなんて凄いな……。僕なんて一切出来ないや……。




